輝かしい街 3

 ミネルバに入ると、そこはさらなる人で溢れかえっていた。

 石畳みで固められた歩きやすい街路。左右は四階層ほどの高さの家々で挟まれており、目先には立ち寄りたいお店ばかり。頭上には橋をかけるように洗濯物。青空の背景に影をつくり、ときおり視界を横切る。

 馬車の流れがとまり一向に進まなくなったところで、私たちは馬車を降りた。

 背の小さいおじさんに深くお礼をして、ミネルバの街を踏みしめる。

 厚底のブーツがコト、と声をあげた。石畳みのおかげで、私までおしゃれに思えた。


 見慣れた鎧、肩から流れるマント。私も服を翻し、彼に付き添う。が、私はまぎれもなくおそと初心者。見失わないように視界に入れつつ、通り過ぎるお店や人を目で追ってしまう。

 ここはすごい。目に入るものほとんどすべてが私の未知。

 開かれたお店はアレット村にないものばかり。というかお店自体がなかったから、私が目にするのは十年ぶりということになろう。

 ……見たい。

 すごく見たい。興味の湧くままに物色して、あわよくば何かを買いたい。


 ゴクリと喉が鳴り、いけないいけないと首を振る。そんな風にくりかえし欲求に抗っていると、私の横をいかつい何かがどすん、どすんとすれ違った。

 ばっと後ろを見ると、うろこの上に布を着たトカゲが歩いていた。目を丸くしながら、ハッと思い出してギンを追いかける。

 ギンは私がついてきていることを振り返って確認してくれる。私ほどキョロキョロはしていなかった。それが不満というわけではない。ただ、自分だけが浮かれていることが悔しかった。

 あとで私の買い物に付き合ってもらおう。そんなに見慣れているのなら、とことんまで引っ張り回してやる。そう心に決める。


 ギンについていくと、馬車と人で埋まる通りから外れ、ひとまわり狭い通路へと入った。

 比較的には落ち着いている。が、それでも人は多い。

 よく観察すれば、私のような白銀の髪をした人間はいないものの、変わった種族はとても多い。

 例えば、さっきすれ違ったトカゲの人もそう。今見えるだけでも、獣のように毛深い獣人や背の低いドワーフ……すごく細い女性がいたかと思えば、耳が尖っていたり。普通の人間が多いけど、そこにまぎれて色んな人がいる。

 私が髪を見せていても誰も注目しないのは、すこし変に感じた。


「スイ」

「え、あれっ」


 前を見ると、ギンの背中がない。

 焦ってきょろきょろと探すと、右に曲がった通路のさきで待つギンを見つけた。

 小走りで駆け寄る。


「ごめんなさい」

「いや。はぐれないだけよかった。見歩くのは宿についてからにするぞ」


 今度こそ見失わない。

 そう気を引き締める私だったが、突然上空から甲高い音が聞こえ、身を縮こませてしまう。

 ひゅるる、という笛にも似た音。つづけて、パァンッ! と爆発が立て続けに。

 耳をふさぎながら空を仰ぐと、青色の背景に赤色のけむりが複数ひろがっていた。

 それは、なにかの合図だったのだろうか。

 街のどこかから盛大な歓声がきこえてくる。そこらへんを歩いていた人も数人が空を見上げ、歓喜に打ち震えていた。

 世間知らずの私はきょとんとした。気の狂った人たちのようにも見えた。さっき見たエルフの女性は胸のまえで手を組み合わせていたし、ちょうど向こうに見える酒場では、男たちが酒の入ったジョッキをぶつけ合い大声で笑っている。


「な、なんですあれ?」


 震える声でギンに訊く。

 なにが起こった。これは洗脳魔法の一種だろうか。違うとすれば、巨大な信仰の宴だろうか。

 さらに上空でパァンッ! という音が響き、またびくりとする。


「あれは……この国が、偉大な客人を迎えるための祝砲みたいなものだ」


 ギンは何ともないらしい。空に打ち上げられるけむりを睨み、冷静に説明を続けてくれる。


「かつては勇者とともに世界を旅し、魔王を討ち取った英雄。そして勇者亡き今は、世界最強の名を冠する、マレクシド国王直属の騎士団長――」


 ギンの声は、街の喧騒けんそうに反して冷ややかだった。

 私はあまり見せない彼の雰囲気をふしぎに思い、何も言わず見つめる。

 なにを考えているのだろう。ある程度の感情は読み取れるようになったとはいえ、顔も見たことない私にはとうていわからない。


「――ルートビフ。剣聖だ」


 ゆえに、ただただ兜ごしの低められた声音を、横目でうかがってしまう。

 私は彼のことを知ったつもりで、その実なにも知らなかったのだ。

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