好きな人と夢 3

「ギーン」


 食事も済ませやることがなくなった私は、焚き火の加減を見ていたギンに声をかけてみた。そっととなりに腰を下ろし、爆ぜる炎に目を細める。

 いつもなら本を読むか、ナイフで枝を削ってみたりして時間を潰しているのだけど、如何せんその本を失ってしまったのだ。なので、暇を彼との会話で埋めることにする。

 呼ばれたギンは焚き火から顔をあげ、こちらを見た。『なんだ』という言葉が聞こえずとも、そう言っているのが伝わる。

 いくつか話題が浮かんだが……いちど無念に終わったことを、訊いてみようと思った。


「えっと、」

「言いたいことがあるなら言え」

「……その。素顔、見せてくれな――」

「断る」

「はやいっ! 断るのがはやいっ!」


 もぉぉおお、なんでぇ? そんなに私のこと嫌いなんですかぁ? ちょっと落ち込むんですけども……。

 私は落胆し、がくりと肩を落とした。焚き火に暖まりつつも、心の奥には冷たい風が吹く。好きな相手にこうやって断られるのは、さすがにくるものがあった。

 そうやって、うな垂れているところに。


「すまん、スイ」


 謝罪がかけられた。

 抱えたひざに顔を埋めていたのを、ちらりと横にズラしてみた。そこには、火を弄っていた枝からチカラを抜き、脱力したように炎を見つめるギンの姿。

 赤色に揺れる唯一の光源が、兜を照らす。


「……怖いんだ」


 吐露とろされる。彼の感情が。

 私は驚いて、ゆっくりと顔をあげた。目をぱちくりして見つめる。


「こわ、い?」


 頷いて、ギンは思い出したように枝を持ち直した。気を紛らわすように薪を放り込み、枝でつつく。


「俺の素顔は、きっとスイの見る目を変えてしまう。騎士として見れなくなるのではないかと憂慮してしまう」

「そんなことない」


 即座に否定する自分がいた。驚くほどに躊躇なく言い放っていた。

 だけど、彼には通じない。


「そう言ってもらえるのはありがたい。だがそれでも……見せられない。俺はこの関係が、気に入っている。壊したくない」


 私の言葉でも信じられないほど怖がっているということか。その証拠なのだろう、彼の口調はいつもより弱々しく聞こえる。

 思えば、ミネルバを出てからはずっとそうだ。

 ギンはとても弱気になっている。何がそうさせるのかはわからないけど、きっと私の想像以上に思い詰めた結果、こうなっているのだろう。


 私は、ギンが心配でしかたない。


 私には見えないものが見えている。私の知らないことを知っている。そんな彼の考えていることを、すこしでも知りたい。そして、可能なら支えになりたいのだ。ここまで私を守り、世界を教えてくれたあなたに、恩返しをすこしでもしたいのだ。素顔を見たいのも、突き詰めればそれに起因する。

 なにをしてあげられるだろうか。

 彼になにを与えられるだろうか。

 考えなかった日はない。彼の背中を追いかけるときも、馬車で肩をぶつけるときも、夜空を眺めるときも、街を巡ったときも、こうして焚き火で話している今も、心のどこかでは考えている。素顔が見えれば、どんなに近くまでいけるだろうか。


 ……そうだ。


「ギン、ちょっと」


 好意が胸の奥で燻り、ロウソクの炎のように灯っている。できるなら、その暖かさを与えたい。そう思った。

 導かれるように、身を寄せる。

 片膝を立てて座る彼の横に、肌が地面につかないようマントを下敷きにして移動。それから優しく肩に触れて、こちらに倒した。


「なに、を――」


 ぽす、と兜ごと横たえ、膝枕をする。

 冷たい感覚が太ももに当たるが、それもすぐに気にならなくなって。そっと撫でるように置いた手の下で、硬直したギンが緊張を解く。


「……今夜だけ。イヤなら、明日からはしないから」


 パチパチと弾ける焚き火と、トクンと鳴る胸の鼓動だけが耳に届いた。

 ギンは閉口し、私もそれ以上は言葉をもらさない。夜空のした、赤い光だけを頼りに視界を確保し、見上げれば満天の星。時おり吹き抜ける微風も気にならず、長いあいだそのままで過ごす。

 安らぎ、と言っていいほどの行為ではないけれど。ギンが私に対して恐怖していることがあるのなら、それを溶かすことくらいはできるんじゃないだろうか。


「……星、きれいね」


 ねえ、トウ。

 今、あなたは何してる? 何を見て、何を感じてる?


 私は、ちょっとどきどきしてる。好きという感情を行動に移してしまったんだもの。

 ああ、言ってしまいたい。

 このまま口にして、伝えてしまいたい。

 安心させるためにも、私のためにも、さらけ出してしまいたい。


 それは、早まったこと?

 私は焦ってる?


 トウなら、きっと涼しい顔で『いいんじゃない?』なんて言いそうだ。

 なら、きっと今がそのときなのかもしれない。


 一度、目を閉じる。またあける。星が瞬いている。


 不思議なものだ。

 覚悟をあっさりと決めてしまえば、口は自然と声を紡いでいた。


「ギン」

「……なんだ」



「私――あなたのこと、好きですよ」

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