かつては仲間、今は敵 3

 弾かれるように動いたのは、リーゼリットだけではなかった。

 風を切る橙色の髪を迎え撃つように、大振りな大剣が身体に密着する。構え、突進する巨漢。

 ギンと私は右回りに走り出し、一歩運んだ次の瞬間にはリーゼリットとルートビフの二人が肉薄。

 加速する感覚の内側、巨大な鋼が弧を描き、空気を薙ぐ。

 黒いローブは軽やかに避け、柄を引き抜く。錆びた刀身はいつも以上に光を反射し、素早くひらめく。甲高い金属音が火花を散らす。

 繰り広げられるのは、ギンとはまったく違う命のやりとりだった。

 大きく、当たれば一撃で瀕死にしてしまう大剣。その数々を髪をかすめるほどギリギリで躱しては、いなし。そこに生まれた隙を一瞬のうちに判断し、踏み込むかを決め。隙であれば鎧の隙間を狙い、誘いであれば飛んでくる拳や膝に対処。


 素早さと宝剣自体の性能で出し抜くリーゼリットと、大振りの隙を鍛え上げられた身体で埋めるルートビフ。

 剣戟は苛烈に、過激に。一振りが地面を抉り、その間にキレイな軌跡が編まれる。本人たちは瞬きひとつせず、ただ目の前の敵だけを殺すことだけを考え、止めた息を消費する。

 かつて世界を救った者の命の削りあい。


 私はそれを視界の端でとらえながら、前を見据えた。


「走れっ!」

「はいっ!」


 言われたとおりにブーツで駆ける。

 転んでもすぐに立ち上がった。

 ギンは素手のまま打ち合う二人に突っ込んでいった。


さんッ!」

「む……ゥ!!」


 掛け声に合わせ、小柄な身体がルートビフの背後にすべる。

 斜め前方から突っ込んでくるギンに対し、逆側で速度を殺すリーゼリット。挟まれ、数の有利が大男の判断に遅れを生む。


にぃッ!」


 戦闘の最中、ギンとリーゼリットのやりたいことが共有される。

 言葉は交わさなくとも、命のやりとりをする者どうし。もはや直感に近い連携が互いの動きと合わさり、状況に一筋の光を切り開く。


「――ギンっ!」


 リーゼリットが呼び、ひゅっと音が聞こえた。

 次の瞬間そこからギンの姿は消え、ルートビフの目の前に移動する。

 認識、警戒……それらを置き去りにした接近と構え。突き出された腕に、投げられた宝剣の柄がおさまる。


「受け取った――!」


 踏み込み、構えは下段から。宝剣がきらりと光を纏う。

 ズァッッ!! と光が放たれる。

 斬り上げられる一閃が、辛うじて間に合わせた大剣に阻まれた。受け止めるだけなら取るに足らない一筋。分厚い大剣ならば、間に合わせただけでも防ぐことは可能だ。

 けれど、それこそは宝剣の一撃。

 比べれば重さも大きさも劣る剣閃は、未知のチカラで巨漢を仰け反らせた。


「キ、サマっ、その剣っ!?」


 けれど、宝剣による一撃さえも目的ではない。

 本命は別、背後で手袋を脱ぎ捨て、素肌をさらした彼女なのだから……!


いち、今ッ!」


 カッッ!!

 輝きは、熱く、大きく。

 タイミングに合わせ、月夜の光を呑み込むほどの大きな爆発とともに、その場を炎が覆った。


小癪こしゃくっ!」


 リーゼリットの手は、触れたものすべてを燃やし尽くしてしまう。

 だが、それも瞬時に牙を剥くわけではない。でなければ、酒場で素手をつかった時点で店は壊滅している。ため込み、放つという過程がそこにはある。


「こっち!」


 天まで燃え上がる炎のなかから飛び出し、リーゼリットが先導する。

 私がそれに続き、遅れて出てきたギンも走った。


「チッ、わらわらと……!」


 走る先を睨んだ彼女から、舌打ちが聞こえる。

 見れば、通用門の周辺にはすでに憲兵が数人集まり、私たちを待ち受けていた。

 これじゃ通れない。

 と、横を風が駆け抜けた。


「持て。切りひらく」


 言葉とともに、目の前に放られる麻袋。遅れたのは荷物を少しでも確保するためだったようだ。それを取り落としそうになりながら抱え、ギンを見た。

 宝剣を構え、前傾姿勢になった鎧が、消える。

 かと思うと、進行方向から叫び声と怒号が響き、すぐに止んだ。

 辿り着けば、そこに転がる死体はみな、首や胴体、足を貫かれ動かなくなっていた。ギンが剣をはらい、地面に血を落とす。


「皮売りのおじさんは!?」

「大丈夫よ、あいつこういうときはちゃっかり生きてんだからっ。伏せて!」


 ゴウッ! と締め切られた門が燃えさかる。組みあげられた木の板も、それを固定する金属も、すべてが割れ、弾け、炎に焼かれる。私たちは飛び散る火の粉をマントやローブで防ぎながら、炎の向こうへと飛び込んだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る