旅の結末 5

 ――世界は、緑に覆われていた。




 私がつくりあげた第二の死の森。

 深い色の天蓋、そこから大地に下ろされる幹。地表は茎と葉、鮮やかな花々に覆われ、さらに人の身長をゆうに超える植物がひしめき、視界をさえぎる。

 私を中心に放たれた深緑は、兵もルートビフも、何もかもを押し流した。大地を隆起りゅうきさせ、奔流に取り込んだ。


「……」


 足を大地から離した私は、吐息をこぼした。

 爆心地たる周囲に目を向けると、大きく成長した植物はみな外側へと流されており、目に付くところは地表の雑草と野花だけであった。頭上を仰げば、そこだけ緑の天蓋てんがいがない。薄く夕陽が降り注ぐのは、この空間だけだった。

 靴はどこかへいってしまったが、鬱蒼としすぎているゆえに地面を踏む心配はあまりない。

 ただそれでも、触れてしまった際の影響を少しでも和らげるために、膝をついて這うように移動する。足の裏と比べれば、膝はかなり軽減されるんじゃないだろうか。

 なぜ気にするかというと、それは……。



「ギンっ、ギンっ」


 地面の葉をめくり、血をたどる。

 草花を汚れた手袋でかきわけながら、必死にさがす。


 求めていた亡骸は、明るい爆心地のフチにあった。


「ギンっ」


 相変わらず血まみれの鎧にうずくまり、顔を近づける。

 反応など返ってこない、でも確かにギンの身体。生きていた彼の、成れの果て。それを抱き寄せる。


「ごめん、ごめんっギン……ありがとう」


 何度も私を守ってくれたひろい背中。私の手を引いてくれた大きい手。無愛想でもときおり感情を溢れさせた兜。焼け焦げ、血を吸ったぼろマント。

 すべて、失われた。


「あなたは立派な騎士です。私の大切な、誰よりも……大好きなひとです」


 ギン。

 あなたは死ぬために、ここまで来たのですね。


 手袋を脱いだ指で、そっと顔に触れる。

 べたりと張り付く血が肌を浸す。


 私はそっと、その兜を両手でつかんだ。

 首元の留め具をカチリとはずし、抵抗もなにもしない彼の顔からもちあげる。


「――ああ、やっぱり」


 穏やかな顔で、閉じた瞳。口元からあふれ出た赤色が顔全体を染めている。どれだけ過酷な戦いだったのかを物語り、今は眠りについている。

 安らかな死に顔の輪郭を撫で、それから髪をさわる。


「はやく、言って、くださいよ……」


 私の髪にちかい色。短くて、ちょっとちくちくするけれど、男の子らしい肌触り。私の故郷にしかない特徴。

 生前、一度も見せることのなかった彼の素顔。


 ギンは怖がっていた。同じ故郷出身だと知れば、きっと見る目が変わってしまうと。

 たしかに、そうかもしれない。

 彼にとって私は、故郷を滅びに導いた罪深き敵。民を軒並み死なせておいて、わがままな夢を抱く愚か者。

 この関係を知ってしまえば、きっとギンと私のあいだには罪悪感という壁が生まれる。旅の最中に築きあげ、縮めた関係に距離があいてしまう。

 それを、ギンはおそれた。

 なら、やっぱり。


「ばか……」


 死んでしまった彼にうな垂れながら、そうこぼす。


「あなた、私のこと、やっぱり大好きじゃない」


 突然契約を破棄したのも、突き放したのも、この惨状を見ればこそ理解できる。

 それだけに、彼がどれだけ想ってくれていたかがわかる。


 ごめんなさい。ギン。

 トウの言うとおりだった。もっとはやくこの気持ちを伝えておけばよかった。


 ありがとう。

 私の騎士。


 顔を持ち上げ、鉄の匂いがする口元へ近づける。

 自身の銀髪をかき上げることもせず、生前叶わなかったことを、今果たす。


 誓いを込めて。

 感謝を込めて。

 愛を込めて。



 私は物言わぬ死体に、口づけをした。

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