法銃
@1640
第1話
日が落ちて、電光瞬く街中を一台のパトカーがサイレンを響かせて走り抜けていく。巡回中に近くで発砲があったと連絡を受け、勇ましく現場へ向かっている最中だ。
「E島A子、十九歳、学生ですね」
「撃たれた奴か」
「いえ、撃った方です」
助手席の若い刑事が、手元の端末に表示された情報を読み上げ、運転する年配刑事の質問に即答する。
「発砲は四秒の間を置いて二回、北西方向に撃たれています」
夕飯時の落ち着いた時間帯なのか、道を行きかう車は疎らになっていた。
現場は市街地から離れた小さな公園。車両の進入を防ぐポール前にパトカーを止めてエンジンとサイレンを切る。回転灯の駆動音が聞こえるほど静かだった。
刑事二人が暗闇の園内へ駆け込むと、すぐに外灯に照らされて倒れる人影を見つけた。
歳三十前後の男が仰向けなって小刻みに体を震わしている。若い刑事が救急車両を要請し、年配刑事は倒れている男の前にしゃがみこんで声をかけるが返事はない。
端末の情報どおり、胸と腹から出血があり、頭は北西を向いている。周辺を見渡すが人の気配はない。目撃者はいなさそうだ。
「撃った奴、E島の住所はこのあたりだったな」
「はい、この先のアパートの二〇三号室です」
年配刑事は立ち上がり、若い刑事が指差した方角へ歩き出す。
「一人で行くつもりですか、危険です。相手はまだ銃を所持しています。錯乱状態であることも」
「こういうことは早いほうがいい。お前はこいつの身元を調べておけ」
相方の制止を軽く手を振って払い、公園を後にした。
月明かりだけが頼りの夜道を慎重に歩くと目的の建物が見えてきた。
簡素なアパートの二階へ続く階段を上がった通路から見える景色は、真っ黒な夜空の下で街火がキラびやかに散りばめられている。
二〇三の札が付いた扉は半開きの状態だった。隙間から様子を伺うが内は暗いばかり。
「E島さん、警察です。いらっしゃいますか」
応答を待たずに扉を全開し、玄関に踏み込んだ。ゆるやかに風が抜けていく。
闇に目を慣らすよう足元からじっくり視線を延ばす。奥のカーテンが一つ波を立て、その横で女性が壁にもたれてうずくまっている。
手探りで触れたスイッチを押すと玄関に明かりが点る。自身の存在を示すよう、一歩一歩ゆっくり床に押し付けて歩み寄る。女性の手に証拠となる凶器が収まっていた。銃口は力なく下り、警戒や攻撃の意志はない。
女性が首を捻り、涙を含んだ瞳を訪問者に向けた。
「E島A子さんですね。警察のものです」
腰を落とし、幼子をあやすよう目の高さを合わせ、拳銃に手をかける。
「男の身柄は確保しました。もう大丈夫です」
もう大丈夫ですよ。と言葉を重ねた。拳銃は何の抵抗もなく女性の手から離れた。年配刑事は即座に残弾を確認する。
遠くよりサイレンが聞こえてきた。
翌日、男の部屋からE島A子を隠し撮りした写真が多数押収される。これにより彼女のストーカー被害が立証され、正当防衛が認められた。
「おつかれさまでした」
廊下の長椅子に腰掛ける年配刑事に若い刑事が挨拶をして隣に座った。
「今回みたいなのは勘弁してくださいよ。捜査は二人が原則ですから」
そう言いながらも若い刑事は笑っていた。すまなかったな。と年配刑事は軽く頭を下げて言葉を続けた。
「彼女が申請に来たときに男の部屋を調べていたら、今回のことは起きなかったんだよな」
「その時はまだ男の素性が分かってなかったみたいです。証拠がなければ我々は動けませんし」
「証拠を探すのが俺たちの仕事だろうに」
「調査するには多すぎるんですよ。この手の事件は」
若い刑事は高々と両手を上げて背筋を伸ばした。
警察が動く時は、なにもかもが終わった後なんだよな。年配刑事が深いため息を付いたところに若い刑事が問いかける。
「すぐにアパートへ向かったのは、彼女が自暴自棄になって無茶することを未然に防くため、ですよね」
多発するストーカー殺傷事件に対処すべく、国は条件を満たす申請者にGPS等の機能が付いた拳銃の所持を認める法を制定した。
法銃 @1640
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