第28話

 ゴブリンガードを倒したあと、俺はゴブリンのねぐらを壁に揺らめく小さな火を頼りにしながらゆっくりと進んでいた。

 ゴブリン共のねぐらは想像以上に広く展開されているようで、長い通路がしばらく続く。妙にくねくねとした道になっているので少し歩きづらい。走って逃げる時などにはあまり早く走ると壁に突っ込んでしまうかもしれない、と思ってしまうほどだ。


 「いつまで続くんだこの道は……」


 小声で愚痴を漏らす。と、ここで変化があった。


 「…ャ…!」

 「ギ……ャッ」

 「……ん?」


 何か声が聞こえる。


 「ギ…ギャ……!」

 「…ャハ……!」


 これは……、おそらくゴブリン共の声、だな。ああ、そうだこれはゴブリンの声だ。

 その声は騒がしく、微かに俺のいる通路を震わせる。


 「っち、今から殺されるって言うのに呑気なもんだな、アイツらは」


 誰が殺すかって? もちろん俺だ。そもそもゴブリン共の本拠地に入った時点でゴブリン共を全滅、もしくは壊滅くらいはさせないとまず抜け出すことはできないだろうし、流石にそのくらいはもう覚悟している。


 ゴブリン共の騒ぎ声が聞こえてきた辺りから段々道が枝分かれをし始めた。なので俺はそのゴブリン共の声を頼りに前へ前へ進んでいった。


 「ん……?」


 何か、何かゴブリンの喧騒の中にが混じっていたような……。

 少し立ち止まって耳を澄ませる。


 「「ゲヒャヒャヒャッ」」

 「ギャア!」

 「ギャギャギャッ!」


 ああもううるせぇなぁ……。

 ここまで来ると流石にゴブリン共の声が本当にやかましい。奴らの中に潜む声を探そうとしてもゴブリン共の喧騒にかき消されてしまう。


 「もっと近づいてみるか……」


 そもそもどっちみちいつかは突っ込まなきゃだし、あんまり慎重にしていても仕方ないか。

 そう思い、歩みを進める。


 「ん!」


 これは……!

 歩みを止めて再び耳を澄ませた。


 「ギギギ!」

 「ギャッギャ!」

 「うッ、あッ」

 「ギィッギェイ」

 「ヒッ、ヒッ、あぁッ」

 「やめてぇ、もうやめッ、いやぁッ」

 「ギャァ、ギャギャッ!」


 もうだいぶ接近していたのだろう。喧しく騒ぐゴブリン共の声の中に埋もれていた声の正体。一度認識してしまえばもはや決して逃すことのない、いや出来ないそれは女の声だった。

 全身に力が篭るのを感じながら、薄暗い通路を進んでいく。どうやってゴブリン共を殺してやろうか考えながら。

 あ、そうだ。


 「『薬品生成』」


 そう唱えると目の前に見知ったウィンドウが現れる。その現れたウィンドウに村人に準備してもらったもので何か武器に使えるものが生成できないか探した。


 「ん〜、そんな都合良くはないか……」


 爆弾とかあったら良かったんだけどなー、まとめてぶっ殺せるし。

 しかし、ないものねだりをしてもしょうがない。


 「あーゴブリン共から都合よく武器になりそうな素材とか落ちたりしないかね?」


 まぁ、そんな都合のいいことが起こらないことくらい知ってるけどさ。

 そんな事を口にした瞬間。


 [『素材回収』の設定をオートに切り替えます]

 「え?」

 [『素材回収』のオートを解除するまで戦闘時に発生する素材を自動で回収します]

 「え? え?」


 ちょ、どうなってんの? 自動化? なにそれどゆこと? ちょっと、おーい! 説明してくれー!

 そんな風に頭の中で叫んだ。すると。


 [主に手を触れて回収を選択する行為を省略し、素材を獲得します]


 は、つまりなんだ、今までは倒したゴブリン共に手を触れて念じていれば何かしらの素材が回収できたってことなのか?


 「うぁマジかよ……」


 ってことは今までかなりの数無駄にしてたってことじゃん! あーマジかぁ!

 頭を抱えて悶えるが、過ぎた事を悔やんでも仕方ない。それよりも今は救出作戦だ。冷静を保とうとしている俺にももう限界がきている。

 それにこの戦闘から自動で素材が手に入るらしいし、とっととやっちまおう。


 俺は足早に通路を抜け、声のする部屋の前まで辿り着いた。あとはこの目の前の扉を開けばご対面だ。

 しかしその前に具体的にどの辺りにゴブリン共がいるかを確認したい。そう考える俺の前の扉は荒く削られて適当に整えられたものだからか、所々にある隙間から部屋の光が漏れている。ついでに聞いていて気分の悪くなる女たちの悲痛な嬌声がより強調されて聞こえてくるようだった。

 俺は空いている扉の隙間から中の様子を確認する。


 「…………」

 「あ゛あ゛ッ、も゛うや゛めてぇぇえッ」

 「ギイッヒッヒィ!」

 「ギャギャギャッ! ギィッ、ギィッ!」

 「……うッ、うッ、うッ……」

 「ギャハァッ! ギェイッ!」

 「あぁッ、あぶぉッ、いだいッだだがないでぇぇぇ!!」


 息が止まった。これは本当に現実なのか? 正直舐めていた。俺の目に映るその光景はまるで地獄の一幕を垣間見たようなそんな光景だった。

 嬉々として女を殴る鬼がいる。泣き叫ぶ女を犯す鬼がいる。俺の、目の前に。


 「本物の鬼がいる」


 数は、1人の女に大体3匹位が集っている。女が、ざっと数えて10人くらいか。なら30匹か。余裕だな。


 「全て、殺す。絶対に」


 そして俺は扉を開けた。


 扉を開けて俺は一番近くにいた3匹に瞬く間に肉薄し、抜いた剣を3度振るう。


 ザンッ

 ズバッ

 スパンッ!


 「ギャッ!」

 「ギィッ!?」

 「グギャァ!?」


 [ゴブリンの小さな牙を獲得しました]

 [ゴブリンの小さな爪を獲得しました]

 [ゴブリンの小さな爪を獲得しました]


 座って満足そうに腰を下ろしていたゴブリンの首を飛ばし驚くもう1匹のゴブリンの胸を叩き斬り、最後にお楽しみ中のクソゴブリンを背後から斬り伏せた。


 「……え、なに?」


 事態の把握できていない女の子には目もくれず俺は次の獲物の下へ走る。


 「ゲッ!?」


 ザンッ!


 「ゲァッ」


 [ゴブリンの牙を獲得しました]


 こちらに気付いたゴブリンを頭から右脇腹にかけて大きく切り裂いて1匹が血の海に沈む。


 「ギッ、ギギィ!」


 ズバァッ!


 「どこいくんだよ」


 [ゴブリンの血を獲得しました]


 背を向けて逃げようとしたゴブリンの背中を袈裟斬りにする。次の1匹に目を向けると、どうやらそいつは『ゴブリンソルジャー』のようで剣を構えていた。だが——


 「関係ねぇ」


 シュッ

 キンッ


 俺の放った一閃が『ゴブリンソルジャー』の剣を斬った。『ゴブリンソルジャー』が斬られた剣を見て、ポトリと落ちた剣先を凝視する。俺はもう一度剣を振るった。


 シュッ

 キィンッ


 斬られた剣がまた落ちた。『ゴブリンソルジャー』は衝撃に揺れた剣をもう一度見て、再び落ちた斬られた剣を凝視した。


 「ギッ……、ギャァ!!」


 それは恐怖を感じたからなのか。剣の形を辛うじて為していた剣を闇雲に振り出した。しかしそんなもの当たるはずもなく。


 「ギィッ、ギィッ、ギィッ!」

 「…………」


 腰がひけているので俺が避ける必要もない。少しの間俺のいない空間に剣を振るう『ゴブリンソルジャー』を見ていると。


 パァァァ……


 「ギィッ!?」


 [部位破壊報酬、ゴブリンの折れた剣を獲得しました]


 ふ〜ん。


 『ゴブリンソルジャー』は剣を握っていた手を慌てたように見つめている。

 まぁそりゃ急に自分の武器が消えたら驚くよなぁ。さてと。


 「もう終わりか?」


 そう言って目の前に剣を掲げて刃に視線を向けたあと、次いで視線を『ゴブリンソルジャー』に送った。そう、こいつでお前を殺すと言わんばかりに冷たい目を向けて。


 「ギッ、ギィッ、ギギャアァ!!」


 そいつは悲鳴を上げて後方へと逃げ出した。もちろん俺がそんな無防備な背中を見逃すはずもなく。


 ズンッッ


 「グ……ギャ、ア……」


 [ゴブリンの牙を獲得しました]


 背後から心臓へと剣で貫かれたゴブリンは刹那の時を経て物言わぬ骸に成り果てた。

 剣を抜いて、骸を乱暴に脇へと退ける。そしてその頃には俺に対する包囲網が完成していた。

 そいつらは警戒心を露わにしながら臨戦態勢を整えていた。円形の包囲網をジリジリと狭めるゴブリン共を見て俺は不敵に笑ってやった。


 「こいよ」


 俺の言葉を聞いてピクリと一体のゴブリンが反応をする。そして一拍おいて——


 「ギャアアァァァァ!!」

 「「「ギャアァアァァ!!!」」」


 号令のような掛け声の後、一斉に近接装備のゴブリン共が迫る。俺は剣を片手で持ち、野球のバットを構えるように体を捻り、待ち構える。

 ここだ!


 「おおぉぉぉ!!!」


 大きく一歩を踏み出した俺は捻っていた身体を腰の回転を活かして剣を振りながら大きな円を描いて回る。


 ドドドドゾゾゾゾドッゾゾザザンッ、ザザッザザザザガリッザザザザザシュッ!!


 「「「ギャッ、(ギィッ)、グェッ、(ギャァッ)!!!」」」


 俗にいう回転斬りによって円を形成したゴブリン共が遠心力の威力を追加した斬撃を受けて吹き飛ぶ。


 [ゴブリンの小さな牙を獲得しました]

 [ゴブリンの小さな牙を獲得しました]

 [ゴブリンの小さな爪を獲得しました]

 [ゴブリンの角を獲得しました]

 [ゴブリンの牙を獲得しました]

 [ゴブリンの血を獲得しました]

 [ゴブリンの小さな牙を獲得しました]

 [ゴブリンの小さな牙を獲得しました]

 [ゴブリンの爪を獲得しました]

 [ゴブリンの角を獲得しました]

 [ゴブリンの小さな爪を獲得しました]

 [ゴブリンの血を獲得しました]

 [ゴブリンの首飾りを獲得しました]


 大量のログが頭の中に流れた。

 これは便利だな。ログが流れたら相手が死んだかどうか分かるみたいだし。

 俺は剣に付着した血を振り払う。

 ゴブリンのリーダー……ていうかこいつ身体青いじゃん。ってことはこいつは『ホブゴブリン』ってやつか。『鑑定』するが、『ホブゴブリン』で間違いないみたいだな。




種族:ホブゴブリンマジシャン

 性別:♂

 LV:27

 HP:94/94

 MP:121/121

 ATK:47

 DEF:20

 MAT:135

 MDE:107

 SPD:53

 LUK:9

 技能:炎魔法LV2

   :魔力効率LV1




 多少ステータスも高いみたいだが、このくらいならやれる。だがその前に。


 ボッボッビュッギュオッバシャアッボッボッビュッシュンッ

 目を向けた瞬間にゴブリン共から数発の魔法が飛んできた。だが直線的な軌道ばかりの魔法なので、今の俺なら苦労することなく回避することができた。

 様々な部位を駆使して全ての魔法を回避した俺は高速でゴブリン共に接近し、まずはと剣の届くゴブリンの首を飛ばす。


 シュッ


 [ゴブリンの皮を獲得しました]


 口を開く間も与えずに最初のゴブリンを殺したあと、端から次々とゴブリン共を屠っていく。

 続けて3匹斬り捨てた頃、嫌な気配を感じた。


 「おぉッ!」


 身体能力をフルに使ってその場から飛び退いた。


 ボオオォォオオオォォォォッ!!


 俺がさっきまでいた場所から炎が吹き出していた。その威力は見た目通りに凶悪で、俺の近くにいたゴブリン2匹がその炎に巻き込まれていた。


 「グギャアァァアアアァァァッ!!」

 「ギヤアアァァァアアアアァァァァッ!!」


 身体をよじって必死に身体についた火を消そうと炎の中でゴブリンが踊り狂っていた。そうしてようやく炎から逃げ出せた時は全身は火傷で爛れ、その命は尽きようとしていた。


 ドッ、ドッ


 [ゴブリンの小さな骨を獲得しました]

 [ゴブリンの骨を獲得しました]


 俺は目の前に転がり出てきたその2匹にとどめを刺す。それを見てなぜかゴブリン共が慄いていた。


 「何を驚いてるんだ、当然だろ。ほら」


 そういうなり俺はゴブリン共に接近し、


 ズバンッ!


 剣を叩きつけ、もう1匹屠る。


 [ゴブリンの極小魔石を獲得しました]


 これで残りは4匹だ。

 するとなす術もなく次々と仲間が屠られたゴブリンが遂に逃げ出しはじめた。


 「ギィッ、ギャァッ!」


 逃げる手下の後ろ姿を見ながら声を張り上げる『ホブゴブリン』。

 確かに逃げる手下を引き止めるのも大事だが、しかし今はそれよりも大事なことがあるだろうに。なぁ?


 「どこ見てんだよ」


 こちらを振り向こうとした『ホブゴブリン』の首を一閃。するとそいつの首は何の抵抗もなくポトリと地面に落ちた。


 [ホブゴブリンの魔角を獲得しました]


 ログで確認するまでもなく、『ホブゴブリン』の死を見送ったあと。すぐさま俺より鈍足の3匹の後を追う。

 うん?

 ゴブリン共を追いかけているうちに気がついた。


 「あっちからも声がする……」


 察するに、そうか。

 どうやらさっきの部屋と同様の光景が今向かっている部屋にも広がっているらしい。あれで終わったと思っていたのに、まさかまだあるとは。

 まぁ、とりあえず。


 「テメェらは死んどこうか、な!」


 バキィッ!


 「グェッ」

 「ギャッ」

 「ブギッ」


 3匹並んで仲良く走っていたので、端から薙ぎ払うように横から蹴りをいれて力任せに薙ぎ倒した。

 尻餅をついて怯えるように後ずさるそいつらに対して俺は言った。


 「もう十分楽しんだよな? 満足だよな? じゃあ、死のうか」


 俺の言葉が伝わったのだろうか、右端の巻き込まれた1匹が背後を向いて這いながら逃げ出そうとする。もちろん俺は——


 ズバァッ!!


 「ガッ」

 「逃がさない」


 [ゴブリンの皮を獲得しました]


 そいつは背中から血を吹き出しながら地に伏せる。

 俺は視線をゆっくりと動かした。次はお前の番だぞ、と言い聞かせるように。

 こうすると面白いように——


 「ギヒィッ!」

 「逃げてくれるんだよなぁ」


 同じように逃げ出そうとしたゴブリンの背中を思い切り踏み潰す。


 グシャボキィッ!!


 「ギギギギギギガガッ!!」


 足元のゴブリンが苦しそうに悶える。普通ならここで良心の呵責とかあるんだろうが、あの光景を見た後じゃ。


 グリィッ


 「!? アガガギャギガゴッ」


 さらに強く踏みつけると、ゴブリンは言葉にならない悲鳴を上げた。

 あーあーあーあーったく。


 「うるせぇよ」


 ズッ


 「カッ……」


 [ゴブリンの角を獲得しました]


 踏みつけながらゴブリンの首元に剣を突き入れる。それはあっさりとゴブリンの肉体に吸い込まれるように入っていき、地面で止まった時にはゴブリンは叫ばなくなっていた。

 剣を抜いて、ゆっくりと最後のゴブリンに向き直る。


 「最後はお前の番だが……、どうする?」


 ニコニコと俺はゴブリンに笑顔を向けた。それを見てゴブリンはびくりと身を震わせると忙しなく視線を動かし、何をするかと思えば。


 「……それは、何だ! 命乞いか! ほおぉう!?」


 そっかー命乞いかぁ。それならこうしよう。


 「じゃーそうだな、お前が今まで回数だけ、俺もお前を見逃してやろう! 言ってる意味、分かるよな?」


 またニンマリと笑みを浮かべながら告げた言葉に、ゴブリンは脂汗をかいていた。その様子から察するに、まぁ悲しいことに希望の数字ではないらしいな。

 ダラダラと脂汗を流したゴブリンが俯く。様子を伺っていると、牙を剥き出しこちらに明確な敵意を浴びせながら突っ込んできた。十中八九ヤケだろう。

 その様子を見て俺は嘆息しながら剣を上げる。


 「そんなんで勝てるわけねーだろ」


 俺は剣を振るう、が。


 ブンッ


 「ギヒィッ!」


 俺の剣を躱し、してやったり! という顔でゴブリンが手を前に出す。


 「!? しまった!


 魔法だ!

 と、気がついた時にはもう遅い、俺の顔面に火球が迫り——


 ヒョイ


 軽く首を傾け、火球を避けた。


 「ギェッ!?」


 驚き目を見開くゴブリン。そんなゴブリンの目の前に剣を肩にとんと軽く乗せた俺が立つ。

 まぁ、あんな見え見えの不意打ち気が付かないほうがバカだよな。後ろに手を回して明らかに不自然だし、至るところから杖も見えてるし、何より至近距離の魔法は一度経験しているからな。予想ぐらいするわ。


 「んじゃ、まぁ、覚悟はいいか?」


 落ち着いた声色で語りかける。それを聞いたゴブリンは何かを身振り手振りでなんとか伝えようとしていたが。


 「却下」


 聞く耳を持つつもりがない俺はそいつを即座に斬り捨てた。


 [ゴブリンの取扱説明書を獲得しました]


 ……ん?

 アイテムBOXを出現させて中身を確認する。


 『ゴブリンの取扱説明書』(激レア):ゴブリンの生態の全てが記されている本。使用するとゴブリンの使役権を得ることができる。


 「なんじゃこりゃ」


 なんかすごく厄介そうな本だし、考えるのはちょっと保留にしよう。こんなのなんかよりも気を掛けなきゃいけないことがまだあるんだから。

 俺はアイテムBOXをしまい、次の部屋を目指した。

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