第3話 変えたい過去
合成機龍にはすでに説明をしてある。快諾してくれたのはさすがと言うべきだ。
「それで、リンデに行ったら何をしたいんだ? どこか行きたい場所とか……」
風になびきながらモヤを漂わせている木剣に聞いてみる。
「……そうだなぁ、まずは町に行ってみて__そこで何かが見つかるまで、では駄目かな。」
「駄目ではないけれど……」
多分、この人は何かを企んでいるわけじゃないっていうのは、もう分かっているけれど。でも万一のことが無いとも限らないし。
「わかったよ。町中を見て回って、何か思い出したらまた考えよう。」
「うん。ありがとうね、わざわざ付き合ってもらって。」
どこかしおらしさを感じさせる声でそう言った。
「そんなことないぞ。困ってるときは助け合いが大事だし、いい景色も見られたからな。」
「……そうだな、あそこはいい場所だった。」
木剣もそう思うみたいだ。そういえば……
「今までずっと木剣とか、君とか言っていたけど、本当の名前はなんて言うんだ?」
「…………なんだろう、忘れてしまったから。今考える。」
「えぇ⁉ そんな簡単でいいのか?」
今考えるって、もしかしてリンデとかにしたりしないよな……
「じゃあ、ゴーストで。それならが分かりやすくていい。」
「もっと安直な名前だな⁉」
そんな簡単に付けていいのか、もっと考えてもいいと思うのだが。本人がいいならそれでいいか。
「なあ、ゴースト。そろそろ話してくれないか。どうして怨霊として、あの島にたどり着いたのかを。」
会話が止まる。彼からは、何も言う気配がない。
「話したくなければ言わなくてもいい。でも話をしているうちに何か思い出すかもしれないし、俺も何かに気づけるかもしれない。」
出来たら話してほしいと暗に告げる
「…………それは、そうだけど。」
言い澱むゴースト。これは何かを言い出せないでいるというより…………
「もしかして、何をしていたのか思い出せない、のか。」
「そうみたいだ。故郷がリンデということ、そこで過ごしたことは確かなことだけど、具体的に何をしていたのかが思い出せない。
名前もそうだけど、顔とか風景が思い出せなくて。」
それは、つらいことだ。自分の特に大事なものがすっぽりと抜け落ちているようなもの。想像したくもないような状況に立たされているのかもしれない。だったら……
「何かあったら言ってくれよ! 俺たちが力になる!」
「⁉ ああ、助かるよ。」
どうにかして、ゴーストの心残りを解消してやりたい。
「覚えていること、一つ一つ言ってみないか?」
「そうだね、じゃあ持ってきてくれた名産品から__」
「うーん、なんだかぴんと来ないな。」
やっぱりその場所に行かないと駄目かもしれない。俺が知っている話も限りがあるし、誰か別の人にも聞いてもらいたいところだ。
「そろそろ暗くなるから、船内に入ったらどう?」
「ああ! そうするよ! そろそろ中に戻ろうか。」
「そうだね、よっと。」
ふわり、と剣が浮かび上がり後ろについてくる。
「……その剣、いったいどういう原理で浮いているのかしら……」
言われて気がついた。木剣が浮いて喋っているのは中々奇天烈な光景だけど、それにしては力が強すぎるような、多彩な気がする。
「その、聞きにくいことなんだが……最初から飛んだりモヤを出してあり色んなことが出来ていたのか?」
部屋に戻る前に、どうしても気になっていたことを聞いてしまった。これを聞くということはつまり、死んでからどうなったのかを聞くこと。でもこれを聞かなければ、きっと何もわからないままだ。俺たちも、ゴーストも。
「…………」
長い沈黙。しかし険悪な雰囲気は感じない、どうにかして思い出しているというのが正しい。
「何で剣になってしまったのかは思い出せないけれど、どうやって島にたどり着いたかは覚えている。
あの島には近海にいろんな古いものが沈んでいる。僕もその一つだったけれど、何か大きな振動を感じ取ってからというもの、意識が急に明瞭になっていったんだ。」
大きな振動、恐らく時震の事だろう。
「海の底はとても暗くて、怖かったから何とかして陸に戻りたいと考えた。そこから自分に何ができるか考えていたら、周りから変な力を受け取っていることに気づいたんだ。」
「変な力?」
エイミが聞くと、ゴーストは少し離れてからモヤを噴出した。
「そのモヤの事だよな。」
「最初はほんのちょっとしか出なかったけれど、周りにある残骸とかから少しずつ集めて言ったら、いつの間にか自由に動くことができるようになっていたし、モヤに触れたものが何なのか分かるようにもなっていた。」
おおよそはこんな感じだと、説明を終えた。
「それって、最初から木の剣だったの? 何かから移ってきたとかじゃなくて。」
「……いや、最初からこの剣にくっついていた。他から移ってきたってことはないと思う。」
モヤを抑えて、木の剣がはっきりと表れる。長い年月が経ってしまったため、ボロボロで何かの情報が得られそうにもない
「これだけ風化していたら、手掛かりも無さそうだな。」
「彫りとかも完全に消えちゃってるし……」
結局、他の町や港の記録とも比べてはみたが、可能性の高いリンデに行かなければ分からないとなり、この日は就寝になった。
何か聞こえる、何か言っている。誰の声だろう。夜の船内では活動する合成人間も少なくなる為、このように聞こえるなんてことはまずない。じゃあいったい誰が?
ゆっくりと、ドアに近づき耳を当てる。すぐそこの広間で誰かが喋っているが、声は一つだ。しかしこの声、広間に今いるのはきっと、ゴーストだろう。
「……………………ごめん、守れなくて。 俺が…………」
微かだが聞き取れた。誰かに謝っているみたいだが……今行くのは止そう。明日になって、いや、向こうから言い出してからの方がいいだろう。
ゆっくりと、音を立てないようにドアから離れ、そのまま床に就いた。
「そろそろ到着だ、各員衝撃に備えてくれ。」
合成機龍の声が響く、甲板の下に目をやればもう、一面の海原が広がっていた。
「そろそろ着くみたいだね。どこから向かうのがいいかな。」
「だったら、海岸の方から町に向かって行かない? 外にも何か発見があるかもしれないし、どうかしら。」
「……そうだね、昔遊んだ場所なんかについたら、何か気付くかもしれない。」
危ない、忘れるところだった。ゴーストが町に危害を加えないか見るために、セレナ海岸から向かうって言っていた。エイミからの視線が少しつらい。
「到着だ。ではくれぐれも気を付けるように。」
「ああ、ありがとう合成機龍!」
「何、俺は当然の事をしただけだ……」
セレナ海岸にエイミやゴーストと共に降り立った。
最果ての島とは明らかに違う、高い波が見え打ち付ける音も激しい。潮の香りも海風に乗ってやって来る。
「ここが、セレナ海岸。リンデに続く道中……」
ゴーストも感じ取っているのかもしれない。故郷はもうすぐそこにあると。
「それじゃ向かいましょう、きっと何か見つかるはずよ。」
エイミの掛け声で、三人はリンデに向かって行った。
「な、何も見つからない……」
「思っていたより、大変かもしれないわ……」
意気揚々と向かって行ってからというもの、少し時間をかけながらセレナ海岸を回ったが収穫は無く。
折れた木剣であれば抜き身で持ち歩いても大丈夫だろうと、モヤは最小限に抑えてもらい町中を歩いてみても、新しく発見されたものは無かった。
「わざわざ連れてきてもらったのに、すまない……何も思い出せなくて……」
「いや、そんなに落ち込まないでくれ。ちょっと楽観的なことばかり言いすぎた。」
リンデでも分からなかったってなると、他にどうしたら……
「! そうだ、木剣よ!」
「木剣がどうかしたのか?」
興奮した様子でエイミが叫ぶ。あまりに古すぎて、木剣を調べることは__そうか。
「木剣が何処で作られているかは、確認できるな!」
「それだけじゃない、何のために作られているか、誰が買っているかを調べることもできるはず! それならここは__リンデの鍛冶屋に聞きに行くのが一番ね。」
「考え付きませんでした……ぜひ行ってみたいです。」
「この木剣だけど……見てもらえるかな。」
腰に下げた木剣を鍛冶屋のテーブルに置く。モヤはほとんど出ていないから何か言われることは無いと思うが__
「ずいぶん使い込まれたというか、腐敗しているというか……」
「それは、ごめんなさい。でもここで作られたと聞いたんです。何か覚えはないでしょうか?」
「とは言われても、これじゃあ何かを調べたりするのはできませんよ。」
やっぱり難しいか、誰に売ったとかが分かればもしかしてと考えたのだが……あとどんなことが聞けるだろう。
「この大きさの木剣って、どんな人に売りますか? あるいは、どんな人が使うことを考えて作られますか?」
エイミの適切なフォローが輝いた。
「そうですね……半ばから折れてしまってはいますが、これぐらいの大きさと持ち手から考えると……これは子供用のものだと考えられますね。」
「子供用、ですか?」
「ええ、よくあるじゃないですか。子供の誕生日に、護身用や剣の稽古のために親がプレゼントとして渡すという。これもそうやって用意されたものだと思います。」
なるほど、護身用か。それも子供用の。
「他に何か聞きたいことはありますか?」
「俺は、もう出てこないな。」「……いえ、これで十分です。ありがとうございます。」
「分かりました、またのご来店をお待ちしております。」
「さっきは助かったよ、ありがとうエイミ。」
「そりゃあもちろん、これでも鍛冶屋の娘ですからね。とは言っても、分かった事はそんなに多くないわ。」
子供用の剣であること。おそらく護身用などの目的で買ったということ。
「話を聞いていて、何か思い出したりしなかった?」
「……少しだけだけど、思い出せたよ。」
おお、エイミと共に喜ぶ。
「具体的には、どこまで?」
「確かに、この剣は親に買ってもらったものだと思う。それを使って剣の練習をしていたのは、確かなはずだ。
でも、それ以上の事は覚えていない。剣をどこで練習していたかも……」
「でも、一人でやっていた訳じゃないでしょう? 誰か一緒にいた人は__」
「エイミ、それは!」
言ってから気づく、この話はかなり深い内容になってしまう。
モヤが止まった。これは良くないかもしれない、エイミは昨日の事を知らなかったみたいだけど、どうする。
……それでも、これ以上の情報を得るにはこの話は絶対に聞かないといけないだろう。
どうやって生活していたのか、そしてどうやって、命を落としたのか。
「聞いてもいいか、どうして、命を落とす結果になったのか。」
鍛冶屋のそばから場所を変え、セレナ海岸の岩場近くで話し込む。
「……………………そう、だよね。もう、向き合わないと。」
どこか迷いを抱えながら、一つ一つ話して行く。
「剣を買ってもらったのは、どうしても国に仕える剣士になりたかったんだ。僕が生きている時代にはもう、剣は一部の、才能のある人にしか使われなくなっていて……僕には才能が無かったから誰かに教えて貰うこともなく一人で練習していたんだ。」
懐かしむように、噛みしめながらゆっくりと話していく。
「一人で練習している奴に、話しかけるもの好きなんていないけれど……でも一人だけ話しかけてくれた人がいたんだ。とても優しくて、練習が終わったら話かけてくれた。
“どうしていつも練習しているの、そんなに疲れて、ボロボロになって”って、よく言われてた。その度に、いつか国に仕える騎士になるためだ、弱い人を助けるために強くならないと、って言ってたよ。それでも中々強くなれなくって、からかわれたりもしたけれど。」
ははは、とから笑い。それでも、練習は止めなかったようだ。
「でも、ある時その子がリンデを離れることになって。急な話だったし、その子からも聞いていなかったから、日が落ちていたけど追いかけた。
運よく合流できたけれど、そのあと魔獣の襲撃に会って、従者の人と一緒に守ろうと戦って。負けてしまった。」
結局、最後まで何も守れなかったなぁと、そう締めくくった。
「そんな、それで……」
「何百年も思い残したまま……」
それはあまりにも、つらすぎる。
「もしかしたら、って思ったんだ。過去に戻れるのなら、僕たちが死んでしまうより前に戻って、昔の自分を、子供の自分を助けられるんじゃないかって。でも、そう上手くはいかないみたいだね。」
言い終わった後は、波の音だけがその場を占めていた。でも、何か引っかかる。
「今日一日見てみて、本当にそう思ったの? 何か名前とか調べられたりするかもしれないし、まだあきらめるのは……」
「町の人たちの会話は確かに故郷のものだったと思う。でも何か違うんだ、自分が練習していた特訓場も見つからなかったし。」
「家の裏庭や森の中まで調べたのは、そのためだったのね。」
何かが違う。でもどこが違うのか、あと少しなのに……
「まだ気になる場所は無いの? できる限り探してみないと、こっちの気が済まないわ。」
「だったら、灯台にのぼっていいかな。あそこは何度か一緒に行ったことがあってね。海の景色も、町も一望出来て__とは言っても、今は目が見えないけれど。」
「目が見えないって、ああ、モヤで理解しているのね。でも、ここの灯台は簡単に入れる場所じゃあ……」
「それだ! エイミ!」
大声をあげてしまった。ピンッと背を立てたエイミに睨まれる。
「何よ、アルド。いきなり大声出して……びっくりしたじゃない。」
「エイミ、走るぞ! 理由は後から説明する! ゴーストは俺が抱えて持っていく。」
説明は走っている最中でいい。今は時間が無いかもしれない状況だ。
日は水平線に向かって、間もなく輪郭が消えていくところであった。
「少しずつ話がかみ合わないところがあったんだけど、さっきのでようやく理解できた。錬杖術、錬金術って言葉に聞き覚えはないか。」
「錬金術には、聞き覚えがある。一緒だった子の親が、その研究をリンデでいていたはずだから。」
走りながら会話する、そしてここからが本題。
「でも、錬金術はかなり古い技術でしょう? アルドの時代にも存在しないんじゃ……」
「前に一度、話したかもしれないけど。別の世界のリンデやミグランス城に行ったことがある。そこでは、大昔に存在した錬金術を再利用した錬杖術って言うのがプリズマに代わる技術になっていたんだ。」
「ええと、前にレオが関わっていた、近い別世界の事かしら。」
「多分、同じだ。もしかして、ゴーストの言っていたリンデはそっちのリンデじゃないのか?」
セレナ海岸の中央に、向かって走る。そろそろ見えてくるはず……
「そうか、目が見えないから景色では分からない。でも雰囲気とかは似ているものね。特産品や魚も変わったりしないなら、確かにあり得るわ。」
視界に入った瞬間、緑色の穴が稲妻と共に出現する。
「見つけた! あそこの岩の左側につながる穴がある。」
「あれに飛び込めばいいのね!」
「ああ、行くぞ!」
そのまま、飛び込んだ。
一瞬の浮遊感の後、地面に落ちる感覚に合わせて着地をとる。
「よし、何とか来れたな。」
「うう、ちょっと濡れた。ていうかここ、森?」
潮騒の森にたどり着いた。こちらも時間もほとんど変わらない、もうすぐ日が落ちる。
「エイミ、このままリンデに向かうぞ。今ならまだ、出る前に捕まえられるかもしれない。」
「そうね、それこそ展望台から見れば分かりやすいかも。」
「ゴーストも、それでいいか?」
「ああ、そこまで連れて行ってくれ!」
夜の森では、出られなくなるかもしれないからと。予定を立て次第、すぐに出口に向けて走り出した。
息を切らせながら港湾都市リンデに飛び込んだ。まだ日は落ちていない、間に合っただろうか?
「馬車は、どこかにいないか⁉」
「ちょっと、人が多すぎて、これじゃあ分からない!」
ちょうど酒場に向かう人や家に帰る人が一斉に動き始める字時間帯。このままでは探しだすことすらできない。
「時間はかかるけど、一度灯台から見渡すべきだ。あそこなら町の全貌を見渡せる。町から出ようとする馬車も見分けられるはずだ!」
「そうだな、いったん灯台から行ってみよう!」
「分かったわ!」
人の波をかき分けながら、何とか灯台までたどり着いた。階段を駆け上がり、展望台から馬車を探そうと試みる。
「そんな、ここに来て……」
一向に見つからない。何よりもう時間が無い、日が落ちてしまったらもう探しようがない。
「何か、思い出せないかゴースト! このままじゃ……」
「……町の外に向かって行く子供、あるいは大通りから逸れて走っている、団体の馬車。この二つが見つかったら、目的の可能性が高い!」
子供と、馬車。子供は見つかりにくいだろう、先に馬車だ。大通りから出ていく馬車……………………見つけた。
「セレナ海岸の南西地点に向かう3組の馬車! あれじゃないか⁉」
「…………………町から出た子供も見つけた! 馬車の方に向かっているから間違いないと思う!」
「場所を確認して、すぐに向かわないと。襲われたのはいつ頃なんだ?」
「合流して、しばらく進んでからすぐだった! 急ごう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます