第3話

 朝日を浴びて輝きと影を分ける十数機のクラムが並ぶ。その光景にリアスは童心に戻る胸の高鳴りを感じていた。

「実際、功労者だよな。二回の戦闘でここまで状況を動かすなんて」

 部隊に戻ってきたリアスに副長ヤマセが声をかけた。

「何かをしたわけじゃないですよ」

「そう、一度も発砲もしていないのに。それが不思議だ」

 難民キャンプ地の戦闘で思わぬ成果があった。敵クラムが撤退したことで、追跡が可能になり、組織の拠点を発見したである。

 拠点は谷沿いにある数百年前の歴史的建造物をカモフラージュにしていた。軍は保有するクラムの大半を集め、潜んでいる武力組織に降伏を呼びかける。

 戦場の言葉はいつも行ったきりだ。そして暴力に変わる。沈黙を続ける組織に対して、上官は拠点制圧の実行を掲げた。

 整列して作戦内容を聞く兵士たちは何も言葉にしない。口にすれば、そこに責任が乗る。戦場での逃げ足を残すため、部下は黙して上官の説明を聞くのみ。

 これまでのクラムによる戦闘で、軍は常に奇襲や待ち伏せを受けている。情報が敵側に漏れているでは、と素人のリアスすら疑う。戦力が集中したことに不安がよぎる。

 十数機のクラムがいっせいに起動し、金属が軋む。シート越しに伝わる機械式の鼓舞に、リアスはいつになく高揚した。戦いが、祭りが始まる。

「第一波突撃、目的は固定砲台の位置特定だ。敵クラムへの対処は各自の判断で行え」

 号令とともに、リアスたち二百部隊を含む十一機のクラムが敵拠点へ向けて速力を上げる。

 進むクラムの行先、後先、拠点周辺に配置された固定砲台からの攻撃で、地面が次々と吹き飛ぶ。

 これは、まともに当たりたくはないな。ごっそりと陥没した着弾点のクレーターを横目に、リアスは出力ペダルを踏み込む。幸い命中率は悪いようで動いてさえいれば避けられる。 

 光をさえぎり、立ち上った土砂が降りしきる中、第一波のクラムが射線から砲台の位置を割り出す。複数クラムの多角観測により座標修正、精度が上がる。そのデータが後方の第二波クラム隊に送られ、正確無比な狙撃となる。

 軽快にコックピットを叩いていた土砂が止む。砲台が一掃され、視界も明るくなる。

「相手もクラムを出してきたぞ。六、いや、七機だ」

 無線伝達が流れるなか、リアスのコックピット内に指向性レーザー通信が入る。「また会ったな」短いメッセージがモニター脇に表示される。

 敵との間に充分な距離がある状態では狙うよりも自分を位置を教えるようなものだ。リアスは戸惑いながら発信源を辿る。

「青いやつもいるぞ」

 続けざまの報告でリアスは予感した。青いクラムが向かってきている。前と同じ機体、同じパイロットだろう。

 執拗に鳴り続ける警告音、レーダー表示に強調された赤い点滅にリアスは因縁めいたものを感じた。

「こちら二〇五。青いクラムを引き付けます」

 青いクラムは多数の相手をものともせずにかわしながら、リアス機へ突き進む。場慣れした雰囲気が漂う。そんなやつに戦況をかき乱されては厄介になるだろう。この場から遠のいてもらうが得策とサムトは判断した。

「援護はできないぞ」

 隊長の言葉を了承と理解して、リアスは気持ちに勢いをつけた。青いクラムは予想通りに戦列を離れたリアス機を追う。

 今は遺跡となった建造物が作られた頃、ここに川が流れていたのだろう。平坦でありながらうねる道筋を、青いクラムが迫ってくる。

 距離が詰められるのは、食いついた獲物を逃がさぬよう、リアスが速度を落としているからだが、追ってくる敵にまったく迷いがない。最短距離をまっすぐに突っ込んで来る。

 すでに二機はお互いの射程内にいる。

 こっちのロックオンサインは届いているはず、その速度からの回避行動など人間では無理だ。青い的を照準に収めたリアスの脳が痺れる。

 このスピードが乗った状態で砲撃を受ければ、破壊力が乗算され、如何なクラムと言えど、激しく損傷するはずだ。その戸惑いが操作の緩みになり、機械は直線的な動きになった。

 しまった。青いクラムから発した閃光とともに一瞬の後悔が過ぎり、リアスは左のレバーを横に倒す。しかし、動作が繁栄される前に衝撃が届く。

 高速移動でバランスが不安定になっていたリアス機は、その一撃で足場を失い、前面から地に叩きつけられた。まぶたの裏に白と黒がちらつく。リアスはなす術なくして、激しく揺さぶられる死のいざないに身を任せた。

 目を開けているはずのリアスの視界に光が届いてこない。僅かにあの世をイメージしたが、暗闇の中でも、シートベルトに支えられて前のめりになっているのが感覚でわかるようだ。遠くで撃ち合いの音がしている。探り当てたレバーを動かすが、反応がない。外に出ようとコックピットの開口部に手を伸ばしたとき、間近でクラムの起動音がした。リアスは咄嗟に手足を交差させて萎縮する。すぐ隣に敵が、青いクラムがいる。

 すぐに止めを刺す気配はない。捕獲、捕虜にするつもりなのか、そして見せしめに、リアスの思考はネガティブな方向へ流れていく。

 闇の中でリアスの聴覚は過敏になり、緊張で高まる鼓動が冷えた空気によく通った。そんな静寂に青いクラムのパイロットであろう足音が、リアス機をよじ登ってきた。リアスは備え付けられていた使い方のわからない拳銃を握る。足音は頭上で止まり、コックピットをノックしてきた。

「モシモシ」

 敵パイロットがたどたどしく発した言葉は、リアスの母国語での挨拶だった。

「いるんだろ。返事がなければハッチを吹き飛ばすぞ」

「います」

 ハッチを何度も踏みつけながらの脅し文句で、リアスが咄嗟に答えると笑い声が帰ってきた。

「お前、この間の新型機といっしょだったやつだろ」

「そうです」

 鉄の板を挟んで敵兵同士が、暴力を振るうだけの戦場で会話をしている。不可思議な感覚に、リアスの銃を持つ手が緩んでいた。

「やっぱり撃たなかったな。どういうことだ。弾丸が入ってないわけではないのだろうに。お国柄か」

 副長もそんなことを言っていた。とリアスは思い返し、そんなことを言うために戦線を離れ、そんなことを確かめるために無謀な突進を仕掛けてきたのか、といよいよ不可思議に陥っていく。

「おかげで見事、誘いに乗せられたよ。動けない敵を殺し損ねて、拠点は制圧されるだろうな」

「わかっていて、どうして」

「この紛争で得たいものが勝利じゃないからさ。逃げたいやつもいれば、暴れたいだけのやつもいる」

「投降するのですか」

「それは手続きが面倒になるから、逃げる」

「良いのですか。それで」

「良いんだよ。軍人じゃないし、あいつらに雇われているわけでもない。お前も来るか」

「冗談ですよね」

「半分は、な。世の中、冗談半分で国が一つなくなる」

 敵パイロットは親しみがこもる語りと続けた。滅びた国の話は、前大戦の出来事だ。リアスは、この紛争が火種になって、再び世界を巻き込む乱流を予感した。

「センスのない冗談です」

「そのとおりだ。遊びにもなりゃしない」

 乾いた笑いが上がる。芝居がかった、いかにも人間と言った、憂いを含む、そんな音色にリアスは同調した。笑うも泣くも、怒りさえも冗談だ。誰とも同調しない、もっと純粋な感情でなければ戦は始まらない。

「終わったな」

 その一言で辺りは静まり返った。遠くでしていた撃ち合いが止んでいる。駆け下りる足音がして、起動したクラムが離れていく。リアスは暗闇の中で、小さくなっていく駆動音に耳を傾けていた。

 拠点制圧は成功し、八機のクラムが回収された。そのなかに青い機体はなかったと救援に来た部隊から聞かされる。軍側に大きな被害はなく、リアス機もわずかな修理で自走可能になり、合流した作戦部隊は完勝ムードで沸いていた。

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