4章

銀色の味 1

 街に伸びているけもの道を行く。

 今日も今日とて空は晴れており、私は厚底ブーツとギンの足音をききながら前を見据えていた。周囲の景色は今までとくらべ物寂しい。けれど、ひとつの景色しか知らなかった私にとってはそれも楽しめる。味があると思えば、荒野もわるくない。最近はそう感じていた。

 と、ギンと並んで歩いていたところに。ゴロゴロゴロ……という聞き覚えのある音がどこからか届いた。

 それは次第に大きくなる。ときどきガタンッと衝撃音が混ざり、近づいてくる。


「わっ」


 きょろきょろする私の肩がつかまれ、道の片側に引き寄せられた。背中からぽす、と受け止められて目をぱちくりする私の前に、突然おおきな馬車が停車した。

 アレット村にあったどの馬車よりも大きく、引っ張る二頭の馬も力強いのが伝わってくる。

 観察していると、頭上からしわがれ声が降ってきた。


「お二人さぁん、ミネルバ行きかぁい?」

「そうだが」


 驚く私のかわりにギンが答えた。

 見上げると、ワラ帽子をかぶったおじさんが――おじ、さん? いや、それにしては背丈が……。


「どこから来たんだぁい?」

「アレット村からだ。今日で六日目になる」

「ほぉまたそりゃあ。歩きでかぁい?」

「無論だ」


 あ、なんか久しぶりにきいた気がする。


「……お嬢ちゃん」

「えっ、あ、はい」


 手綱たづなを握るおじさんが、まじまじと私を観察する。まるで品定めするかのように。足元のブーツから徐々に視線をあげていき、頭上あたりでとまる。わずかに眉をひそめるのが見えた。

 な、なにかあるのだろうか。そう思い自分で頭の上をさわってみるが、なにもない。

 改めておじさんを見返す。すると、今までの真剣な顔はどこへやら、にっこりと笑みを浮かべた。


「は、はは……」


 とりあえず軽く頭をさげておこう。なんなんだいったい。


「おまえさんたち、なんなら乗ってくかぁい?」

「えっ」

「えっ」


 私とギンの声が重なる。それが面白かったのか、おじさんは「わははは」と声を上げた。反応してか、先頭の馬たちが鼻を鳴らす。それにびくりとしたのは私だけだった。





 ギンの手を掴み、馬車の荷台にひっぱりあげてもらう。

 こうして馬車に乗り込んでみると、案外ひろさがある。この馬車が大きいことも要因だろうが、積み荷を荷台のまえ半分に詰めたため、私とギン二人には十分な空間が生まれていた。


「スイ」

「なんです?」


 呼ばれて振り向くと、兜がわずか下にそれた。つられて私も目で追う。


「っ!?」


 反射的に引き抜こうとした自分を抑えて、おずおず、といった風に掴んだままの手をはなす。

 わざとらしく咳払いをすると、ギンも察して追求してこなかった。その気遣いが私にはありがたい。

 赤くなりながら荷台の後ろに座り、足を外に投げ出す。ギンも同じように横に腰をおろすと、見計らったように馬車が発車した。ガタン、という揺れを合図に、ぶらぶらさせた足の下で地面が動きはじめる。揺れた拍子に肩がぶつかってしまったのを、妙に意識してしまう私がいた。


「……」

「……」


 荷台に寝転がるほどの余裕はない。

 私の左は荷物が落ちないように柵があるし、ギンのいる反対側も同じ。背中には大量の荷物が山積みで、逃げ場はまえしかない。

 もちろん、まえに落ちたら置いて行かれるだろうが。


 ……正直に言うと、緊張します。最初は「ひろいなー」って思ってたけど、いざ座ってみるとちょっと狭いんじゃないですか。

 これはつまらない私の甘えですし、運んでもらえるのだからこれ以上の文句も言えないんだけども。


「……」

「……」


 私とギンのあいだには、なぜか無言の空気が流れていた。

 たぶん私のせい。

 なんでしょう、であったばかりのころとはまた違う気まずさがある。最近――あの夜から、いろいろと見方が変わってしまった。ちょっとしたことで変に意識してしまう。さっきの手もそうだ。

 思い出してしまい、顔を両手で覆う。

 不覚。まさかあんなことで取り乱してしまうなんて。これもきっと長年の引きこもり生活による失態だろう。


 指の隙間から横を窺うと、ギンは身体をひねり、背後の荷物に顔をむけていた。


「ふむ。羊の皮か」

「羊の皮?」

「ああ。おそらくすべて同じものだろう」


 ガタガタ揺れる荷台の上、私も気になって背後を見てみる。

 かけられた布をつまみ捲ってみると、ギンの言ったとおり干して乾燥させた皮が積み重ねてあった。それもずいぶんと上質である。素人目にもわかるくらい肌触りがよさそう。


「さすがはミネルバといったところか。ここまで高品質なものは、他ではそう見られない」

「私、羊の皮の用途とか詳しくないのですけど。羊皮紙……とかですかね?」

「単純に服、というのも含まれているだろうな」

「すごいですね」

「すごいな」


 身を寄せ合っているのに気づき、途端に恥ずかしくなった。

 私はそっと体勢を戻し息を吐くと、流れる景色に目を向ける。歩くよりもすこしはやい速度で、しかも体力を浪費せずに街へ近づいていく。

 私の故郷の今と比べれば、ここは平和そのもの。

 思えば遠いところへ来たものだ。『海で砂の感触を知りたい』などという、ある種思いつきのような夢を追いかけ、トラウマさえ乗り越えようと決意して。引きこもりの私は、そんなにも外の世界に憧れていたのか。我ながら夢見がちな性格だな。

 ああでも、やっぱり。

 外に出たのは、悪く、なかっ……。



 ゆったりと流れる時間。

 気を張らなくていい安心感。

 くわえて、ゴロゴロと心地よい振動を伝える車輪。


 睡魔に襲われた私は次第に目をほそめ、やがて――倒れ込むように、意識を手放した。

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