第33話
「……こいつがボスか」
「ああ……、そうだよ」
「かなり、強いな……」
俺は部屋の中央で膝をついた体勢でいるそいつを見てそう直感する。そいつの動きに最新の注意を払って注意深く一挙一動を確認していると。
「ッチ、全ク今カラオ楽シミダッテイウノニナァ……」
はーやれやれ、とかぶりを振りながら長身のゴブリンは立ち上がる。
うわ、でけぇ……。
立ち上がったゴブリンは俺の身長と比べると頭ひとつ抜き出た大きさだった。不機嫌さを隠しもせずに長身のゴブリンはこちらに顔を向ける。
「サァテ下等種族ノ諸君、我ニ何ノ用ダァ?」
「……お前がゴブリンの親玉か」
「アァアァソウダガソレガドウシタァ?」
「ここに女が一人いなかったか?」
そう聞いた途端、先ほどまでかったるそうにしていた長身のゴブリンの表情が一変する。
「女ヲ探シテルッテコトハ人間、ソノ女ハオ前ノ雌カァ!?」
長身のゴブリンは俺の返答を喜びを堪えられない様子で待っていた。それはほぼ確信はしているが念のための確認といったところだろうか。
「ああ、まぁそんなところだ」
「ヒャアッホウ!!」
「!?」
なんだこのゴブリン!?
そいつは俺の返答を聞くや否やその場で飛び上がって喜んだ。
「コレデマダ遊ベルゼェ!」
「何のことだ?」
「アン? 決マッテンダロォ?」
そう言って長身のゴブリンは自身の足元に
「コイツデマダマダ遊ベルッテコトニ決マッテンダロォ!? キヒヒッ!」
頭部を掴んで無造作に目の前に差し出されたそれは。
「は、お、あ、あー、りぃ……」
「酷い……」
「やぁ、うそ、アーリィ、なの……?」
「顔が……、なんという……!」
「……ッ」
ボロ雑巾のようになった無事な箇所がどこにも見当たらない、顔に至っては大きく腫れあがって輪郭が原形を留めていなかった。
「コイツガイイ玩具デナァ、何シテモ壊レネェンダヨ! デモ反応ガ鈍クナッテキテナァ、孕マセタ後ニマタ遊ボウト思ッテタンダケドナァ……」
その手にアーリィの頭を持ったまま身振り手振りで長身のゴブリンは感情を表現する。アーリィは抵抗する気力もないのかされるがままだ。
「オマエラヲ殺セバマタコノ玩具ノ反応ガ戻ルンダ! ッテコトハマタ玩具デ遊ベルッテコトダロ?」
長身のゴブリンが獰猛な笑みを浮かべる。
「ダカラナ?」
長身のゴブリンがアーリィを無造作に放り投げた。
「おいっ!」
俺は慌ててアーリィを受け止めに向かおうとするが。
ズンッ!!
長身のゴブリンがそちらに意識を向けようとするようにその場で地面を強く踏みしめた。
ちっ、まずはコイツか!
「どけよぉ!」
俺は自身の得物である剣を振り下ろす。胴体は斬れなくとも腕くらいなら叩っ斬れるだろう。
しかし現実は。
カァンッ!
「ハァッ?」
素手で俺の剣を受け止めた長身のゴブリンが愉悦の表情でこう言った。
「俺ヲ楽シマセタ後死ンデクレ」
ゴンッ!
「がッ!!」
突然俺の顔面に痛みが走る。衝撃の反動で俺は地面を転がった。
「なっ、よくも!」
「ンー遅イ遅イ」
「!? 消えッ」
バキャッ!
「きゃあッ!!」
脇腹に強烈な蹴りを受けたアルマが俺と同じく地面を転がる。
「くっ!」
「アン? オマエ、アノ時ノ冒険者ジャネェカ」
「はっ、覚えてるのかい! そいつは光栄だね!」
「オォ覚エテルゼェ、確カオ前ト一緒ダッタ男ガ頑丈ダッタナァ……」
長身のゴブリンが懐かしむように腕を組む。
「アイツモ面白カッタナァ……、我ニ蹴ラレテ地面ヲ跳ネテ……。百回我ノ蹴リニ耐エタラ仲間ヲ解放スルッテ言ッタラ馬鹿正直ニ信ジテ耐エテタナァ……。ソノ時オ仲間ハ我ノ同胞ト仲良クパーティ中ダッタッテ言ウノニ……」
「テメェ!!」
「オット、百回耐エタ後ニ嘘ダッテ教エタ時ノアノ表情! 最高ダッタァ……!」
「この、化物がぁぁぁぁ!!!」
ナタリーが激情に駆られて剣を振るうが。
「アァダメダメ、オ前ジャア我ノ玩具ニハナレネェカラ」
ドボォッ!!
「あ゛、が……!!」
「ナ? オ前ハ弱スギル。ヨッ、ト」
ブンッ
ズシャァッ
長身のゴブリンの拳に乗ったナタリーの身体が無造作に放られ、俺の前に落ちた。
「な、ナタリー……」
ナタリーは目蓋を下ろして身動き一つしない。僅かに胸が上下している様子から生きていることだけは伝わった。
良かった。
俺は辛うじてナタリーが生存していることに安心した。だが。
あいつ、強すぎだろ。素手で武器を止めるってなんだよあれ、チートだろ!
俺は自身の予想を遥かに超える強い長身のゴブリンに恐怖した。一体どれだけ強いのか気になった。
あ、そうだ『鑑定』すれば分かる!
早速俺は長身のゴブリンに『鑑定』を行使する。
種族:ゴブリオン
性別:♂
LV:89
HP:35297/35297
MP:6297/6297
ATK:392
DEF:293
MAT:159
MDE:140
SPD:316
LUK:15
技能
拳術LV6
超再生
指揮LV3(率いた群れに所属している存在の全体のステータスを7%上昇させる)
言語理解イクシオンLV3(主にイクシオンで使用される言語を理解し、話すことができる)
小鬼の王(自らが率いるゴブリンの群れを一段階存在進化させる)
異常な存在進化(独自の種族の格を得る)
おい。おいおいおいおいおい。
なんだよこれ、強すぎだろ。こんなのにどうやって勝てっていうんだよ。バランス崩壊しすぎだろ。
俺が『ゴブリオン』のステータスに戦慄していると。
「オ?」
いつの間にか倒れていたマリーを組み敷いていた『ゴブリオン』がぐるりとこちらを向いた。そして笑う。
「
組み敷いたマリーを放ってズンズンと『ゴブリオン』がこちらへ向かってくる。やがて倒れている俺の前に立ち止まると、その倒れた俺の顔までぐぐぐと顔を近付けてきた。
「ドウダ? オ前ハ我ヲ倒セソウカァ?」
間近に接近した『ゴブリオン』の口が動く。
「……はっ、無理だな」
「キッヒッヒ、ソウダロウソウダロウ!」
『ゴブリオン』は優越感に浸るように笑っていた。
「ヒッヒッヒッヒッヒィ! ナラ」
ガンッ!
「ごッ!」
『ゴブリオン』の拳が頬にめり込んだ。地面に寝そべっている俺にはその衝撃を飛んで逃れることもできない。
「下等種族ラシク恐怖ニ怯エロ、ナァ!!」
ガッ、ゴッ、ゴッ、バキッ、ガンッ!
「ぐ、が、あ゛ごっ、あッ」
『ゴブリオン』の怒濤の攻撃が嵐のように俺の身体を襲う。
凄まじい攻撃だが日本にいた頃と比べれば遥かに俺の痛みに対する耐性が上がっているようで、痛むが恐怖を覚えるほどではない。それが『ゴブリオン』には面白くなかったのだろう。
「ナ、ンダッ、ソノ、顔ハァ!!」
ゴスッ、ドスッ、ガスッ、ドフッ!
「うっ、ぼぁッ、ごぇッ、うぇッ」
立ち上がった『ゴブリオン』が力任せに俺の身体を打ちのめす。蹴られ、殴られ、踏まれ、耐えられなかった俺は遂に胃の中のものを吐いた。
「ぐっ、あ、や、やめてくれ……」
「下等種族ガァ!! イツマデ上ニイルツモリダァ!?」
ラッシュがさらに苛烈さを増す。
「がっ、う、げぇッ、や、やめてください……!」
俺が懇願すると、『ゴブリオン』からの攻撃が止んだ。
「ソウソウ、ソレガ下等種族ガ我ノ前デトルベキ態度ダ」
『ゴブリオン』は満足げに頷く。そしてアーリィの倒れている場所へと歩き出す。
「サァ、ソロソロ玩具ニモ構ッテヤンナイトナァ」
『ゴブリオン』め、まさかまたアーリィを殴るのか!?
咄嗟に立ち上がろうとするが、うまく身体に信号が伝達しないようで立ち上がれない。
くそっ、身体が動かねぇ。これ以上殴られたらアーリィが死んじまう!
何とか頑張って立ち上がろうとしているうちに『ゴブリオン』がアーリィの側に到着する。
「オラ、玩具股開ケ」
「う……」
『ゴブリオン』が乱暴にアーリィの足を掴み、股を開かせた。
まずい、まずいまずいまずい! は、や、く動け俺!!
必死の喝を入れることでようやく俺は立ち上がる。だが『ゴブリオン』は今にも行為を始めようとしていた。
「待タセタナァ。サッ、始メルゾォ?」
そう言って『ゴブリオン』は嗜虐の表情を浮かべた。
その瞬間俺は『ゴブリオン』の意識をこちらに向けるために声を上げた。
「待てやぁこのクソゴブリンがぁ!!」
「……オイ」
底冷えのするような憎悪を纏わせた声が聞こえる。発しているのは勿論『ゴブリオン』だ。
「下等種族ガァ……」
『ゴブリオン』が幽鬼のような足取りで近付いてくる。俺は近くにあった剣を拾おうと——
「ナニシテンダァ!!」
『ゴブリオン』が視界から消え、そして。
ガンッ!
「ぐぁッ!」
「オイ我ノ前デ寝ルンジャネェ!!」
ガッ、ドゴッ、バキッ、ゴンッ、ガッ、ゴスッ
「う、あ、が、げッ、あッ、ぐぅッ」
目に見えないほどの連打が次々と俺の身体に刺さる。一撃ごとが非常に重く、耐えるのをやめたら瞬く間に意識を持っていかれそうだ。
「コノッ、程度ノ、下等種族ガッ、俺ニ、逆ラウンジャ、ネェッ!!」
拳打の嵐は一向に止む気配はない。何度自分の骨の潰れる音を聞いただろうか。いい加減に狂ってしまいそうだ。
段々と意識が肉体にしがみつくのを諦めそうになっていると、声が聞こえてくる。
「もう、やめて……」
「アン?」
ピタッと『ゴブリオン』の拳が止まる。その隙に俺は声の元を探した。
「もう、いいから……、私を、犯していいから……。リンをこれ以上、攻撃しないで……」
声の主はアーリィだった。腫れた顔の口の部分が微かに動いている。
「……ホォ〜? ホォホォイインダナ?」
「もう、いいの……」
「ンジャ遠慮ナク。オイ、イイトコロダカラナ、オマエノ雌ガ我ニ抱カレル所ヲ見セテヤロウ!」
そう言って『ゴブリオン』は無理やり俺をアーリィの姿がよく見えるところに座らせた。
しかし座らされたところで、限界が来ていた俺の身体は休息を求め始める。
「オイ、ナニシテンダァ、シッカリミテロ!」
ゴッ!
「うぐっ……」
『ゴブリオン』としては痛みで俺を覚醒させるつもりだったのだろう。しかしすでに限界を迎えていた俺の身体はその一撃が仇となったようだ。
「う……う……」
段々と薄れる視界には面倒臭そうな表情で頭を掻く『ゴブリオン』が映った。残り少ない意識で眼球を動かすとその傍らには涙を流しつつ、どこか安心したような笑みを浮かべるアーリィの姿があった。
その様子は、見せたくないものを見せずに済んだ。そういう安堵だったのだろうか。
ああ、だめ……、頭が、うご、か——
遂に俺の意識は闇に溶けた。
「……う、んん……、あ、あれ?」
いやにはっきりと意識が覚醒した。そんな俺の周りには真っ白な空間が広がっている。
ここは、まさか天国か?
「まぁ、それに近いかな」
「あ?」
誰もいないはずの空間に突然俺以外の声が響いた。
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