第31話
ナタリーたちと合流した部屋から教えてもらった通路をひたすらに進んでいくと、やがて一枚の扉が姿を現した。最奥の部屋だからだろうか、その扉は今まで潜ってきたどの扉よりも大きく、そしてしっかりとした作りなのが分かる。
相変わらず耳を塞ぎたくなるような嬌声と悲鳴が岩壁を振動させて俺たちの耳に無理やり入ってくる。
「大丈夫ですか?」
「ぁ、ぅぁ、は、はぃ、だい、じょうぶ、です……」
「エリーゼさん、無理そうなら下がってて」
明らかに大丈夫そうには見えないエリーゼを見兼ねてそう言ったが。
「ぃ、ぃえ、大丈夫です……!」
ゴブリンから奪った杖をぎゅう、と握りしめてエリーゼは揺り起こされるトラウマに必死に耐える。
彼女の意思は固い、そう判断した俺は軽く激励の言葉を送って彼女から離れた。
「よし、じゃあ今まで通り私が先行してゴブリン共を殲滅します。ゴブリン共の殲滅が終わったら声をかけますので、それまでは絶対に出てこないでください。特にレイナさん? 危険ですから絶対に出てこないでくださいよ?」
俺は念には念を入れて、レイナに強く釘を刺した。
「は、はいっ」
正直この返事も素直に聞いた末の肯定なのか、その場しのぎの肯定なのか俺には分からない。しかし今のところレイナ自身の良心に賭けるしかないのがなんとも辛いところだ。
「ねぇ、救世主様」
「あ、ナタリーさん。その呼び方やめてもらってもいいですか? なんか背中がムズムズするんで」
「ん、そうかい? アタシは結構気に入ってたんだけど……」
「私が気になるので変えてくださいよ。リンって呼んでください、みんなそう呼ぶので」
「それなら仕方ないね。リン、これでいいかい?」
じろっ
「ん、アルマどうかした?」
リン、とナタリーが俺を呼んだ瞬間険しい視線を向けられたので何事かと尋ねるが。
「(コホンッ)、なんでもありません」
アルマは咳払いをしてサッと顔を背けた。
「そうか? ふ〜んまぁいいか。……ってどうしました?」
ニヤニヤと何だか意味ありげにこちらを見るナタリーに不可思議な視線を向けるが。
「(ニヤニヤ)いや、なんでもないよ(ニヤニヤ)」
「なんですかその視線は。何かおかしかったですか?」
「いやいや、おかしいところなんてな〜んにも無かったよ(ニヤニヤ)」
…………。
不謹慎だが、殴りたいと思ってしまったのはここだけの話。
俺は大きく息を吐いた。
「まぁ、いいでしょう。それで何の用だったんですか? さっき私のことを呼び止めてましたけど」
ああ、とナタリーが思い出したかのように口を開く。
「さっきリン一人でゴブリン共を殲滅する、って言ってただろう?」
「はい」
「その殲滅、アタシにもやらせて欲しいんだよ」
「え? それは……」
ナタリーさんってゴブリンに捕まってたんだろ? 見た目は強そうで出来る女っぽいんだけど実際ゴブリンに捕まってたし危険じゃね?
そう思った態度が出てしまったのだろうか、ナタリーは口を開いた。
あ、ちょっとムッとしてる。
「確かにアタシはあいつらに捕まってたけどね、これでもアタシは結構強いんだよ?」
いや
「それにね、やっぱりどうにも悔しくてね。復讐がしたいのさ、アタシは……」
真剣な表情に、悔しさを滲ませて語るナタリー。
「復讐、ですか?」
「ああ。アタシはこれでも《黒豹の爪》っていうパーティを組んでてさ、アタシ以外に女が一人、男が二人って構成だったんだ。自分で言うのもなんだけどそこそこ強いパーティだったよ。
「ワイバーン……すごい」
側にいたアルマが小さく洩らした。
「だろ? ま、そのパーティはある時ゴブリン種が異常に増加した傾向があるってんでその調査依頼をギルドから受けた訳さ。もちろんその時はゴブリンなんて眼中になかった。いつも通りに準備してサクッとやってサクッと終わろう! なんて言ってたさ。事実『アイツ』に遭うまではゴブリンなんて目じゃなかった。『アイツ』に遭うまでは……」
「ァァッ……!」
部屋の中から一際大きな嬌声があがった。
「ははっ、まぁそんな暗い話なんかしてる場合じゃないね。要するに、ゴブリン共に仲間を殺されちまったのさ。男は殺され、女は攫われ。だから奴ら、いや『アイツ』に復讐したい。それがアタシの望みだよ」
困ったような、照れたような、そして苦しそうな。いくつもの感情が混じった笑みを浮かべながらナタリーは簡潔に語ってくれた。
「分かりましたよ、ナタリーさん。一緒に奴らをぶっ殺しましょう! それにもう一人の女性のパーティメンバーもこの部屋にいるかもしれませんしね!」
そう言って友好の証のように俺は右手を差し出した。
「……いいのかい?」
「いいも何もそれがナタリーさんの望みなんでしょう? ほら、早くしないと俺の気が変わってしまうかもしれないですよ?」
そう言って俺は差し出した右手を急かすように軽く振る。
その様子を見たナタリーは、軽く息を吐き——
「はは……、そりゃ大変だ」
ナタリーが俺の右手を握る。と同時に俺の背中に左腕を回し抱き寄せる。
「うぇ!? ナタリーさん何を」
「感謝するよ……。ありがとう」
そっと耳元で囁かれた言葉は不思議なほど俺の身体に浸透していく。俺は黙ってナタリーさんの抱擁が終わるのを待った。
暫くしてナタリーが俺を離す。
「じゃあ、リン。行こうか」
「ええ、ここがおそらく最後でしょうし、とっとと終わらせましょう!」
「はは、違いないね!」
そう意気込んで俺は部屋を隔てる扉に手をかける。
クイ
「ん? なにアルマ、どうかした?」
俺の着直したワイシャツの裾を引っ張るアルマに聞くと。
「……私も、いいですか?」
「……もしかして、アルマも一緒に来たいと?」
アルマは首を頷かせて返事をする。
「さっきのナタリーさんの話を聞いて……、私も仲間を目の前で殺されて……。私も仇を討ちたいです」
「え、う〜ん……」
「いいよ」
「うぇっ?」
悩む俺の代わりに横のナタリーが代わりに答えた。
「ちょ、なにを勝手に決めてるんですか?」
「動ける人数は多いに越したことはないよ。この部屋は最奥だけあって広いからね、リンとアタシだけじゃキツいはずだ。だからアタシからも頼むよ、その子も連れてってやってくれ」
ん〜、そんなもんか? 段々狩るのが楽になってきてるからいまいち実感湧かないんだけどそこまで言うなら……。
「分かりました。アルマも連れていきましょう」
「! ありがとうございます!」
「ただし、危なくなったらアルマも、ナタリーさんもすぐに逃げてください。折角俺が助けたんだから命を無駄にすることは絶対にしないようにお願いしますね?」
俺は二人を見る。
「ああ、アタシもまた生きてリンに礼が言いたいからね。命を粗末にゃしないよ」
「私も、リンが望むならこの命、大切に使います」
「よし。じゃあ今度こそ……」
手をかけた扉を開けて——
「行くぞ!!!」
俺の号令と共に
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