第29話

 「おおぉぉぉおおおぉぉぉぉ!!」


 俺は雄叫びを上げて『ゴブリンソルジャー』に斬りかかる。かかられた『ゴブリンソルジャー』は自身の得物である粗末な剣で抵抗をしようとするが、俺との実力差にそれはなんの意味も成さない。


 ズバッ!


 「ギッ、ギャアッ!!」


 俺の剣は容易く『ゴブリンソルジャー』の胸を斬り裂き・血液を噴出させた。


 「はあっ、はぁッ、はぁッ……!」


 一体どれだけいるんだ……。

 現在、俺は六つ目、いや七つ目くらいだろうか、の部屋の制圧を完了させた。後どれだけいるのかは分からないが、大体もうゴブリン共を150は殺している、筈だ。なのにいつまで経っても終わりが見えない。

 耳を澄ませばどこかで聞いたような嬌声と悲鳴が未だに聞こえてくる。そして声のある場所へ赴けばやはり女が犯されている場面に遭遇するのだ。正直キリがない。

 そしてさらに俺にとって面倒なことが二つある。それがアーリィが見つからないことと、いくらなんでも攫われたであろう女の数が多すぎることだ。

 リラのいた村には見かけたことのある女の数は10人ほどだった。俺が見たこともあったこともない女の数があるとすればせいぜい増えても5人程度だろう。

 なのにだ。現在このゴブリンのねぐらにいる女の数はどの部屋にも10人前後が存在していた。一部屋10人と仮定しても70人もいる。しかも今も聞こえてくる声の主を含めるとするならプラス約10人で80人になる。いくらなんでも多すぎではないだろうか。

 当初俺は村の人々とアーリィの救出に出てきた筈なのに、これでは予想と違う。

 ……って、嘆いてもしょうがないか。とりあえずこのついてきている女たちをどうにかしよう。


 「あー、ちょっといいですか?」

 「なんでしょうか救世主様!」


 汚れた身体を引きずるようについてきて、まるでチワワのような目でこちらを見る女たち。

 直接返事をした女は見た目だけで判断すればじゅう、4、5歳くらいだろうか。正直全員が全員目のやりどころに困る格好をしているので、返事を受け取った俺はどもりながら言葉を続けた。


 「私は今私にとって大切な人を助けるためにここにいます。皆さんはここから一刻も早く逃げてしまいたいと思っているのでしょうが、私はまだやるべきことがあるので一緒にはいけません。しかし私も流石に無防備な貴方たちをここで放置したくはありません。ですからこの中で戦闘のできる方はいらっしゃいませんか?」


 そう俺が呼びかけると、集団の中からぽつぽつと手が挙がる。勿論手を挙げるとき局部が見えないようにしっかりと隠しながら手をひっそりと挙げている。


 「はい! 私戦えます!」


 あれ、違うわ。

 集団の中に1人だけ局部を隠さずに元気よく手を挙げた痴女がいた。


 「えーと、とりあえず戦闘の出来る人集まってもらえる?」


 そう呼び掛けると手を挙げた数人は素直に前に出てきてくれた。

 ああやばい。全裸の女体が近づいてくるのはなんだ、すごく……いいな。……って違う違う何を考えているんだ俺の馬鹿野郎!

 俺は自身を激しく叱咤してから口を開いた。


 「えー、と。とりあえず順番に名前を教えてもらえる?」


 名前がわからないことには指示の出しようもないからな。それにどんな状況だろうが自己紹介は大事だ。


 「は、はい。私の名前はリーリエと言います」


 まずは青みがかった黒髪の長髪を揺らした女性が大きな乳房を手で隠しながら自己紹介をした。


 「わ、たしは、ぇ、エリーゼと、い、いいます……」


 未だ心にとても大きな深い傷が残っているのであろう、俺の身長より少し低めのライトグリーンの三つ編みをした体型はまぁ多分平均的な少女がか細い声で応える。


 「アタシは冒険者のアルマです」


 冒険者を名乗ったこの少女は肩まで伸ばした黒髪が、本来は後ろ髪を束ねていたであろう様を物語っていた。身長は俺と同じほどで、胸はエリーゼよりは、大きめ、なのか?


 「はい、救世主様! 私はノエルって言います! 剣なら使えますよ!」


 なんだこの子は。え? ここにいる人たちはあろうことかゴブリン共に人たちだろ? ちょっとこの子のテンション異常じゃない?


 俺は金髪のショートウルフカットの少女を怪訝な顔で見た。

 その俺の様子をどう捉えたのだろうか。


 「あれ、救世主様どうしました? 私の顔に何かついてます?」

 「いや、そういうことじゃないけど」


 しかし俺の言葉などお構いなしに顔をゴシゴシと擦り始めた。少しの間顔をこするとずいと俺の目の前に顔を差し出す。


 「救世主様どうですか! 取れましたか?」

 「ん、んん〜……」


 なんだ、なんて言えばいいんだ。君は馬鹿か? とでも聞けばいいのか?

 どうしたもんか、とノエルの隠す気が一切見られない裸体から目を背けるために上を見て思案するフリをする。


 「もう、救世主様教えてくださいよー!どこかおかし——」


 と、ノエルの様子が一変する。具体的には自身の裸体を見て硬直している。そして硬直したノエルは急速に顔を赤面させ。


 「きゃっ! 救世主様、見ないでください〜!!」


 そう言ってノエルは身体を縮こまらせて小さくなった。

 すごい今更な反応をするなぁ……。ま、まぁいいや。

 それよりもこの人たちに指示しなければ。


 「とりあえず、まずリーリエさんとアルマさんはそこらに転がってるゴブリンの武器を使って女の人たちの護衛をしてください。エリーゼさんも、一緒に護衛してもらってもいいですか?」


 俺は非常に危うそうな雰囲気のエリーゼを気遣って発言する。エリーゼはこくんと頷いた。


 「だ、だい、じょうぶです……。や、やりま、す……」


 ……うーん、大丈夫かぁ? ちょっと心配だけど……。


 「エリーゼさん、ありがとうよろしくね」

 「は、はぃ……」


 そう言ってエリーゼは武器を拾いに行った。それを見て他の人も武器を拾いに行く。


 「はわわわ! 私も取りに行かないと!」


 ノエルも同様に武器を拾いに行く。

 ん?


 「アルマさんは武器は?」


 アルマは一人だけその場に立ち尽くし、こちらに配慮してくれているのか俺に背中を向けて待機していた。

 そんなアルマだが、俺の呼びかけに応えるために少しだけこちらに身体を捻って顔を向けた。


 「ああ、私の武器は己の身体なので。他の武器は特にいりません」

 「あ、そうなんだ」


 己の身体が武器ってことは武闘家なのかな。


 「それよりも……」

 「どうしたの?」

 「いえ、助けていただいたお礼をしたいと思ったのですが、そういえばそちらのお名前はお伺いしてないなと思いまして」

 「あ、ああ〜確かに! えっと私の名前は宮間燐です。ん? リン・ミヤマかな? まぁリンて呼んでくれればいいですよ」

 「分かりました。ではリンさん、この度は助けていただき本当に、ありがとうございました」


 そう言って深々とアルマが頭を下げると同時にアルマの双丘が抑えた腕の間からちらりと——

 いかん!

 くるりと大げさに後ろを向いてなんとか視線を逸らす。


 「あ、いやっ別に大したことじゃないよ、うん! ……でも決して間に合ったとは言えないからさ。そこはごめん」


 もし、もっと早くここにこられていたらゴブリン共に暴行される前に救出できたんじゃないだろうか。そう思って出た言葉にアルマは律儀に答えてくれた。


 「いえ、それでも助けていただいたことは事実ですから。……恐らくあのままあと数日もゴブリンの餌食になっていたら私は、私は……!」


 アルマは自身の肩を抱き、俯いた。その様子を見て俺は察した。

 そうだよ、あんな目にあってて平気なわけがないんだ。もし俺がここに来なかったらあとどれだけの時間ここでゴブリン共に弄ばれることになったのか。……想像したくないな。


 「そっか。それなら、お礼の言葉は素直に受け取っておくよ」

 「……ええ。そうしていただけると嬉しいです」


 そう言ってアルマはギュッときつく目を閉じていた。未だに肩から手が離れていない様子から、俺は助けが来なかった時の想像をしてしまったのだと思った。

 俺はふと思いついて、自分の着ていた上着を脱いでアルマに羽織らせた。


 「え……、これは」

 「人数分は無いけどさ、とりあえずそれ着ておいてよ。は、裸よりは流石にあったかいでしょ?」


 アルマは俺の羽織らせた上着の感触を確かめる。俺としては何かに包まれている感覚で少しは安心して欲しいと思って上着をかけたのだが、果たしてどうだろうか。


 「ええ……、温かい、です……」


 そう言ってアルマは内側から上着をギュッと握りしめポロポロと涙を零した。

 うん、キモがられたりしなくてマジ良かった!

 俺はほっと胸を撫で下ろす。と、そんな一安心した俺の耳にノエルの声が届く。


 「救世主さま〜! 持ってきましたよぉ!」


 ノエルがブンブンとゴブリンの剣を頭上で振りながら駆け寄ってきた。後ろからはリーリエとエリーゼも二人とも小走りで寄ってきた。


 「あれ、リーリエさんとエリーゼは魔法使い、であってるかな?」


 ノエルと違い、ゴブリンの杖を持ってきていた二人に尋ねた。


 「はい、そうです」


 リーリエさんが答える。


 「あ……、は、はい。何か、い、いけなかった、でしょうか……?」

 「ん? いやいやそんなことない! 私が魔法を使えないから心強いなぁって!」

 「そんな、大した実力はないん、ですけど……」

 「いやいや大助かりです! さて、それじゃリーリエさん、エリーゼさん、ノエル、アルマさんの指示を聞いて今ここにいる皆さんは気をつけて脱出してくださいね」


 元々そういう予定だったので、そう言って脱出を促すが……、動かない。

 あれー?


 「え、皆さんどうしました? あなた方が脱出するために行動してもらわないと私も動けないんですけど……」


 俺はそう呼びかけるが、女性の皆さんは心配で不安げな視線をこちらに投げかけてくる。いや、不安げなというよりも縋り付くような、と言った方が正しいだろう。


 「あの〜、皆さん?」


 と、俺がもう一度口を開こうとしたところでアルマが口を開いた。


 「……このままリンさんについていってはいけませんか?」

 「え? そんなとんでもない、危険ですよ!」


 俺はそう断ろうとするが。


 「救世主様、私もついていきたいです!」


 と、ノエルもアルマと同じことを言う。


 「え、いやだから」


 ダメだって。そう続けようとした俺の言葉をさらに遮られる。


 「わ! 私も、つ、ついていきたいですっ……!」

 「エリーゼまで、どうして……」


 最後にリーリエが俺の疑問に答えてくれる。


 「みんな不安なんです。私たちだけで無事に安全な場所までたどり着けるのか。私を含めた四人も不安なんです。事実私たちも戦えるのにこうしてゴブリン達に攫われているのですから……」

 「…………」


 そうか。言われてみれば確かにそのとおりだ。いくら俺が大丈夫だと言ったって彼女たち全員にはもうトラウマと言うべき心の傷が存在している。少しでもそのトラウマを再び経験する可能性がある以上絶対に安心できる手段以外は取りたくないし、取れないんだ。


 「……なら、みんな俺についてくる、ってことでいいのかい?」


 彼女たち全員を見渡して確認する。その確認に全員が頷いた。

 ……ふぅー。


 「分かった。ただ、もしまたゴブリン共に襲われそうになったらもちろん助けるけどこの人数だ。全員分の面倒は見切れない可能性があることはみんな覚えておいてください。それと少しでも助けに入る時間を稼ぐために、不慣れでもなんでも全員武器を拾って持っておいて下さい。分かりましたか?」


 再び確認をする。すると武器を持っていなかった人たちは近くに落ちている武器を拾い始めた。


 まもなくして全員が武器を持ったのを確認した。


 「よし。じゃあ、行きましょう! そして必ずみんなで帰りましょう!」

 「「「はい!!!」」」


 こうして全裸の女性たちを従えた俺は次の部屋へと救出に向かい歩き始めた。

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