輝かしい街 2

 門に入るまえは、どこか寂しさのある荒野が広がっていた。

 だが、ここは何もかもが違う。

 魔法は世界から失われてしまったと知っているくせに、『これは魔法でしょうか』と目を見開く。


 見渡せるあたり一面を覆う、青々とした草原。

 ギンのいる右側にはぶどう畑。何本も並んだ樹、そのうえから枝と葉がひしめき合い、よく見ると色鮮やかな実をぶら下げている。赤黒いソレをたくさん詰めた木箱を運ぶ男と、そこに収穫したものを入れていく女がせっせと働いている。こちらに見向きもせず。

 左側に視線を移すと、白と黒の獣が私を見つめていた。


「っ!?」

「牛だな」


 教えてくれたギンに目を向ける。

 腕に身を寄せていたことに気づき、そっと離れる。


 私の故郷にいた牛とはずいぶんと色が違う。たしか地域や飼育の目的によって異なる、みたいな理由だった気がする。城の本で見た限りだからうろ覚えだけど。

 ……しかしまぁ、こんなにたくさん。

 どの牛も私たち旅の者を見向きもせず、思い思いに草を食べている。平和な景色を平和たらしめているのは、こいつらなんじゃないかとすら思う。それほど呑気な生き物だ。懐かしい。


 今度は立ち上がって、前方を眺めてみた。


「ギン、あれが?」

「ああ、ミネルバだな」


 馬車と人々の行列は、延々と続いていた。小さい丘をいくつか越えた先、一際大きな街がそびえ立っている。

 先ほど通った門同様、白色を基調とした建造物がひしめき合っている。

 ど真ん中に構える城はとくに特徴的で、ここからでもよく目についた。私の住んでいた城にも負けず劣らず……いや、きっとこっちの方が大きいだろう。たぶん負けてる。


「じゃあ、向こうにある街は?」


 私は風を受けながら、ミネルバのななめ奥側に見える街を指差した。

 遠目にはわかりにくいが、そこもミネルバに見劣りしない規模なのがうかがえる。白というよりは、全体的に黄色い建造物で統一されている。


「ミネルバ国・キルシト、統合された中では四番目に大きい街だ。あらゆるものが集まるミネルバと比べ、鉱石など貴重品が中心に出まわる。マレクシドの有力貴族もお忍びで通っているらしい」

「く、詳しいんですね」

「初めてではないからな」


 となりに立って同じく眺めるギンは、相も変わらず無愛想だった。

 その横顔を見て、こっそりと笑いをこぼす。やはり、彼がいるからこそのわくわくなのだろうと再確認した。


「どれくらい滞在します? ここはやっぱり長めに見ていきましょう!」

「スイが望むならそれに合わせるが……他の街にも行くつもりか?」

「い、いやそれはさすがに。楽しむのはミネルバだけでいいですけど」


 言ってから、「あ、そうだ」と手を叩く。


「それなら、に見ましょうよ!」

「帰り?」

「そう! 報酬の金貨は私の城にあるし、海を見たら戻らなきゃでしょ? なら、そのときはキルシトや――えっと、ベルカネル? とか、そのほかの街も見れるじゃないですか!」

「……」


 ギンは兜のあご部分に指をそえ、考え込む仕草をした。

 あまり反応がかんばしくない。私の胸の奥がざわりと波立つ。


「だ、だめ、ですか?」


 ゴロゴロと揺れる荷車の上。並んで立つ彼に、おそるおそる視線を投げかける。

 私はギンと旅がしたい。

 もちろん、私は素肌が触れると呪いが発現する危険な姫だ。身勝手な願望がすべて通るとは思っていない。だがそれでも、この楽しい日々を終わらせることはすごくかなしい。できるなら、私を連れ出してくれたこの騎士を手放したくないのだ。

 不安と期待が入り交じった目で見つめていると、ギンは顔をすこしだけこちらに向けた。

 返る一言に、身構える。


「――いいだろう」

「ほっ、本当ですかっ」

「ああ。いずれ戻らねばならないのなら、遠回りも許容しよう」


 くぐもった声が、優しく望んだ答えを言ってくれる。無愛想な兜の向こうに、微笑む口元を見た気がした。

 また一緒に旅ができる。一緒にいられる時間が増える――。

 やっ、


「やった、ありがとうギン!」


 ミネルバという、これまでにないくらいの大きな街。

 十年来の、色鮮やかさに触れた興奮。

 そしてなによりも、海が近いという夢の気配。

 加えて、この約束だ。


 私は喜びのあまり、厚底のブーツで床を蹴ると。

 銀色の彼に飛びついていた。

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