第2話

 隊長不在の間、リアスは単身で別部隊に移動することになった。その配属先はクラムの試験を行っているチームで、戦闘には参加していない。

「クラムより、人間がどこまで耐えられるかって試験だろうね。戦場以上に過酷なことをテストされるかもな」

 身支度を済ませたリアスを、ハヤチネがからかう。

「人を乗せるから、能力が半減しているらしいですね」

「半分どころか、八割方抑えられているだろう。昔のビデオは見てないのか。あんなのに人間が乗ったらアッと言う間にバラバラだ」

 どうにも戦場は皮肉が多い。生死を実感する距離が近いほどに遠い言葉を選んでいるかのよう、そんな言葉に従うしかないのが兵士なのか。兵役のないリアスがここで一番に感じた印象だ。

「二人揃って出迎えか、暇だと思われるな」

 リアスとハヤチネの元にヤマセがやってきた。ほどなくしてクラム輸送の大型トレーラーが到着する。

「これは、副長自ら、恐縮です」

 トレーラーから降り立った運転手が崩れた敬礼で洋々とヤマセへ歩み寄る。

「隊長自ら出向いてくるとなれば、当然ですよ」

「お前が隊の指揮を取れば、こんな移動はなかっただろうに」

「むしろ、アリソさんがこっちへ来ての指揮を取ってくれるものかと」

 二人は笑ってけん制しあう。仲が良いのかどうか図りかねているリアスに、アリソが目を向けた。

「君が期待の新人か。短い間だが、よろしく」

 急に声をかけられたリアスは反射的に会釈で返す。いかにも一般人らしいしぐさが新人であることを示している。

「荷物はそれだけか」

 アリソが足元に置いていたリアスの、わずかな生活用品と数日分の下着が入ったカバンを手に取った。

「これは乗せておくから、クラムを起動させてくれ」

 トレーラーを指差すアリソの支持を受け、リアスは駆け足で、いくつかの外装が張り替えられマダラになった自機へ向かう。

 狭いコックピットに体を押し込め、エンジンをかければ無骨な外見に似合わぬ、繊細な回転音が響く。クラムの操作は、右手側レバーで制御、左手側レバーで移動を行うことになっているが、トレーラーからの信号を受けた機械は自立行動を起こす。

 搭乗者に求められるのは技術ではなく判断で、パイロットという呼び方を怪しく思うリアスをあざけるよう、クラムは素早く狂いなく荷台に収まった。

 リアスが車両の座席に乗り移ると、トレーラーは走り出す。

「到着まで三時間だ。寝てていいぞ」

 アリソはリズムを取るよう、ハンドルを小刻みに振って、舗装されていない道を楽しんでいる。備え付けのテレビがエルドラドの現状を伝え、画面には武力組織の首謀者と思われている人物が映っていた。

「この人を捕まえれば、この争いは終わるのですよね」

 退屈したリアスが会話のきっかけを求めてアリソに問いかける。

「そうなれば良いが」

 苦いものを噛んだ顔をして、アリソは口元を緩める。

「映像は使いまわされているものばかりだし。もう、この世にいないヤツかもしれないな」

「偶像みたいなものですか」

「難しいこと考えなくても、あと十三機で我々の仕事は終わりさ」

 現在、所在が不明となっているクラムの数だ。それが武力組織の保有するクラムの数と示唆された。敵側の戦力からクラムを排除できれば、こちら側のクラムも戦線から下げると言う。何十年も解体せずに保管されていたことが、今回の不測事態になったのか、または備えていたのか。扱いの難しい兵器であると、戦争が生んだ異質を体現している。

 結局、会話らしい件はほとんどなく、目的地に到着した。

 リアスの居た前線基地より一回り大きい敷地に、試験するためであろう設備が多く見受けられた。そんななかで特にリアスの目を引いたのが、トレーラーの止まった先にある倉庫で佇む一体のクラムである。

「新型だ」

 くすみのない装甲の前で立ち止まり、リアスは思わずつぶやいた。

 荷物を指定された部屋に置き、アリソの部隊員と顔合わせをする。隊長、副長、そして新型機の搭乗者の三人で構成されていた。

「予定時間が迫っているし、難民キャンプ地まで編隊移動の試験を始める。二〇五は新型機の後ろについてくれ」

 簡単な説明で各々のクラムに乗り込む。すでに送られたデータから、キャンプ地までのコースが算出されていた。隊長のアリソ機の先導で、最後尾に副長機が付いた。リアスは新型機の背を追う。

 人間のスペースを後付した既存のクラムと違い、新型機の外見は操縦席の位置がわからないほどスマートになっている。

 見晴らしの良い平野を四機のクラムが等間隔でぶれることなく行軍する。人間の搭乗を想定して作られた機体も制御のほとんどは機械任せなのだろう。

 問題なく難民キャンプ場にたどり着いた。いくつものテントが建ち並んでいる。配給と間違えたのか、住民がかつての殺人機械に臆することなく集まってきた。

「外周を一回りするぞ」

 クラムに拍手喝采をおくる姿も見受けられた。そんな様子をモニター越しに眺めるリアスの、保守的と思われたエルドラド住民のイメージが覆される。

 この人たちにとって、支援は必要なのだ。それを拒み、攻撃さえ仕掛けてくる国とは、何をさえぎり、何を守るのか、世の中の仕組みに疎いリアスに正しさは見つからない。

「索敵に反応が三つ」

 警告音と同時に無線が鳴り、リアスは反射的にレバーを握る。前回の奇襲と違い、地平の見える場所で、敵機との間に充分な距離と視界が確保できた。

「戦闘態勢」

 アリソの命令が下り、クラム制御を戦闘モードに切り替えると、モニターに映る難民一人一人が標的を印す黄色の枠で囲まれた。

「二〇五は待機、新型を護衛。副長、迎え撃つぞ」

 二機のクラムが敵へ向かっていく。リアスは新型機の横に並ぶと、レーダーで状況を観察する。二対三、人間がクラムに乗り始めて数ヶ月。無人兵器であった特性もあり、技術的な戦略はなにもない。数で勝るほうが有利になる。

 救援要請は済ませている。到着までの時間をしのげるかが、勝敗の分かれ目だ。援護に向かうべきか、待機の指示を受けながらリアスは最善を求めて焦りだす。

「一機抜かれた。青いのがそっちへ行ったぞ」

 アリソのノイズが届く。二度目の実戦も覚悟が定まらぬまま訪れる。戦場からわずかに後方という根拠のない安全圏は失われ、リアスの全身が脈打ち、恐怖から逃げるよう促す。しかし、理性が踏みとどまり、逃げることは出来ないと正す。

 近づいてくる敵機に緊張感が増していく。それは胸の内からこみ上げて、呼吸を詰まらせる。 

 相手の目的は何だ。有利な状況を捨て、単独で向かってくる理由は何だ。モニターをにらみ、迫りくる敵を見据えた。

「真っ青じゃないか」

 リアスのつぶやきが狭いコックピットに反響する。原色で覆われた標的がリアスの整いかけた覚悟を乱す。クラムの不穏な挙動に難民たちがざわめきだした。

 ここでの戦闘はキャンプ場に被害が出る。リアスが迷う隣で、新型機が発砲と開始した。

 砲撃の轟音に人々の悲鳴が混じる。肝心の攻撃は有効射程外であるため、難なく回避される。当たったところで効果はないだろうが、青い機影に惹きつけられるよう、無駄弾を撃ち続ける。

 そのための青色なのか。対人である以上、心理的な戦術もあるだろう。リアスは新型機より前へ出て、自らを晒す。敵対距離が射程内に縮まり、照準の追跡が細かな動作に、機械の武者震いに反映される。

 弾切れか、リアス機が割って入ったためか、新型機は沈黙している。射程円周に沿って旋回する青いクラムの攻撃初動を、リアスは背中に走るわずかな寒気で感じ取り、真っ直ぐに機体を向けた。

 閃光と発煙。続けざまの衝撃に鉄が弾け、コックピットを叩く。リアスは鼓膜を指す重い高音に耐えながら敵を正面に収める。

 クラムの前面は、攻撃に対して強い構造をしている。隙間を作って幾重にも合わせた装甲と取り付け角度が着弾を受け流す。リアスは入隊時に教えられた説明を信じ、襲い来る脅威と向き合う。

 数秒、数発の間、恐怖よりも針穴に糸を通すようなもどかしさと苛立ちでリアスは頭の内にしびれを感じていた。それが敵意に成り代わる頃合を見計らったよう、青いクラムは射程から外れ、後退していった。

 ほどなくして援軍が到着し、どの機体にも大きな損傷はなく、アリソと合流した。

「足止めを食らったみたいだ。狙いは新型機だったのかもな」

 アリソは軽い口調で先の戦闘分析している。数人の難民が顔をテントから覗かせる視線に見送られ、リアスたちは帰路に着いた。

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