好きな人と夢 2

 ちょうど目についた林に入ってすぐのところで、まきをつくる。

 ミネルバへ入国する以前と同じ過程を経て、私たちは旅を再開したのだった。

 私が持ち歩いていた便利な道具はなくなってしまったため、火をおこすのも一苦労。火打ち石がないだけで、とんでもない苦労を強いられた。

 だが、それでもなんとか火をつけることが叶った。ついたころにはあたり真っ暗で、ほぼ何も見えないほど時間がかかっていたけれど。

 現在の私は、切り株の上で食事の下準備をしているところだった。

 以前つかっていたまな板がわりの木も私の袋のなか。さらに言えば、包丁だってそのなかだ。今食材を切っているのだって、ベルトに吊していたナイフである。


 私は手元を動かしながら微笑んだ。

 こんな夜はミネルバに入るよりも以前……いや、道具が心許こころもとないという点も含めれば、死の森を歩いていたころ以来か。不便な反面、とても懐かしく感じてしまう。


 アレット村での食事も、そこでそろえた道具でつくった食事も、それなりであった。ミネルバはさらに大違い。屋台で買い漁ったものを宿で食べ、酒場では魚料理も味わえた。ギンも密かに持ち帰って食べていたほどだ。

 それに比べれば、今日の出来はどうしても及ばない。なにせ、器も鍋もないのだから。

 でもまあ、私たちらしくはある。そんな気がする。


 慣れずナイフで調理をしていると、予備の薪を斬り終えたギンが寄ってくる。


「干し肉なんてあったのか」

「ええ。よかったですね、袋の底に入れといて。上の方にあった食材はほとんどどこかに落としてきてましたよ」


 あれだけ激しく動けば仕方あるまい。馬車ごと衝撃に巻き込まれ、地面を転がったのだから。

 袋に腕を突っ込み、野菜を取り出しながら続ける。


「少ないですが、これだけあれば数日はもちます。問題はなくなったあとですけど」


 硬い皮に刃をあて、我ながら危なっかしい手つきで切る。ぼこぼこの黄色い部分が割れ、中から汁がこぼれる。それが切り株の上にひろがり、切り分けた肉に付かないようナイフではらう。別の果肉もさらに切ったら、今度はちぎったハーブに和えたりしてみる。味付けはないが、臭みだけでも消す。干し肉があるし、そこまで不味いということはないだろう。……ない、と思う。

 あと、たしかちょっとしたパンもあったはず。


「ねえ、ギン」

「なんだ」


 袋をまた漁る私を見ながら、ギンが返事をした。

 なにが楽しいのか、さっきから観察してくる。悪いということもないけれど、手持ち無沙汰なので話題を振ってみることにした。


「海を見たら、どうしたい?」


 こんなことを訊いてしまうのは、海が近くなってきているからだろう。トウと別れたことで夢を意識し、今が口惜しく感じてしまったのだ。

 そんな私の気も知らず、ギンは首をかしげる。


「どうしたい、とは?」

「私の夢を叶えたあと。ギンは騎士団に戻るのも難しそうだし、どうするのかな、って」

「……」


 あら、また黙っちゃって。そんなに難しいことじゃないでしょうに。

 彼の方を向かなくたって、兜をかぶっていたって、神妙な顔してるのは丸わかりだ。


「報酬を渡すために城にもどる、なんて話をしてたっけ。ついでにミネルバにも寄るっていう約束もしてたけど、ダメになってしまったでしょう?」

「あ、ああ」

「だから、これはその代わりなんだけど――花、探しましょうよ」

「花?」

「そう。スターチス・フラワー。咲いているところ、見てみたい」


 実際は、幼いときに見たことがあるんだけど。どうせならこの目で、もう一度見てみたいと思った。ギンと一緒に。絶滅してしまった花を探すのもまた夢があっていい。一面に咲くところなんてのがあるなら、それこそ言葉を失うほどキレイだろう。


「旅が終わったなら、また旅に出ればいい。私はそう思う。あなたに付き添ってもらったのだから、今度は私があなたの夢に付き添う」


 マレクシドとか、大きい街に行くのはさすがに危ないけれど。次は目的地なんてない、もっと長い旅をしよう。きっと色んなものがある。色んな経験ができる。もしかしたら、皮売りのおじさんやトウとも会えるかもしれない。

 ああ、ステキだ。本の世界にも勝るとも劣らない、素晴らしい日々だ。


「さってと、もうこんな感じでいいでしょう! 食べましょ、ギン」


 黙りこくるギンを切り株のそばに座らせ、私は反対側に腰を下ろす。料理したあとの切り株は、そのままテーブルとしても利用できてとても便利だった。我ながら頭がいい。

 ハーブと野菜を和えたサラダもどきに、干し肉とパン。絶望的な調理環境にしては、まあまあ。

 ギンがパンを手に取るのを見ながら、私も同じものにかぶりつく。

 ……思ったより硬い。

 だが、マシな方か。なにせアレット村で買ったものだからなぁ。噛んでいればすこしずつ柔らかくなってくるし、食べられなくはない。

 引きちぎるようにして咀嚼していると、手に持っていたパンを見つめるギンがこちらに意識を向ける。なんです? と目で問う。


「いや、なんでもない」


 そして今日も、私の騎士は背中越しに隠れて食事をはじめた。

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