6章

勇者と魔法使い 1

 気分を入れ替えて、私は目まぐるしい人混みの中を縫う。


「ほら、ギン! はやくっ」


 振り返り、元気をわけてあげるつもりで彼を呼んだ。

 そこに居る人々は空を見上げていた。

 ドワーフたちはジョッキを掲げ騒ぐ。旅の者はその場でぼうぜんと天に魅了されていた。買いあさった料理に夢中で見向きもしない獣人。鳴り響きつづける爆発音と光に怯え、うずくまる子供。それを抱きかかえる大人の男性。男女の二人組は口々に感想を言い合い、そこだけの世界をつくる。

 そんな彼らの隙間を、ブーツでカツカツ鳴らし。私は息を切らして、高台の外縁に辿り着いた。


 城ほどではないが、それでも街を見下ろすことができる場所。ながい階段を上ったさきにあったここは、人々が花火を見上げるには絶好。すでに多くの客がいる。きっと求めているものは同じだ。


「わぁ……!」


 重く、身体の内側にまで響く爆発音も、今は慣れた。それよりも、見上げた上空に散らばる光の粒に目を輝かせる。

 星とはまた違う、夜闇に咲く花。

 建国記念のときだけに打ち上げられるそれは、街のどこにいても空を彩る。でもどうせ見るなら、近くで見たいだろう。人が集まるのは、それゆえだ。

 かくいう私もそのひとり。


 視線のさきに、また花がひらく。

 ドォン! という音が世界を揺らす。周囲から歓声が上がり、私もまたそれに習う。

 となりに立ったギンも、無言で夜空に兜を向ける。


 赤、黄色、緑。

 パレットの絵の具よりも細かに、明かりをともなって、見える世界を照らす。私の故郷をも照らしたことのない光が降り注いだ。


 となりを見ると、ギンの横顔も繰り返される花火に彩られていた。

 なにを考えているのか。

 どんな表情をしているのか。

 詳細を知ることはできない。けれど、同じ時を共有する彼も感動しているのではないだろうか。それを願っている。


 そっと、鉄甲をつけた手をとってみる。

 反応がなくて、握ってみると、わずかに指が握り返してくれる。


 そこではじめて、彼もこの光景に目を奪われているのだと安心できた。


 今の私とギンは、感じる世界も、過ごす時間も一緒。

 目前のすべてを見つめている。

 繋いだ手は決して強いものではないけれど、確かに熱を帯びて。胸の奥には、衝撃とともに安らぎを覚えて。どこかもどかしい、だけど甘い。

 私がこんな時間を堪能していいのか、と罪悪感が芽生えるが、それも受け入れる。罪の傷を深めてでも、こんなにすごくてステキな光景を得られたのだと、感動を吐息が示す。





「あの、すこしよろしいですか?」


 そんな、素晴らしい時間の最中さなか

 水を差すように、私の横から凜々しい声がかかった。


「え?」


 見ると、そこには私よりすこしだけ背が高い誰かがいた。

 驚いて、手を繋いでいる自分が恥ずかしくなる。とりあえず手を離し、彼に向き直った。なにか用があるのだろうか。すこし訝しげに目を凝らす。

 上空で、また大きく花火が咲く。

 その光に照らされ、



「――つかまえた」



 黒いキツネの仮面が浮かび上がった。


「っ!? ギ――むぐっ」


 となりの彼を呼ぼうとして、男の手で口元が塞がれる。

 イヤな感覚がした。無意識が危険信号を発する。力強く後ろに身体が揺れ、靴が石畳みから離れてしまう。

 そのまま暗闇に引き込まれ、必死に振った指がマントをかすめた。だが、それで十分だったかもしれない。異変を感じ振り返る兜。その無数に空いた穴のさきで、確かに目が合った。

 私に腕を伸ばすギンの顔が、雑踏にかき消えた。

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