5章

輝かしい街 1

 翌日に着いたミネルバは、近くで見ると想像の数倍デカかった。

 私は荷車から顔を突き出すと、風にゆれる髪を押さえて見上げた。

 もはやひとつの貴族のお屋敷なのでは? というほどの建造物が待ち構えていた。三つの尖った屋根それぞれには、二本の槍と獅子の紋章を描いた旗がはためいている。全体的にも白を基調とした、高貴さあふれる門。その足元の入り口は鉄格子がもちあがり、暗い穴に次々と馬車が流れ込んでいく。

 ミネルバは人と物の交流地点。くわえて、今は建国記念祭の真っ最中らしい。そのため世界各地の商人がこの地へと押し寄せているのだ。乗せてもらっている馬車の羊の皮も、きっとここの市場で出回るのだろう。


「こんなに人が……!」


 ミネルバにやってくるのは、なにも商人ばかりではない。

 どこの村か、街かは定かではないが、昨日の私たちと同じように歩いて入る行列も見える。馬車の列がすすむよりゆっくり、だけど続々と、トンネルの右端を人の群れが行く。

 アレット村で見た数などゆうに越えている。

 私は目に映る世界に息を呑んだ。

 私たちをのせた馬車も、群れのなかに混ざる。門から続く列に連なり、ゴロゴロと進んだ。荷台の後ろに座る私たちが前を向けば後ろについた別の馬車と目が合い、視線をそらせば、歩く人々を追い抜かしていく光景が流れる。


「そういえば、簡単に入れるんですね。こんなに大きい街なら、普通は門で一台ずつ止めるのに」


 となりのギンに説明を求める。

 商人の馬車も歩いて入っていく人々も、門に立つ兵士に引き留められている者は皆無だ。実に効率よく入国している。

 私の故郷も滅んでしまったとはいえ、大きな国だった。きっと今のこの国には及ばないけれど、世界に名を連ねるほどの規模ではあったのだ。当然、国の周囲は城壁が設けられ、入国するものは逐一目を通される。怪しい物を持ち込もうとしていないか。もしくは、存在自体が怪しくないか。国を守るためであれば、人のふるい落としは必須。

 この国は、こんなにも人を受け入れて大丈夫なのか?


「……魔王が滅んだ今、我々人間を害する敵はほとんどいない。目下、国の崩壊を企む組織も見られていない。ゆえに、この国の騎士たちは目を光らせるだけにとどめている」


 「それに門の向こうは憲兵だらけだ」とギンは付け加えた。

 個人的にはゆるみすぎじゃないかとは思うが、これで平和が保たれているのなら問題なし、ということなのだろう。


 やがて、私たちが乗る馬車も門をくぐる番がやってくる。

 何台もの荷車と、それを引っ張る馬。私たちのうしろから詰め寄ってくる彼らに追い立てられるように、もしくは、前を行くまた別の馬車を追いかけるように、順調に門がちかづいてくる。

 旗とキレイな壁を見上げた私は全容を目に焼き付けようとしていたが、さすがに首が痛くなったので諦める。

 次の瞬間。


「……っ、」


 私はびくりと肩をふるわせた。

 持ち上げられた鉄格子の下を抜け、トンネルに突入したのだ。

 途端に視界が影に呑まれ、ひやりとした空気と風が襲う。車輪が小石をはね、カツン。水を吸った土が独特な音をつくり出し、人々の足が反響。

 太陽の下とは違う、されど夜とも違う。

 今までに感じたことのない世界に一変した。


 気づかれないようにギンのマントの端を掴み、視線をせわしなく動かす。


 横に目を向けると、歩いて街を目指す者たちが黙々と歩いていた。馬車の速さにはついていけず、後ろへと追い抜かれていく。

 ギンは後方の光を眺めて微動だにしなかったが、私はぱちくりとその集団を眺めていた。

 よく見ると、老人や子供もいる。どこから来たのだろう。もしかしたらアレット村を経由してここに来た者もいるかもしれない。

 そうしていると、今度は眩しい光が私たちを照りつけた。

 思わず目を閉じて、それから、徐々に慣らしつつあける。そこには。


「え――」


 まったくの別世界が広がっていた。

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