旅の結末 3

 ――ズシャッッッッ!!!!



 生々しく、二度と聞きたくないような不快な音とともに、大剣が振り上げられた。

 夕に染まった丘に集まるミネルバ兵の数々。転がるいくつもの死体とその横で囲み見る、ギンとは異なる影。

 その中心で、大剣に巻き上げられた赤黒い血が舞った。


 彼の血はしぶきと一緒に周囲を染め、息を切らす私の頬にも一滴飛び散る。

 見開いた視線のさきで、またひとつの亡骸が生まれた。


 鎧ごと深々とえぐられ、銀色に自身の血をこれでもかと浴びて。衝撃で投げ出された身体が弧を描く。

 死体はミネルバ兵たちの頭上から赤い雨を降らし、そして、


「――、」


 私のまえに落ちた。

 がしゃ、という音がとてつもなく軽々しい。首のうしろから落ちた鎧はぴくりともしない。

 無数に穴の空いた、無愛想な兜。肩にかけた、ぼろぼろになった短めのマント。それらが赤いのは、夕陽のせいだけではない。


「――、や、だ」


 それ、は。


 私の、



「いやぁぁぁぁぁああああああああああああッッ!!」



 動かなくなった私の騎士に駆け寄り、うずくまった。血に濡れることも構わず、身を寄せ絶叫する。


「ギンッ、ギンッ! いやぁああ……やぁああああ……!」


 血……!

 血が、血がこんなに、


「なんでっ、どうしてっ。私は、私はあなたがいないと、もう、」


 呼吸もなく、鎧から生気は失われている。呼びかけに応えることもなく、ただ亡骸がそこにあるだけ。

 私の騎士は、命を犠牲にしてまで夢を見せた。

 いったいどれだけ、辛い過去を背負って歩いたのか。

 いったいどれほど、遠いところから来たのか。

 誰にも頼らず、私にも弱みを見せず、ずっと孤独にここまで旅をしたのか、あなたは。たったひとつ、私なんかの夢のために。この、わがままと表現しても遜色ない願いのために。


「いかないでっ、いかないでっ……! 私をおいていかないで! ひとりに、しない、でよ……!」


 起き上がらない。

 しゃべらない。

 動かない。

 私がしがみついてどれだけ泣こうと、私が縋ってどれだけ嗚咽をこぼしても、私の騎士は無愛想な受け答えもしないのだ。


 こんなに。

 こんなに悲しいことがあるか。こんなに救いがないことがあるか。

 私は、これからの人生をずっと一人で歩まなければならないのか。


 依頼の報酬は?

 花をさがす旅に出るという約束は?

 街を巡ることもなく、野宿でまずい食事も一人で、宿でとる部屋も一人分で、手を繋いで横を歩いてもくれないのか。


 耐えられるわけが、ない。


 「ギンの、ばかぁぁぁああああああッ!!」






 私の騎士ギンが、死んだ。

 最後の言葉もなしに、身勝手に私の夢を守るために、バカな死に方をした。

 歩いて、歩いて、一度歩いた旅を辿った末に、私の約束を反故ほごにしてまで、犠牲になった。


 世界でいちばん好きな人だった。


 私は彼の亡骸に、涙を流し続けた。



 私の服もマントも赤に染め上げ、彼の周りに血が広まった。

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