輝かしい街 4
さすがはギン、と言うべきなのだろう。
ギンの選んだ宿屋は、人通りの多い通りをすこし外れた場所にある、ひっそりとしたところだった。
個人的に、雰囲気はとても私好みだ。
口にすれば、『城に住んでいたヤツがなにを言っているんだ』と笑われるだろうけど、私は豪華な生活などあまり興味はない。きっと、長年の城生活で贅沢には飽きてしまったのだと思う。広く寂しいところなんかより、狭くても生活感がある場所の方が好きだ。アレット村で改めて感じた。
そんな私はというと、ひとりで隅っこのイスにちょこんと座っていた。
細長いテーブルを囲む騎士と、黒い仕立て服を着こなした獣人のやりとりを眺め、それから欠伸をひとつ。
カップの中身に目を落とすと、黒いお湯が半分以上のこっていた。こうひい、というソレは、私には早すぎたようだ。香りはステキなのだけど、味は断念。
「スイ」
「ん」
ぼうぜんとしていると、話し合っていたギンが私を呼ぶ。
私は立ち上がり、テーブルに近寄る。黒い服の獣人――くちばしがついている――は申し訳なさそうに、つぶらな瞳をまたたいた。
「どうしたんです」
「部屋がひとつしかないらしい」
あー……。
冷や汗をかきながら笑顔は忘れない宿屋の使用人。この街で働くヒトたちは苦労しそうだなぁ、と漠然とした印象だった。いたたまれなくなり、まぁいいか、と許可を出す。
「別にいいですよ」
「へっ、よろしいのですかっ?」
「ええ。そこの無愛想な騎士さまはともかく、私は気にしませんよ」
ここまでずっと二人旅だったし、さして問題ではない。
その意見はギンも同じようだった。獣人の確認に、「ああ」「そうだ」「かまわない」と頷く。
どうやらまとまったらしい。二人が立ち上がる。
「ではこちら、三階ひだりの部屋のカギでございます」
二人揃って頭を下げる。
野宿ばかりだった私たちは、屋根の下で寝られる幸福がどんなにすばらしいものなのかが身に染みていた。
「そうだ、このカップ……」
「ああっ、お預かりしますっ。お味はいかがでしたか? マスター自慢のコーヒーなんですよ!」
「えっ、ああー……。つ、次は砂糖をもらえるかしら? うふふ……」
くちばしを開けて満面の笑みを浮かべる彼に対して、私は今日はじめて、愛想笑いを浮かべたのだった。
◇◇◇
獣や盗賊を警戒する必要がない。こんなにステキなことがあっていいのだろうか。
「ここは天国でしょうか」
「ミネルバだ」
ふわふわなベッドの上で手足を投げ出した私に、冷静な突っ込みが入った。
私は身を起こすと、頬を膨らませる。
「ギンはいいですよね、ここに何回も来ているんですから」
荷物を整理しつつ、ギンがこちらを見る。私の指摘に困っているようだ。ちょっと面白いのでそのまま見つめてみると、弁明が返ってくる。
「そう頻繁に来ているわけではない。ここを借りるのも二度目だ。しかも前回は――」
「前回は?」
「……」
ギンが口を閉ざす。
兜を揺らして視線をさまよわせる。私の愚痴をきいたときよりも困惑の色が見て取れる。かと思うと、その気配をすっと消し、
「思い出した。これはスイに渡しておこう」
と、何かを投げ渡してきた。
木桶と白い布だった。訝しげにギンを見る。
「夜はそれで足を洗うといい」
あからさまに話をそらされた。
いつかの夜――背中越しに彼の声をきいたときと同じく、ズキリと胸が痛んだ。
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