第39話

 俺は悲鳴のした場所目掛けて駆け出した。詳しい場所の推測はそれほど難しくない。逃げてくる女性とは正反対に進めばいいだけだ。


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 戦闘の疲れのせいだろうか、少し身体が動かし難かった。そして近場から再度悲鳴が聞こえ、続いて鋼の打ち合う音が洞窟の中に木霊する。

 と言うかマジでこのクソ長い通路邪魔なんだけど!?


 心の中で悪態をつきながら長通路をクリアして扉を二回潜ると目的地に到着することができた。


 ガキンッ!

 「ぐあっ!」


 ズザァッ


 誰かが打ち合っていたゴブリンに弾かれ俺の前に転がった。


 「っ、ウィリーさん!?」


 それは俺が村を出る前にアーリィの話を聞かせてくれたウィリーさんだった。

 どうしてここに?

 質問しようとするが、目の前の敵がそれを許さない。


 「ガァッ!」

 「んっ!」


 目の前まで接近して、おそらくウィリーさんにとどめを刺そうとしたのだろう、『ゴブリン』が得物を振り下ろす。だが俺はその得物の直撃を許さない。

 俺は振り下ろされた『ゴブリン』の得物である剣、ではなく腕を自身の腕で受け止めて打ち払う。


 バシィッ!


 「ギッ!」


 『ゴブリン』がよろめいた。俺はその隙に奴のステータスを確認し——ほくそ笑んだ。俺は倒れていたウィリーさんに声を掛ける。


 「ウィリーさん大丈夫ですか?」


 言いながら手を伸ばす。


 「リンくん、何をしているんだ! 『ゴブリン』が襲ってくるぞ!」


 ウィリーさんは『ゴブリン』を指差していかにも脅威がくるぞ、とばかりに叫んだ。


 「ああ、大丈夫ですよ。とにかく立ってください、ほら」

 「そんな悠長なことを言っている場合では——、ッリンくん気を付けろ!!」


 血相を変えてウィリーさんが叫んだ。


 「ギギャアァッ!!」


 『ゴブリン』が剣を振り下ろす。ウィリーさんには俺の命の危機に見えたかな? でも本当に命の危機なのは——


 ブンッ! パキィン!


 俺に剣を叩き折られ、呆けているゴブリンの方じゃないかな。


 「オラァッ!!」


 ブォッ! グシャアッ!


 「ブギッ……ゲ、ガ……」


 『ゴブリン』の頭部に俺の右足のハイキックがクリーンヒットし、『ゴブリン』の身体が一本の矢のようにすっ飛んでいき、岩肌に激突した。

 それを見届けた俺はもう一度ウィリーさんに手を差し出した。


 「ウィリーさん、ほら、手、握ってください」

 「…………」

 「ウィリーさん?」

 「……ハッ、あ、す、すまない、ありがとう」


 俺の再度の呼びかけに我に返ったウィリーさんが俺の手を握ったので、グイッと一息に引き上げる。

 うんうん、やっぱりそんな反応になるよなぁ。俺もビックリだもん、強すぎだろ、俺ぇ!


 「リンくん、何か私の顔についているのかい?」

 「え? あ、いやいやなんでもないですよ! はっはっは!」


 訝しむウィリーさんにその場しのぎのフォローをした、そんなとき。


 「きゃあっ!?」


 突然の女性の悲鳴。即座に視線を向ける。そこには『ゴブリン』に襲われ腹部から出血する女性の姿があった。


 「ッノエル!?」


 バカな! なぜここにいる!? あのBOSS部屋に避難しているんじゃなかったのか!?

 ノエルが苦しげに呻く。そのノエルの腹部からはドクドクと赤い液体が流れ出していた。


 「ギギャアッ!」

 「うぐっ……! ううぅぅぅ……」


 『ゴブリン』の追撃の一撃をノエルは歯を食いしばって受け止めた、その瞬間。


 プシュッ


 力んだ反動なのか、腹部から少しだけ勢いよく血が噴き出した。その途端、無意識のうちに身体が動いた。


 「どけぇッ!!」


 メキメキメキィッ!!


 「ガブッ」


 恩恵によって強化された俺の身体がぐるりと回って作り出した遠心力を足に込めた一撃、後ろ回し蹴りが『ゴブリン』の胴体を大きく凹ませる。そのまま軌跡を作りながら『ゴブリン』は地面を滑った。

 俺はそんな瀕死の『ゴブリン』には目をくれることもなくノエルに駆け寄り抱き抱えた。


 「ノエルッ、大丈夫か!?」

 「ハァッハァッハァッハァッ!」


 俺は尋常ではない様子のノエルを見て『濃縮マアルジュース』を取り出し、蓋を開けてノエルの口にあてがう。


 「ほらノエルッ! 薬だ、飲めッ!」

 「スゥー、スゥー、スゥー……、きゅ、きゅうせいしゅさま……」


 目が虚になったノエルが俺を呼ぶ。


 「そうだ、俺は救世主だ、これを飲めばお前は助かる! だから飲め!!」

 「……(コク、コク、コク……)」


 少量ではあるが、ノエルが瓶の中身を徐々に飲んでいく。

 よし、いいぞ! その調子で——


 「ッおい! ノエル、まだだ、全部飲め!!」

 「(くたっ)」


 半分を通過した頃、ノエルの身体から力が抜け、その全身が俺の腕に全てを委ねてきた。


 「おいっ、ノエル! ダメだ、これも飲んでくれ!!」


 俺は瓶を必死に口にあてがうが、『ジュース』がノエルの口から溢れ出す。それを見て嫌な予感がした俺は慌ててノエルのステータスを『鑑定』した。


 「……っ!!」




 種族:人類(ヒューマン)

 名前:ノエル

 性別:♀

 状態:重傷(意識不明)

 LV:7

 HP:3/28

 MP:11/11

 ATK:13

 DEF:10

 MAT:9

 MDE:6

 SPD:15

 LUK:12

 技能:なし




 いつの間にか知らない欄が増えていた。そしてその知らない欄の表示が俺の鼓動を早鐘のように早めていく。

 そんな、まさか、俺の目の前で人が死ぬのか? こんな、俺よりも小さな女の子の命が……無くなる?

 急速に俺の頭の中が真っ白に染まっていった。

 ど、どうすれば、どうすればどうすればどうすればどうすれば——ノエルは助かるんだ……?

 俺は茫然とした眼でノエルの顔を見た。未だ血色の良い白い肌、あどけない顔、泥だらけの身体、そしてそこから流れ出る彼女の生命いのち

 その時、視界の隅でノエルの『HP』が『3』から『2』になった。心なしかそれに合わせるようにノエルの顔から血の毛が引いた気がした。


 ノエルの口からは遂に瓶の中身が溢れ出した。俺はノエルの口から溢れた瓶の中身を指ですくい、手で念入りに拭き取り、自分の口の中に移し、自分で瓶の中身を口に含んで己の唇をノエルの唇に当てた。

 頼むっ、飲めっ、飲んでくれ!! 死ぬな、死ぬなっ、絶対に死ぬなっ!!

 ノエルを抱きしめ必死に祈る。

 意識不明の相手に対して何をやってるんだ、なんて思うかもしれない。でも俺にはこうするしか方法がもうないんだ。

 俺はノエルが喉を動かすのを待った。周りなんて気にしてられなかった。そんな俺の視界の『HP』からまた数字が一つ減った。

 それでも俺は待った。ノエルが再び「救世主様」呼びして笑顔を向けてくれるのを。


 ……コクッ


 「……!!!」


 カッと目を見開き思わず唇を離しそうになってしまったが、なんとかその衝動を耐えること数秒。


 コクッ……コクッ……コクッ……


 飲んでる、飲んでるよ!


 なんという奇跡だろうか! 嬉しさで俺の目からは意外なほど涙が溢れてきた。あまりにも大量の涙が溢れてきたので目元を拭いたかったが、少しでも手を離して身体が離れてしまうかと思うと何もできなかった。



 コクッ……コクッ……


 やがて俺の口内から『濃縮マアルジュース』が全て飲み干されると、ノエルの身体が淡く光りだした。それは俺にとって見慣れた光景だった。彼女の、ノエルの生命を襲った傷が段々と塞がっていった。

 ノエルの回復が行われたのを確認した俺は、ノエルのステータスを見て『HP』が一応安全圏に突入していることを十分確認をした後唇を離し——あれ? 離れない。

 離そうとしても、なんだこれ、押されてる?

 良い加減普通に息も吸いたいのでなんとか頑張って唇を離そうとすると——


 ガシッ


 「んんっ!?」


 ノエルの腕が俺の肩と腰にまわされガッチリとホールドされた。


 「ん〜ッ! ん〜ッ!」


 はぁ!? クッソなんだこれ! なんで今俺窒息しかけてんの!? おかしくね!? 絶対おかしくね!?

 割とマジで生命の危機を感じだした頃、ようやく俺の唇からノエルの唇が離された。


 「〜〜ッぶはぁッ、は〜ぁ、は〜ぁ……!」

 「ぷはぁっ! ……ふっふっふ。救世主様とキスしちゃいました。これで私は救世主様のお嫁さんになるしかないですね!!」

 「はぁ、はぁ、おまノエル何言って——」


 訳もわからないうちに俺にお嫁さんができそうになったので反論しようとしたが。


 「はいはいお二人さん、そろそろこっちに参戦してくれるとありがたいんだけどねぇッ!」

 「え? あっ」


 わ、忘れてた! 俺ゴブリンと戦ってたんじゃん! すっかり忘れてた!

 周りを見渡せばそれぞれの人たちが五、六人のグループで一匹のゴブリンと相対していた。そしていつの間にかやってきていたナタリーは俺とノエルに攻撃が向かないように守っていてくれたらしい。


 「みんなごめん! すぐ終わらせるッ!!」


 その場にスッと立ち上がった俺は軽く深呼吸する。

 よし。


 「おおぉぉぉ!!」


 まずは散々ナタリーの相手にしていた『ゴブリン』に目をつけ、地面を蹴り、駆け抜け、いや低く跳躍して一気に接近する。


 「ギッ?」

 「オラァ!!」


 ボッ!

 ドゥッ!!


 「ゲァ——」


 俺に胴体を殴られた『ゴブリン』は短い悲鳴を残し、勢いよく飛んでいく。一拍おいて、


 バンッ!!


 壁に何かが叩きつけられるような音がした。チラリと音のした方向に目を向ければ壁に背中を預けて絶命している『ゴブリン』の様子が窺えた。

 ああ、やっぱり今の俺は、強い!

 自身の力をしっかり実感して俺は次の『獲物ゴブリン』へと目を向けた。


 それから俺はまるで小さな嵐のような暴力で次々と『ゴブリン』共をぶっ飛ばそうと拳を振るった。圧倒的な俺の攻撃に『ゴブリン』共はなす術なくその生命を散らしていった。中には逃げ出そうとした『ゴブリン』もいたが、俺はそいつらも容赦なく圧倒的な力で殺していった。

 その結果、ものの数分でこの場を『ゴブリン』共の墓場へと姿を変えたのだった。

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