光陰矢の如し

@amina

第1話 岸辺の怪奇

「ふう、久しぶりにまとまった時間がとれたな。」


ぐいぃ、と伸びをする、エルジオンの町並みには似合わない、少し古めの格好をした男がガンマ区画に立っていた


「うーん、いつ見てもやっぱりびっくりだな。未来では町が空を飛んで、その上に人が住んで、キカイっていうのを使って生活してるんだからな。」


町中には機械による掲示板や標識、広告がいたるところにあり、映像を映し出している。

その中には、仲間であるエイミとその父親が生計を立てているイシャール堂の広告も流れていた


「イシャール堂のだな、これ。……しばらく顔を出していなかったし、あいさつに言っておこうかな。」


ガンマ区画の大通りに店を構えるイシャール堂には、少なくない人だかりがあった。武具の評判は良く、立地にも恵まれているため人が集まるのは普通の事なのだが……集まった人は血気盛んといった雰囲気であり、店の中からは買ったばかりの武器を握りしめ意気揚々と出ていく人さえいた


「なんだか、今日はやけに人が集まっているというか……みんなすごくやる気に満ちているな」


それぞれの会話がひしめき合い、かろうじて一番近くにいる二人組の会話だけが耳に入ってくる


「瘴気を放つ物体、だって?」

「ああ、最果ての島は今、その話題で持ちきりだぞ。」

「何だってそんなもんがなあ、なんかの実験とか機械の誤作動とかのガス、だったりするんじゃないのか。」

「瘴気だけじゃなく声まで聞こえるって噂だ。それも耳に入ると何とも震え上がっちまうらしくてな___」


「瘴気を放つ物体……これだけじゃ何が起こっているか分からないな。」

話している内容は、どこも似たようなものだった。ところどころ付け足されている話や、明らかに噓だろというようなことも含まれていたが。

ここに居る人はどうやら、その物体の調査のため必要な道具や武器をここで買っていたらしい


人の波は少しずつ減っていき、普段の雰囲気を取り戻したころ


「つ、疲れたーー。」


中から、見て分かるほどに疲労困憊のエイミが出てきた

ぐったりと、ドアに少しもたれかかるようにして立っている。外の空気を吸うために出てきたのだろう


「お疲れ様。すごい人数だったな。」

「まーね。最果ての島に出たっていう変な武器を見つけるって、みんな盛り上がってたなあ。」

「その話、俺も聞いたけど……武器ってわかったんだな。」

「そうね、最初の人たちは魔物とか、機械の故障だとか言っていたけど、後から来た人はみんな、武器だと言っていたわ。」


体を伸ばしながら話に答え、こっちにこいという手の動きをされる


「俺、まだ探すなんて言ってないぞ。」

「言わなくても分かるわよ。こういう話には間違いなく首を突っ込んでいく性格なんだし、それに____さっきの人たちと同じ風貌だったわよ。」


言われてすぐ、顔を触ってしまう

「そんな顔つき、してたかな。」




イシャール堂の中では、他の店員たちがぐったりとしながら、使った器具の片づけや清掃をしていた。


「おお、アルドじゃねえか! ちょっと見ない間にデカくなったか?」

「いや、前に会った時から背は伸びてないと思うけど……」


はは、そうかそうかと豪快に笑い飛ばされる。店の中で唯一いつもと変わらない__むしろいつもより元気があるように見えるのは、流石イシャール堂の店長。担いだ道具箱を運びながら快活に話しかけてくる。


「それで、おめえも噂のアレを探しに行くのか?」

「う~ん、気になってはいるけど……」


 とは言っても詳しいわけも知らないし、さっきの人たちがみんな向かって行ったのだと考えれば……


「今から行っても、もう解決してるんじゃないかな」

「ところが、そうでもなさそうなのよ……この噂が出てから暫く経つけど、一向に収まる気配が無くて。

 最近になって武器じゃないか、剣じゃないかってようやく分かってきたんだから。」


 片づけを終えたエイミが箱に腰掛けながら答える。


「そんなに長い間噂されてるのか?」

「最初はほんの怪談話というか、こっちも聞き終えてこなかったのよ。

それがだんだん大きな話になっちゃって、それでもまだ見つかっていないんだから火がついちゃったってこと。」


 これだけ長い間見つかっていないのだから、何とも凄いお宝かもしれない、あるいはさる実験で使われたものを隠ぺいしようとしているのかもしれないなどと、あることないこと増えてしまったらしく。今では宝探しの一環のような扱いになっているようだ。


「エイミは探したいとか思わないのか?」

「え⁉……まあ、あんまりね……」


 急に歯切れが悪くなった。何か言うにやまれぬ事情があるのか__


「そりゃおめえ苦手だからだな、お化けとかが。」

「! そんなことないわよ!」

 猛反発、そういえばエイミはお化けとか怨霊とかが苦手だったなと思い出す。道理で一人では行けないわけだ。

 二人の論争を聞き流しながら、考える。随分長いことその事件は起こっているようだし、そういうのをほっておいたらさらに大ごとになるかもしれない。


「なあ、もうちょっとその話、詳しく聞かせてくれないか?」

「お? 行く気になったみたいだな。」


ぎょっとしたエイミの顔も目に入る。


「まあ、そのままにしてもいいことは無いと思うし。俺にも何かできることがあるかもしれないから。」

「相変わらず、また首突っ込もうとしてんのか! いいぜ、知っていることは全部教えてやる!

 エイミはどうすんだ、行かないのか?」


 話を振られ狼狽エイミ。


「いや、でも私はお店の手伝いとかあるし……」

「今日の分で納品は落ち着いたし、調べに行くっていうなら俺は止めないぜ。」

「____ッ!」


 忙しいという理由も通用しない、自分で行くか行かないかを選択させられている。


「__分かったわよ、私も行く! さっさと見つけてそんな奴打ちのめしてやるわよ!」

「はははっ、よく言った! 流石は俺の娘だ!」


 言ったことを少し後悔しているエイミと、笑い飛ばす父親ザオル。対照的にも見えるが、相手が本当の幽霊でなかったらエイミも万全に闘える。そうなれば百人力だ。

 もし本当に幽霊だったときは……そのときは俺が何とかしよう。




 「本当に出るのかしら、そんな気配とかはないけれど。」


 イシャール堂での情報共有の後、エイミと共に最果ての島まで来ていた。

 「前に来た時よりも、賑わっているな。」

 「そりゃ、一攫千金やスクープの種になるって、エルジオンだけじゃなく他の島からも来てるみたいよ。」


 情報収集に出ている者、海岸の辺りを調べている者、それぞれ分かれて調べているみたいだ。協力して探しているという感じはない。先に見つけた方が自由にしていいという暗黙の了解があるのだろう。


 「俺たちも一回、ここで情報を集めていかないか?」

 「そうね、エルジオンでは分からなかったこともあるかもしれないし、賛成よ。」

 「」


 エイミと別れ、それぞれで情報収集をすることになった。



 「とは言ってもなあ……」

誰に話しかけるべきか、いまいちピンとこない。宿屋の方にはエイミが向かって行ったし、海岸の方には調査している人ばかり。彼らはとの情報交換を行うには、情報が足りていないだろう。


 「とはいえ、住民に聞くのも……」


 島の人たちは長い間相手をしてきているだろう、そんな人たちに無理をして話を聞くのは気が引ける。


 「足で探すべきなのか……でも今は昼だしなあ」


 夜中に出てくるというのはイシャール堂の情報で分かっている。昼から探しても見つからないだろうし……

 どうすべきかと悩んでいたころ……遠くから足元に何か転がってきた。


 「ん、なんだこれ。」

 「おーい、そこの兄ちゃーん。」「それ取って__って兄ちゃん⁉」


 子供たちがこちらにやって来る、転がった球を投げ返そうとしたときには、子供たちが駆け付け周りを囲んでいた。

 「ど、どうしたんだ⁉」

 「どうしたも何も、なあ!」「そうだぜ兄ちゃん!」


 何でかは分からないが、かなり興奮している。変なものでも付いていたか__⁉


 「すげえカッコイイ服だ!」

「違うよ、これは甲冑ってやつだろ!」

 「鎧じゃなかったっけー?」


子供たちが何に食いついたのかようやく分かった。来ている服が珍しかったからかとてつもない速さで来たらしい。


 「触ってもいい?」 「俺剣を腰に下げたい!」 「マントひらひらしてー」

 「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ! 一人づつ聞くから!」




 「それで結局、この時間になるまで子供たちと遊んでいたと。」

 「ああ、面目ない……」


 あのあと、子供たちの着せ替え人形のようにこの服はどうなっているのか、マントの裏は、剣を見せてほしいなどなど、一つ一つ注文を聞いているとすでに暗くなり始めていた。


 「怪我とか大丈夫よね。」

 「剣には絶対に触らせなかったよ。何度も見せてほしいって頼まれたけど……」


 それはいくら何でも危なすぎると、何回も断ったのだが、そのたびに別の手口でどうにか剣を見ようと、最後にはせめて一目見ようと抜かせることに意識を向けていたが……なんとか防ぎ切った。


 「それなら、まあ。でも本来の情報収集を忘れていたことは、どうするのよ。」

 「う。夜の海岸調査は俺に任せてくれ。」


 最初のうわさが出たのは夜の海岸辺り、そこで何かの声を聴いたというのが始まりだったとイシャール堂では聞いていた。


 「それ、もう古いわよ。」

 「え⁉ 何かわかったのか?」


 はあ、と一息着いてから、無い眼鏡をクイと持ち上げるようにして話を切り出した。


 「最初の目撃は確かに海岸の方だった、それはしばらく似たような場所で目撃情報があったから間違いないわ。

 でもしばらくすると、海岸ではあまり見かけなくなった。それ以降の目撃情報は海岸より島の内部が多くなっているらしいの。」

 「つまり、もう海岸にはでないってことか?」


 「まあ、それで間違いないでしょうね。」


言い切って後、あたりを見回す。子供は各々家に帰ってしまっていた。


 「町の辺りは子供たちに付き合ったとき色々観に行ったけど、何か変なところも、隠すような場所も無かったな。」

 「そんな簡単には見つからないわよ。根気よく探していくしかないでしょう。」


 エイミの言う通りだ。初日で見つからないだろうことは分かっていた話。だから情報を集めていたけれど……


 「ごめん、俺も早く切り上げて聞き込みに行くべきだったな……」

 「もう日も遅いし、今日はいいわよ。ただ明日からはちゃんとやること、あと今日の深夜から朝方の調査はアルドがやってよね。」

 「ああ、もちろんだ。」


 宿屋の道すがら、夜と明日の予定を組み立てていく。


 「町の辺りを調べればいいかな。」

 「念のため、今日は町の周りも範囲に入れましょう。何もなかったら少しずつ範囲を変えていって……」


 今後の方針は決まった。後は向こうが出てくれるかを待つしかないか。




 「うう、朝まで粘ったけど、今日は出てこなかったな……」


 結局昨日は、エイミも駄目だったらしい。このまま夜の調査を続けるべきなのだが……


 「二人だけじゃ疲れが取れない。毎日やるのは止めた方がいいな。」


 とはいえ、日中での目撃はされていない。夜しか出没しない以上仕方ないのだが、誰か仲間を呼んで手伝ってもらおうか。

 今から呼ぶとなると時間がかかってしまうし、来てくれるような人も見つかるか分からない。


 「出てきたっていう話も聞こえて来ないし……ん?」


 こっちに走ってくるあの子達は……昨日の子か!


 「おおー兄ちゃん!」 「おはよー!」

 「ああ、おはよう。今日も元気だな__」


子供たちの元気に答えるように、こちらも精いっぱいの笑顔で返したが。


 「兄ちゃん、なんか疲れてるー?」 「元気ないなー」 


 子供には見透かされてしまった。よく見ているのか、それとも子供は感情を読み取るのが大人よりうまいのかもしれない。


 「ああ、ちょっと探し物をしていて。」

 「それってもしかして……」 「ねえ、あれでしょあれ。」 「あのぶんぶん動く__」


 やっぱり、子供たちも知っているみたいだ。でも子供たちに聞くのは__ん? 


 「ぶんぶんって、見たことあるのか⁉」

 「あ、こら!」 「おい、それは言うなって!」 「うう、ごめんよ。」


 つい出てしまった言葉みたいだ。


 「無理して聞きだしたりはしないよ。君たちが喋ったりしたら__遊ぶ時間も減っちゃうもんな。」


 この子たちから聞き出したことがばれたら、他の大人たちから質問攻めにあうかもしれない。

 それに、もし聞かなくても色々調査していけば必ず見つかるはず。


 「なあ、やっぱり。」 「うん、俺も。」 「僕も、ねえお兄ちゃん!」

 「ん? どうした、今日はやることあるから昨日みたいには遊べないぞ。」 


 実際には昨日も遊べるような状況じゃなかったのだが、今日も遊んでしまったら見つけられないどころか、エイミの怒りで大変なことになってしまう。


 「俺たち、見たことあるっていうか。」「出会ったことがあるっていうか。」「話したことがあるっていうか……」

 「話したことがある⁉」


 言葉を発するというのは聞いていたけど、人と話せるのか。そしてこの子たちは話したことがある、そうするともしかしたら……


 「知っているのか?」

 「うん、でもみんなが話しているみたいに悪い感じは全然なくて。」

「変なモヤみたいなのが出ているけれど、俺たちと話もしてくれたんだ。」

「昔話をしてくれたんだ! まだ土の上に皆が住んでいた時代のこと!」


 子供たちは皆、楽しそうに話している。人々が大地に生きていた時代、ここの島にある海岸とは別の海岸で過ごしていたこと。穏やかな海ではなかったが、荒々しさも含めてその波が行ったり来たりしているのを見るのが好きだったこと。


 「そんなこと、話してよかったのか?」

 「その人からは話すなって言われたけど。」「兄ちゃんは言いふらしたりしないって信用してるから!」「それに……」

 「それに?」


 「それに、故郷の話をするときはなんだか悲しそうでさ。」「本当は帰りたいんじゃないかって思うんだよ。」

 「…………分かった。」


 「俺は、そいつを壊そうとしたりはしない、絶対に。ただ、夜中に動き回って皆を怖がらせているのも確かだ。

だから、その人が故郷に帰る手伝いをしたいんだ。協力してくれないか?」


 「それは、でも。」「兄ちゃんそんなことできるの?」

「俺たち今のコトも昔のコト沢山調べたけど、全然わからなかったぞ。」


 「これでも、沢山旅をしてきたからな。いろんな港や街に寄ってきたし、その中にあると思ってる。」


 しっかりと子供たちの視線と同じにし、まっすぐ見つめる。信じてほしいとは言わない。


 「……どうする?」「俺は、いいと思う。」「兄ちゃんならそんなこと、しなさそうだよな。」

 「いいよ、兄ちゃんと昨日一緒にいた姉ちゃんも。隠れ場に連れていってあげる。」


 良かった、信じて貰えたみたいだ。


 「じゃあ、すぐに島の奥まで来てくれよ!」「忘れないでよ!」

 「ああ、すぐに行く!」


 昨日会ったとき以上の速度でもう島の奥に行ってしまった、早くエイミを呼んで来よう。




 「まさか、子供たちが先に見つけるなんて。」

 「ああ、俺も聞いたときはびっくりしたよ。

でも、意外と子供ってよく見てたりするからな。」

 「いろんなことに興味を持つし、変な所に行くからかしら。」


 島の奥、海岸沿いに向かって行く。


 「おーい、兄ちゃん。こっちこっち。」「他に誰も来ていないよねー?」

 「ああ、大丈夫だ。」


 岩陰の隙間からひょっこりと顔を出し、視線を合わせる。


 「こっちは、仲間のエイミ。」

 「こんにちは、今日はよろしくね。」

 「よろしくー。」「ほら、早くしないと見つかっちまうぞ。」「分かってるって。」


 突然、岩陰の中にするりと潜り込む。よく見ると狭い穴がありそこから下に降りれるようだ。


 「すごいな、こんなところがあったのか。」


 穴の中はところどころ海の水が流れ込み、奥まで天井からの光がまばらに差し込んでいる。何か神秘的な雰囲気さえ感じるほどに。


 「すげぇだろここ!」「植物とか岩が張り巡らされていて、崩れたりしないんだよ!」「時震が起きた時は、大丈夫か心配だったけどな。」


 エイミもこの光景に感じ入っているようで、先ほどから黙ったまま眺めている。


 「本当にすごい……」


 こぼれた言葉に、子供たちも得意げな様子。


 「こっちこっち!」 「この奥にいるんだ。」 「足元気を付けて。」


 滑らないように気を付けながら、ゆっくりと奥へ奥へと進む。段々と入ってくる光は少なくなってき、入っていた時の半分になった頃、奥の方に何かが鎮座しているのが見えた。


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