第24話
俺は初老の男性とその息子さんから詳しく事情を説明してもらった。アーリィは当初攫われそうになっている女子供を見つける度にゴブリンを斬り払い助けていたそうだ。するとゴブリン共は数を集めてアーリィを排除しようとしていたらしい。
まぁそれは俺もやられたし、アーリィなら何とかできるだろう。
そう思って聞いていたが、予想どおりゴブリンの集団には善戦していたそうだ。だが問題なのはここからだったという。
それは堂々と村の外からやってきた。簡易的に作られている門を薙ぎ倒すようにして侵入してきたらしい。そいつは1メートル弱のゴブリンとは違い、倍の背丈ほどはある。そして化け物というよりも非常に人間に近付けられた容姿をしていたという。
息子さんはそのときアーリィに助けてもらったサリーをそいつに絶対に見つからないようにと、隠していたのだそうだ。
そしてそいつは何と流麗な言葉を話し出したという。
「ン〜貴様カァ、我ノ同胞ヲ殺シマクッタノハ」
「! 人の言葉が喋れるの!?」
「アァ〜? 我ガ言葉ヲ使ウノガ何カ不満カ?」
「えぇそうね。ゴブリン如きに人の言葉を使われるのは虫唾が走るわ」
その長身のゴブリンは悠然とアーリィに向かって歩いてくる。
「ホォウ言ウネェ! マァ我モ我ヨリ弱キ下等種族ドモノ言葉ヲ発シテハ我ノ舌ガ腐ッチマウカラアマリ使イタクネェンダヨ」
そう言って長身のゴブリンは牙を剥き出しニタリと嗤う。
「おしゃべりはここまでよ。さぁ、ゴブリン。かかってきなさい」
アーリィは剣を構えた。それを見て長身のゴブリンは——。
「ハ〜ア……」
心の底からガッカリしたように息を吐いた。
「違ウダロォ、ソウジャネェダロォ……?」
「何がよ……?」
「ダァカラ人間ハナァ——」
長身のゴブリンの身体がブレたと思った。すると次の瞬間——
ドムッ!
「くっ、ふ……」
大きく身体をくの字に折り曲げたアーリィが燃え滓の残る家屋の残骸に派手な音を立てて吹っ飛んだという。
「我ノ前デソンナ顔シチャイケネェンダヨナァ……」
するとテクテクと息子さんの潜む場所目掛けてまっすぐに歩いてきたんだそうだ。そして——
「ナァ、ソコニイルダロォ? 出テコネェナラ我ガ直々ニ遊ンジマウゼ?」
完全に身を隠しているのにもかかわらず息子さんは長身のゴブリンに完全に目があったと思ったらしい。しかしそれでもそのゴブリンから身を隠し続けていた。
「アァソウカイ……」
ボゴォッ!!
「ぐぁッ!!」
「きゃああぁぁぁ!!」
突然身を隠すために使っていた家屋の残骸が吹っ飛んだ。息子さんはサリーを抱えながらゴロゴロと衝撃で吹き飛ばされたそうだ。
「オ、イイネェヤッパリ我ノ前デハ人間ハコウイウ顔ヲシナクチャナァ!」
そんなことを言いながら長身のゴブリンは息子さんの目の前に立つ。そして恐怖で震える息子さんが抱えたサリーを乱暴に掴むと、必死に離すまいとサリーを掴む手をサリーの着ていた洋服の一部ごと引き剥がすと、サリーをその手にぶら下げながら嬉々としてフラフラと立ち上がっていたアーリィの前に立つ。
「ホラ女見エルカァ? コレガ我ノ前ニタッタトキノ人間ノ顔ダァ!!」
ぐい、と乱暴に泣きじゃくるサリーの顔を強引にアーリィに向けた。
「ううぶううぅぅぅぅぅ、ひっく、ううをうううぅぅぅぅ、ひぐっ」
「くっ、サリーちゃんを離しなさい!」
アーリィがそう言って剣を向けると長身のゴブリンは、
「…………(ボリボリ)」
後頭部を2、3回掻きながら天を見上げた。
「………?」
アーリィが怪訝な顔をして、しかし警戒は解かない。
「オマエ、イイナァ」
「は?」
「決メタ、オ前ハ俺ガ壊シテヤル」
そう長身のゴブリンが言い放った直後、その場でパッとサリーを手離したらしい。
「あっ!」
と息子さんが声をあげ離されたサリーの安否を心配した瞬間。
ボグォッ!
「ごぇっ!?」
アーリィの口から胃の中のものと共にそんな言葉が吐き出された。そのまま腹部にめり込んだ拳をそのままにしてアーリィはガックリとうなだれた。
長身のゴブリンはよっと、肩にアーリィを担ぐといつの間にか近くにいたゴブリン数匹に何かしら指示を飛ばす。だがそれは魔物特有の言葉らしく、息子さんに聞き取ることはできなかった。そもそもゴブリンの追手が息子さんに襲い掛かろうとして追いかけてきていたのでそれどころじゃなかったらしい。ただ、サリーとアーリィがその長身のゴブリンに連れて行かれるのを逃げながら視界の端に捉えていたらしかった。
「長身のゴブリンか……」
話を聞き終えて身体を揺らす。
「はい、おそらく上位個体のゴブリンだと思うのですが、なにぶん言葉を話すゴブリンなど見たことも聞いたこともないので……」
「それは『ゴブリンキング』とかって言うゴブリンじゃないんですか?」
俺の問いに初老の男性が答える。
「いや、上位個体だったとしても『ゴブリンキング』が人の言葉を話すなど今まで聞いたことがない。恐らく特別変異種の上位個体じゃろう……」
そう言って初老の男性と息子さんが黙りこむ。
もしその話が本当なら間違いなく俺の手に負えない強さの敵が相手になる。普通に考えて俺が勝てる可能性など存在しないだろう。
ああくそっ! 行けば死ぬと分かっていて何故行かなきゃならないんだ!! 行きたくねぇ行きたくねぇ行きたくねぇ……!
重苦しい空間が辺りを支配する。そんな時、息子さんが口を開いた。
「あのッ! あなたなら、何とかなりませんか!?」
「えっ」
「あなたならアーリィさんとうちの娘、サリーを救い出すことができるんじゃないでしょうか!!」
「え、はっ、いやあのっ」
お断りします。
そう言おうとして出た言葉は言葉になっていなかった。
「バカモノ! そんなことを軽々しく頼むでない! それはこの方に『死んでくれ」と言っているようなものじゃぞ!!」
爺さんナイス!!
初老の男性の言葉を聞いて息子さんが言葉に詰まる。正直かわいそうだが諦めて欲しい! 俺だってこんな異世界に来て数日目で死ぬのは絶対に嫌だ!
そんな俺の祈り虚しく。
「じゃあ、じゃあ私をゴブリン共の寝ぐらまで護衛してくださいませんか!?」
なにぃ!? いやでも爺さんが、爺さんがまた喝を入れてくれるはず! 頼む、お願いします!
「むっ、そうじゃな、それならこの方、え〜と……」
「リンです」
「リンさんの負担もあまりあるまいて!」
あるわこのクソボケてんのかこのジジイ!
「リンさん、お願いします!」
「リン様、わしからもどうかお願いしますじゃ!」
ふざけんなよぉ〜! 無理だって死んじゃうってぇ!
「え、いや、その、僕、いや俺はちょっと……!」
と、ここで騒いでいた俺たちに聞き耳を立てていたのか——いや聞き耳というかだいぶ声大きかったから普通に聞こえていただろうな——周りでガヤガヤしていた村人たちが、
「あんた、俺からも頼む!」
「俺もだ!」
「頼む!」
「頼む!」
「「「頼む!」」」
……ああ、もう無理だ。逃げられない。今日きっと俺は死ぬんだ。
「分かりました!」
そう告げると周りのおっさんじいさんが色めき立つ。
「ただ! 一つお願いがあります。この村に残っている全ての薬と薬になるようなものを全て私にください、それが条件です」
今俺のアイテムBOXには『濃縮マアルジュース』が8個しかない。……ああ、最後の激闘の後1本飲んだからあと7本か。
ゴブリンの本拠地ということは数えるのもバカらしくなるほどゴブリン共がウジャウジャといることだろう。なので流石に回復薬7本じゃまず足らないだろう。
ということで俺は村中からかき集めた薬と素材を持って村の入り口に立つ。
「頼んだぞ!!」
「お願いします、妻と娘を……!」
「分かりました、分かりましたから手を離してください」
そう言って爪が食い込むくらい握り締めた手を俺の手から離してもらう。すると、数人の集団のさらに後ろから痩せぎすの男がゼェゼェと息を切らせながら走ってきた。
「私も、ハァ、私のニムとカイルも、お願いします!!」
「あーはい分かりましたから……」
あん? ちょっと今聞き覚えのある名前が聞こえてきたような。
「すいません、ちょっとあなたの娘さんの名前は……」
「ニムです!ハァ、ニムとカイルです!」
ああ間違いない。うん向こうからゴブリンは襲ってきてなかったしどこかに行ってなければ多分リラたちと一緒にいるだろう。
「あの、あなたのお名前は……」
「あ、私はジーンと言います! 娘を、娘と息子をどうか、どうか……!」
いつのまにか俺の手を引っ張り出してジーンさんは握り締めていた。
「あの、ジーンさん。恐らくあなたの息子さんと娘さんは無事ですよ」
バッと、涙ぐみながらジーンさんが顔を上げる。
「今、何とおっしゃいました?」
「いや、ジーンさんの娘さんと息子さんはリラの家にいると思いますよ」
「ほ、ほほほほ本当ですか!?」
そう言って俺の手を離して即座に駆け出そうとする。
「あ、ジーンさん! リラとアマーリエさんに俺は大丈夫だっていう報告と、アーリィのことは適当に濁しておいてもらえますか!?」
「分かりました! では!」
ふぅ、これでよし。あの2人には余計な心配は掛けられない。それにアーリィのことを濁して伝えさせるのは自身に発破をかけるのに必要なことだ。そうしなければ俺はきっと逃げてしまう。
行きたくなかったけど、ここまで言われて、あれだけ世話になった人からもらった恩を仇にして返すわけにはいかないのだ。
「じゃあ、行ってきます」
「すまねぇ、頼んだ……!」
「ありがとう、恩にきる!」
「頑張ってくれ!」
そんな願望が次々に俺の背中に投げかけられる。それが村を出た俺の足をどんどんと重くしていったのだった。俺はトボトボと歩き出す。
やっぱり俺、死ぬんかな……。
そんな不吉な予感を胸に秘めながら。
「よし!」
「なんじゃウィリー何をしているんじゃ」
俺は勇ましい声で親父のその問いに応えてやった。
「決まってるだろ、サリーを助けに行くんだ」
「何を言っとるんじゃ、あの者に任せたらええ!」
俺はその言葉にカッとなった。
「親父こそ何を言ってるんだ! サリーは俺の娘だ! あんな少年だけに任せておけるか!」
「それでも、皆と話してあの者に託すと決めたじゃろうが!」
「そんなの俺は了承していない! それに勝手にリンさんだけに押し付けたのは俺たちじゃないか!」
そう言って俺は愛用の斧を持って立ち上がる。
「よせ、行くなウィリー! お前まで失ってはワシは、ワシは……!」
「親父、親父もそうなんだろ? 俺が大切だって言ってくれるのは嬉しいよ。でも、なら分かるだろ!? 親父が俺を想うくらい俺はサリーが大切なんだよ!!」
「……!」
親父はその場で黙り込んだ。
「じゃあ親父、行ってくる」
親父の脇をすり抜け家を後にする。
村の入り口で装備の最終確認をする。薬はリンさんに全て差し上げたけど、俺には護身用に持っていたポーションがひとつだけある。これがどれだけ役に立つかわからないけど、ないよりよっぽどマシだろう。
「サリー、今行くよ……!」
と、決意を新たにしたとき。
「待てウィリー!」
「っ村長!」
「俺たちも行くぞ!」
そう言って目の前に現れたのはこの村で生き残っていた男衆だった。手にはそれぞれ農耕具やら商売品やらを携えて準備は万端と言った様相をしている。
「お前の親父から話を聞いてな、やはりあんな少年1人に全て任せるのはどうかと思ってな。それに俺たちは人に任せてじっとしてられるような人種じゃないからな!」
ガハハと豪快に笑う村長。ちなみに村長はリンさんがおっさんと呼んでいた筋骨隆々の偉丈夫だ。
「それにほれ、バカ息子も連れて来たわ。こやつは家の隅っこでブルブル震えているだけだったのでな、無理やり連れて来たわ!」
「くそ、離せよ親父!」
村長が首根っこを掴んでずいと前に突き出す。
「なんだよ、カイルのやつは連れてかねーのかよ!」
「そりゃ最低1人は男の留守番も必要だろうて、アマーリエさんのところに置いて来たわ!」
「はぁぁぁ!? ずっりぃあいつだけ留守番とかマジ信じらんねぇ!」
「はぁ……」
村長はため息を吐いた。
「そんなんじゃからいつまでたってもアーリィがお前に靡かんのじゃろうが……」
「は、はぁ!? 別にアーリィは関係ねぇだろう!?」
「関係は大いにあるわバカタレが! その件のアーリィがゴブリンの親玉に攫われとるんじゃぞ? ちっとは男を見せんかい!」
「え、あ、アーリィが!? それを早く言えよバカ親父! んでどこに行けばいいんだ!?」
さっきまで散々嫌がっていたのにアンガスは鼻息荒くやる気を見せていた。
「はぁ……、まぁこんな奴でもいないよりはマシじゃろうて。さぁ、そろそろ行こうぞ、皆の者!!」
村長が男衆に発破をかけると——
「「「おおぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」」
闇夜に鬨の声が轟いた。
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