枯れた花の名前 4

 朝の光があたりを満たす。

 冷えた地表がによって温められ、そこかしこから湯気があがる。私の背中を一晩中照らしてくれた焚き火は、土がかけられ鎮火。黒く消し炭になっていた。

 かるい朝食をすませ、私たちはさっそく出発の準備をする。

 ひとあし早く終えた私は彼を待ちつつ、その様子をずっと観察していた。


「……」


 肩の上から、短いマントを羽織るギン。

 鞘を肩にかけ、一度剣を抜いてから、すぐにまた戻した。さらに食料の入った袋を担ぎ、ふとこちらを見返す。

 視線がぶつかったのが、感覚でわかった。


「ん、なんだ」


 いつもと同じ、無愛想な兜。奥に隠されたものはなにひとつ私の目には届かず、じっと私の言葉を待っている。この無機質な鉄の色。よくよく観察しなければ、私にとっては無表情のようなものだ。

 昨夜の感情にあふれた独り言は、この人が発したものなのだろうか。本当に?

 そう疑いたくなるほど、彼は落ち着いていて、いつもどおりだ。もしかしたら夢だったのではないかとさえ思えてくる。


「どこか変か?」


 私の視線を勘違いして、自分の身体を確認しはじめるギン。それがなんだかおかしくて、私はふっ、と笑った。


「なぜ笑う」

「いいえ。なんでも」


 くるりと、私はマントを翻す。厚底のブーツで地面を蹴り、歩きだした。


「ほら、行きますよ。今日は昨日より長く進むんですから」


 ぼうぜんと見つめていたギンも、そのうちガシャガシャと追いついてきた。




◇◇◇




 その日から二日、私たちは歩いた。

 ずっと歩き続けた。ギンと他愛のない会話を繰り返し、昼の食事も手短にすませて、地図とにらめっこした。


 だが、ときには休息というものも必要である。

 先へ先へと急ぐ私に反し、ギンは冷静に私の体力を気遣う。ずっと歩きとおした翌日は、休み休みの歩み。

 地図上で距離を区分けし、「ここからここまで行くぞ」と方針をさだめ、体力を温存しながら歩いた。


 山のふもとをまわりこむように移動した。いままでよりも肌寒くなったが、それがまた別世界へと迷い込んだようで、どきどきした。

 進んでいくと、死の森とはまったく異なる、穏やかな森林に突入した。澄んだ空気を吸い込めば、身体の内側が洗われる気分に浸れた。

 ギンは枝を拾ってくると慣れた手つきで弓矢をつくった。私がたそがれる獣を狙った矢は、あらぬ方向へとすっ飛んでいった。

 流れる小川で水をくみ上げ、靴を脱いだ足にかけた。氷のように冷たくて、悶えた。


 移り変わる景色。

 毎日へんかする空。

 城にこもっていたころには味わえなかった新鮮な毎日が、記憶に焼き付いていく。厚底のブーツは様々な色をした地面を擦り、異なる音と衝撃を私に伝える。

 新しく知らない世界を目にするたびに、私は走る。

 すこしさきで振り返ると、ゆっくりと歩いてくるギンに手を振った。



 そしてアレット村を出て四日後――今日の私は一段と、瞳を輝かせた。



「ここまで来れば、あと数日もしないうちに着くだろう」


 ギンがそう言いながら、向こうを指差す。

 目で追わずとも、なにを示しているのかはわかっていた。


 目の前には、また遠くまで見える平地が広がっていた。アレット村周辺とは打って変わって、地表の緑が減り、荒野らしい顔つきで私たちを出迎える。

 飛び込んできた光景に、吐息がもれる。

 茶色く、淡い色の地表。

 鮮やかさと引き換えに、落ち着いた風景をつくりだす独特な草。ところどころに佇む樹木は寂しげだが、過酷な環境を生きのびてきた証とでもいうように、硬い幹をしている。

 そしてなにより目を引いたのが、彼方に見える建造物。

 遠目にでもわかる。

 今はちっぽけでしかないが、アレット村よりも遙かに規模の大きい街。象徴たる尖った塔は、天を指す針にも見える。



「人の集う街、ミネルバ。君の見たい海は、あの街を越えたさきだ」



 目指している海。

 そのまえに広がるミネルバが、私を待っていた。

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