味のする食事 6
すてきなブレッドとフルーツをくれたあの少年と、その家族に感謝を伝えにいかなければならない。それくらいの常識は私も持ち合わせている。
彼らは計り知れないものを与えてくれた。向こうはそんなこと思ってもいないだろうが、どうしても頭だけは下げておきたかった。
……ただ。
それでもやはり、外は怖いわけで。
私の異質な一面を見た誰かがいて、この村ぜんたいに噂でも流れているんじゃないか? なんて想像をすれば、どうしても足がすくむ。
ギンは「口止め料はあげた。それ以前に、ここまでしてくれた人が、君を貶めるようなことをすると思うか?」と正論をぶつけてくる。
確かにそうだ。
一から百までそのとおりだ。
でも、怖いものは怖い。十年前のできごとがあってから、私が『よし、外に出よう』と思うようになるまでどれだけかかったことか知るまい。今回の件だって、同じようなもの。勇気が必要だった。
そう、なのだけど。結局は、そのときもやってくる。
「む、ぐ……」
ギンに強引に連れ出され、私は宿屋の入り口に立っていた。
光を
平和な往来のある道が、数歩さきを横切っていた。
「ほら、なにもないだろう?」
「……」
私を見る人はいない。
ときどき、とおりかかった女の人や子供が私に目をむける。しかし、そのどれもがすぐに逸れていった。何事もないように、ほかに用事があるように。
安堵すると同時に、拍子抜けだった。
「じゃ、じゃあ、昨日のあの場所は。どうなったんですか?」
「あの場所、というと。少年と話した場所か」
「そうです」
「行ってみればいい」
私の肩を叩いて、そっと押し出す。
きょろきょろしながら歩き出すと、ギンはちゃんと後ろをついてきてくれた。不安に反し、村の人々は至って普通だった。
昨日のあの場所は、どうなっているのだろう。私がこの身の呪いを発現してしまった痕跡。この世界にはもう魔法はのこっていないから、すぐきれいに消すことはできないし、不自然に掘ってしまえば余計に目立つ。かといってなにもしないわけにはいかないはずだ。
重い足取りで進み、やがて、そこに着いた。
しかし。
「たしか、このあたりだったはず」
草花が生い茂っているはずのその場所は、見当たらない。
代わりに一台の荷車が目にとまった。よく見ると、荷車には色鮮やかな花々が積まれており、すぐそばでは少年と一人の女性が露店を広げているではないか。紛れている黄色いセルマリーも、明るく商売人ヅラする少年も、見覚えがある。
私は遠くから、呆然とその光景を見つめていた。
「あっ!」
気づいた少年が、手を振った。
私に向けられている。
「スイの気にしている場所は、あの荷車の下だ。さっそく口止め料を消費したようだな」
「……」
驚きで、言葉をうしなっていた。ギンがなにか告げ口でもしたのだろうか、と横を見上げるが、そこには無愛想な兜があるだけだ。表情はみえない。
「黙ってないで、行ってきたらどうだ」
優しい声音が、私を促す。
視線を戻すと、こちらが行くよりもさきに、少年がまっすぐに駆けてきていた。
「ギン」
「なんだ、スイ」
「……ありがとう」
それだけ伝えて、私も歩き出した。
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