第32話

 突然の侵入者にゴブリン共は気付かない。否、気が付いた者はいるが侵入者に対して意識を向けたゴブリンは扉を開けた目と鼻の先の距離でお楽しみ中だった眼前の数匹のみだった。それ以外は目の前の女に夢中といった様子だった。


 「死ね」

 「ギ」


 ザンッ


 [ゴブリンの牙を獲得しました]


 流れるように繰り出された一閃がゴブリンの首を飛ばす。一瞬にして物言わぬ骸へと成り果てた死体はその身を女から離す。

 それに気が付いた隣のゴブリンが攻撃行動を起こさないうちに胸に刺突をかまし冥府へと強制的に旅立たせた。


 「ギャ!?」

 「ギギィッ」


 胸を突かれたゴブリンと共に女を弄んでいたゴブリンが異変に気付く。

 だが遅い。

 風を切って駆けた俺は一匹目のゴブリンの顔を深く斬りつけ、返した剣で二匹目のゴブリンの胴体に修復不能な傷を刻み込んだ。


 ザスッ

 ザクンッ!


 [ゴブリンの皮を獲得しました]

 [ゴブリンの骨を獲得しました]


 頭蓋どころか脳まで斬られたゴブリンに起き上がれる術はなく、また胴を半分以上もの割合で斬られ繋がっているというよりぶら下がっていると表現する方がふさわしい有様の死体が出来上がる。

 これにより陵辱から解放された少女と一瞬だけ目が合った。

 うっ。

 光を灯さず、代わりに闇を巡らせた虚な瞳に俺の姿が僅かに映る。俺はその瞳を見つめることができずにふいと視線を逸らし、次なる獲物を探した。


 この部屋は最奥というだけのことはあり、今まで通ってきた部屋の三倍ほどは広いと感じる。そして広すぎる故なのか女の嬌声に紛れゴブリン共の断末魔が上がっても、遠くの者は気が付かない。


 「……ふっ!」


 ザァンッ!


 「グゲッ!!」


 [ゴブリンの魔石を獲得しました]


 ここでようやく半分ほどだろうか。半分にも関わらずこの部屋だけでも始末したゴブリンの数は優に50を超えた。しかし休むことは許されない。未だ騒ぎに気付かない阿呆共が女を陵辱しているのだ。手を止めるわけにはいかない。

 俺は後方の二人を確認した。

 アルマは女の解放をメインに行動し、ゴブリンが周りからいなくなったところから次々と女を解放していく。その合間に俺の仕留め損ねた息のあるゴブリンに容赦無くとどめを刺していっている。


 [ゴブリンの骨を獲得しました]

 [ゴブリンの爪を確認しました]


 こんなふうにアルマが止めを刺すとログが脳内に表示されるので、その度に次はしっかり絶命させるように心懸けられるのでかなりありがたい。

 対してナタリーはゴブリンとの戦闘をメインに動いている。拾い上げた二本の剣を巧みに操り、勢いのある斬撃をゴブリン共に叩き込んでいく。豪快な動きで踊るようにゴブリン共を次々と屠る様はまるで女戦士の舞アマゾネス・ダンスのようだった。

 二人の無事を確認し、いい加減にこちらに気づき始めたゴブリン共を片付けるために意識を集中させる。


 「きゃああぁぁぁぁ!! は、放してッ!! いやッ!」

 「なんだ、ってこの声!!」

 「ギィッ!」

 「ギガッ!!」

 「んの、どけ邪魔だ!!」


 一瞬聞いたことのある声に意識が向くが、なんとか襲いかかる二枚の刃を叩き折る。


 ザンッ、ザンッ!


 「グッ」

 「ゲァッ」


 [ゴブリンの魔石を獲得しました]

 [ゴブリンの牙を獲得しました]


 斬ったゴブリンの素材がログで流れてきたのを確認して、再び声のした方に目を向ける。

 ……やっぱりかッ、くそったれ!


 「やだっ、やめてッ、やだあぁぁぁ助けてぇぇ!!!」

 「グヒキキキッ!」

 「ギヒャァ……!」

 「ギエェイ!!」

 「なんであいつがここにいるんだ!」


 ゴブリン三匹に捕らえられて必死にもがいていたのはノエルだった。

 何故ここに!?

 そう考えている間にもノエルの陵辱が始まろうとしていた。


 「やだッ、やだ、ヤダヤダヤダヤダヤダヤダぁ!!!」


 嫌がるノエルをよそに続々とゴブリン共が集まる。ついでに俺の目の前にも。そしてノエルの悲鳴が俺を焦らせた。


 「くそっ!」


 ザンッ!


 「グギャッ!」

 「おらっ!」


 ザクッ!


 「ギャッ! ……ギャアッ!」

 「なっ、しまっ! ぐっ」


 焦りが俺の攻撃を杜撰にし、目の前を切り開く為だけに無造作に振るわれた剣はゴブリンの命を刈り切ることができず余裕のなかった俺の精神は討ち漏らしたゴブリンの攻撃に反応できなかった。

 肩をなぞった冷たい剣が触れた側から燃えるように熱くなる。ニタリと笑うゴブリンに俺は防御不可の上段斬りをお見舞いする。


 「ってぇなくそったれ!!」


 ドンッ!!


 頭から綺麗に割れたゴブリンの体内から出たものが勢いよく飛び散る。だがそんなもの気にしている余裕は俺にはなかった。


 「あっ、やめ、やめてッ、やだ、やだよぉ、救世主様ぁ!! んっ!?」


 泣きじゃくるノエルの口に何かが当てられる。何がとは口にも出したくないし想像もしたくない。


 「はぁぁ!!」

 「ゲッ!?」

 「おらぁ!!」

 「ギュゴッ!?」


 その時、塊になっているゴブリン共から苦悶の声が溢れ出す。同時にこれまた聞き覚えのある声が二つ聞こえた。

 立て続けに起こるゴブリン共の断末魔。


 「はぁっ、ノエル、大丈夫ですか!」

 「……ゲホッ、ゲホッ……うぅっ……」

 「何してるんだい! ノエルッ早く逃げなぁ!」

 「うぅっ……はい」


 察するにどうやらアルマとナタリーがノエルを助けに無理をしてくれたようだ。ノエルはよろよろとおぼつかない足取りでゴブリンの塊からの脱出に成功する。しかしその代償に——


 「くっ、キリがないね!」

 「そうです、きゃあっ!」


 「今度はあいつらか!」


 ドシュッ!


 「ギェッ!」


 [ゴブリンの皮を獲得しました]


 ノエルと入れ替わるようにして、ノエルが脱出した途端にゴブリン共の塊に埋もれて二人の姿が見えなくなる。

 しかし、二人はそんな気はなかっただろうがお陰で俺の目の前のゴブリンは数えるほどしかいなかった。

 ここは一気に、しかし確実に!

 俺はナタリーの見様見真似で片手だけのあの豪快な舞を再現する。流石に身体の性能が違うせいなのか、俺の舞は容易にゴブリンの腕を飛ばし、足を飛ばす。側から見れば今の俺は荒れ狂う竜巻のように見えることだろう。


 「お、お、お、お、お、おおおおおおお!!」


 ザッ、シュッ、ザンッザッスパッ、ザンッ……!


 [ゴブリンの骨を獲得しました]

 [ゴブリンの牙を獲得しました]

 [ゴブリンの爪を獲得しました]


 瞬く間に肉片と化したゴブリンの成れの果ての散らばる中を走り、アルマとナタリーの元へと駆け付ける。

 至近距離まで接近したことで漸く危機感を抱いた数匹がこちらに剣を向けるが。


 スパパパパパッ!


 「ゲ、ガ……」

 「ギ、オッ……」

 「ガッ」

 「キッ」

 「ギェッ」


 攻撃していくうちに最適化されていく斬撃が、ゴブリンの塊に容赦なく斬り込まれていrく。

 回る俺の視界に二人の姿が映し出された時、攻撃を中止して肉弾戦に移行した。手頃な死体に剣を突き刺して目の前のゴブリンを引っ掴む。


 「どけやオラァ!!」

 「ギッ!?」


 引っ掴んだゴブリンを俺は全力ですぐ側にある岩壁に叩きつけた。


 バァンッ!!


 「グガッ」


 [ゴブリンの角を獲得しました]

 全身を固い岩壁に激しく叩きつけられて絶命するゴブリン。だがそんなもの今は気にしていられない。

 きたねぇ手でその二人に触ってんじゃねぇぞ!!


 「(ガッ)とっとと」

 「ギッ!?」

 「その手をッ」

 「離せやぁ!!」


 ブンッ!

 グシャァッ!!


 手当たり次第にゴブリンをひっぺがして壁に叩きつける。抗えるゴブリンはいなかった。武器を持って立ち向かってくるゴブリンはいなかった。だから俺は逃げたやつから順番に力の限り壁に叩きつけた。


 「待てやゴラァッ!!」



 「……あ゛あ゛、はぁッ、はぁッ……」


 俺が息をつく頃には二人に手をつけるようなゴブリンはいなかった。ふと我に帰った時には潰れたゴブリンの死体が山のように積み上がっていた。

 あれ?


 「リンさん、大丈夫ですか」

 「あ、ああ、はぁっ、あれ、アルマも、ゴブリン倒して、くれてたんだね……、はぁ」

 「はい、助けられてばかりもいられませんので」

 「そっか……、おっと、その格好じゃあれだしちょっと待ってね」

 「?……! あ、はい……」


 アルマの着ていた布の服は激しく引き裂かれ、服としての役割をほとんど放棄していた。そのため俺は、懐に『アイテムBOX』を出現させ新しい布の服を二枚取り出した。


 「ほら、アルマ」

 「あ、ありがとうございます」


 アルマは顔を赤らめながら差し出した布の服を受け取る。


 「ナタリーさんもどうぞ」

 「ん、ああ助かるよ」


 こちらは実に堂々とした態度だが、しっかりと大事なところは隠しながら布の服を受け取った。

 俺はいそいそと着替え始める二人を見ながら辺りを確認した。すると見覚えのある顔を発見した。


 「マリーさん、あなたも捕まってしまっていたんですか……」

 「……えへへ、はい〜……」


 白い肌を小刻みに振るわせ、大きな乳房を隠しながらいつもの声のトーンで答えるマリーだったが、あきらかに声に覇気がない。


 「……災難でしたね。とりあえずこれ、着てください」


 そう言って俺は布の服を取り出した。しかし。


 「……災難、災難ですかぁ? そんな軽いものじゃあないですよぉ? 乙女が処女を、ただの魔物に散らされたんですよぉ!? それを、それを災難だけで片付けるんですかぁ!? 男の人はいいですよねぇ、こんな悩みないですもんねぇ! それにぃ、私はシスターなんですよぉ!? シスターが処女を散らす……、この意味が分かりますかぁ!? 私はもう、神にお仕えすることができなくなってしまったんですよぉ!?」

 「それは……」

 「ねぇリンさぁん、私は、これからどうすればいいんですかぁ……?」


 マリーはボロボロと大粒の涙を流しながらそう訴えかけてくる。そんなマリーに対して俺はゆっくりと口を開いた。


 「……君は、マリー、はこれからどうしたいんだい?」

 「私はぁ、今までどおりシスターとしてぇ、神様を支えていきたいですぅ……でも」

 「なら」

 「え?」

 「ならそうすればいい」

 「そんなのっ」

 「マリーの信じる神は無理やり処女を奪われたからって簡単に見捨てるような、そんな冷酷な神なのか!? そんな訳ないだろう、少なくとも俺はその程度のことで簡単に見捨てるような神など信じない!」

 「ッ……」

 「マリーがまだ神に支えたいと言うなら支えればいいんだ!」

 「でもぉ、教会の規則では処女以外の者は神にお支えすることはできないとぉ……」

 「マリー、それは所詮人が言っていることだ。神はそんなこと一言も言っていないだろう! 勝手に決められた規則に縛られる必要はない!」


 マリーは黙ったままだ。


 「……それにマリー、教会に所属することだけが神にお仕えすることなのか?」

 「それはぁ……」


 マリーにはどうやら他に思い当たる節があるらしい。


 「もしあるなら、そちらを目指せばいい。それにマリーは何故教会に所属して神にお仕えしているんだい?」

 「それはぁ……、村のみんなとぉ、アーリィの無事を神にお祈りする、ため……」

 「ならそれは教会に所属していなければ絶対に達成できないことなのかい?」

 「……違う」

 「なら、今頭に浮かんだことを実行するべきだよ」


 そう言って俺は布の服をマリーに手渡した。マリーは無言で布の服を受け取る。そして小さく、


 「ありがとうぅ」


 と言った。




 さて、一通りの確認は終わった。女たちの救助も全て終えたしゴブリンの残党も全て処分した。だが、アーリィだけは見つからない。

 今俺はマリー、アルマ、ナタリー、リーリエと共に頑丈な鉄扉の前にいる。


 「マリー、この先にアーリィは連れて行かれたんだね?」

 「そうですぅ、この先にいるはずですよぉ」

 「『長身のゴブリン』に連れ去られて、だね?」

 「そうですぅ」

 「いよいよ、か」


 じっとりと手汗が滲む。目の前の鉄扉の先からはものすごく嫌な気配が漂ってきていた。それと同時に、この鉄扉が俗に言う『BOSS部屋』のように見えてきたのだ。

 この先にいるのは間違いなく強敵だろう。だからこそ、この四人について来てもらったのだ。

 相手が強いとわかっていて一人で特攻は絶対にごめんだからな。


 「よし、じゃあ、いくよ」

 「はい」

 「はぁい」

 「はい」

 「ああ」


 鉄扉を腕力に任せて開く。


 ギギギギギギィ……


 重々しい音を立てて仰々しく開いた道を五人で歩く。コツコツと言う俺の靴が立てる音だけが狭い通路にこだまする。それがなんだかみんなの緊張感を煽っているようで、誰一人として声を上げる者はいなかった。


 しばらく歩くと扉が見えてくる。これは少し作りが良いだけの粗雑な木製の扉だった。

 俺たちは音をなるべく立てぬようにして扉の前までやってきた。すると、こんな音が聞こえて来た。


 ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ


 「……うっ、……あっ」


 何かを殴りつけるような嫌な音と、くぐもった呻き声。そんな組み合わせを連想させるような音だった。

 嫌な予感がする。そして嫌な予感は的中したようだ。


 「ハァ、フゥ。イヤァイイ運動ニナッタ! マサカココマデ遊ベルトハ思ワナカッタ! サテ、ソロソロ始メルカ!」


 流暢な男の声が聞こえた。


 「な……んでぇ……」


 それに対して呻くように訴える小さな声。

 アーリィだ!

 この時点で俺はここに間違いなくアーリィが捕われていることを確信した。


 「アァ鬱陶シイナ……」


 イラついたような声で、男が呟くと。


 ゴンッ


 何かを殴りつけるような音が一際大きく鳴り響いた。


 「オオ、ヨウヤクイイ顔ニナッタナァ、ヨシヨシサァ始メルゾォ?」


 満足げな声が聞こえて来た時。


 ——助けて。


 耳元でアーリィの声がはっきりと聞こえたような気がした。その瞬間俺は即座に扉を開く。


 バァンッ!!


 そこで俺が見たものは——。

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