第2話 意志持つ武器

「あれが、例の。」


 奥から足元へは黒紫の靄がゆっくりと流れている。空間は繋がっているはずなのに、これ以上進むのは難しいという予感さえ感じさせる。


 「これ、想像以上ね。」

 「ああ、思っていたよりずっと手ごわそうだ。」


 「おーい、俺たちだ。」「起きて、また話がしたいの。」「まだ眠いのかな。」


 いきなり話しかけていく子供たちに驚いたが、今回は闘いに来たわけではない。話し合いに来たのだから身構えてばかりいては駄目だろう。


 「…………………後ろにいるのは、誰か。」


 言葉を発した。喋る武器はオーガベインという例もあるが、それ以外だと初めてではないだろうか。説明しようとする子供たちを制して、名乗りを上げる。


 「俺はアルド。一緒にいるのは仲間のエイミだ。急に押しかけてすまない。

  確認だけど、最近噂になっている声やモヤの本人で、間違いないかな。」


 「………………………そうだ。」


 心なしか黒いモヤが増えた気がする。俺たちが噂を追っている人たちと同じようにしか見えていないのだろう。だったら……


 港町、海。過去の話を察するに、エイミの苦手なタイプかもしれない。


 「ここに来るまでに、話を聞いた。昔話を詳しく知っていて、子供たちに話していたって。

俺たちはその故郷に心当たりがある。貴方を故郷に帰すことができるかもしれない。」


 はっきりと言い切る、エイミの方も話を聞いていて気づいたのかもしれない。となると本当に怨霊の類だったのがわかってしまうけれど。


 「……それをどうやって示す。」


 「何か、その土地のものを持ってくるよ。それをここに持ってきたら、今度は俺たちを信じて一緒に来てくれないか。」


 「……分かった。じゃあ、身体のいくつかに十字の跡が入った紫の魚。これは故郷にしかないものだと思う。それを持ってきてくれたら、信じるよ。」

 「ああ、ありがとう! 必ず持ってくる!」


 良かった。無理やりでも約束を結べたし、その魚さえ手に入れればここで起きている事件も終わりを迎えるはずだ。だから……


 「なるべく早く来るから。ここで待っていてくれ。」


 「……分かった。」




 「ねえ、やっぱりさっき話してたのって……幽霊?」

 「……多分、それで当たってる。」


 エイミも気づいていたみたいだ、隣から大きな唸り声が聞こえる。


 「なんとなくそんな気はしていたのよね~。他の人たちが探知機で調べても何の反応もないんだから。何かの機械だったりしたら、そういう反応が絶対にでるはずなのに。」


 そうなのか、海岸にいた人たちが持っていた大きな機械もそうだったのかもしれない。


 「でも、悪い幽霊じゃないと思う。」

 「それは分かってるわ。穴の奥に隠れていたのも、それにあの幽霊が誰かを傷つけたなんてこと、誰も言ってなかったから。」


 そう。この噂では何かの声がする、変なモヤが出る。この二つしか問題になっていない。彼を連れて行けばその問題も解決できる。


 「でも、持って来いって言われた魚、どこにあるか分かるの?」

 「それは任せてくれ、港の見当はついているし、あとは吊り上げるだけだ。」


 エイミはその言葉に納得したのか、ならいいけどとだけ返した。




 「なあ、あの兄ちゃん達大丈夫かな。」「大昔の魚だろ? もう生きてないんじゃないの?」

 「化石を掘り当てて来るかもよ!」


 子供たちは和気あいあいと話している。懐かしいという感情と共に、先ほどの二人組について考えてしまう。

 エイミという女性はこの時代の生まれだと分かる。服装からだけだが間違いないだろう。問題はアルドという男の方。明らかにこの時代の服装ではない。あれはどちらかというと私の__


 「ぐ。」


 まずい、また、意識が分かれる。自分の記憶も少しずつ、奥底に沈んでしまい戻ってこないような感覚。それに怯えてはいけない、恐怖もだ。負の感情を必要以上に抱いてしまえば、次には意識のない妄執、怨霊に成り下がる。


 「どうしたの?」「どこか痛むのか⁉」「何かできることは無いかな……」

 「…………今日は、もう家に帰った方がいい。もうすぐ日も暮れる。」


 「そうだなー。」「うん。今日はもう帰ろう。」「じゃあ、また明日―!」


 彼らは慣れた足取りで濡れた道を軽々と歩き抜け、姿はもう見えない。

 良かった。なるべく抑えようとは思うが、それで出来たら苦労はしない。死んだ後もこうして意識が残って、何より海から這い上がることができたのも……自分が持つ良くない力が強くなったから。そしてそれが強くなるにつれ__


 「うう、ぐ、う。」


 何か、暴れだしそうな感覚。あまりに肥大した自分の願望なのか、この中に秘めた感情が誰のものかなんてもう分からない。海の底で腐っていくだけだったこの身を、周りから力を得て何とか陸まで上がってきてから、何度も意識が切れて__




 目の前に、誰かがいる。大きな声で何か言っているけれど、音しか感じられない。誰だろう、どこか暖かいような、でも何か違う。求めている人じゃない。


 「何が起きてるんだ、これ! エイミは大丈夫か!」

 「こっちは何ともないけど、かなり視界が悪いし何より__このモヤが厄介!」


 子供たちに案内してもらった場所まで来てみれば、以前よりもモヤが激しくなっていた。それに奥にあった大きなモヤが無くなっている。町の方には何も起きていないことを、来る途中確認している。であれば__


 「この大量のモヤのどこかに、必ずまだいるはずだ!」

 「ええ、だったらこのモヤを……すべて吹き飛ばせばいいわけね!」


 声を出し、モヤに向けて重い一撃を打つ。当たった感触はなく、ただ空を切るだけの攻撃は、その速度により生まれた風圧で正面のモヤを壁際まで吹き飛ばした。

 こちらも武器を取り出し、風圧で吹き飛ばそうとする直前。


 「! エイミ、後ろだ!」


 瞬息の反応。エイミの一撃によってモヤの中から上空に何かが飛び出した。弾かれた勢いでいつも付着していたモヤは取れ、その姿が明らかになる。


 それは、折れた木剣であった。半ばから折れてしまっている、ところどころ変色しなぜ砕けていないのかが分からないほどに腐敗しているように見える。


 「木剣、だったのか。」

 「そうみたいね。でも、ただの木の剣じゃないみたいよ。結構思い切り殴ったけれど、壊れてないし。」


 モヤを再びまとい始め、姿が見えなくなる。


 「こうなったら、動けなくなるまで殴ってみるしかないわね。」

 「それはそうだけど、間違って壊したりしないでくれよ。」




 攻撃を繰り出していく。エイミの拳と俺の剣があってよかった。まだモヤを払いやすい、足元への注意を欠かさず、冷静にすこしずつ……


 「うが、うぅ。」


 モヤの噴出が少なくなっている、出し尽くすまで間もないだろう。その前に彼の意識を戻さなければ。


 「! アルド!」

 「ああ! 聞こえるか!」


 名前を聞いていなかったのが悔やまれる。今は君と呼ぶしかない。


 「君の故郷を見つけた! 君の故郷は__リンデだ!」


 動きが止まった、彼に届いたのだろうか。


 「り、んで。りん、で。りんで。」

 「そうだ、君の故郷はリンデだ。魚も持ってきてるし、他のリンデ由来のものもいくつかある。見ながら、ゆっくり思い出さないか。」


 「リンデ、そうだ。故郷の名前は、リンデ、だ。」


 噴出されるモヤは減り、いつもより少ないほどに落ち着いた。何とか抑え込めたみたいだ。


 「良かったよ、正気に戻ってくれて。」

 「迷惑かけたしまった、すまな__助けてくれて、ありがとう。」

 「? いいよ、こっちも大した怪我もなかったし。」


 それよりも、持ってきた荷物を確認してもらおう。故郷の名前を思い出したのなら間違いないと思うけど、やはり港町リンデの事だったみたいだ。


 「これ、例の魚。他にも__」


 持ってきたものはリンデで取引されている資材や特徴的な貝殻など。それらもモヤで触って感知している彼は、何度も懐かしい、懐かしいと言っていた。




 「ありがとう、故郷の名前も思い出せて、これらも確かにリンデの物だ。君たちを疑ってしまって、悪かった。」

 「いや、あの状況じゃしょうがないわよ。ね、アルド。」

 「ああ、倒す気はなかったけど、うわさを聞きつけてきたのは事実だし。こうやって分かり合えたなら、なおさらだよ。」


 「そう言ってもらえると、助かるよ。それで、この品物の事だけど……どうやって手に入れたのか、教えて貰えないかな。」

 「ああ、その事だけど……」


 エイミの方をちらりと見、頷きを返すだけ。


 「あまりに突飛な話だけど、俺たちは過去に行くことができるんだ。これらは過去のリンデから持ってきたもの。この時代には無い物も、過去からなら持ってくることができた。」


 こんな話は、到底信じてもらえないものだろうけれど。


 「いや、魚はついさっき釣ってきたようなものだし、他の物も古い感触が一切ない。」

 「信じるよ。本当に過去に行ける。でもすごいな、こんな人たちに巡り合えて、本当に良かった。」


その声色から分かる。涙は流れなくても、確かに噓など入っていない。本当に心の底からの言葉を言ってくれたのだ。


 「もし、よければ。私をリンデに連れて行ってくれないか?」






 「リンデに行くのか? 出来ないことはないけど……」


 そこで何をしようとしているのか。和解したとはいえ、怨霊になった経緯も聞いていない、そこで何をしたいのだろう。


 「リンデに行って何をするつもりなの? ただの帰郷?」

 「まさか、こんな姿になって親や友達に会いに行ったって、だれも歓迎はしてくれないよ。」


 悔恨を含んだ言葉。あまりに長くあり続けてしまった彼は、もう人間ではない。それが分かっているからこそこう言ったのだろう。


 「でも、そこで最期にしたいんだ。この島にたどり着くほどに、時は流れてしまったけれど、どうしても。 

  消えるなら故郷がいい。」


 断言する。終わりの場所は故郷にしたい。


 「そうか。分かった、君をリンデに連れていく。」


 姿は見えない、声色の感覚と濡れた木の筋が伝えている


「ああ。 本当に、ありがとう。」


 確かな感謝の籠められた、けれどどこか物悲しいものを。




 「で、どうするのよ。」

 「どうするって言われても、なあ。」


 木剣と別れた後、海岸を歩きながら言葉を交わす。


「リンデに連れて行ってから、ほっておくわけにもいかないでしょう。」

 「そうだな……怨霊ではあるから、心残りを解消することが一番だと思うけど……」


 それが故郷に行っただけで解決するとは限らない。リンデに住んでいたのなら、もう800年は生きていることになる。


 「まずは故郷に帰ってから、それしかないと思うけどなあ。」

 「話していた内容からも、リンデなのは間違いないけど、もしそこで暴れだしたら大変よ。」


 それは、無いとも限らない。彼の過去を十分に知っているわけでもないし、何か隠しているのかもしれないという可能性もある。


 「合成機龍に降りてもらうのは、セレナ海岸にしてもらうよ。町に入るまでに変な動きがあったら連れて行くのを止める。これでどうだろう。」

 「それなら大丈夫ね。後はもうちょっと情報があれば……」


 明日の予定を詰めながら、町に戻っていく。

 もうすぐ日をまたぐ時間、そして彼をリンデに連れていく日が始まる。




 朝、差し込む日の光をモヤで感じながら、目を覚ます。昨日アルド達と闘ったときにかなりのモヤを消費したため、人間のように目覚めることができた。


 会話する声も、起きられた理由だったかもしれないと。向こうから響く3人分の声で思いつく。


 「ハンターの人たち、減っちまったなあ。」「ずっと見つからないんだから、皆飽きちまうよ。」「そう考えるとすごくない? 大人たちが知らないことを、俺たちは知ってるんだぜ!」


 賑やかな声が響く、木の体であっても心地よい。その心地よさのせいで今まで動くことができなかった。

 だけどもう、行かなければ。自分の終わり、けじめをつけに行く時間だろう。


 「君たち、ちょっと話があるんだ。」


 「なんだ? また面白い話、聞かせてくれるのか!」「気になる、気になる!」「…………。」


 二人は、昔話のこと。一人はすでに気づいているのかもしれない。モヤが少ないこともそう考えたのだろう。


 「君たちが連れてきてくれた、あのアルドとエイミという人が、私を故郷に返してくれることになった。

  だから君たちに、お別れを言いたくて。」


 静寂。一瞬に過ぎないけれど、理解する時間は必要だ。

 「えー、もう行っちゃうのかよ。」「寂しくなるなあ。」「でも、この人にも事情があるんだから。」


 そしてそこから、すぐに立ち直れる。そうそう、子供の時は色んなことがあったけど、いつか忘れてしまうものだったと思い出す。

 結局、大人になる前にこんな身体になってしまったけど。


 「でも、たまには会いに来てくれよな!」「びゅんびゅん飛べるから、島も越えられるよね。」「……でも、それは……」


 「そうだね、また会いに来る。その時は昔の話をしたり、一緒に遊んだりしたいな。」


 叶わないものだと、分かっている。この身が沈むのはこの土地じゃない。遠い過去の小さな港町だ、それでもこの子達がいつかを夢見て生きていけるように。

 いつか忘れてしまう、ウソをついた。




 子供たちもお昼には家に帰る。そのあとまたここに来るのだが……


 「もういないことに気づいたら、びっくりするかな。」


 でも元々、あの子たちが住処にしていた場所をわざわざ貸してくれていたのだ。

 とてもいい子供たちだと思う。好きなように、そして健やかにあってほしいな。


 沈みかけた思考を、足音を拾う感覚が制止する。一人分しかない。


 「ねえ、もしかしてもう会えないんじゃないの?」


 唯一気づいていたのか、たった一人でここまで来た少年が姿を現した。


 「…………君は賢いね、友達が危ないことをしようとしたら、助けてあげるんだよ。」


 最初に私を見つけたのは、あの二人だった。好奇心旺盛でいろんなことに興味を持つ少年と、独特の雰囲気を持ちながらもなんにでも悠々とついていくことのできる少女。

 そしてこの子は、臆病さをもってより深く知ろうと考えることができる。どれも自分には無い物だったなと一人自嘲する。


 「昔話ばかりしてくれたのは、その事しか知らないからですよね。

だってあなたは、その時代を生きていた人だったんだから。」


 「さあ、ただの考古学者だったかもしれないよ。」


 こんな噓に意味はない。見つかったときに、彼らが興味を引きそうなのは昔話しかなかったのだから。最も、それも親や両親から聞いたものをところどころ付け加えながら話しただけで。


 「それは何でもいいんです。でもしっかりとお別れをしたい。ここに居るのはそんなに長くないですよね。」

 「それは、もはや推測だろう。」


 勘がいいとかの騒ぎではない気がする。


 「でも。最初にばったり会ったように、いきなり消えてしまう感じがするんです。」

 「……それは、ある意味君たちのためでもある。本当は出会うことは無かったんだから、きっぱりと忘れて__」

 「忘れません!」


 大声に、驚いた。声が大きかったからではない、自分の意見を通す時はしっかりと説明してくれていたから。


 「絶対に、俺たちは忘れません。貴方と話して知った昔の事、この地面の下にある本当の大地の事を。」


 泣きじゃくる声でありながら、たしかな決意を感じる。本当に私が何といおうと忘れないだろうという予感すら覚えるほどの言葉。


 「いつか、あなたの故郷にも行ってみせます。」


 ようやく分かった。この子が本当に言いたい事、それは何もできないことではないかもしれない。

 今の時代にも、リンデの港は残っているはず。汚染された土地になってしまっているらしいが、いつかの未来で再開することができるかもしれない。同じリンデの土で。


 「ああ、待ってるよ。」


 忘れてしまうためではなかった。そのために約束をするのではない。忘れないための約束だから。

 遠くから、気配を感じ取った。


 「それじゃ、さようならだ。」

 「……うん、さようなら。会えて、良かった、です。」


 そのまま、泣きながら走り去ってしまう。私がいなくなった後も、ここで彼らは暫くを過ごし、成長していく。

 最後まで、顔を見ることはできなくても、確かに彼らの姿を思い描く。生きているという感覚が遠くに感じられる。


 「こちらこそ、会えて良かった。」


 少しして、二人分の足音が聞こえてきた。


 「ありがとう、途中で割って入ったりしないでくれて。」

 「そんなことしないよ、でも__本当にいいんだよな。」


 先ほどの会話を聞かれていたのだろう。でも、いただからこそ。


 「それは違う、アルド。彼らは思っているよりずっと凄い。

別れならこれでいい」


 「そうだな、変なこと聞いて悪かった。」

 「…………それじゃ、島の外に合成機龍が来ているから。こっちよ。」


 アルド達についていき、その場を離れた。

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