旅の結末 4

「いやはや、探す手間が省けました」


 不快な声が、泣きじゃくる私に向けられた。

 顔をあげると、ギンの血を鎧に受けながら、両手を広げて笑みを浮かべるルートビフが。


「ご機嫌麗しゅう、『カラルリスの花の魔女姫』――そのご息女。今は亡国の姫サマでございますかな?」

「……」


 空虚な心のまま、立ち上がる。

 口も引き結び、血に濡れる手のひらを握り込む。

 そして、ギンの骸を守るようにルートビフを睨んだ。


「あなたの騎士に申し訳ないことを。ですが、彼はもはやその地位を剥奪はくだつされておりますゆえ。我が国では重犯罪者でございます」

「……」

「おわかりでしょう? あなたという危険分子を森から連れ出し、人の世を危険に晒したんですから」

「……」


 心は、十年ぶりに冷え切っていた。

 私の歩く道を照らしてくれた人を、この国の人間たちは二度も奪った。目標だった母を殺し、今度は光をくれた彼までも殺した。


「……、」


 下唇を噛む。ギリ、と握られた拳から血が滴る。


 そう。

 そうなのですね。

 これは、私の故郷を襲ったあの再現というわけですか。

 いつだって、あなたたちは私の大切なものを奪う。そうやって、殺して支配しようとする。私を消したいのなら私だけを狙えばいいものを、この人間どもは関係を持つすべての命を奪っていく。


 ええ、そうですか。


 私が間違ってた。

 世界がくそったれなんじゃない。くそったれで野蛮で醜いのは、あなたたちよ。


「……っ、」


 パキン、と音がした。


 怒りと憎しみと、悲しみ。

 今私の感じているものに呼応し、靴の錠がひとりでに外れていく。

 カギなど使ってもいない。

 パキン、パキン、と、かせがはずれていく。


「貴様、まさか――」

「……、」


 また、人が死ぬ。

 地形が変わる。

 地図にシミができる。


 きっと私は後悔するだろう。また靴を脱いだことを。


 だが、私はまた素足を晒す。

 たとえこの世を敵にまわすことになっても、この地を変える。


「ギン、ごめんね」


 返事のない彼にあやまる。


 錠がすべて外れ、ゆるくなった。私は有無を言わさず、右足を持ち上げた。


「おい、すぐにここから退避を、いや、あの女を――」


 風を切り飛んできた矢が、地面から飛び出たいばらに弾かれる。続いて、私とギンを取り囲むように土ぼこりが巻き上がり、緑色のツタが兵士を縛る。

 いくら剣で切られようとも、そこにある命を幾重にも拘束。飛び道具など、硬い葉でも止められる。植物を枯らす薬は焼け石に水、悲鳴を漏らす喉を潰し、金色の鎧も緑で塗りつぶす。


 一瞬にして、場は整った。

 兵たちは縛られたまま、滅びの瞬間を見届けることしかできなくなった。


 風を感じる素肌。

 海を歩いたこの足。

 頼らせてもらう。


 深緑の呪い。いつかの私は、あなたをうとましく思った。

 家族を守るどころか、すべての命を死においやった足を、切り落としてやろうとすら思った。

 だけど、受け入れよう。

 私はこの足が好きになった。ギンと旅をして、ギンに夢を見せてもらった証。私はこの呪いとともにある。

 これからの孤独を、生きていく。



 覆え、緑。

 貫け、幹よ。

 大地のことごとくを恵みで満たせ。


 そして、この場にあるすべての命よ。




「――、サヨナラ」



 細めた瞳で、血に濡れる土を見据える。

 マントを摘まみ、細いそれを近づける。


 迫る予感を受け、大地にひびが入り産声をあげる。世界を振動させ、秘められた息吹が動きはじめる。

 地表を這うツル。

 伸ばしては張り巡らす茎。

 ズン、と急成長し、柱を太くする木々。

 咲き乱れる花々。ひろがる鋭い葉。

 天を瞬く間に覆い、足元を別世界へと塗り替える。


 すりつぶせ、

 もちあげろ、

 まきつけ、

 ひきこめ、

 きりさけ。




 ひた――と。



 

 地面に降り立つ足。

 素肌で触れる右足に、躊躇せず左足を並べる。


 私の足はギンの血を吸い、緑を呼び起こし。



 そして、十年ぶりの呪いを吐き出した。

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