第4話過去の自分へ

決して、叶わないと思っていた。過去に戻れたからといって、助けられるわけがないと。けれども、今は手が届きそうなところまで来ている。

 それも、アルドとエイミ、そしてその仲間に助けられたからだ。そしてもうすぐ、決定的な瞬間が近づいている。


 「見えた! もう襲われている!」

 「まずは周りのやつらを片付けて__」


 それでは、奥にいるあの子を守ることはできない。自分もろとも魔獣にやられてしまう。


 「アルド! 頼みがある!」

 「なんだ、ゴースト!」


 「俺を、馬車の方まで思い切り投げてくれ。ある程度は向きも変えられるから、届けばいい!」

 「__分かった、投げるぞ!」


 接敵の直前、近くの魔獣をエイミが払い__馬車を目掛け思い切り投げた


 「アルド、ありがとう。」


 投げた瞬間、その言葉だけが耳に残った。もう姿は見えない、寂しさを感じる前に魔獣たちにさえぎられた。


 「今はこいつらを倒すぞ!」 「ええ、背中は任せたわ!」




 どうして、強くなれないんだろう。毎日思っていた。だから、寝ても覚めても強くなることを考えていたし、剣の練習も一日だって欠かしたことは無かった。

 それでも、ほんの少ししか強くなれなかった。周りの人はまだ子供だからというが、子供でも強い人はたくさんいる。そんな人たちに憧れて、追いつきたいと思っていたのに……


 「うう……」


 馬車への急襲、反応できずに倒されてしまった。何とかスリノと一緒に出てこられたけど……周りは魔獣に囲まれている。今は何とか抑え込めているけれど、このままじゃ持たない。


 「一人で、逃げられる?」

 「ごめん、足が、動かなくて。でも錬杖兵器がもうすぐ__」

 「……ああ、必ず助けが来る。」


 違う、錬杖兵器の活動範囲ギリギリの場所だ。来るまでに時間はかかるし、魔獣族がそこまで考えないで攻めてくるはずもない。なんらかの策があると考えるべき。

 スリノは動けない、ここで守りに徹しながら造園が来るのを待つしかないけれど……果たしてできるだろうか。


 少しずつ、倒されていく兵士を見ながら、決して隙を見せないようにゆっくりと動く。目的はきっと、スリノとその両親が持つ錬杖の研究成果。このままじゃここに居るみんな全員__


 「そこだぁ!」「ぐあっ。」


 駄目だ、一人突破されてこっちに向かって来る。スリノを守らないと。


 「おやおっやあ、勇敢な、いや蛮勇のチビ戦士が一匹。かっこいいねぇ~、でも無駄だよ。ほうらッ!」

 「ぶ」


 ただの一振り、それだけで吹き飛ばされ岩に叩きつけられた。脳も一瞬でショートし、息は続かない。でも、このまま倒れていられない。


 「できなくても__」

 「おお、立つのか。でも、次はどうかな?」


 ゆっくりとこちらに近づいてくる。いたぶっているのだと、楽しんでいるのだと分かっている。それによる怒りで、奮起し立とうとしても、立てない。視界が滲む。

 体が震えている、頭を打ったからか、それとも怖いのか。ここで立てなかったら、もう終わってしまうのに。


 火の海に囲まれながら、ゆっくりとこちらに向かって来る魔獣。身体は動かない、無理に動いても駄目なのはわかっているけれど、せめてこちらに意識を向けさせ続けないと。スリノに意識が向かないように。


 「お前ぐらい、僕だけで十分だ。」

 「おおー、威勢がいいな。でも、この状況は流石にどうにもならねんじゃねえの?

  そら、もう一発。」


 遠くから勢いよく駆けてくる。このまま食らえばもう命はない。避けようにも這う動きでは間に合わない。

 ゆっくりと流れていく視界の光景。敵は確かにこっちに突っ込んでくる、打つ手はもう持っていない。

 けれど、まだ前を見る。ここで終わったら今までの練習が無為になってしまう。そしてこのまま死んでも、スリノは助からない。

 死んでしまうのなら、せめて一人でも多く、一撃でも多く敵に与えてからでなければ。


 守ると誓った、その務めを果たすんだ。


 ふいに、変な音を聞いた。何か、こっちに来る。


 「くらい、な、あ。」


 動きが止まる。前のめりに倒れた首には、瘴気を纏った木剣が突き刺さっていた。


 「これ、は。」


 助られた、という感覚よりも、もっと別の感情が占めていた。

 不思議と、恐怖は薄れた。周りにはまだ魔獣がいて、兵士の人も戦っているのに。

 

 瘴気を放つ武器は微動だにしない。魔獣にはまだ息がある。


 「自分の手で、やるんだ。」


 声が聞こえた、いつも聞いているような、久しぶりに聞いたような。親の声に似た、けれど子供のように震える声。


 「僕にはできなかったことを、君に託したい。

  君が切り開け、君の手で。」


 そして声は止んだ。周りの喧騒が囃し立てる。

 選ぶのは自分、それでも、ここで剣を引かないという選択肢は無かった。最初に剣を持った時から、覚悟はできていたんだから。


 「______!」


 一息に、剣を突き立てた。触ってから分かる、朽ち果てた木剣。どれだけの思いが込められた、生きた剣だったのか今では分からない。


 魔獣の体から剣を抜く。折れているのに研ぎ澄まされた鋭利ささえ見紛うほどの力を感じた。

 剣から溢れ出す瘴気は際限がない、子供の身などすぐに囲んでしまった。

 ゆっくりと体になじむように溶け込んでいく。今まで使っていた身体なのにずっと軽い、生まれ変わったような感覚というのか。


 瘴気が収まった。数瞬の出来事。しかし力の使い方は分かった。今の自分が振るえる限りの力で、必ず守って見せる。


 「最優先は、スリノ! ちょっと抱えるよ。」

 「わうっ! 急にどうしたの⁉ さっき変なモヤ吸ってたじゃない、大丈夫なの?」


 スリノを抱え運び、岩を背もたれにしてゆっくりと座らせる。怪我に響いたら大変だ。


 「大丈夫、なんだか気分がいいっていうか、さっきまでと全然違うんだ。

  これなら、必ず守れる。」


 背後にいるスリノに向けて、誇るように言う。自分への気合を入れなおすために、目的を忘れないために。


 「あそこだ、見つけたぞ!」


 増援に来た人ではない。陣形の穴から入ってきた魔獣兵だ。


 「タキス!」


 敵は眼前、先ほどの魔獣よりも速いけれど、どこか冷静に見つめられる。速い足を崩せればいい。


 「はっ__!」


 剣を払い、瘴気の塊を飛ばす。狙うは足元、転倒を誘う。


「なにィ⁉」

 「りゃあッ__!」


 落ちた速度に噛み合うよう、すれ違い様切りつける。魔獣は地に伏した。

 足りなかった力もやりようで補える、これならスリノを守れる。


 「ここで、応援が来るまで、君を守り切る!」




 「せあっ!」


 響く打撃音。魔獣の数は想定以上のものだった。それに比べて倒れている護衛の人数は少ない。もともとの護衛が少なかったのか。


 「見えた! あの岩場で闘っている!」

 「周りは私が、アルドは先に!」


 短く言葉を交わし、単身子供たちのもとへ向かう。


 「無事だったか⁉」

 「あなたは……ええ、何とか持ちました。」


周りには数体の魔獣が地に伏している。これをたった一人でやったのか。


 「すごいな、後は任せてくれ。」

 「まだ、何とかなります。」


 見栄ではない、本当にまだ戦えるのだろう。戦意も無くなっていないし、余裕もある。でもその余裕は捻りだされている物だ。これ以上の戦いは課せられない。


 「いや、もう十分戦った。周りの注意はしてほしいけれど、ここから先は俺とエイミに任せてくれ。」


 後は俺たちが、この戦いを終わらせる




 「この度は、本当にありがとうございました。」

 「そんな、俺たちは偶々間に合っただけで、感謝ならタキスに言ってください。」


 戦闘後、リンデの方からやってきた兵士の人たちと合流した。


 「タキス、お前すごいぞ! 大人でも勝てないような魔獣を何人も倒しちまうんだから!」

 「そうだぜ、こいつなんか初めて魔獣と闘ったときはそりゃビビッててな……

 「おい! それは言うなっての!」


 タスキを褒め称えながら、リンデに向かう。近くには馬車がありスリノという女の子も乗っている。


 「それで、スリノは大丈夫なんでしょうか。ひどい怪我とかには……」

 「それなら心配いらねえぜ。医学の心得がある奴にすれば、ちょっと骨に罅が入っているぐらいだ。治療すれば元通りになる。」

 「……良かったぁ__。」


 安心したのか、張り詰めていた気配が解ける。ようやく落ち着けたみたいだ。


 「なあ、タスキ。その木剣は……」

 「これ、ですか。僕が魔獣に殺されそうになった時、これが飛んできて助けてくれたんです。何か知っているんですか?」


 知っているけれど、言うべきか迷う。

 恐らく、守れなかったと言っていたのはあのスリノという子供の筈だ。であれば、目の前にいるタキスが、死んだ後何百年も経って怨霊になってしまった

 これをそのまま伝えるのは、タキスにとってどうなのだろう


 「? どうしたんですか、アルドさん。」

 「……俺たちも、詳しい事は分からないんだ。君は何か心当たりはないかな?」

 「最初の魔獣の攻撃で、僕の持っていた木剣は折れてしまいました。その時にこれが飛んできて……。」

 「でも、変な瘴気を吸ったんです。そしたら以前までできないことができるようになっていて__」


 戦いをぽつりぽつりと、思い出すように語る。瘴気を吸ってからは動きが軽快になって魔獣たちと互角以上に戦えたこと。地面を操ったり、水を出したりして撹乱することもできるようになったこと。


 「そうか……それはきっと、誰かが答えてくれたんじゃないかな。普段から剣の練習を頑張っていたじゃないか、それが土壇場で成就したんだよ。

  守りたい、強くなりたいって気持ちが。」


 「そう、ですか。

そうですね、今日の事を忘れず、これからも稽古を積んでもっと多くの人を助けられるように頑張ります!」

 「ああ、その意気だ!」


 「アルドーー! こっち来て手伝ってくれない?」

 「今行く!」


 エイミとも、話してみた方がいいかもしれない。タキスに真実を伝えるのかどうか。


 「………………僕、剣の練習をしてたこと、アルドさんに言ってないよね。」




リンデに着いたのはすでに深夜。今から事情聴取をするのは不可能だろうと、その後は迎賓館にて休憩を取ることになった。翌日には今回の事件についての調査が開始され、俺とエイミも重要な参考人とのことで取り調べを受けることに。

 すべてを終えたのは、二日後の朝であった。そして今回の事件が一段落着いたとして、会食が行われている最中なのだが。


 「うう、少ししか眠れなかった……」

 「まあしょうがないわよ。国の一大技術に携わる名家の娘が、危うく命を落としかけたんだから。時間はかかっても最初から犯人扱いとかされなかったし、むしろほっとしてる。」


事件の主犯も捕まった。長らく潜入工作をしていた魔獣が情報を制御し、いつリンデからユニガンへ向かうか、使われる兵士は何人かなどを事細かに計画していたらしい。

阻止できていなかったら、魔獣と人間の間に再び大きな亀裂ができていたことは間違いないだろう。


 「そう考えると、何とか防げてよかったと思うよ。でも……」

 「……ゴーストの事でしょう? 多分、もういないんでしょうね。」


 タスキの事をエイミに話した時、ゴーストがどうなったかという意見は同じだった。

 恐らく、満足して消えてしまったのだ、と。心残りが無くなってしまえば、怨霊の類は満足して消えていく、そのために故郷に帰ることを選んだのだが……


 「まさか、お別れもろくに言えないなんて。タキス君も、何も知らないんでしょう?」

 「ああ、どうして剣が飛んできたのか聞いてきたし、気づいていないと思うぞ。」


 「それなら、このまま知らない方がいいのかな。」

 「でもそれは、何だか悲しいじゃない。あんなになるまで一人でいたのに、昔の自分にも気づかれないなんて……」


 どうする。伝えなかった場合、本人は不思議に思うかもしれないけれど、有りえたかもしれない過去を知らずに済む。伝えた場合、どうして力が手に入れられたという謎は解けるけど、力が及ばずに死んでいたという事実を知ることになる。

 どっちが、タキスにとって……


 「でも、おかしくないか。俺たちがどっちがいいかを考えるの。」

 「それは……でも、自分が死んでいたなんてこと言うか言わないか、まだ小さいんだし受け入れられるか……」


 エイミの意見も分かる。事実を受け入れるか分からないなら、わざわざ知らなくてもいいことだ。それに、知ったからといって何かが特別変わることもない。

 タキスが未来の自分から受け継いだ力は、しっかりと残っている。水と土の属性が扱えるようになり、力や速度も以前より上がったようだ。


 「それならやっぱり__」

 「どうしました、こんなところで。中では会食が始まっていますけど。」


遠くに行くわけにもいかないからと、迎賓館から近くのところにいたのだが、裏目に出てしまったようだ


 「いや、ちょっと中の空気にあてられて……」

 「少し休憩していたところよ。」


 こういう咄嗟の受け答えは、エイミの方が得意だよなと考えつつ、タスキの腰に目が行く。そこには、朽ちて半ばで折れた木剣が下げられていた。


 「その木剣、今も持っているのか。」

 「ええ、命の恩人……とは言わないかもしれないですが。この剣が無かったら多分、僕はここに居ませんから。」


 ほんの少し、ほおを緩める。剣の正体には気づいていなくても、心のどこかで分かっているかもしれない。それに、その剣が無ければ、俺たちもここに来ることは無かったのだと思う。


 「アルドさん、どうしました。そんなに剣を見つめて。」

 「__何でもない。そろそろ中に戻ろうか。」


 話を切り上げて、中に戻ろうかとした時。


 「アルドさん、聞き忘れていたんですが、どうして僕が剣の練習をしていたことを知っていたんですか。」

 「え⁉ それは、最初に会ったときその木剣を振り回していたから……」


 そういえば、ゴーストから聞いていた事をそのまま話していたから、剣の練習をしていたことも気にせずに聞いてしまった。お互いほとんど初対面だったのに。


 「それだけでは、僕が剣の練習をしていたことなんてわからないと思います。それにこの剣、見てくれはいいとは言えません、これを振り回している子供は剣の練習をしていたなんてこと、普通は考え付きませんよ。」

 「そ、そうかな。俺はそんなことないと思うけど……」


 まずい、何を話せばいいのか考えがまとまらないぞ。子供は本当によく見ているというか、エイミから助け船を出してほしいけれど、それだと何かを隠していることを言ったようなものだし。


 「……………………」

 「ごめんなさい、尋問しているみたいになってしまいました。」


 落ち込んだ様子でそう言った。悪いのは隠している俺たちの方なのだから、よりいたたまれなくなる。


 「でもそこで黙るということは、その……」


 そこで言葉に詰まった。何かを隠していることにはもう気づいているのだろう。でも、それを俺たちから聞くことに迷っているのだ。

エイミと、目を合わせる。少し睨まれたが、こちらとしてはごまかせなくて申し訳ない。


 「どうするの、アルド。」


 小声で言われる、ここまで来たら伝えるべきだ。でも最後の一押しを、彼から聞いてからにしたい。エイミに小声で伝えると、納得してくれたようだ。


 「その木剣について、知っていることはる。

  でも、聞くかどうかは、君が選んでくれ。これを知ってどう考えるかを勝手に想像していたけど……タキス。君が選んだ方が、いいと思う。」


 目の前にいるのはゴーストが守ったタキスじゃない。ゴーストからもらった力で生き残ったタキスなんだ。これは彼自身が決めることだと思う。


「僕は……聞きます。

 ちゃんと聞いておきたい、僕の命を助けてくれたから。」


 「分かった。これから言うことは、信じられないような話かもしれないけれど、嘘はない。」

 「まずは、その木剣についてだけど……」




 今までのこと、そして木剣の正体について話した。


 「そう、だったんですね。死んだ自分が、未来までずっと思い続けていたなんて。」


 中々受け入れられないだろうと思っていたのに、タキスはずっと黙ったまま聞いてくれた。


 「その、大丈夫か。かなり変なことを話したと思うけど……」

 「いえ、嘘じゃないと思います。それに、この剣を握ったとき聞こえた声も、未来の自分だったなら納得です。どこかで聞いたような声だと思ったら、自分の声だったんですね。」


 納得したと言っても、顔は晴れやかではない、どこか沈んだようにさえ見える。


 「……でも、一つだけ分からないんです。どうして力を与えただけだったのかと。

  それだけに力があったなら、僕の意識を乗っ取るとかもできたのに……結局ゴーストは最後まで……」


 最後まで、そこからは続けなかった。ゴーストは最後の最後で自分で解決しようとはしなかった、できなかったのではなく


 「ゴーストは、何か言っていなかったか?」

 「彼は最後に、“君が切り開け、君の手で”とだけ。」


 「あ、こんなところにいた。」


 階段の上から声が聞こえた。女の子だろう。

 「スリノ! もう動いて大丈夫なのか⁉」

 「そんなに心配しないで。治療はもう終わっているから……それに、私は貴方の方が心配。

  変な瘴気を吸い込んで使っていたの、知ってるんだから。」

 「そ、それは……大丈夫、調子は良くなっているし、前よりもずっと強くなったから。」


 ぺたぺたと体を触られながら、言い合っている。そうか、この光景を知っていたから……

どうして力を渡すだけにしたのか……なんとなくわかった気がする


 「そろそろ戻らないと、会食始まっちゃうよ。」

 「うん、すぐ行く。先に待ってて!」

 「……早く来なさいよ。」


 「ごめんなさい、話を遮ってしまって。」

 「全然、大丈夫よ。でも、私たちもそろそろ戻らないと……」


 「ああ、俺たちも行こう。でも、タキス。やっぱり間違ってないと思うぞ。ゴーストが君に力を託したのは。」

 「そうでしょうか、あの話を聞くとどうしても、彼が浮かばれないというか……」


 「成り替わろうなんて気は最初からなかったんだと思う。彼はただ、残ってしまった自分をどうにかして終わらせたかっただけで……」

 「島を出たのも、故郷に帰りたいからだって言っていたものね。」


 「だけど、昔の自分に会って分かったのかも。本当は何をしたいのか。

  それは、子供の自分が生き残ってほしかった。誰かを守ろうと、文字通り命がけで闘うことのできる自分に。」

「…………」


 「…………僕、きっと守り抜きます。スリノだけじゃない、リンデもユニガンも守れる、立派な人になってみせます。

  彼に恥じない人になりたい、そうありたいから。」


 決意を決めた顔はもう俯かない。階段の向こう、セレナ海岸を超えてミグランスまで見渡している瞳からも迷いは消えていた。




 さざ波の音が優しく響く、ゆっくりとした時間を取り戻した最果ての島で、一人の少年が浜に座っていた。海岸の方を眺めている


 「結局、あの後行ったらもういなかったな。」


 あの喋る木剣は、昼に戻ったときにはモヤと共に消えてしまった。二人はそれを受け入れていたのに、やっぱりどこか寂しい気持ちが残ってしまっている。

 何をしたらいいか、何から始めるべきなのか。道が見えない。


 「おおおーい、アラグ、これ見ろって!」「すごいの見つけたーー。」


 大声をあげてこちらにやって来る。また何か見つけたのだろうか。思えば、最初に木剣を見つけたのもあの二人だったな。


 「どうしたの、こんどは喋る箱でも見つけた?」

 「なんだそれ、面白そうだな!」「でもちがーう。」


 「折れた木剣について、調べてみたんだ。そしたらコレ! 前に探した時に見つからなかったのは、変だけどさあ。」

 「この、みぐらんすってくにで、かつやくしてたみたいだよーー。うそなんじゃないかって、いわれてるみたいだけどーー。」


 記録には、わずかな文章しかなく、ただこう書かれている。


 腰に折れた木剣を持ちし戦士、国から人までを救い、守ること限りなし。

 その命尽きし後も、在り方に憧れを抱いた数知れず。長き平和の柱であった。


 「これって、もしかしてあの人じゃないかな?」

「おれたきのけんなんて、ふつうすぐすてちゃうもんねーー」

 「どうやったのかは知らないけど、本当に__アラグ、どうした。」


 気づかないうちに泣いていた。帰れたこと、本当にあの人なのかは分からないけれど。


 浜から立ち上がり、海の向こうを見る。


 「僕、決めたよ。」


 「ん?」「なにを?」


 「大地に行く。汚染されているから、時間はかかるかもしれないけれど。

  そして、いつかそのミグランスっていう国を見つけるんだ。」


 進むべき道は自分で決める。ようやく僕にも、それが見えた。

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光陰矢の如し @amina

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