第40話

 「ふうっ」


 もはや今の俺にとって雑魚と成り果てた『ゴブリン』だが、楽に戦うことはできても後味が俺の精神を辟易させていた。

 地球にいた頃には味わうことのなかった素手で相手の骨を砕く感触や、その先にある柔らかな内臓の肉の感触がしばらく俺の拳や足に纏わりついていたのだから、自分で言うのもなんだが精神が参ってしまうのも無理はないだろう。


 そんな俺のもとに誰かが駆け寄ってくる。


 「救世主様ッ! 強い、強いです! 凄すぎますよッ!!」


 すっかり元気になってくれたノエルがその小柄な体で精一杯に感情を表現している。


 「うん、自分でもびっくりしてるよ」

 「流石は私の旦那さまですねっ!!」

 「だっ! 旦那さまじゃないから、救世主様だから!」

 「そうですっ、救世主様ですっ!!」


 私の……?

 少しだけ疑問はあったが、とりあえず『旦那さま』呼びではなくなったことに俺は安堵した。『救世主様』呼びも正直やめてほしいところではあるが、下手に直そうとしてまた『旦那さま』呼びされるのは嫌なのでぐっ、と我慢する。


 「リン! あんたすごいなぁ、やるじゃないか!」

 「ナタリーさん、ありがとうございます」

 「はは、なんでお礼なんだい? そこは「お前もな!」だろう?」


 少しおどけながら、ナタリーが俺の肩に手をおいた。


 「全く、リンには驚かされてばっかりだね。助けが来るなんて思えなかったのに助けにくるわ、私どころか全員助け出すわ、ゴブリンのボスすら倒すわ、いつの間にか成長してるわ……」


 なんだこれは。褒められて、いるんだよな?


 「ははは、どうも……」


 どう反応すれば良いかわからずに頭をかいた。そんな俺の両手をナタリーさんが握りしめた。


 「あれ、え、ナタリー……?」

 「……あ、ありがとうっ、(グスッ)ありがとうねぇっ……!!」


 握りしめられた俺の両手に雫がぽたぽたと落ちていく。


 「り、リンのっおかげで、(グスッ)仲間の、仇も討てたっ! ありっありがとうっ……!!」


 そうか。ナタリーさんの中ではもう敵討ちは終わってるのか。


 「ナタリー、顔を上げてくれ」

 「(グスッ)……」


 顔をあげたナタリーさんに俺は告げる。


 「まだ、終わってない」

 「え……?」


 顔を涙で大きく濡らしたナタリーが訳がわからないといった顔をしていた。


 「みんな!! 最後の仕上げだ、戻るぞ!! ウィリーさんたちも一緒に来てもらえますか!?」

 「え? リン、どうしたんだい?」


 困惑した様子でナタリーさんが声をあげた。


 「ナタリー、敵討ちはまだ終わってないはずだろう?」

 「?……!」


 ああ、どうやらナタリーも理解したみたいだ。ゴシゴシと涙を拭ってその瞳に強い復讐の意思を宿した。


 そうして俺たちは再び奥へ奥へと進み出した。



 『ゴブりオン』のいた部屋に戻ると、全員が待機していた。否、先走った人たちがリーリエたちに押さえられている。そんな光景を尻目に俺は肝心の『ゴブりオン』の生死を確認した。——お、生きてるな、よし。


 「皆さん、お待たせしました。我慢してくれた人たち、どうもありがとう」


 俺がそう発言した後、これから行うことを理解してくれた人たちが抱えていた大量の武器をその場に落とした。


 ガラァンガチャガチャガチャンッ


 俺は大きく息を吸った。


 「みんな、聞いてくれ! これから行うのは復讐だ! そこに転がっているゴブリンはみんなの身体に、記憶に、心に、癒ぬ傷と! 恥辱と! 屈辱を刻み込んだ『ゴブリン』共の親玉だ!! みんなはやられっぱなしで許せるのか!? 理不尽な暴力を笑顔で許せるか!? ただ快楽の為だけに親を、友を、子を殺したこいつらを許せるか!? 俺は許せない!! ならばどうするか? 復讐だ!! このままやられっぱなしでただ辛い記憶を残して生きていくよりも! 復讐を果たして少しでも心を軽くして生きてくれ!!」


 俺の辿々しい想いは果たしてみんなの心に届いてくれただろうか。俺は無言で剣を拾い気絶している『ゴブりオン』に歩み寄り。


 「フンッ!!」


 グサァッ!!


 「ガアアァァァァァッ!!」


 四肢のない『ゴブリオン』の身体がもがく様にうねり出す。

 ちっ、やっぱり武器を持つと威力が落ちるな……。あ、これならどうだ?


 「ガハァッ、ガハァッ……、テ、テメェナニシヤガル……!?」

 「動くな……、そこにっ……」


 俺は軽くその場でジャンプして体を宙に浮かせ、


 「寝てろッ!」


 体を捻り刺した剣の柄を釘を打つ様な要領で真下に向かって蹴りを放った。


 ガンッ!!


 「グッ、ゴアアァァァァァァッ!!!」


 『ゴブリオン』は先ほどの様に身を捩らせようとしている様だが、俺の一撃がしっかりと剣を地面にめり込ませたおかげで先ほどよりも大人しい。


 俺はくるりと硬直しているみんなに声を掛ける。


 「どうした、みんなやらないのか!? 一生傷を背負って生きていくつもりか!? それでいいなら俺は止めない!! みんながやらないなら俺がこのまま止めを刺すぞ!!」


 そう言って再び剣を拾いに行こうとして、引き留められた。


 「ナタリー……」

 「私に、やらせてくれよ……」

 「……分かった」


 俺は二歩、三歩と後ろに下がりナタリーさんの歩む道を開けた。ナタリーさんは武器を持ってつかつかと『ゴブリオン』の目の前に立つと、口を開いた。


 「私の友達、ヴァレリーはお前の手下に嬲り殺された。武器を折られ、盾を剥がされ囚われの身になりながらも私たちの身の安否を最後まで案じてくれたんだ。お前たちはそんなヴァレリーの目の前で笑いながらカルロとペドロを殺した……」


 ナタリーさんが無言で手に持った鉄鎚を振り上げ——


 「オ、ヨ、ヨセッ……、ヨセェッ!!」

 「こんな風にねッ!!」

 「アアァァァアアアアァァァァァッ!!!」


 振り下ろした。


 グシャァッ!!


 「ブッ……ガッ……!」


 「カルロは頭を潰されて、お前に死に様を笑われた。激昂したペドロはどうやって死んだのか……、当然覚えてるんだろうねぇ……?」


 問い掛けられた『ゴブリオン』は心当たりがあるのだろう。潰された口で何とか言葉を紡ぎ始める。


 「ガャ、ヤメロ、ワ、我ハ王ダゾッ!? ヨ、ヨフェ……!!」


 固唾を飲んでみんなが見守る中、ナタリーさんがもう一本持っていた武器を立てて構えた。その剣が狙いを定めた先は——口。

 刹那吸い込まれる様に剣が落下し、


 ドスッ


 「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 『ゴブリオン』の口内を貫いた。『ゴブリオン』は言葉にならない絶叫を上げるがその痛みは止まることを知らずにどんどん膨らんでいく。僅かにも動けば柔らかな口内を剣が斬りつけ更に痛みが増すからだ。その為『ゴブリオン』に残された選択肢は『ただ耐えること』だけだった。


 ナタリーさんは無様に転がる『ゴブリオン』を見下ろし、口を開く。


 「カルロもペドロも殺されて、涙を流すヴァレリーにお前は言ったね? 「そいつらを満足させればその女は見逃してやる」って。そう言われたヴァレリーはこんなアタシのことを助ける為に必死になってくれた。そんなヴァレリーになんて言ったのか、もちろん覚えてるよなぁ……!!」


 ナタリーさんは自分の言葉でその時のことを思い出してしまったのだろうか、ナタリーさんの瞳から涙が流れた。


 「『ア〜楽シカッタ。続キハアジトデ』ってなぁッ……!! 言ったよなぁ……!! アタシを助けようとしてくれたヴァレリーにそう言ったよなぁ!! その後騙されたことに気が付いたヴァレリーがまたアタシを助けようとしてくれたんだよなぁ……!! そのヴァレリーはどうして死んだんだっけなぁ……、お前なら、分かるよなぁ……!?」


 ナタリーさんはそう言って最後に持っていた一本を『ゴブリオン』の頭の少し下で構えた。


 「〜〜〜〜ッ〜〜〜〜ッ!!!」


 『ゴブリオン』の言葉はもはや意味を成していなかった。だが、周りの俺を含めたみんなにはナタリーさんがどうするのか、想像が付いていた。そして想像出来た人たちはナタリーさんの遭遇したその時の情景があまりにも残酷過ぎて、涙を流していた。俺も少しでも気を抜いてしまったら涙が出てきそうだ。

 これから彼女がすることを止める者はいない。皆一様に思っているのだろう。

 遠慮なくやってしまえ!! と。


 その彼女が目をつぶって剣を振り上げる。ゆっくりとしたその動作に『ゴブリオン』は血を吐きながらも逃げ出そうと身を捩る。しかし逃げられない。

 ナタリーさんの振り上げた剣がピタリと止まる。後は振り下ろすだけだ。その瞬間を俺たちは黙って待ちわびた。

 不意にナタリーさんが目をパチリと開け、刹那暗がりに揺れる残像を残しながら剣が振り下ろされた。


 ピタッ


 「〜〜〜〜ッ!?」


 なんだ?

 不思議に思って目を凝らす。すると剣は『ゴブリオン』の首元で刀身を煌めかせながら動きを止めていた。

 そしてゆっくりと首から剣が離される。

 ナタリーさんの口が動いた。


 「本当はこのまま殺してやりたい。けどアタシ以外にも復讐したい娘はたくさんいるんだ。名残惜しいけど、アタシはこっちで我慢するよ」


 そう言ってナタリーさんが歩いた先は……あ。


 「アタシはカルロとペドロの仇はとったけど、まだ自分の分とヴァレリーの分をとってない。だから同時にやらせてもらう」


 その言葉は果たして『ゴブリオン』に届いているのだろうか。

 届いてないだろうなぁ……。

 『ゴブリオン』は目を血走らせて何とか逃げ出そうと再び身を捩る。それは先ほどとは比較にならないくらいの激しさだった。しかし逃げられない、逃さない。


 ナタリーさんは辛うじて『ゴブリオン』の腰に巻かれていた布切れを引き剥がす。それを見て周りの女たちの目が険しくなった。

 当然のことだが、それはここにいる女たち全員の仇みたいなものなのだ。そんなものを視界に入れてしまえば女たちの顔が険しくなるのも当然のことだろう。


 「〜〜〜〜ッ、〜〜〜〜ッ!!!」

 「(スゥ〜〜、ハァ〜〜)……」


 スッ……


 暴れる『ゴブリオン』の目の前でナタリーさんが再び剣を構える。ただし、今度は剣を立てて。そしてそれは音もなく加速し、『ゴブリオン』のアレを貫いた。


 サクッ


 「〜〜バァァッ〜ゴッォアァァァァァァ!!!」


 自身では決して体験したくない痛み。受けたらどうなるか、それを十分にその身体で身を持って『ゴブリオン』は教えてくれた。だがそこには同情の余地は無い。


 暴れる『ゴブリオン』から離れたナタリーさんはそのままこちらに向かってくる。そして俺の前に立った。


 「リン、改めて言うよ、仇を討ってくれて……討たせてくれて、ありがとう」

 「……はい」


 敬語になってしまった理由については見逃してほしい。


 ガッ


 「ん、ナタ、リー……?」


 いきなりナタリーさんに抱き寄せられた俺は戸惑った。そんな戸惑いなどつゆ知らず、ナタリーは抱きしめる力を更に強くする。


 「あっ、ちょっ、ナタリーどうした?」


 力が増したことで、ナタリーさんの女性的な弾力が俺の身体を包んでいく。

 一体何がしたいんだこの人!

 様子を窺ってみてもナタリーさんは俺の胸元に顔を向けているので表情は分からない。

 そんな俺にすら訳のわからない状況なので、当然周りの視線が俺たちに向けられているのがものすごく恥ずかしい。


 「ごめんなさいなた、りーお願いだからちょっと離れ、離れて〜っ!!」


 ちょっと待って、ナタリー力強くない? 何で振り解けないんだ!?


 「(本当にありがとう)」

 「え? ナタ——」


 なんて言ったのか、聞こうとした瞬間ナタリーさんはパッと俺の身体を離した。そして間髪入れずナタリーさんは口を開いた。


 「どうだい? アタシからのご褒美は、気持ちよかったかい?」


 え? どうって言われたらそりゃ——

 メリハリの良い身体、ハリのある肌、筋肉のおかげで程よい弾力のついたその感触、そして鼻腔をくすぐる魔性の香りとも言うべき女の匂い。それはもうホントに、


 「めっちゃ気持ちよかった……」


 ん?


 「あ」


 あれ、ちょっと——今俺なんて言った?


 「はははっ、そうかいそうかい!」


 内心焦る俺とは裏腹に、ナタリーさんは豪快に笑い出す。


 「分かった、そんなに気持ちよかったなら今度アタシを抱いてくれ!!」

 「は?」


 ナタリーさんは開いた口が塞がらなくなった俺を放ってみんなに呼び掛けた。


 「ほら、アンタたちも何ボサッとしてるんだい! 折角トドメを譲ったんだからどんどんいきな!! ほら早く!!」


 そう呼び掛けられてみんなハッと意識を取り戻したのだろうか、慌てて落ちている武器を手に取りゾロゾロと『ゴブリオン』に群がって行く。

 俺が呼び掛けた時はナタリーさん以外は誰も行かなかったのに、今は足を止める者は誰もいない。


 誰かが歩いて行くたびに『ゴブリオン』の悲鳴が聞こえてくる。そして戻って来る人たちは殆どが険しい顔をしたり、泣いていたりしていたが、すっきりとした顔をしていた。だが、それでもごく一部の人たちの顔には暗い影がさしていた。こればかりはもう時間が解決してくれるのを待つしか無いだろう。


 そうして復讐に向かった人数の数だけ『ゴブリオン』の悲鳴を聞いた俺たちは終わりの時を迎えようとしていた。


 「アーリィ、身体の調子はどうだ?」

 「うん、マリーが頑張って治療してくれたからある程度動けるわ」

 「そうか、なら、アーリィ、君があいつにトドメを刺してくれ」

 「…………」


 アーリィはうつむいて動かない。


 「アーリィ?」

 「……本当に私がトドメを刺して良いの?」

 

 「今更何言ってんだ、みんなもいいって言ってくれてるんだから、いいんだよ」

 「……分かったわ。みんな、ありがとう」


 そう言ってアーリィは一人『ゴブリオン』へと近付いていく。それはもはや『剣の山』だった。夥しい数の武器が身体の至る所に突き刺さり、この下にどんな形のモノがいたのかはもはや判別不能になっていた。辛うじて分かるのは呼吸により僅かに剣の山が動いているから『生きている』と言うことだけだ。


 「…………」

 「もう、喋ることすら叶わないわね」

 「…………」

 「もし、あなたみたいな者でも生まれ変われるのなら、今度はどんな形であろうと人のために生きなさい」


 そう言ってアーリィは『ゴブリオン』にトドメを刺した。

 こうして俺たちの『復讐』は終わった。

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