かつては仲間、今は敵 2

 それは、もはや爆撃だった。


 降り立つ巨漢は自身の身体よりも大きい剣を振り下ろし、馬車の荷台を直撃。

 気づいたギンに抱きかかえられ、馬車が疾走する勢いそのまま、外へと飛び込む。悲鳴をあげる隙もない。

 腕に包まれたまま石畳みに身体が打ち付けられ、ギンの身体越しに衝撃が襲う。

 同時、大剣が直撃した馬車からはメキメキメキッという割れる音。粉々に粉砕するに飽き足らず、馬車を突き抜け地面までをも穿うがち、ズンッ!! と世界を振動させた。


「――ッッ!!!!」


 轟音。

 暴風を巻き起こし、石畳みを軽々と割り、粉塵とともに衝撃波をまき散らす。世界の中心まで貫いたのではないかという一撃は反響するように咆哮を上げ、二重、三重に周囲を破壊、破壊、破壊。

 鎧に守られながら、なおも叩きつける衝撃は、空間ごと後方に吹き飛ばされるような地獄だった。

 必死にギンの鎧にしがみつき、なおも襲うそれに耐え、そして――、


「……、ぁ」


 唐突に、止んだ。

 私を守っていた腕が離れる。

 解放され、目をあけた私は愕然とした。


「――、」


 世界が、一変していた。

 馬車? そんなものなど跡形もなく消え去っている。原形など想像がつかないほどまで塵になり、そこら中に転がる瓦礫の一部となっている。

 キレイに並んでいた石畳みもげ、そこにあるのは土にぽっかりと空いた穴。

 ここは、さきほどいた場所なのだろうか。目を疑うほどの変わりように、言葉を失う。

 混沌の中心にある影が、ゆっくりと立ち上がった。

 ギンよりも一回り大きい身体を、ごつい鎧で包んだ巨体。土埃にまみれた大剣を軽々持ち上げて、肩にかつぐ。砂塵の隙間をさす月明かりに照らされ、男はこちらを見た。獅子のようなたてがみが風になびいた。

 背筋が凍る。

 鋼そのもの、と言っても間違いはなかろう。重厚な佇まいが、まっすぐと敵意を向けてきたのだ。


 そんな、迫力で動けなくなった私の肩を、手が掴んだ。


「……っ、ギン」


 私を後ろへ押しやり、土に汚れた騎士が、前に進みでた。

 ぼろぼろにした短いマントを揺らし、守るように相対する。


「しつこい、ものだな……っ」


 足元の瓦礫を邪魔そうに蹴り、くぐもった声が放たれた。

 金色の鎧と銀色の鎧が、わずかな光を反射する。


「ペッ……ほんとよ。脳筋だるまが、もっと品位をもちなさいよ」


 声を挟んだのは、すぐそばの瓦礫をかきわけたトウだった。

 フードをはらうと、口のなかに溜まった砂を吐きだす。


「ギン」


 彼女に声をかけられ、ギンが足を止める。


「あんたはスイを守りなさい」

「……正気か。まさか犠牲になるつもりでは、」

「トウ、それはダメです」

「違うわよ、ったく」


 ローブの砂埃を叩き落とし、最後に頬の汚れを袖で拭う。そして、明るい前髪の向こうで大男を睨んだ。


 それを見て、私は息を呑んだ。


 だった。

 いつもの不敵な笑みもない。そこには一片の優しさもない。夜をさらに深くした黒い瞳が、どこまでも冷え切った感情を宿す。突き刺すような殺意、静かな怒りにも似た敵意が、眼光に込められていた。

 トウなどそこにはなく。

 エマグレン・リルミムもそこにはなく。

 かつての仲間に向けられる眼差しは、それこそ敵と言わんばかりに冷酷だ。


 きっと、今の彼女は私の知る彼女ではないのだ。

 酒場で笑う彼女でも、本を片手に思い耽る彼女でもない。

 どこまでも冷めた目で命を取捨選択する、かつての姿だ。


 魔法使いリーゼリットが、ギンよりも前に進み出た。


「関心しないわね、ルートビフ。大切な思い出の街をめちゃくちゃにするつもり?」


 挑発するような口調で話す彼女に、剣聖ルートビフは含み笑いから入った。

 そして、ひと笑いしてから私たちを見据える。


「久しいな、リーゼリット。そして――ティルダン・ヒューマゼット卿」

「!?」


 ギンの本名を耳にして、差し向けられた視線をなぞった。

 銀色の兜は静かに相手を見返していた。


 ということは、つまり……ギンがかつて所属していた騎士団って、


「貴様の罪はいくつかあるが、どれもひとつに尽きる。命令違反。ひと昔まえの鎧を着たかと思えば、まさか任務遂行の放棄では飽き足らず、帰還もせずとは。如何ように裁いてやろうか」

「……なるほどね。そりゃあ離反もするでしょうよ、脳筋だるま」


 かつての仲間の声に、ルートビフは眉をぴくりとした。


「なに?」

「こいつは気づいてたってことよ。あんたらの所業を」

「……」

「非人道的な手段。騎士を名乗っておきながら虐殺だって厭わない思想。ハ、剣聖が聞いて呆れる」

「黙れッッ!!!!」


 大きな声が響いた。

 空気をビリビリと振動させるが、彼女は譲らない。むしろ『愉快』という風に笑む。


「黙れ、黙れ黙れ! 国家転覆をたくらむ不届きもの風情がっ!」


 国家転覆。

 それを否定しないリーゼリットは、極めて冷静に目先の男を睨んだ。

 私とギンの前で、拳が握られるのが見えた。

 「上等よ」とつぶやきがこぼれる。


「あんな腐った国、滅んでなにが悪いの。人の命の上に成り立つ国家なんて、私が滅ぼしてやる。勇者アルの亡骸を辱めていること、神が許しても私が許さない」

「アレは世界を脅かす危険な死体モノだ。人智の及ばぬ、ことわりを覆しかねん異物だ。貴様とそこの小娘同様、消さねばならんものだ!」

「違う。今のあんたはチカラを独占したいだけ。そんな理想論、私たちを排除する建前にすぎない。その証拠に、勇者の死体は今も利用してるじゃない」

「驚異は取り除き、ときに管理せねばならない。ゆえに我々は正義! 一歩踏み外せば、過ぎたチカラは人を滅ぼすことになる! それを防いでいるのだ!」

「それで『魔法は悪』? よく考えたものね。反抗勢力を削ぐためのありがたいお言葉。ウソ吐き。お陰でこっちはいい迷惑よ」

「女狐が」

「クズね」


 かつての仲間である二人が、険悪な雰囲気のままにらみ合った。

 片や、大剣を携えた剣聖。片や、魔法を失った呪われ人。

 年月と時代をすぎ、勇者を失い、世の見つめ方も変わった。世界が救われれば、次の問題が浮かび上がる。

 人間はつねに変わるものだ。

 見方も見え方も異なる彼女らにしてみれば、関係が歪むのもまた必然なのかもしれない。


 運命というものは、得てしてそういうものだ。


 その象徴たる二人は、もはや言葉は不要、と視線だけをぶつけた。

 構えられる大剣。月光に光る黄金の鎧。


「ギン」

「……やるのか」


 前を見据えたまま、頷くリーゼリット。

 肩にかけた鞘を手に取りつつ、一瞬だけこちらを見た。夜空の瞳が目配せをする。


「スイのこと、頼んだわよ」


 それだけを告げ、前屈みに身を低くする。

 小さい背中にぐぐ、と力がため込まれ、彼女のブーツが砂をかいた。瞬きすらも、きっとできない。これから始まる一瞬こそは、正真正銘の殺し合い。二つの思想のぶつかり合い。

 止めようとする者など、この場には誰もいない。

 それは、もちろん私も。


 ああ、当然だ。

 当然に怖い。けれど、これは避けて通れない。決意したはずだ。私はギンの手を取ったときから。

 覚悟を決めよう。


 一度、目を閉じる。

 それからすぐに目をひらき、


「ッ!!」


 命のやりとりの世界へと身を投じた。

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