天弓

@1640

第1話

 暗がりに浮かぶ赤や青の光に取り囲まれ、リアスは息苦しさを感じながら、逃げ場を探すように目を泳がす。

「二〇五、返事をしろ」

 突然、割れる大声が反響して、衝撃に体を揺さぶられる。咄嗟に両手を伸ばして身を支えたとき、そこが操縦席であることに気づくのだった。

「二〇五」

 再び聴覚に刺激を受け、視界などの感覚も鮮明になっていく。

「はい、大丈夫です」

 襟元に備え付けられた無線機で応答してシートに座りなおすと、右手の操作レバーを引いた。エンジンの力強くも涼しげな回転を足元で感じ、傾いていた機体を起こす。

 正面のモニターに部隊長サムトが搭乗する重兵器クラムが映った。先ほどの衝撃はサムト機にコツかれたものだろう。左右を埋め尽くす計器はすべて正常を示していた。

「エルドラド北西を巡回中、工場跡地で敵クラム三機の奇襲を受ける」

 ガレキと煙で荒廃した景色にピントを合わせ、リアスは今に至る経緯をつぶやいた。激しく撃ちつけられた弾丸の、鉄をえぐる音が脳裏から呼び戻される。

「二〇二、現状報告」

 リアスの安否を確認したサムトは、副長ヤマセへ無線連絡を飛ばす。

「こちら二〇二。撃破した二機のパイロットは逃走しました。二〇三の損傷がひどく戦闘継続は無理ですね」

「移動は出来るのだな。そのまま後退して増援回収隊と合流しろ。残り一機はこちらで当たる」

「二〇二、了解」

 ヤマセは即答して無線を切った。

 そのやり取りを聞いていたリアスは不安にかられる。副長ヤマセと二〇三ハヤチネの二機が戦線離脱すれば、実戦経験のないリアスと同期のダヤックが現場に残ることになる。相手が一機とは言え、素人同然の二人が隊長の足を引っ張ることにでもなったら。

「最後の一機は三キロメートル先の建造物に身を潜めて動いていない。こちらから仕掛けるぞ」

「わかりました」

 緊張で声が出ないリアスに代わって、ダヤックがハツラツと答える。

「二機は、このまま前進して敵の注意をひきつける。回り込んで側面から仕留めるのは二〇五、お前の役目だ」

 思わぬ大役を任されたようでリアスは言葉を詰まらせた。

「代わってやろうか」

 ダヤックの冷やかしによってリアスは意志を固めることになる。

「やれるな」

「はい」

 サムトの問いかけにリアスはしっかりと答えた。

「東側に搬送用の舗装道路がある。迷いは味方を殺すぞ」

 サムト機が反転し攻撃態勢をとる。ダヤック機がその隣へ並んだ。 

「狙う必要はない。銃撃は周囲にばら撒いてかく乱させろ。状況開始」

 二機のクラムが機関銃を撃ち鳴らしながら敵が潜む方角へゆっくりと前進していく。リアスは轟音にまぎれて右回りにクラムを走らせた。ガレキの起伏、障害の回避を機械制御に任せて進む。

 着弾で砂煙が巻き上がる。迂回しながらその様子を観察していたリアスは、反撃を示す発光を見つけた。敵機の位置を特定し、味方の射線から直角になる場所で機体を止める。

 前方は煙と熱と音の幕で覆われ、標的を補足出来ない。距離をつめる必要がある。慎重になっていては気づかれてしまう。連続する迷いにリアスは部隊長の忠告を復唱し、制御リミッターを解除すると左レバーを目一杯に倒して弾丸飛び交う中へクラムを加速させた。

 警告の赤い点滅と鳴り続けるアラーム。自動制御のない機体は悪路で激しく上下にはね、左右にぶれながら一点を目指す。リアスは背もたれに体を押し付けて踏ん張り、目を細めてモニターの、その先へ意識を向ける。一心に凝視する視界は周囲の景色を遠ざけ、絞り込んだ真正面を引き伸ばし、浮かび上がる機影を捉えた。

 リアス機は勢いのまま敵クラムの側面に体当たりを食らわせた。シートベルトが肩に食い込む。頭部がどこかに打ち付けられる。圧倒的な力の作用が火花と一瞬の間を作り、バランスを崩した敵機に追い討ちをかける。二機はもつれるように数十メートルの引きずった。

 銃撃が止み、静まり返るコクピットの遠近のゆがみを直すよう、リアスは首を振ってモニターを見つめる。立ち上っていた砂埃が流れて状況があらわになっていく。自分の機体が相手クラムを横転させ、その側面に乗りかかって押しつぶしていることを把握した。

 そこへサムトの穏やかな無線連絡がリアスに届く。

「二〇五。現状を報告しろ」

「二〇五です。目標は沈黙しています。倒れているところを押さえつけているので動くことは出来ないはずです」

「わかった。そちらへ向かう。そのまま密着していろ」

 リアスは今一度、モニター越しの敵クラムを観察する。横転したことで背後のコックピット部分が確認できた。この中に人が乗っている。動く気配はない。観念したのか、気絶しているのか、それとも、めぐらす考えをサムトの警告がさえぎる。

「不用意に正面から近づくんじゃない」

 その叫びで、リアスがあわててレーダーに目を向ければ、味方の青いマーク、ダヤック機の接近を示していた。同時に沈黙していた標的が、かみ合いの悪くなった歯車を無理に回して動き出す。振りほどかれないよう出力ペダルを踏んで、相手に重量をかけるが、それでも照準をダヤック機へ向けると砲撃を開始した。

 弾切れになるまで続いた攻撃を受け、崩れていく僚機を、リアスは声を上げることもできずに見送ることしか出来なかった。


 クラム三機撃破、捕虜一名の戦果を上げて、サムト隊は前線基地に帰還した。

 窮屈な操縦席から開放されたリアスは、地に足をつけて自機の正面に回る。外装に刻まれた亀裂や窪みの酷い有様に、ようやく実戦の緊張がおとずれ鼓動が高鳴る。息が上がり、手足の震えを抑えられず、その場にへたり込んだ。

「お帰り、功労者」

 副長のヤマセが出迎える。あわてて立ち上がろうとするリアスを制止させ、その横に座ると手に持っていた湯気立つコップを渡す。

「大したものだよ。初陣で一機仕留めるなんて」

 会釈をして受け取ったリアスは、細かく波立つコップの中を見つめる。

「仕留めてないです。そのせいで、あの、ダヤックさんは大丈夫なのでしょうか」

「かすり傷ひとつ負ってないよ。問題は外傷じゃなくて、ここ、いや、こっちかな」

 そう言ってヤマセはこめかみから胸へと指先を移した。

「問題はもう一つ。お前が仕留めたクラムのパイロットな。お前と接触した後のことを覚えていないそうだ」


 事の発端は半年前、小国エルドラドが震災で壊滅的な被害を受け、各国が支援に乗り出したことから始まる。

 エルドラドは独立意思が強く鎖国的な姿勢を貫いていたため、政府は支援を拒んでいたのだが、明日をも知れぬ民間人の暮らしぶりに、各国は善意をかざして復興のための食料や資材、人材を送り込む。

 それを侵略と危惧したエルドラドの一部組織が武器を取り、支援団体に攻撃を仕掛ける過激な手段に出た。その武器の中に、前大戦で非人道的と使用禁止された無人兵器クラムが現れ、事態を悪化させる。

 戦時中のクラムは、毒ガスのような広範囲、長時間に影響の及ぼすことのない兵器と謳われた。一方で機械が人間を殺す道徳性を問う声も上がり、高尚な教授だか学者に「人間を殺すのは人間でなければならない」と言わしめ、戦争の収束とともに結ばれた条約でクラムの運用は凍結された。

 そんな負の遺産が、有人兵器に改修されて現代によみがえる。数十年前の代物ではあるが、その性能は既存の技術を凌駕するところもあり、目には目を体現する間抜けな状態に陥って今日に至る。


 夜が更けた頃、回収した敵クラムの検証に立ち会っていたサムトが宿舎に戻ってきた。

「なんだ。お前一人か」

 会議室に入ったサムトが、室内で資料に目を通していたヤマセに問いかける。

「ハヤチネとリアスには大事をとらせました。ダヤックの復帰は難しいですね。相当ブルっているようで」

「そうか、部隊としての活動はしばらく出来なさそうだな」

 二人は机を挟んで向き合う。

「本部へ戻るのですね。やはりあのクラムは」

「明日一番でそうなるな。まだ可能性の段階だが、やつらにとっては無人兵器こそが都合に合うだろう」

「これを見てもらえますか。ちょっと気になることがありまして」

 ヤマセが机に置かれた資料、その一枚をサムトに手渡した。

「今日の戦闘データだな。これはリアスのか」

 そこには今日一日のクラムの行動と状態が記載されている。移動の距離と範囲、速度の加減、照準、カメラ向き、被弾箇所、発砲回数等。

「発砲無しとは、確かに気になるな」

 サムトがデータを眺めながらつぶやいた。

「ええ、あれだけの混戦で。三十発を超えている同期のダヤックより、ロックオン時間が長いのに」

「その理由は聞いたのか」

「いえ、気づいたのは、ついさっきですから」

「撃たずに済むならそれに越したことはない。成果は出しているし問題ないだろう」

 撃たなかったのか。撃てなかったのか。そんな人の迷いが人を救うことになるのかもしれない。サムトはリアスに突きつけた言葉を思い直していた。

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