第27話

 〜アーリィ〜




 「……ぁ……、…ゃぁ…!」

 「ぁ…、ぁ…」

 「ぅぁ……、ぁぁ……!」


 なんだろう、辺りがすごく騒がしい。

 私は周囲から微かに聞こえてくる喧騒で目を覚ます。


 「うっ……、なに?」


 いたっ、ったた……。


 「なに、これ?」


 きゅうと締め付けられるような感触を感じて、手首へと顔を向けた。


 「縄?」


 と、足首にも同じ感触を感じた。そちらを見てみるとそこにも手首に巻かれているような縄が巻かれていた。


 「剣は……」


 くるりと辺りを見渡す。ゴツゴツとした岩壁にポツポツと灯りが掲げられている。そして一部に無骨な扉を一つ見つけた。そしてその側には見覚えのある剣が立て掛けられているのを見つける。私の剣だ。御丁寧に私のマジックポーチもそこに置いてある。


 「グギャギャギャギャ!!」

 「ゲキキキキキッ!!」


 !?

 唐突に辺りの音が鮮明に聞こえるようになった。

 この声は……、ゴブリン!?


 「いやぁ! あぁッ、アッ!」

 「うッ、ふぐぅッ、ふぅッ!」

 「ああぁぁぁいやああぁぁぁああ離してえぇぇぇぇムグゥッ!!」

 「う、そこれ、って……」


 ああ、理解した。ここはゴブリンの住処だ。そう、私はあの長身のゴブリンに負けておそらく攫われたんだ。

 なぜ、これほどまでに響き渡るゴブリンたちの不快な声が聞こえなかったのか。なぜ女たちの悲鳴のような助けを懇願するような痛ましい嬌声が聞こえなかったのか。

 認めたくなかったからだ。私の身に起こり得るであろう悲劇に。耐えられなかったのだ、私の心が。


 「……いや。いやいやいやいや!」


 まだ、まだ私は違う!

 幸か不幸か私の身には、武器になるようなものが取り上げられていること以外は手と足を拘束されていること以外なにもされてない! なら、それなら!


 「まだなんとかなるはずよ……、おち、落ち着きなさい私!」


 私の剣があれば、この縄を切って脱出できる!

 そうと決めたら後は行動を起こすだけだ。

 聞くに耐えられない声が途切れることなく私の心に襲いかかる。私は不自由な手足を這うように動かして懸命に剣の元を目指した。


 「う、ふっ……! もう、すこし……ぃ!」


 パシッ


 「やった!」


 剣に手が届いたことに思わず声が出る。

 しょうがないわ、だって心の底からほっとしたんだもの!


 私はその後その剣でなんとか手を拘束していた縄を斬り、その後サクッと足の縄も断ち切って身体の自由を手に入れることに成功した。

 手と足を軽く動かして、違和感無く動作することを確認した。

 よし、大丈夫。

 後はこの場所から脱出するだけだ。しかし、そう簡単には脱出できないのは予想できる。なにせ聞こえてくる声の数が凄いのだ。さながら祭りの時の賑わいのようだ。


 「とりあえず、外の様子を」


 確認しようと扉に手を掛けそっと開けようと——


 「オォイオイオイオイ、ナァドコイクンダヨォ?」


 ゾクリと鳥肌が立った。


 「マサカ我カラ逃ゲヨウトシタノカァ?」


 ひたひたと。


 「ンナコト我ガサセルト思ッタカァ?」


 化け物が。


 「ナァ——」


 近付いてきて。


「我ノ可愛クテ愛シイサン?」


 刹那、本能が叫んだ。

 背後の化物を殺せ!


 「ああぁぁぁあああぁァァァ!!!」


 あらんかぎりの力を込めて剣を突き出す。その軌道はしっかりと化け物の喉元を確かに捉えていた。


 ドシュッ!!


 とった!

 手には確かな身を貫いた感触。仕留めた、やったと思った。

 私は、喉を貫かれて息も絶え絶えな様相になっているであろう化け物にどうだ、と言わんばかりの勝利の笑みをむ、け……て。

 え?


 「どう、して……!?」

 「アァ、ヤッパココハイテェワ。全ク玩具ガ我ヲ玩具ニシチャダメダロウガ」


 剣を生やした喉からだくだくと血を流しているのにもかかわらず、化物は少し顔をしかめながらそんな事を言って——腕が消え


 パンッ


 あれ、いつの間にか手から剣が離れ——


 ドボォッ!!


 「あ゛ッ……!?」


 ダン、ダンッ、ざざぁー……


 身体が鞠のように跳ね地面を転がった。身体には小さな石や砂で削られた傷が出来ていたが、そんなものは気にしている余裕がなかった。


 「あっ、ああッ、はぁぁッ……!!」


 腹部を抉られるような痛みに上手く呼吸が出来ない。上手く息が吸えない。痛みを身体の外へと追い出そうとする様に、ひたすら悶えて空気を吐くことしかできなかった。


 「オ! ヤッパリ丈夫ダナァ! ヨシヨシイイゾォ!」


 ゴブリンの形をした化物は喜色の笑みでこちらに走ってくる。

 あれ、今度は足が消え——


 ズン。


 「ごっ……おっぇッ!!」


 いつの間にか化け物の足が脇腹にめり込んだ。


 ドッ、ガッ、バンッ、ズズッ……


 真横に為す術なくまた跳ねて、壁にぶつかってずり落ちた。


 「ゴッ、ぼぇッ……!」


 私の口から黒い血が溢れ出した。恐らく私の体のどこかの血だと思う。

 あれ、頭がぜんぜんうごかないな……


 「オオ、オオ、オオ!! オイオイコノ玩具スゲェナ!! マダ遊ベルノカ!!」


 ばけものがしきりにかんしんしたようすでにたにたわらいながらちかづいてくる。


 「ン〜、コノ玩具ナラ我ノ子モ産メルカモナァ……!」


 そういってばけものはわたしのかみをひっぱってじめんにねかせた。ばけものはわたしのまたをひらかせてわたしのなかにいれようとしていた。


 「アァ? ソウカ、下等種族共ハコンナノツケテンダッケカ」


 そういってばけものはわたしのぱんつにてをふれさせようと——

 駄目。駄目駄目駄目!! こんな奴に犯されたくない!

 私は開かされた股を力でなんとか閉じようと試みた。


 「オ? オオマダコノ我ニ抵抗スルノカ、面白イ! イイゼェ、ナラコノ力絶対ニ抜クンジャネェゾ? 少シデモ力ヲ抜イテ隙間ガ出来タラ……オ楽シミダ……! 精々頑張ッテ抵抗シロヨォ?」


 そう言って化け物はぐるぐると肩を回した。察するに肩慣らし、だろうか。

 でもどんな事をされても私は耐えて見せる……!

 そう心に決めて私はボロボロの身体を強張らせた。そんな私の顔に何かが降ってきた。


 バキィッ!


 「ぶがッ!」


 とてつもない衝撃が私の顔に降ってきた。意識が飛びそうになる。


 「オッ、モウギブアップカァ?」


 ずるりと力が抜けそうになった足に力を込めて股を閉じる。


 「オ〜、イイゾイイゾォ! オラ次ィ!」


 ズボォッ!


 「ごぁ……!!」


 メリメリと私の腹に拳が深く沈み込む。しかし私は開いた口を懸命に食いしばり、血をこぼしながらも懸命に耐えた。




 ゴッ、ガッ、バキッ、ドッ、ボスッ、バチィッ、ゴンッ


 あれからどれくらい時間が経っているのだろうか。私に馬乗りになって只管拳を振り下ろす化け物の攻撃にどれだけ晒されたのか。もはや私は声を出す事もなく、コブで潰れた視界に映る化物を虚な目でじっと見ていた。


 「ハァ、フゥ。イヤァイイ運動ニナッタ! マサカココマデ遊ベルトハ思ワナカッタ! サテ、ソロソロ始メルカ!」


 そう言って化け物は私の股を強引に開く。私の抵抗など軽く捻じ伏せられて私の股はこじ開けられた。


 「な……んでぇ……」


 そんな私の疑問は聞こえているのかいないのか。手も足もバタつかせて必死に抵抗する。


 「アァ鬱陶シイナ……」


 ゴンッ


 散々殴られた私の顔に一際強く拳が叩きつけられた。それで完全に私の身体から力が抜けた。

 ああ、もう駄目だ。私の抵抗なんてもう何の意味もない。初めから何も意味がなかったんだ。抵抗なんてしなければ、何もかも諦めていたなら、こんな思いをせずに済んだのかもしれない……。

 でも、もし、もし叶うなら。今からでも叶うなら、せめて初めては好きな人にもらって欲しかったなぁ……。例えば、そう——

 私が親しかった人といえば。

 アンガス、は駄目ね。カイルも、違う。パーティメンバーのガイもちょっと違うかしら。後は……リン、ならまぁいいかもね。

 叶いそうにもない、その想いは言葉にできず、代わりに涙となって腫れた頬を優しく流れる。


 「オオ、ヨウヤクイイ顔ニナッタナァ、ヨシヨシサァ始メルゾォ?」


 どうあがいてももう切り抜けることができない絶望的な状況に私が何もかもを諦めた、正にそのとき。


 バァンッ!!


 その時、扉が弾かれるように開いた。

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