「ダークライツ~闇照らす闇達…~」

低迷アクション

第1話

はるか昔、まだ、神や怪物が地上を跋扈していた頃…コウモリーの都にニガシム・ガウムと呼ばれる魔人がいた。そいつはまだらの走った体で、絶えず人々を嘲笑い、恐怖を与え続けた…


                         _イカレタ奴等の覚え書き_



 極東の島国(つまる所“日本”)に属するN県、S湖の湖畔に配された

間欠泉センター内の職員会議室に何人かの少女が顔を突き合わせ、話をしている。


彼女達の容姿は和風お姫様風に巫女、仙人、道士風にケモ耳系…多くは語るまい。

集まった娘達は、この土地の異能と秩序を司る者達…


要は“変身ヒロイン”とか“魔法少女”に分類される類だ、多分…


「で、その“魔人”の名は?」


姫風の衣装に身を包んだ。おでこが眩しい黒髪の少女が口を開く。


「“マーランド”さっきも言いましたよ、姫?転生酔いが、まだ醒めてないんですか?」


「こらぁっ、人を年寄り扱いするな。あくまでも確認じゃ!確認!」


答える緑髪巫女の言葉に顔を真っ赤にして答える姫。それを別の少女が慌てて宥め、

巫女に本題を戻させていく。


「とにかく、わかっている事は、災悪をもたらす存在の1人であろうモノが

この土地に現れました。同時に“射手”の姿も確認されています。


もし、マーランドが射手を追いかけ、この地に来たのなら、

止めなければいけないのですが…」


「それが出来ないんだよね?私等は?」


「…」


誰かの問いに唇を噛み締め、頷く巫女。自身の立場と役割は知っていた。今、世界に

起こりつつある異変や凶事に対する守り手の彼女達には…

その先鋭を切るべき使命がある。


自分達は光を纏い、世を照らす存在…だけど、照らしきれない…

闇があまりに多すぎる。守りたい者を救えるのに救えない…


せめて自分だけでも…席を立つ巫女の肩に柔らかい手が伸びる。


こちらに、いやいやをするように首を振る黄色い髪の少女が優しい目で頷き、言葉を繋ぐ。


「駄目だよ。貴方には、貴方の役目がある。最も大きな役割がね…」


「でも…」


「大丈夫」


翔潤する自身に、少女はその目に、不思議な光を讃えながら、

左手を窓に、右手を天井に指さし、ニッコリ微笑む。


「闇を照らすのは光だけじゃないよ?」…



 「オイッ、オメーんとこの地元海軍はいつから艦砲背負ったメイド服ヒラヒラ、猫耳が

デフォーな女の子が水上スイ―ッ、スイ―ッな時代になったぁぁ?


そんで対空散弾喰らって、沈みそうな輸送機に乗ってる俺等は非常にピーンチ!以上!

状況説明終わりーな訳だけどよおぉっ!」


煙を上げる機内の床を蹴りながら、目元に走った切り傷と凶暴な歯並びを備えた顔から

一発で“悪人”ルックス+迷彩柄のアロハで固めた男“争音(そうおん)”は近くに佇む

兵士達にかじりつく。


争音の仕事は傭兵に武器売買…その他の悪行ETC、

あらゆる争いに介入する、かますびしい男だ。本日の仕事は

極東のテロ組織に化学兵器と武器弾薬の密輸という簡単な仕事の予定だった。

しかし、それが…


「だいたい、ただ、品物運べばいいのに、オメー等が追加をほざいて、何か由緒正しき神聖神殿、ん?ジンジャー?的なモノを襲撃するから、こんな事になったんだろうがぁっ!?そして、その袋はなんだぁっ?人1人入りそうな大きさだぞう?以上、これからの俺の行動に対する予定の事前通知終わりぃぃっ!」


言葉終わりと同時に止める兵士達を投げ飛ばし、彼等が大事そうに守っている袋の蓋を

開け、直後に中から覗く二つの大きな瞳と自身の狂暴な視線が合致し、再びの咆哮を

上げる。


「オイィーッ!何だ、このジャッパーンな幼女はぁぁっ!大和撫子じゃねぇかぁ?

勘弁してくれよ。人身売買とかそーゆうのはさぁっ、こんな着物じゃなくて、もっとこう

首輪とか鎖とかさぁっ(ゴゲシッと言う鈍い濁音が響き、袋の中から少女の放った一撃が

争音の鼻を一撃し、蛇口全開バリの血を流していく。)


わぁああーっ、殴られたー、こっ、これは、ろ、労災ですよ。しょっ、諸君ー!!

よ、よーし、こうなったらー!」


溢れる血流を抑えもせず、機内を汚しながら進む争音は彼が用意した商品の棚に向かい、

一番手近の箱を開ける。


「お、おいっ!それは…」


初めて兵士達から声が上がる。それが意味する所は勿論驚愕のっ!だ。


「そっの通りー、これは、チクロンBB8!ホスゲンと並ぶ大戦時の毒ガス兵器!

いやー、高いし、入手困難だったぜー!前金の1000万(円)じゃ、とても足りないくらいなー!だから、これをこうしてぇーっ!」


ベラベラと口上を並べながら、争音は緑色の缶を取り出し、蓋をこじ開け、中から白い粉を手元に出し(“装面っ!”と兵士達が叫び、慌ててガスマスクを準備した)


そのまま、いつの間にか用意した小鍋とコンロを用い、ふんわりとした丸くて黄色い

何かを作り、袋の中からジーッと視線を向ける少女の口に放り込む。


「…!?っ…甘い?」


「そう、それは特性のパンケーキ!お近づきの印だぁっー!おっじょうさぁーん!!」


ジト目から驚愕視線の少女に、両の親指を上げ、答える争音!だが、後方から湧き出た、

新たな、確実殺意のジーっと視線の兵士達に気づき、振り向く。


「あのさ、争音…一つ聞いていいかな?」


「おうっ、何でも、てるみぃー!」


先頭に立つ能面のような男の乾いた声に、争音も負けじと声を張り上げるが、

その表情は非常に狼狽している。


「もしかしてさぁっ、いや、確実な話になるけどさ。

俺達が注文したチクロンガスはさぁっ、その何て言うかな?うんっ!


入手できなかった?そんで代わりに…」


「ホットケーキミックスをそれらしい缶に入れたとでもぉーっ?ば、馬鹿言えー!

そんな訳なかろうが!!俺様は悪の武器商人!そんな筈は…」


「正直に言ってみて、ウン、ホント、怒らないから!」


「い、委託、いや、間違えた。い、痛くしない?」


「痛くしないから!!」


笑顔で頷く兵士一同!争音も後ろの少女も“もう安心”と言う感じでハニカミ笑いを返した後、彼自身の不気味なスカーフェイス下方の穴から舌をチョロッと出す。


「ごっめーん、マジで!テヘペロ~」


「よし、殺せ!跡形もなくな!!!」


怒声が上がり、兵士達が腰から下げた9ミリ短機関銃を撃つ前に争音が両手に素早く

構えた45口径自動拳銃が火を噴く。


先頭の能面男が素早く後方に飛び去るも、周りの兵士達は銃弾のおかげで、体に新規の穴を無数に増やし、機内床に接吻大会を開催していく。


混乱機内で、飛び交う9ミリ弾と45ACP弾の嵐、しかし、弾をばら撒く兵士達に対し、


巧みに場所を変えながら、攻撃を繰り出す争音の方が優勢で確実に相手を葬っていく。

両の手合わせて14発を撃ち切る頃には、機内に立っているのは、自分と、えっ?

自分1人?


後ろの少女も胸から血を流し、ズルゥリと袋から漏れ倒れているぅっ!?しまった…


「大丈夫か?お嬢さーん!!傷は深いぞ?安心しろ!!」


「安心…出来ない…」


「いや、待ってろ!確かこの缶が、ちょっと失礼。着物を緊急キャストオーフで、

ふわぁーっ、久しぶりに見た。ピンクで形の良い(グゲフと少女の最期の拳が争音の顔面に決まる)止まりかけてた鼻血が再流っ!?」


「それ…只のホットケーキミッ…」


「安心しろぉっ!コイツは確か!あれだ。とくとご賞味あれ~!!」


喋り、争音が少女の体に白い粉を蒔く。焼けるような胸の痛みが徐々に引いていく。


「‥‥一体、どうして?」


驚き、立ち上がるまでに回復した少女の体に服を着せながら、争音が親指を上げる。


「反魂香(はんごんこう)死者を蘇らせるアレだ!仕入れといて良かった。」


「うーん、とりあえず、ありが…」


色々納得できないという少女の視線が今度は驚愕に変わる。その視線が

後方という事に気づき、振り返る争音の目は、ゆっくりと立ち上がる能面男の

姿を捉えた…



 「ふっ、色々面白いモノを仕入れているようだな。争音、だが、これまでだ。」


喋る男の顔面が左右に割れ、昆虫のような頭と複眼が覗き、そのまま全身を異形の姿に変えていく。


ナイフのように尖った触腕が床を引っ掻く、大蜘蛛が姿を現した時には、弾倉再装填の銃を構えた争音の攻撃は始まっていた。


両の手合わせ以下略…の銃弾全てが怪物に着弾するが、傷一つ付けられない。


(頭、心臓、腕、足、肉体強化ってレベルじゃねぇ。これは…)


「最早、進化だな。全く別の種に姿を変えた。」


「その通りだ。従来の改造手術を受けた人間ではない。我々は魔術によって、その姿を

完璧に変えた。倒せるモノなどいない」


「いるよ!」


「えっ?」


間の抜けた声を上げる蜘蛛怪人と争音の後ろで、袋から全身を出した少女が怒ったような顔でこちらを見ている。


「アンタ達の台詞なんて聞き飽きた。どんなに体を変えたって、正しき者には勝てない。

ウチの…おねーちゃんとかヒーローとか、絶対、悪い奴をやっつけちゃうんだから!!」


上気した少女の言葉に、怪人は、最初に低く、徐々に大声で笑う。


「ハハハ、ならば一つを聞こう。その正義はどうした?何故、助けにこない?

今、この状況を救いに駆け付けないのはどうしてだ?どうした?言ってみろ?何故彼等は…」


「忙しいんだろうよ?多分、よく知らねぇけど…」


「何?」と怪人が答えるべき口に争音の拳がめり込む。そのまま機内前方に吹っ飛ぶ

怪人を追うように争音が飛び、態勢を立て直そうとする異形の体に追加の攻撃を見舞っていく。


「舐めるな!」


吠え声を上げた怪物の尖った触手が馬乗りになろうとした争音の体を突き刺す。

しかし、相手は一向に怯む様子もなく怪人に対する攻撃も止まない。


「な、何故だ?」


赤黒い血を撒き散らし、叫ぶ蜘蛛に低く冷たい争音の音が被さる。


「缶の一つはホットケーキミックス、もう一つは反魂香、そして、コイツの名前は

“クロコダイル・リバティー”痛覚無視のエンジェル・ダストを何倍にも増幅させた麻薬、

そちらが人外なら、こちらも人外で迎えねぇとな」


喋りながら、拳の応酬は止まない。やがて、怪物の繰り出す、触手が力なく床に垂れ下がる頃には、争音の拳は床を殴っていた。


「ふーっ、これで完了と同時に俺も終了…」


痛みが徐々に戻ってくる。崩れ落ちる自身に少女が駆け寄る。手には先程、彼女を救った缶を携えている。理解が早い。


「サンキューッ、お嬢さん…ソイツをこちらに、もしくはかけて…」


「まだ、助けるとは言ってない」


「へっ?」


仰向け視点に映る少女の顔は驚くほど冷たい。そのまま、こちらに素足を突き出し、缶の

中身を上手に少量、指先の乗せ、自身の口先に出したり、引っ込めたりを繰り返す

(争音としては、舌を突き出し、全身をさす痛みを治癒したいが、彼女がそれを許さない)


「おいっ、勘弁してくれ…こっちはもう死にそう…」


「わかってる、だから聞いて。私のお姉ーちゃんは今、重要なお役目を果たそうとしている。アイツ等はそれを邪魔するため、私を攫ったの。だから、協力して」


「選択肢はねぇなっ…OK!それよりさ」


「何?」


「この飛行機、誰か操縦してる?」


正直、弾丸をバラ撒き過ぎた。直後、機体が大きく揺れ、少女の足が反魂香ごと争音の口腔に突っ込まれる。窒息寸前と回復寸前が交互に思考を駆け巡る中…揺れる機内で反転した彼は、穴だらけの操縦席前部ハッチに広がる巨大な湖と、咥内に広がる少女の御見足の感触を目と舌で感じた…


 「コイツは楽しめそうだ」


盗んだバイクを操り、逃げ惑う人々を躱しながら“赤目(あかめ)”は眼前を飛翔していく

“蝙蝠男”を追いかける。遭遇は偶然…いや、必然か。血を求めた放浪の末に、訪れた湖で人々を襲う怪物に出会った。自身の“能力”を試す丁度良い機会だ。


「変身!」


叫ぶと同時に全身が人間の形を捨て“突然変異の姿”を呼び戻す。原発チルドレンと呼ばれた世代の子供達は、脳無政府の言い訳で安全を保障された。大違いだ。まだ9年しか生きてないのに、体も頭も、その2倍に匹敵するまで成長し、オマケに変身した時の姿は、

彼女を作るのに適してないときた。


バイクから飛び上がり、一気に距離を詰め、蝙蝠に手刀を打ち込む。


耳障りな声と一緒に、固い地面に落ちる怪人の前に立つも、相手の繰り出した両足を喰らい、仰け反る。すかさず、空に上がる蝙蝠は嫌らしく笑う。


「キキ、お前、人間じゃない、俺達と同じ!なら、協力しろ!まもなく、この湖から

邪悪なモノ蘇る。マーランド様のおかげでな」


「協力?ごめんだね。発散してぇだけさ。狂力すぎる破壊衝動をな」


その一言で決別が決まった。互いの肉体を、ぶつけ合う二匹の異能の戦いは

やかましすぎる轟音で遮られ、ついでに全身を吹っ飛ばされる。立ち上がって、

辺りを見れば、巨大な輸送機が彼等のすぐ傍に落ちていた。


ほとんど奇跡だが、怪我人はなし…

蝙蝠が「蜘蛛め、しくじったな」と呟くのが聞こえた。


「あのさっ、一つ言わせてね。おっじょーさん…足舐めプレイでアライブなのは感謝

だけどさ…そのっ、飛行機落ちてさ。色々狂ったよね?こっちもそっちもさ」


「大丈夫っ…多分、それより、敵!敵、目の前!」


ボロボロの機体から飛び出してきた男と巫女風の少女がこちらを指さし、叫ぶ。突然の

乱入に驚く間もなく、蝙蝠が動き、近くで逃げ遅れていた子供を抱えあげる。


「おいっ!(と声を上げる赤目を見て、男が“おっ、こっちは味方か?”と声を出す)」


彼の声に蝙蝠は得意げに笑う。


「キキッ、お前等“正義”は制約が多すぎる。ガキ1人盾にすれば、何も出来ない。お前も

どうだ?そんな面じゃ、正しくあっても、人間共はお前に後ろ指しか差さないぞ?」


赤目は鼻で笑う。


「馬鹿な奴だ。俺が正義に見えるか?」


「そうだぜ、最近はダークヒーローもいい!情報古い!オールドバット!お嬢さん準備はいい?」


「えっ?多分、オッケー」


陽気な男の軽口乱入と少女の言葉の意図は不明…だが、男の手に握られた

45口径自動拳銃で大体把握。素早く自分も準備する。


「坊やー、良い子だ。とりま目を閉じ、息吸ーい」


男の言葉終わりと同時に銃弾が発射された。弾はそのまま子供を貫き、蝙蝠に当たる。

喚声を上げた赤目が突進し、強力な蹴りを蝙蝠頭に叩き込み、葬り去る。


「よーし、ナイス怪人!そして、おっじょーさぁあん」


「えっ、あっ!は、反魂香~」


少女の持つ缶から粉が舞い、降りかけられた少年(絶命している)が薄っすらと目を開けた。赤目が驚く横で、そのまま男は、何処から出したかコンロとパンケーキを放心状態の子供と巫女風の少女に配る。


「アンタ、何だかしらんが、すっげぇな」


「そう言うお前も異形を一撃、素質あるぜ?おにーさぁん!」


「ああ、まだ、9歳だけど…(巫女さんが“えっ同い年?”と声を上げる)」


「ほ~、そうか…まぁ、多くは聞かねぇ。とりあえず、今は助けが必要だ。よければ、

一緒にやろう。報酬は、安い。だが…」



喋る2人を遠巻きに見ていた人々の中から、少年の母と思われる人物が走り寄り、

我が子を抱き上げ、泣きながら頬ずりをする。


「これを見るのも、悪かねぇ。どうだ?」


争音の言葉に赤目は笑い、答える。


「やるぜ!」…



 「蜘蛛に、蝙蝠がやられた…そうか…」


S湖付近から立ち昇った瘴気による結界は一般の人々を退けている。

自称魔人の“マーランド”は常人離れした体躯と冷たい目線を讃えながら、

武装した信者たちを引き連れ、湖へと向かう。


「ハイッ、教祖の仰る“古き神”に捧げる大量の供物である“人間”を調達するための

道具は蜘蛛が担当していましたが、失敗した模様…いかがいたします?」


「捨て置け、蝙蝠に“蛇”も配してある。神の復活までの時間を稼げばいい。

問題なのは射手…奴の身内の確保は蜘蛛の担当の筈…どうした?」


「ご心配なく、射手の位置も確認…そして、身内、妹はこちらに向かっているようです。

どうされます?」


「向かう?蜘蛛は子供に倒されたのか?無理な話だ。それともこの娘は異能、正義の連中の類か?」


彼の問いに報告者である信者は携帯型端末を操作する。そこには蜘蛛と争音の戦いが

映されていた。


「成程、商人が裏切ったか?しかし…好かんな、迷彩は…」


「ハッ?」


「かつて、コーモリーの都で、私が、まだ人だった頃…その都に、一匹の魔人がいた。

全身まだらの…あれは、今の言葉で言えば迷彩柄…ふっ、只のおとぎ話だ」


魔人は呟き、湖を包む夜より深い闇に足を進めた…



 “蛇”は焦っていた。仲間達の中では髪が少しだけ蛇っぽいと言う変身のみで正直、浮いている。だが、教祖に仰せつかった使命を果たせる自信はあった。


蛇の能力は“邪眼”この目に魅入られた者は全て意のまま…更に体を左右に揺らせば、効果は倍増…の筈だった。


がっ…


「ちょっとーっ、アンタ達っ!何で目ぇ合わせないのーっ!」


目の前の敵3人の視線は顎を引いての俯き加減…視点は目というより、こちらの胸元に注がれている。蛇の問いに迷彩アロハの男が“えっ?それ聞いちゃう?”的な表情で答えた。


「いや、確かに顔合わせたいけど、それより、なにより、おたくのお胸がねっ!

バルバル左右に揺れてちゃねっ!集中できねぇよ」


「うん!うん!」


「ああああーっ、もうっ!」


巫女とアロハの答えに蛇は頭を抱える。中学の頃から男子の視線が集中するのは、胸!確かに大きい。しかし、これが得意を相殺する原因になるとは…


「私も、大きくなったら、あれくらいになる?」


「えっ、そ、そりゃあっ、いや、希少価値で◇〇*!?@…」


「えっ?なにっ?」


「もういいや、二人共、先に行けよ」


悩む蛇の前で、そのままにノンビリとした会話を続ける二人を、後ろから遮る怪人風の男がこちらに進み出てくる。


「俺、こんなナリだけど、まだ、9歳だからよ。お胸とか興味ねぇし!

大丈夫だから、やろうや」


「えっ?う、うん、ありがと」


凶悪な面構えとは裏腹の口調、そして、ちゃんと自身を“敵”として認識してくれた事を喜ぶ蛇は当初の任務と先程の熱視線に赤目(胸を“お胸”発言も重要)も加わっていた事を

失念していた…


 粘り気のある闇が湖からあふれ出し、地面を浸していく。


“射手”のお役目を持つ少女は矢を弓につがえる。この世界は不安定なバランスの下で成り立っている。ちょっとの出来事で表と裏がひっくり返る事だってある。彼女達の役割は、その裏が姿を現した時、受け継がれてきた特別な弓で、また、元の場所へと戻す事…


(それが出来ない…)


正体不明の者達からの脅迫、現に妹は攫われている。彼等の要求はただ一つ


(矢を上空に撃て)


空に放つ矢は“異常無し”を仲間達に知らせる合図…この事から、脅迫者は、自分達の役割を熟知している者だとわかる。


湖に矢を放つか、空に放つか…この世界を守るか、家族を守るか…どちらも選べない。

選べる訳がない。


役目は理解している。だが、それを背負うには、あまりにも自分達は幼い…


「貸してみろ…」


不意に聞こえるドラ声に振り向けば、迷彩アロハの男が隣に立っている。いつの間に?

と思う少女に構わず、男は話し続ける。


「別に年齢は関係ない。ただ、おたく等みたいに儚くて可愛いのが、困り顔で人生最大の

決断迫られる姿に萌えるオタクが、昨今の世間に多いだけだ。こーゆうのはさ、俺達、

暗がりの仕事だよ」


含めるように話す男は少女に手を伸ばす。


「矢と弓を貸しな。その持ち主が10分前にやるべき事を俺がやってやる。なぁにっ…

他の奴等には無理やり、奪われたって、言えばいい。さっ、ほら早く…」


操られたように弓と矢を渡してしまう。男は少し笑い、次の瞬間…

勢いよくそれらを叩き折る。


「…」


絶句する少女の前で男は尖った歯を見せ、大いに笑う。


「ハハハッ、流石にコイツがあると俺達もヤバい。おかげで助かった。ついでに約束も果たせた。あばよ、可愛い巫女のお姉さん」


何故、気が付かなかったのだろう。男の全身から幽かに漂う瘴気を…今や、湖に負けないくらいの闇を讃えた男が歩み去る方向に、少女は最愛の者の姿を認め、絶望と救いの同時進行の中で、ゆっくりと膝をついた…



 マーランドは自身の企みを邪魔するモノが完全に消滅した事を体で感じ、喚声を上げた。

待ちにまった宴が始まる。


「教祖…こ、これはっ!?」


周りの信者たちが自身の体に起こり始める変化に恐怖の声を上げる。


「恐れる事はない。元あるべき姿に戻るだけだ、これからの世界はこうなる。私と私の神の

足下でな」


正義の連中の驚愕顔が目に浮かぶ。自身を過少と見くびった罰を受けるのだ。

世界は可能性に満ちている。良い方にも悪い方にも…


「確かにその通りだな、マー、なんだっけ、まぁ、いいや、魔人さん」


嫌味な声は元信者達に囲まれた迷彩アロハの争音…マーランドが最も嫌う迷彩者だ。


「だが、やらせる訳にはいかねぇ。今夜だけは絶対にな」


信者達の口が鋭い歯を覗かせる。それらを一気に薙ぎ倒すのは、赤い目をした獣人の

ような怪人…


「おおーっ!にーちゃん、蛇はどうだった?」


「倒しちゃいない。その代わり、楽・し・ん・だ・ぜ?」


争音の言葉に赤目が答え、そのまま異形の同胞達を相手にしていく。


「貴様等、明らか我等と同じ身…何故、刃を向ける?」


「そうだな…ちょっと、事情が違えば、アンタの立場は明日の俺達…だが、今回は違う」


「何故だ?」


「こんなクソのどん詰まり、なのに、見て見ぬフリ当たり前の不確定世界の中で

尚、正しいモノを信じる奴等がいる。コイツはスゲェと思わねぇか?」


「くだらん!」


「ああ、だが、あの…澄んだ瞳に惚れた」


自分の台詞に酔ってる雰囲気の争音を、マーランドは片手で吹き飛ばす。


「ならば、どうする?古き神は蘇った。この世と、あの世が、反転するぞ?今までの狂気が正気になる。お前に止められるか?45口径?反魂香は残っているのか?」


全身に漲る力を隠しもせずに迫るマーランドの前に、一つの缶が転がってくる。


「小麦粉?ふっ、ケーキでも焼いてくれるのか?」


笑う魔人に、妙に落ち着いた争音の声が響く。


「聞いた事ねぇか?アメリカのゴーストはコリアンダーを嗅ぐと、元の姿に戻るってよ。

アメリカさんはそれでいいが、俺の場合は…ひと違う。ひょっとまってほ…」


闇に白い粉が舞う中で徐々に争音の声が乱れ、同時に、数百年ぶりに近い戦慄を

マーランドは味わう。


先程まで、体を循環していた力が薄れていく。後方にいる筈の古き神の力が弱まっている。いや、元の、湖に還ろうとしている?何故だ。何故、戻る?妨げる者などいない、いや、

まさか…


闇の中でもハッキリと見えるまだら模様が浮かび上がってくる。黒一色に浮かぶ

赤い三日月は奴の笑う口腔…そうか、そうだったのか…


「この久しい戦慄…かつて、私は見た。コーモリーの都で…ハハッ、神が嫌がる訳だ。

お前を見た時に気づくべきだった。これだから…迷彩は嫌いだ。なぁっ?お前だな

…ニガシム・バ…」


マーランドの言葉は全身を貫く数百本の闇より更に黒い触手によって遮られ、彼の数百年に及ぶ生涯は、相手の笑い声による鎮静歌によって、静かに幕を閉じた…



 「まぁ、初戦にしては楽しめた方だな…」


朝焼けが、緑やら、赤やらの体液で染まった全身を照らす。赤目が葬った死屍累々の異形達は自分と同じ。だが、生き残ったのは自分、つまり…


「こん中で一番つえーのは俺って事だ」


ギラついた歯を朝霧に浸す。湖から漂っていた、嫌な気配は消えている。戦いは終わった。だが、足りない。もっとだ。もっと欲しい。対等に戦って血飛沫を上げさせる。そんな相手がもっと戦いたい。


「おいっ、充血お眼目の少年!」


先程までは迷彩アロハ、今は自分の体に直接、迷彩柄をペインティングしてる風の争音が

後ろに立つ。その、更に後ろには…赤目の目が大きく開かれる。


「いや、別に俺は何も言わねぇよ。ただね、キッチリ始末はつけよう。マジで、どんな事にも…」


泣き笑いに近い争音に被せるように、若い女の声が聞こえてくる。


「それは、酷い目に遭いましたね」


「はいっ、胸気にしないって言ったのに…もう、9歳とか言っていて、全然、体は大人で…」


「大丈夫です。私達は、この土地の異能と秩序を司る者…どんな悪も見逃しません」


喋る蛇怪人に付き添うように現れた、明らか能力ありきな少女達が、こちらに進んでくる。


「やべぇぞっ、少年、あれとやり合って、勝てる自信はねぇっ!どうすんだ?」


捲し立てる争音とは逆方向に顔を向ける赤目は、別の脅威を捉える。次は争音が青くなる番が来た。


「どうしよう、先祖代々授かってきた弓が…」


「大丈夫!お姉ちゃん、アイツ、とっ捕まえて、拷問とかしよう。大丈夫!死んでも、

反魂香あるから復活!何度でもいたぶれるよ!」


「……(2匹の間で気まずい沈黙)と、とりあえず逃げるか、少年!」


赤目に反論はない。転がっていたバイクに飛び乗り、死からの逃避行を開始する。


「お次は何処へ?」


「なぁに…闇は多い。光が照らしきれない程…だから…」


赤目がこちらを見る。争音は笑いながら答える。


「また、俺達が必要になるさ」…(終)

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