第26話

 ゴブリンの団体の背後に気付かれることなく回り込むことに成功した俺はさっそく制圧を開始した。

 先ずは神妙な面持ちで他のゴブリンの後をビクビクしながらついてきていた奴の背後に周り、


 「(スッ)」


 口を押さえ——いや、


 「ギッ……!?」


 それは汚いし仮にも魔物なので齧られぬように腕で首を絞めて声を出せないようにしてから、


 「……あらっ」


 脇腹辺りに剣を刺して息の根を止めようと思ったのだが、剣が長すぎて刺せない。


 「(ジタジタジタジタッ)」

 「おっ、やろ、動くなって……!」


 逃げられないように首に絡まった腕にさらに力を込める。するとそれがまた苦しかったのかゴブリンの力も増し、血管を浮かび上がらせたゴブリンは手に持っていた松明をその場に落とし、必死になってもがき始める。


 「バタバタバタバタ…バタ……バタ…………バタ……(クタッ)」


 段々と弱くなっていったゴブリンの力がやがて感じられなくなった。


 「ふぅ……ってまさか……」


 ふと腕を離す。するとゴブリンの脱力した身体が地面に転がった。その顔を地面に落ちた火の灯りが苦しみ抜いたゴブリンの形相を照らし出す。


 「(ゴクリ……)」


 灯りのせいでホラー度の増したそいつの顔を見た俺は思わず生唾を飲み込んだ。

 こんな思いするんじゃこの方法はダメだな。とどめもさせないし……。


 剣を握り直して落ちた松明に土をかけて明かりを消した。もたもたしたせいでゴブリンの群れは結構離れてしまっていた。

 見つからないように移動を開始しながら考える。どうすればバレずに息の根を止めることができるか。奇襲なのだから一撃で葬ることはできる、が声を出されては以後の奇襲に支障が出てしまう。

 ……ああ、まぁ、それしかないよなー。


 俺は次のターゲットに狙いを定めて、なるべく音を立てないように接近する。接近自体はなんとか成功し、目的のゴブリンの背後約1メートルと言ったところまで来ることができた。

 手元の剣をしっかりと握り直し深呼吸。

 よし、やるぞ。

 先ずは目の前のゴブリンの首目掛けて大きく踏み込んで剣を一閃。


 ズバンッ!


 目の前のゴブリンが一声も出さずに永遠に沈黙したのを横目に確認し、そこから近いゴブリンに斜め後ろから接近。返した剣で再び首を一閃した。


 ザンッ!


 さっきと違い、剣の角度が良かったのか特に手応えもなく一閃した首が消えた。

 残り直近のゴブリンは2体。

 しかしそいつらは位置的にどう葬ったとしてもまだ生きてるもう片方にバレてしまうような配置をしている。

 ……こっからは、ゴリ押しだ!

 俺は倒れかかっているゴブリンの身体を無理矢理蹴り飛ばし、蹴り飛ばした方とは逆の茂みに飛び込んだ。


 ガサガサァッ


 大きく草を揺らして地面に飛び込む首のないゴブリンの死体と俺が飛び込んだ際に音を出した茂みに2体のゴブリンの視線が向いた。


 「ギッ?」

 「グェッ?」


 俺は息を殺して機会を待つ。


 「ギッ! ギャアッギァッ!」

 「ギッ? !ギャギャッ!?」


 死体を見つけたゴブリンがこちらに視線を投げていたゴブリンを呼ぶ仕草をした。予想通り二体とも死体の方を向いた。

 今だっ!

 二体の視線がつられたのを確認してゴブリン目掛け疾駆する。


 ガサッ!


 と、茂みが鳴った時には俺はゴブリンの下まで距離を詰めていた。


 ズバンッ!


 振り切った刃がゴブリンの血で濡れ妖しく光る。さぁ次の一撃を、と剣を翻そうとするが。

 まずい、叫ばれるか!

 ならばと俺は翻した剣を、


 ドッ!


 「ギ——ガ、ァ……」


 叫ぼうとしたゴブリンの口にねじ込んだ。それでゴブリンは口から剣を生やしたまま絶命した。

 その死に様は正直マンガかなんかに描かれているよりもよっぽど酷い様相だった。

 剣を抜くと、強引に剣をねじ込んだせいでゴブリンの歯がポロポロ取れ、剣には唾液が付着するもんだから構内に入った刃先の部分はぬらぬらとしていて非常に気持ち悪かった。


 「って、こんなことやってる場合じゃねぇな……」


 まだゴブリンの群れが4つあるのを忘れていた。慌てて背の高い草に身を隠し、剣を地面で拭いながら奴らを観察する。

 まずいな、辺りにいないのが分かって警戒してやがる。どうするか。

 これ以上もたもたするのはおそらく愚策だ。今どれだけ時間が経っているのかはいまいちはっきりしないが、移動時間も含めて1時間くらいは経っているはずだ。


 「ギィッ」

 「ギャギャッ」

 「グゥ……」


 ゴブリンに攫われた人たちがどうなるかなんて——。

 ああっ、俺はなんて馬鹿なことをッ!

 日本で得た知識が俺を焦燥感に駆り立てる。なんとか早くゴブリンの寝ぐらに到達しなければ……!


 結果的に俺はゴブリン共に見つからぬようにこの場を後にすることにした。そして仮に見つかろうがもう知ったこっちゃない。先ず俺が一番にやらなければいけないことは戦闘ではなくゴブリン共のねぐら、本拠地の発見だ。

 その目的に向けて俺は行動を開始した。




 「あ、あれか……!」


 現在俺は森のさらに奥へと侵入を果たしていた。その道中『ゴブリンシャドウ』との戦闘があったが、大したダメージを負うことなく勝利した。その際に『ゴブリンシャドウ』が持っていた刃こぼれの酷い短剣を拝借しておく。

 ちなみに密かに疑問だった『ゴブリンシャドウ』の持つ武器が時々違う理由がようやく分かった。どうやら『ゴブリンシャドウ』自体に階級があるらしく、普通の『ゴブリンシャドウ』が『ゴブリン』と同じ棍棒で『ゴブリンシャドウリーダー』が短剣を持っているのだ。もちろんその違いは『鑑定』をして得た確信だ。


 俺は前方で眠そうにしている、あまり真面目に警邏しているとは思えないゴブリンを鑑定する。


 「……ふ〜ん、あんまり変わらないな」


 結果として、そいつらは『ゴブリンソルジャー』にDEFを少し増したような能力値だった。俺の能力値には足元にも及ばない。

 しかし持ってる槍が邪魔だな……。

 俺の鑑定結果に『ゴブリンガード』と表示されたそいつらは『ガード』と名前についているだけあって、簡素な鎧と少し丈夫そうな柄は木製で穂先が恐らく鉄製だと思われる槍を持っていた。

 明らかに殺傷力の高そうなその武器の見た目に足が止まる。

 ……いや、怯えている場合じゃないだろうが!

 止まった足を叩き、微かに震える足を止めた。


 「すぅ……はぁ〜……」


 よし。

 覚悟を決めて、足元の石を拾った。


 「せぇ……のッ!」


 異世界の俺の力に任せて石ころを思い切り投擲する。


 ビュンッ、ゴッ!


 「ギャッ!?」


 片方の『ゴブリンガードB』が頭部に石を受けてもんどりうって倒れる。驚いたもう一体の『ゴブリンガードA』は突然倒れた相方に視線を向けた!

 バカめ!

 それを見た瞬間俺はまっすぐ『ゴブリンガードA』目掛けて接近する。ようやく接近している俺に気がついたようだがもう遅い!


 「セァッ!」

 「!?」


 ズバァッ!


 ちぃ、やっぱり鎧が邪魔だ!胸を大きく斬り裂いたもののその傷は鎧のおかげで浅く、『ゴブリンガードA』が反撃する。


 「ギィェァ!」


 ビュッ


 「おっ! なろっ!」


 ザスッ!


 「ギァァッ!」


 相手の槍を身体を反って躱したものの、バランスを崩しているせいで繰り出した俺の攻撃は『ゴブリンガードA』の手を斬り裂くだけにとどまった。


 「ガァァッ!!」


 怒りに任せた槍が今度は横薙ぎに振るわれる。

 って、これは!?


 「くぉっ!」


 槍がのを確認した俺は振るわれた槍を起こそうとしていた身体をそのまま地面に寝かせて避けた。

 はぁ、っぶねぇ!

 手から血を流しながら槍を構え直す『ゴブリンガードA』。

 あ、マジかよ!

 その後方で血を流している頭をフラフラさせながら立ち上がる『ゴブリンガードB』を確認した。


 「っちぃ……!」


 こいつら意外と強い!


 「ギャッ!」


 シュッ


 「なろっ!」


 カンッ!


 「おらっ!」


 スパンッ!


 「ギッ!?」


 繰り出された『ゴブリンガードA』の槍を真上に弾き、ガラ空きになった胴体をもう一度斬り付ける!

 これも浅いか!?

 『ゴブリンガードA』は倒れない。すると後方の『ゴブリンガードB』の槍が輝きだす!

 まずい!


 「ギヤヤッ!!」


 シュシュッ!


 「んっ!」


 カカンッ!


 高速で2回突き出された槍をなんとか受け止めきったが、重い! 俺は後方に大きくのけぞらされてしまった。その隙を指を加えて見ているほど『ゴブリンガードA』は甘くなかった!

 再び前方にいた『ゴブリンガードA』の槍が輝き、そいつはその槍を横薙ぎにする!


 サンッ


 「ぐぁッ!」


 更に後方に下がり避けようとしたが、跳躍が足りなかったようで俺の胸に赤い線が描かれる。

 いってぇ! クソが!


 槍を振り切った『ゴブリンガードA』は油断なく槍を構え直した。後方の『ゴブリンガードB』は俺の背後を取ろうとするような動きを見せている。

 まずいまずいまずい! これ以上時間はかけらんねぇぞ……! こうなったら……!

 じっとりと掌が濡れる。剣を落とさないようにしっかり握ると——


 「うおおぉぉぉ!!」


 『ゴブリンガードA』目掛けて突進した。それを見たそいつは勝利を確信したのだろうか、再び槍を輝かせ始める。俺は避けるそぶりすら見せなかった。

 槍が横薙ぎに大きく振るわれた。


 ブオォッ


 風を裂きながら接近した槍を俺は大きく跳躍することで回避に成功した。俺は攻撃を避けられ間抜けな面を晒す『ゴブリンガードA』目掛けて大上段に構えた剣を振り下ろした!


 「ギャアッ!」


 ドスッ


 「ぐ……おおぉ!!」


 俺は脇腹に広がる激痛を歯を食いしばって耐え、無理矢理剣を振り下ろした。


 ドンッ!


 体重を乗せた俺の一撃は俺の腕に凄まじい負荷を加えながら『ゴブリンガードA』を文字通り真っ二つにした。しかし腕の負荷なんかよりも脇腹の方が10倍くらい痛い。俺は未だに脇腹に刺さった槍を掴み——


「ぬああぁぁぁぁ!!」


 気合を入れながら一気に引き抜く!


 「ぐううぅぅぅ……!!」


 痛い、尋常じゃないくらい痛い! だが、まだやらなければいけないことがある!!

 俺はずっと掴んでいた槍を握ったままの『ゴブリンガードB』の手から力任せに槍を奪った。丸腰になった『ゴブリンガードB』を俺は容赦無く攻撃した


 「おおぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉ!!!」


 ドッ


 「ギャッ」


 ドッ


 「ギッ」


 ドドッ


 「ギッブッ」


 ドドドンッ!


 「グッゲッギャッ!」


 力任せに突き続ける俺の振るう槍は丸腰の『ゴブリンガードB』に無数の体を開けた。俺が突きを止めると『ゴブリンガードB』は力無く地面に倒れた。


 「……はぁ、……はぁ」


 大きく息を吐くと、脇腹が激しく痛む。


 「うっ、はぁ、くそっ」


 俺は『アイテムBOX』を出現させて『濃縮マアルジュース』を取り出そうとした。


 [ゴブリンガードの槍を取得しました」


 という言葉と共に槍が俺の手から消えた。


 「なに? これって素材なのか?」


 慌てて『アイテムBOX』に収納されたであろう槍を探す。

 ……あった。


 ゴブリンガードの槍(RANK2):ゴブリンガードの持つ特別な槍。殺傷力が高い。


 「むぅ?」


 書いてあることはもろ武器なんだけどなぁ。いやでも『素材』として収納できるなら武器が持ち運べるってことじゃね?


 「ぁいって!!」


 忘れてたぁ……!


 俺の脇腹からはどくどくと赤い液体が流れていた。俺は慌てて『濃縮マアルジュース』を取り出すとゴッキュゴッキュと飲み干した。

 ふぅ……、あぁマジ痛かった!


 それから俺は近くに転がっていた『ゴブリンガードの槍』も拾って収納する。ついでに言えば『ゴブリンシャドウの短剣』も『素材』扱いで収納できた。 

 俺は自身のHPが100%であることを確認して、『ゴブリンガード』の立っていた入り口へと足を踏み入れた。

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