転生先のジャンルを自分で決めろと言われましても、色々嫌なんです
西東友一
第1話
「それで、どれを選びますか?太郎さん」
女神アニメシアはニコニコしながら僕に尋ねる。
「んーどうしよっかな?」
僕は真剣に転生する世界を選ぶ。
そう、僕は転生することになり、この女神アニメシアの造った転生部屋で彼女の用意した転生する世界、通称:転生世界を選ぶ相談をしている。
彼女はどうやらアニメ・漫画の神様であり、メシア(救世主)であるらしい。
色々と救済する条件があるそうなんだが、どうやら、どんなに忙しくてもほぼすべてのアニメの3話まで見ていたことに加えて、決定打になったのが、死ぬ間際の「連載中の最後のオチを見るまで死ねるか」の発言だったそうだ。そのおかげで、今の僕がここにいる。
転生世界は球体上になっていて、パソコンやスマホでムービーにマウスや手をかざすと、概要の一部を少し見れるのと同じように、目を閉じて手をかざすと、概要が見ることができる。
それなりの情報量が流れてくるのだが、脳に負担がかかることはなく、さくさく内容を理解できてしまう。まぁ、霊体らしいので脳なんてなく、肉体という檻から解放されると辛いものはないのかもしれない。かのプラトンだかソクラテスも、そんなようなことを言っていたような気がする。
「今流行の『悪役令嬢モノ』とかどーです?普通にしていればモテモテですよ?」
「んー、僕は男なのでそういうのは別に。やっぱり、男が主人公のがいいです」
そうですか、と旅行会社の店員さんのように切り替えて次の転生世界を探し出すアニメシア。
「じゃあ、ちょっと古くはなってきましたが、まだまだ健在。異世界にチート能力を持ったまま転生できる『なろう系』はどうです?男性にも女性にも人気で間違いなし。これもほんとおーーーーに、おすすめですよー。今までの太郎さんの境遇を考えれば、これはぴったりだと思います。と・く・に、この『ざまぁ系』がおすすめです」
女神が『悪役令嬢モノの世界』を片付けて、今度は『なろう系の世界』をいくつか出してくれる。さっきよりも数が多く、バリエーションも豊富だ。
「うーん、大変ありがたい話なのですが、ざまぁは罪悪感を持ってしまいそうですし、それに働いてきた中で、どんなに頑張って、仕事を背負ってもしょせん替えが効く歯車ってのも自覚してますし・・・」
そう、大体の仕事は無駄に一個人の時間を搾取し、自分がやらないとこの会社は崩壊するぞと思っても、案外替えが効くことを俺は知っている。そんな空しさを抱えながら俺は歯車になって仕事をして、過労で死んだ。
「じゃあ、『なろう系』は何もざまぁしなくても・・・」
「それも、トントン拍子で行くのも・・・すいません。昭和生まれのせいか、今や配信者とかバズれば金持ちになれる世の中なのかもしれませんが・・・僕は自分の頑張った分だけ成果が出る方がいいんです」
「だいじょーぶ!!太郎さん、すぐ、慣れますから」
「でも、僕ってネガティブな人間なので、自分のこれからの人生を決める大事なことなので・・・少しでも引っかかることがあれば止めておきたいです・・・。駄目ですか?」
結婚だの、夢のマイホーム購入だのを検討したこともない俺だが、これだけはわかる。
この選択で、俺の次の人生が決まると。
(あたりまえだっつーの)
「・・・それなら、前の人生でしっかり考えてから行動すればよかったのに・・・」
「んっ、あれっ、なんか?あれれ?何か言いました?」
「いえいえ、何でもないですよ!!やだな、太郎さん」
何か頭にメッセージが送られてきた気がしたが、気のせいか。
それに、アニメシアは何か後ろめたいことがあるのか、すぐに新しい世界を出そうと探してくれている。
「できれば、もうちょっと、昭和生まれの僕に合う感じのやつで、古い作品でいいので、やり込み要素が強くて、時間がかかっても達成感がある作品ありませんか?」
「んーっと、じゃあ、これっ。これはどうです?2005年くらいから2010年くらいに流行った『悪役ヒーロー』。腐りきった世界。正しい方法じゃちっとも良くならない世界、手法が悪だとしても素晴らしい世界に作り直すという成果を目指す・・・やりがいマックスですよ、これ」
アニメシアは二つほど、出してくれる。現代版とファンタジー版。
「これ、主人公が優秀じゃないと成り立たない奴ですよね?勧善懲悪のアンチテーゼな感じで好きと言えば好きですが、僕にクリアできると思います?失敗というか、序盤で簡単に死んで、ただの子悪党になっちゃうと思うんですよ」
「・・・そうですね」
アニメシアにすぐに肯定されて凹む。
「じゃあ・・・えーっと、これか。『ハーレム系』。そうですよね、太郎さんもおっさん・・・もとい、少年ですもんね。どうです女性陣にモテモテの世界。これを否定するのは男じゃない!!」
「えーっと、やっぱり僕は純愛が・・・」
「じゃあこれ!!『セカイ系』。世界を救うのは少女。あなたはそんな彼女の唯一の理解者!!」
「それも気が重いです・・・」
言葉に詰まるアニメシア。
しかし、そんな睨まれても嫌なものは嫌なのだ。
「わかりました、では、『やれやれ系』・・・っ」
「あぁ、『暴力系ヒロイン』も嫌です。『ツンデレ』も僕デリケートなので心が折れちゃいます」
「太郎さん・・・昭和生まれですよね?」
「えぇ、そうですよ?」
女神のくせにそんな当たり前のことを聞いてくるなんて、アニメシアは大丈夫なのだろうか。
「大丈夫ですよ、お気になさらずに」
「あれっ、ぼく、今声に出してましったけ?」
そんな僕の質問を無視して、アニメシアは世界を探す。
もしかして、この人は僕の心を・・・。
「あぁ、読めないなぁ、読めない!!太郎さんの心が読めたら!!すぐにベストな世界が、与えられるのに!!あぁ、残念だなぁ!!」
アニメシアが歌うように独り言を言っている。
なんだ、読めないのか、ほっとした。そうだよな、読めるくせにこんなに僕のニーズがわからないようなら、無能な神に違いない。
ギロッ
ん?
なぜか、アニメシアが僕を睨んでいる気がするが・・・、まぁ、気のせいだろう。
うん。
きっと、真剣に選んでいる時はあんなブサイクな顔になるのだろう。
「『ホラー系』なんてどうです?」
「ホラーって1900年代に流行りましたね。でも、脳科学とかの本を読みましたけど、人間の目とか耳って人間を認識しやすくなっているって見ましたよ。幼児の時とかに仲間である人を見つけやすくするために。例えば、車が顔に見えたりするのがそれだって。だから、脳が付かれていると、暗闇の中に人が見えたりするって。あと、金縛りも普段は体が起きてから脳が起きるのだけれど、それが逆転してしまうと起きるとか・・・」
「よく、そんなに知ってますね」
「あぁ、夜よく眠れないとか調べてたら出てきました。それにスマホの普及でホラーってなくなりましたよね。誰がそんなに盛り上げてたんでしょうね」
睨むような、憐れむようなアニメシアの目。
「これはどうです?『相棒系』。2000年前後で流行ったモノで、相棒となるモンスターやペットと一緒に主人公になる太郎さんが冒険に出かける・・・」
「あっ、僕。動物アレルギーなんです。なので、本能的に動物とかモンスターとかアレルギーなくなっても嫌いなんです」
ブチッ
あっ、何かが切れる音がしたぞ?
「そろそろ、調子に乗っていると、温厚な私も怒りますよ?太郎さん」
「えっ、そんな、調子になんて乗ってないです!!許してください!!僕はただ、今までがほんと―に辛かったから・・・次こそは頑張りたいって・・・」
僕の泣きそうな顔を見て、アニメシアはため息をつく。
「わかりました・・・ただ、私が提案するだけだと正解が見えませんね?そもそも私が先に聞けば良かったんですが、太郎さん。あなたは、どんな世界に行きたいんですか?」
「どんな世界・・・」
僕は言葉に詰まってしまう。
今まで、日常であんな風に世の中なればいいな、とか、こんな風になればいいなとか、考えなかったわけではないが、異世界に行ければというのは全く考えたことがなく、死んたら急にここに来たのだ。
人生に関わることを自分で決められるなんてなんて幸運なことなのだろうと、感謝しているが、後悔するような人生にはしたくない。
「質問が難しかったみたいですね、太郎さん。じゃあ、2つ。選択肢を与えるので選んでください。冒険中心の世界なのか、恋愛中心の世界なのか、どっちがいいですか?」
しびれを切らしたアニメシアの言葉に僕は考える。
冒険中心の世界に行ったとして、会社と実家を往復して、休日はどこにも行きたくなくて、引きこもっていた僕が冒険なんてできるのだろうか。できたとしても楽しめるのだろうか?いろんな人と出会って、名前をよく間違えて怒られる僕には向かない気がするな。
対して、恋愛・・・。
僕は気が利いたことが言えない気がするし、気を使って言ったことでかなり怒らせることもある。『難聴系主人公』なんていうのもあるが、僕は聞こえなければ何度も聞いてしまって、空気をぶち壊してしまいそうだ。というか、『恋愛系』に行ったところで僕に魅力がなければ、主人公の親友ポジションのどんなに頑張っても恋愛できず、噛ませ犬になるのが関の山だろう。
「わかりました、どちらも駄目ですね?そうですよね!!?」
「すいません・・・」
「ふーっ、では、がらっと変えて、『ギャグマンガ系』はどうです?嫌なことなんてぶっ飛びますよハハハハッ」
アニメシアも疲れてきて、おかしくなってしまったのだろうか。
「僕は、あんまり理不尽なのも・・・ギャグもあんありわからないですし・・・」
「じゃあ、『レンジャー系』!!安心してください。あなたがダメでも他の4人の仲間がなんとかしてくれます。友情で悪いやつらを倒しちゃいましょう!!」
「きっと、悪いと言われた人にも理由があるんだと思います・・・それこそ『ダークヒーロー」みたいに」
本当に申し訳なくなってくる。アニメシア、本当にごめんなさい。
「太郎さん、あなたは『スポ根系』で鍛えてみません?」
「みません!」
僕はきっぱり言う。80年代の話だろうが、根性論はこりごりだ。
「『ミステリー』『推理』も無理なのは当然として・・・じゃあ、『スポーツモノ』、『ヤンキーモノ』『ギャンブルモノ』『職業モノ』は!!!?」
「全部、無理に決まってるじゃないですか。スポーツ好きじゃないですし、ヤンキーなんて『ホラー系』と同じで、90年代のモノだし、いい思い出ないですし、ギャンブルも僕はしないし、職業モノなんてただの仕事じゃないですか。あと、もちろんですが、『格闘モノ』『復讐モノ』も怖いんで嫌です。あと、『推理』とかはできませんけど、そういう言われ方は傷つきます!!」
思いの丈を伝える。
「とうとう、自分からジャンルを出してきましたね・・・太郎さんっ」
「えぇ、なんとなく、そこらへんも言われるかと思ったので・・・っ」
「じゃあ・・・自分が行きたいジャンルは・・・っ」
「わかりませんっ!!」
自信を持って言えること、それはまだわかりません、だ。
アニメシアと僕。お互い『西部モノ』の決闘シーンでお互いがピストルを抜き合うシーンのように、相手の出方を待つ。
「じゃあ、『ロボットモノ』は!」
「僕、理系じゃないので、ロボットに魅力を感じません!ロボットモノの醍醐味が宗教や価値観のぶつかり合いなど、心理描写が素敵だって言われても、戦闘シーンが怖いです!!」
「『歴史モノ』!」
「文系ですけど、歴史よく覚えていません!あと、『ループモノ』も改変とかが気に食わないです!!」
「『ゾンビモノ』!」
「今までの流れで感じ取ってください!無理です!『パニック系』も無理です!!」
「『童話』!!」
「言うと思ってました!!太郎って名前だから、桃太郎とか浦島太郎とか金太郎とか連想されても困ります!!」
「じゃあ、『日常系』で!!」
「それで!!!」
お互いが打ち終わり、静まり返る。
「えっ?」
アニメシアがびっくりする。
「『日常系』の『ほのぼの系』でお願いします・・・」
「『職業モノ』は・・・駄目って言うたやん」
かわいらしい関西弁が出てきた。
「仕事抜き。永遠の10歳くらいでお願いします」
「『ループモノ』だって・・・」
「年間行事が何回あっても、僕はそういうとこ気にしないんで」
僕はにこっと笑った。
すると、アニメシアは笑顔で言った。
「このモラトリアムが。もう一回人生やり直してこいや」
◇◇
そうして、僕は再び現世に舞い降りた。そして、『日常系』をお願いしたはずだったが、10歳は1年しかなく、イベントも1回ずつだった。
でも、おかげさまで、再度同じ世界に戻されたことで、あれとあれとあれとあれと・・・まぁ、いくつかの作品の最後のオチまで見ることができてほっとしている。
中には、悲しいことだがオチを描くことなく亡くなられた作者もいらっしゃって、ほんとうに悲しかった。
『日常系』の『ほのぼの系』でもない、ただの人生は、前の人生の時よりも楽しいことや、前世の知識で上手くいったこともたくさんあったけれど、辛いこともたくさんあり、僕は悔しがりながら、アニメや漫画の知識を深め、次の転生に備えた。
そんなことをしていたら、アニメや漫画に詳しくなり、漫画喫茶店員や、本屋、学芸員などを経て、アニメ・漫画歴史研究家兼アニメマン大学教授として、日々アニメや漫画を見たり読んだりしつつ、アニメや漫画ごとのジャンルについての特徴や、アニメ・系譜について研究と講義を行っている。
アニメや漫画は実に面白い。
当然名作が面白いのは当然なのだが、研究を深めるうちに色々と気づいた。
どんな主人公かどんな設定かでその当時の社会情勢と繋がる部分があり、社会風刺が効いていたり、教育方針と関わっていたりもしている。中には先取りしすぎていて、時期が違えば爆発的ヒットしたであろう作品だったり、未来を言い当てている作品もあったりするのを見つけることもある。
ちなみにだが、アニメ・漫画間でのオマージュについては理解できたが、中には海外ドラマや映画からオマージュされて作られている作品もあったりして、その分野は苦手なので、学生たちに論文として提出させている。これで一石二鳥だ。
もし、今度生まれ変わってアニメシアに会ったら、『SF』か『アイドルプロデュース』『魔法少女』にでも転生させてもらおうとするか。
いや、一番したいことは違うな。彼女ともっと話がしたいな。
だから、転生するなら、『アニメシアの従者』か、『親友』・・・もしくは『恋・・・』。
おっと、これは僕とアニメシアの問題だ。
僕も多少、めんどくさい性格も直したし、彼女とたくさん話がしたいから話題に困ることがないくらい知識量も増やした。
前よりは、異性から好かれるようになった・・・はず。
こほんっ。
この話は置いといて、アニメ・漫画の歴史学に興味を持ったなら、君もいつか、僕の講義を聞きに来てくれたまえ。
聞くのは嫌だ?
じゃあ、今度語りあかそうではないか。
よく講義の1回目でも話をしているのだが、まず最初のテーマは―――
「転生できるならどんなジャンルのアニメ・漫画の世界に行きたいか」だ。
転生先のジャンルを自分で決めろと言われましても、色々嫌なんです 西東友一 @sanadayoshitune
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