第4話
乗り込んで先ず驚いたのは広さだった。足元から頭上まで見渡せる視界の良さ。ひしめく計器類はなく、百八十度のパノラマが眼前に広がる。
兵器とは思えない静けさと滑らかさに、リアスは乗り手に対する敬意を感じて、それを操作をする手足が遠慮がちになった。
「どうだ。新型機の乗り心地は」
「乗ると言うより、またがっている感じです」
拠点制圧から半月が経った。武力組織は息を潜め、各国の支援団体が活動を再開した。軍はクラム部隊をいくつか解散させ、戦力を縮小していく。
その都合で、いつぞやの新型機がリアス所属の部隊に回されてきた。
「よし、パイロットはお前で決まりだな」
基本的な動作確認をして新型機から降りたリアスに、部隊員満場一致の声がかかった。引き算から出た結論なのは明らかだったが、その場の雰囲気はリアスに断る口実を与えない。
そして思い返す。暴力はおろか競うことさえなかった一般人のリアスが軍に入隊するきっかけ、新聞一面に大きく掲載された、年齢、経歴不問のクラム搭乗員募集広告。
リアスにとってクラムに乗ることは手段でも目的でも、まして興味があったわけでもない。ただなにとなしに。だからこそ、すんなり順応できたのだろう。クラム乗りに対する要求はなく、兵器の中に人間が入っていれば良かったのだ。
「前の機体は、下取りに出すから第一倉庫へ移動させておけよ」
新型機を格納庫へ収容すると、居所を失って吹きさらしになっていた、かつての自機へ向かう。先の戦闘で制御のいくつに不備が出ていたため、操縦が必要になっていた。クラムとしては致命的な欠陥であろう。
色鮮やかにひしめく、機体の状態を伝えるランプが明滅する。それは感傷的に眺めるだけの星空のよう、いかにも機械の腹の中と言える窮屈なコックピットで、あいも変わらず、風の通り抜ける冷ややかで力のこもった駆動音がリアスの耳に馴染む。腹に響く振動も兵器であることを実感させた。
第一倉庫、産廃置き場とも呼ばれている。明かりのない内部は鉄の重なりがいくつもの山になっていた。その間にクラムを滑り込ませ、電源キーに手をかけたとき、センサーが反応した。
機械が指し示す標的を見据える。一人の子供が扉から顔を覗かせていた。クラムの識別から軍関係の子ではなく、行商の付き添いだろう。
「ここに居ると危ないよ」
電源キーを抜き、コックピットを出たリアスは、子供に声をかけた。注意するために強めになった言葉は、静まり返る倉庫で反響した。
子供は、驚くどころか嬉々として、リアスの前へ駆け寄ってきた。
「コンニチワ」
子供は笑顔で挨拶をすると、興味深そうにリアスを見上げる。
軍施設なのに、遊園地のほうがまだしっかりしているのではないか。とリアスは警備の甘さを心配した。
「ここにいると怪我をするかもしれないから、ね」
身振り手振りで倉庫の外へ誘導しようとするリアスを指差すよう、子供は片手をいっぱいに突き出す。
「バーン」
銃を撃つマネをして、子供が叫んだ。
「そうだよ。言うこと聞かないと撃たれちゃうよ」
リアスは伸ばされた手を掴んで連れ出そうとするが、子供は笑いながら身を交わして、鬼ごっこを楽しむ。
バン、バン、バン。子供は発砲音を連呼しながら、倉庫内を飛び跳ね、駆け回り、両手に持っているのであろう銃を乱射する。
そんな小さな無法者が動きを止めて、耳を澄ました。リアスもつられてあたりの気配を探ると、誰かを呼ぶ声が遠くから聞こえる。子供はリアスに向き直ると大きくて振って、倉庫外へ走り去っていった。
あの子供にとって銃を撃つことは楽しいのだろう。いずれ、どこかで、本物を手にしたとき、同じ行動を取るのだろうか。遊園地よりも不備の多い軍施設でリアスは不安を覚えた。
真夜中に警報がなる。
エルドラド首都付近で大規模な火災が発生した。消火に向かった隊員から現場でクラムの姿を見たと言う報告が上がり、リアスたちクラム部隊も向かうことになったのだ。
震災で多大な被害を受けた都市部は、復興の手が一番入っている場所だ。そこを武力組織が狙った。そう、誰もが同じ結論に至る。
遠方では夕焼けを見間違うほど、現場は炎に染められていた。
熱が風を起こし、風が火を巻き上げ、循環し、肥大していく。
「ハヤチネとリアスはこのまま東側より進入、ヤマセは南からだ」
そう指示を出した隊長のサムトは北へ向かう。
クラムの中は適温で保たれているが、機体の丈を越える火の渦を前に顔を背けたくなる。熱と光でレーダー、センサーの感度は著しく低下した。
「二手に分かれよう、右沿いを頼むよ」
そう言って、ハヤチネ機が左へ迂回し、リアスは言葉なく従い右方面へ進んでいく。
カメラ映像だけが頼りとなる状況で、充分な視界が確保された新型機が、その能力を発揮する。赤々とした前方に黒い人影を見つけたのだ。
逃げ遅れた人がいる。とリアスは速力を上げて接近した。うつ伏せに倒れる大人と、隣でしゃがみこむ子供、親子の姿が映った。
「大丈夫ですか。動けますか」
リアスは拡声器を使い、思いついた言葉で呼びかける。子供が一瞬、クラムへ目を向け、ピクリともしない親にすがり付く。
火の手が増すばかりのここに留まっているのは危険だ。リアスはクラムから降りて、親子の元へ向かう。装甲が火傷しそうなほどの熱を帯びていた。
側に寄ったリアスは、もう手遅れだと悟った。その動かなくなった親の肩を子供は無心に擦っている。
「ここは危ない。安全な場所へ移動しよう」
リアスは子供の手を取って、立つように促すが、首を振って抵抗された。そうしている間にも、炎がバチバチと建物を噛み砕きながら迫ってくる。
辺りを見回すリアスの視線の先で、ひときわ大きな影がうごめいた。
クラムだ。敵だ。リアスは直感した。
相手も気づいたようで、まっすぐに向かってくる。リアスは子供を親から引き剥がして抱え上げ、自機に走り出す。コックピットの足元に子供を押し込めると、すばやく機体を下がらせた。
「敵クラムと遭遇しました」
後退しながら、無線で状況を知らせるや否や、砲撃を受ける。そして子供が悲鳴を上げた。攻撃にさらされたからではない。敵クラムに親が踏みしだかれる瞬間を目の当たりにしたからだ。
足元のスクリーンに張り付き、悲痛の声を上げながら、向かってくる敵機をにらみつける。そんな子供の意思に呼応するかのよう、新型機は戦闘状態に切り替わり、ターゲットサイトが標的を捉える。
リアスの背筋に寒気が上り、脳を痺れさせた。
狙いは付けてやる。お前はトリガーを引け。
それは内からの衝動か、マシンのささやきか、幻聴がリアスにまとわり付く。
「機械が人間に指図をするな」
高ぶる衝動を一掃するよう、リアスは叫び、吐き捨てた。かかっていた制御リミッターを切ると、右手で足元の子供を押さえ、燃え盛る建物に機体をこすりつけた。
脆くなっていた壁が崩れ、灰と塵が炎と共に舞い上がり視界が遮られる。レバーを押し込んで、その中へ機体を沈み込ませた。
ターゲットロストで敵クラムの動きが止まる。その隙を見計らったよう、建物の中を抜けてきたリアス機が飛び出す。
二機は衝突し、勢いのままに向かいの建物を突き抜けた。
敵クラムは沈黙している。密着していればお互いに何も出来ない。そう、初陣で学んだリアスは、右手に震える子供の無事を確認して、一息ついた。
このまま、応援が来るのを待てば良い。
しかし、時間を待たず、敵クラムが息を吹き返した。機体を起こそうともがき出す。リアス機がそれを対抗して出力を上げる。その力がふと、抜ける。
敵クラムは一度下げた機首を横に振り、出来た隙間で圧力を強引に流す。急激な変化でリアス機が弾かれる。むちゃくちゃな挙動だった。人間が操作する、人間が乗って出来ることじゃない。
リアスは戸惑い、形勢が逆転した敵機を見上げた。無人兵器クラムとして開放された能力がスクリーンに迫る。
常軌を逸した機動で執拗に、側面、背後を狙う。
クラムの破壊方法を知っているんだ。リアスは必死になって機械の攻撃と向き合うが、兵歴のない素人では体力も集中力も長くは持たない。
その緊張が途切れる、まさにそのとき、敵クラムが動きを止めた。急所のコックピットに狙撃を受けている。続けざまの着弾で、人間の制御を欠く兵器は事切れた。
「二〇五、無事か」
放心状態だったリアスに、ハヤチネの声が無線越しに聞こえてきた。
安堵したリアスは脱力し、握り締めていたレバーを放す。平常に戻ったコックピットに、堰を切ったよう子供の泣き声が響き渡る。
町を焼く赤い光は広がり続け、すべての痕跡を土へ帰していく。
天弓 @1640
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