第37話

 「ギッ、ギヤアアアァアァァァァッ!! ア゛ッ、アア゛ッ!! 腕ガッ、我ノッ! 腕ガアアァァァァッ!!?」


 『ゴブリオン』の絶叫がその場の空間を揺らす。宙を舞った『ゴブリオン』の肉体の一部——〔右腕〕は少しの滞空時間を経たあとボトッ、と地面へ落ちた。

 『ゴブリオン』は痛みで悶えていたせいで〔右腕〕の在り処に気付いていない。しかし俺が地面に落ちた〔右腕〕に寄って行っているのには気が付いたようだ。だがそれは僅かに遅い。

 『ゴブリオン』の〔右腕〕を先に拾った俺に『ゴブリオン』が叫ぶ。


 「オォイッ、テメェ我ノ腕ダゾッ! 返セェッ!!」


 体裁を取り繕う余裕がないのか、存分に唾を飛ばしながら俺が持っている〔右腕〕に手を伸ばしてくる。

 それを俺はひょい、と躱す。

 さて、『収納』っと。


 [ゴブリオンの右腕を獲得しました]

 [アイテムBOXに収納します]


 収納された〔右腕〕は俺の手の中でポリゴンに変化して消えていく。それを見た『ゴブリオン』は一体どんな反応をするのだろうか。


 「……ハ?」


 『ゴブリオン』は先ほどまでの強気な意志が見え隠れしていた表情を一変させ、面白いほど呆けた顔をしていた。


 「ははっ、はははははっ、テメェなんて顔してんだよ? 俺は忠告したよなぁ、攻撃したら地獄を見るってよぉ?」


 睨めつけるような、完全に馬鹿にしたように俺はあからさまな上から目線で『ゴブリオン』を煽る。


 「フザッ、フザケンナァ!! テメェ我ノ、我ノ腕ヲドコニヤリヤガッタ!!?」

 「は? 教えるわけねーだろ。それより、よく聞けよ? だ。意味……分かるよなぁ?」


 俺は焦りを隠し切れていない『ゴブリオン』に脅迫感を煽るような笑みをニタリ、と浮かべた。

 そして当の『ゴブリオン』も俺の言葉の意味を理解したのだろう。表情を青くさせる。


 「お、理解できたか。さぁ〜、今度はかなぁ〜? なぁ、何処だと思うよ?」

 「テ、テメェッ! 調子ニ乗ルンジャネェッ!!」


 『ゴブリオン』が真っすぐに拳を振り上げながら接近する。だが、両腕両足が揃っていた時ならともかく片腕を失った状態の『ゴブリオン』などもはや敵ではない。何故なら。


 「!? ウォッ、トッ」


 俺はバランスを崩している『ゴブリオン』に教えてやる。


 「急に片腕なくなってまともに走れる訳ねぇだろうが!!」


 そのまま『ゴブリオン』の顔面に拳を叩き込んだ。


 ドゴォッ!


 「ゴガッ!」


 『ゴブリオン』が地面に叩きつけられるように倒れ込む。そして俺は当初の目論見通りに〔左腕〕を蹴り飛ばし——


 バキィッ!


 「ギッ!」

 「いちぃ……!」


 カウントダウンを始めた。それを聞いた『ゴブリオン』が青ざめた。そらそうだ。この場面で俺がカウントダウンを始める理由なんてしかないのだから——。


 バキィッ!


 「ア゛ッ!!」

 「はいにぃ〜!」

 「オイッ、待テ、ヤメテクレッ!! 頼ムゥッ!! 我ノ負ケダァ! ヤメテクレェッ!!」


 片腕を無くしている為に少々の時間がなければ『ゴブリオン』は立ち上がることができない。そして立ち上がろうとすれば俺が見逃すはずがないのだ。だから『ゴブリオン』は懇願するしか助かる道がない。

 そして俺は……こいつを生かすつもりがない。


 「なぁ『ゴブリオン』。何故俺がこんなことをしているか分かっているか?」

 「ソンナノドウデモイイッ! 頼ム、ヤメテクレェッ!!」

 「そうそれだ。お前は助けてくれ、やめてくれと懇願した相手に何をした? 助けてと言われて助けたか? やめてと言われた時やめたのか?」

 「ソレハ……!」


 『ゴブリオン』は言葉に詰まる。そして何かを思いついたように口を開く。


 「モチロ——」

 「まぁ、アーリィの、テメェが玩具呼ばわりした女の顔を見れば一目瞭然だよなぁ?」

 「!」

 「図星か。んじゃ遠慮なく——」


 俺は片足で『ゴブリオン』の胸を踏みつけ脱出不可能にして、もう片方の足を振り上げる。


 「マッ!」

 「待たねぇよ」


 バキィッ、ヒュパアァンッ!


 この蹴りが〔左腕〕に対しての止めの一撃となり『ゴブリオン』の〔左腕〕を切り離した。そしてそのまま物凄い勢いで壁に向かって飛んでいく。

 一瞬遅れて『ゴブリオン』が反応した。


 「……ア、ア、ア、アアアアアァァァァァアアアアアアァァァァァァァッ!! 腕ガ、アア我ノ腕ガアァァァ!!!」

 「うーわしかし断面グロいなぁ……」


 絶叫し両足をバタバタさせて俺の足からの拘束を抜け出そうと『ゴブリオン』がもがく。


 「クソッ、クソッ! テメェァッ! 殺シテヤル!! 我ニ、コノ我ニコンナコトシヤガッテェ!! オ前ラ全員殺シテヤルァ!!!」


 そんな口汚く罵ってくる『ゴブリオン』に俺は冷静に返してやった。


 「そうか。じゃあ殺される前に殺さないとな。危ないもんな。おーいマリーとリーリエ、ちょっと待機してるみんな全員呼んできてくれないか?」


 俺は遠くでアルマとアーリィを治癒していた二人に声をかける。するとリーリエが反応した。


 「分かりました、マリーさんは治癒の途中で動けないので私が行ってきます」


 そう告げてリーリエの姿が扉へと消えていく。するとナタリーが声を上げた。


 「なぁリン。アタシも何かすることあるかい? ほら、アタシ結局何も役に立ってないからさ……」


 俺はそのナタリーの心遣いに満面の笑みで返した。


 「ええありますよ!でもそれは出来れば全員集まってからやりたいので、とりあえずあそこに落ちてるコイツのッ!」


 グリィッ!


 「グワッ!!」


 また『ゴブリオン』がバタバタとうるさかったので足の力で黙らせる。


 「コイツの腕を取ってきてもらえませんか?」

 「あ、ああ分かったよ」


 あ、今ナタリーさんちょっと引いたな……。

 やり方間違ったかなー、と思案しているとナタリーが〔左腕〕を取ってきてくれた。そしてそれを見た瞬間足元の『ゴブリオン』がもがきだす。


 「下等種族がッ!! 我ノ腕ダゾ、ガエ゛ゼェェェェッ!!!」

 「うわっ」

 「黙れゴミがぁッ!!」


 俺は転がっている『ゴブリオン』の頭をサッカーボールのように見立て全力で蹴る。


 ブォッ、ゴガンッ!!


 「ボガッ!!」


 顔面に全力の蹴りを受けた『ゴブリオン』の口からいくつかの歯と血が飛び散る。衝撃がすごかったのか『ゴブリオン』の意識が飛んだようだ。ピクリとも動かない。それを確認した俺はナタリーから〔左腕〕をもらい受ける為に手を差し出した。


 「あ、それもらえます?」


 俺の豹変ぶりに驚いたのだろうか、半ば放心状態のナタリーが俺に気が付いたのは数秒後のことだった。


 「……はっ、ああすまない。ほら」

 「ありがとうございます!」


 笑顔で受け取った俺は〔左腕〕を収納する。すると段々と夥しい数の足音が近づいてくる足音が聞こえてくる。しかし少し様子がおかしい。なんだか急いでいるかのようにバラバラな駆け足のような音なのだ。

 開いた扉から一人先行してくる者がいる。ノエルだ。


 「救世主様! 後ろから二十匹以上のゴブリンが迫ってきてます!」

 「なんだって!?」


 と、待てよ。その二十匹ってもしかして……。


 「そいつらはどこから出てきたんだ? 未探索の部屋があったのか?」

 「いえっ! 私たちが来た方向からやって来ました!」

 「そうか、分かった。俺が対処するからみんなでコイツを縛り上げてくれないか? 縄なら多分探せばそこら辺にあるはずだし。ああ、これでもかってくらい雁字搦めにしないと逃げちまうからな」


 そう言いながら俺は足元の『ゴブリオン』を見せる。コイツ見てくれは瀕死体なのに『鑑定』で見てみるとまだ四割の体力が残ってやがるからな。


 「ハイッ、分かりました!」


 ノエルは元気よく返事すると後続のみんなに俺からの指示を伝えて回っている。

 俺はその間にアーリィたちの元へ近付いた。側で治癒してくれているマリーに声をかける。


 「マリー、アーリィの様子はどうかな。大丈夫そう?」

 「あぁ、リンさぁん! はい……って言いたいんですけどぉ……」


 チラリ、とマリーがアーリィの顔を見る。


 「体力はぁ、回復したのですがぁ……体の至る所の傷、それも特に顔の怪我が酷くてぇ、ほとんどの場所に傷がぁ、残ってしまうんですよぉ……」

 「なんだと!?」

 「リ、リン……。いいの、私は、大丈夫だからッ、つぅっ! ぼう、けんしゃだし、これく、らいは平気よ……」


 アーリィは何でもないように言っているが、それが嘘だってくらい俺にも分かる。


 「それに、ね……。私、リンが助けに、来てくれた、だけで、ふッぅ、と、ってもうれし、かったから……!」


 アーリィは僅かに腫れの引いた顔をほんの少し動かした。いや、実際は動いてなかったのかもしれない。でも、確かにアーリィは今笑ったのだ。


 「あり、がとう、ね、リン……」

 「……お礼を言うのはまだ早い。マリー、俺はそろそろ行かないとヤバイ。だからこれを、アーリィに一滴残らず飲ませてやってくれないか」


 そう言いながら俺は『アイテムBOX』から『濃縮マアルジュース』を取り出す。


 「えぇ? リンさん、それはぁ?」


 マリーは『アイテムBOX』に指を指しながら質問する。


 「ああ、まぁ今は『アイテムポーチ』みたいなもんだと思ってくれ。とりあえず、これ! 頼んだからな!」


 遠くから悲鳴が聞こえ、俺の心に焦りが生じた。だからなのか俺の行動はいつもよりも大胆になっていた。それは具体的にどう言うことなのかと言うと。


 「きゃあっ、分かりましたよぉ、リンさん! ちょっと、近いですぅッ!」

 「ん、ああっごめん!」


 ちょっと後ろから押されたら完全にくっついてしまいそうなほどの距離まで近づけていた顔をマリーから離して慌てて立ち上がった。


 「じゃ、じゃあマリー頼むよ!」


 まるで捨て台詞のようにそう言い残して騒ぎの大元へと駆け出す。

 ああ、こんな状況なのに顔が赤い。こんなことしてる場合じゃねぇだろ、しっかりしろ俺!

 気持ちを切り替え、悲鳴のあった場所に全力で迫っていく。

 武器? 持ってるわけないだろう? 何故なら今の俺はのだから。




 名前:リン ミヤマ

性別:男

職業:異界の狩人(駆け出し)

LV:28=30(↑2)

HP :36%

筋力:210=230(↑20)

体力:204=222(↑18)

精神力:110=118(↑8)

耐力:106=114(↑8)

敏捷:177=193(↑14)

運:39=39(変動なし)

スキル

『異界の狩人』(派生あり):異界より現れし狩人に狩れぬモノは存在しない。

『身体強化LV3』:自身の基礎ステータスを上昇させる。 UP

『武具適正B』(『異界の狩人』より派生):全ての武器(盾含む)に玄人級の適正を得る。

『鑑定(EX)』(『異界の狩人』より派生):自身の強さに応じて様々な情報を取得することが出来る。

『素材回収RANK4』(『異界の狩人』より派生):RANK3等級までの素材を獲得できる。

『薬品生成(EX)』(『異界の狩人』より派生):手に入れた素材で異界の狩人御用達の薬品を生成する。

『防具製作(EX)』(『異界の狩人』より派生):手に入れた素材で異界の幅広い防具を作製する。

『武器製作(EX)』(『異界の狩人』より派生):手に入れた素材で異界の幅広い武器を作製する。 NEW

『アイテムBOX2(EX)』(『異界の狩人』より派生):手に入れた素材を収納しておける。また、『薬品生成』『防具製作』『武器製作』により獲得したものも収納可能。

『部位破壊(EX)』(『異界の狩人』より派生):あらゆる対象から素材を得る。現在発動中。

『当たり』→『真拳勝負』(待機中)→(覚醒):管理者によって制限解除された宮間 燐個人の力。常時全効果、個人ステータス五倍。(武器種『籠手』以外の武器装備で効果無効) NEW


称号

『小鬼狩り』:ゴブリンを100体以上倒した者に贈られる称号。

(ゴブリンに対して全ての能力値が5%上昇する)

『神闘士』:管理者と契約した証。(開始まで残り718時間57分) NEW




 ……あ、やべっ! 回復しとかないと!

 俺は『アイテムBOX』から残り少ない『濃縮マアルジュース』を取り出した。

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