第20話
重傷を負っているであろう倒れている村人に、ゴブリンが面白がるように棍棒を叩きつけている。その度に村人の身体がビクンッと跳ねているのが分かる。
惨い、惨すぎる! どうして奴らはあんなに楽しそうに人を殺せるんだ……!
叩きつける音が室内にいるせいで察知できなかったのは不幸中の幸いだと思う。
じんわりと滲んだ汗が俺に不快感を与えている。目を背けたいが背けることができなくて凝視してしまう。
俺が目を離すこともできなくて、その場に突っ立ったまま事の成り行きを見守っていると村の入り口側からわらわらとゴブリン共が侵入してくる。その数は数えるのもバカらしいほどで、その様はまるで新緑の濁流のようだった。
侵入してくるなりゴブリン共は小隊のように枝分かれしながら四方八方へと広がっていき、目についた家屋に火をつけ中にいる人を燻り出していた。燻り出された人はと言えば男は容赦のない暴力に遭い、女はボロボロになった身体でゴブリン共に担がれていた。
俺は一歩を踏み出す勇気も無く、ただひたすらに暴力の限りを尽くすゴブリン共を見ていた。
ドンドンッ!
ガンガンッ!
不意にドアが乱暴に叩かれる音が聞こえた。
まさか、ここにも入ってくるのか!? 嘘だろマジかよ!
周囲を見渡して慌てて武器を探す。するとドアの側にアーリィから借りていたショートソードを発見した。これまた借りていた腰のベルトを震える手で装着し、そこに鞘ごとショートソードを取り付けた。
相変わらず玄関の方からはやかましく叩かれるドアの音が聞こえる。しかし、先ほどとは違いミシミシとドアの悲鳴も聞こえてきていた。
スラッと剣を抜き、ドアノブに手を掛け握った瞬間素早くドアを開けて部屋を出る。意を決して階段を駆け下りるとそこにはアーリィとリラとアマーリエさんの三人が既にいた。3人の表情は強張っており、アーリィはリラとアマーリエさんを背中に匿うようにして剣を構えて玄関を睨み付けている。
「リン!」
名前を呼ばれた瞬間身体がビクッと反応した。
「こ、これ、ゴブリンの襲撃だよね」
「そうよ! 予想よりもかなり早いね!」
「俺は、どうすればいい?」
「私の代わりにお母さんとリラを守ってほしい!」
それはアーリィがやるんじゃ無いのか?
「アーリィはどうするつもりなんだ?」
「村のゴブリン達を出来るだけ殲滅してくるわ」
こいつは、このバカは何を言ってるんだ!?
「ゴブリンの数分かってんのか、恐ろしいほどの数が村の中に入ってきているんだぞ!? 流石にアーリィだけじゃどうにもならないだろ!」
俺は尚も言葉を続けようとした、しかし。
バキャアッ!!
「ギギギギギ!!」
「ギヒャァ!!」
遂に寿命を終えてしまったドアが乱暴に砕かれ、二匹のゴブリンが侵入してくる。そのゴブリン共は女と見るなり下卑た笑みを浮かべながらアーリィ達に飛びかかる。
「うっ! はぁっ!」
一瞬驚いたアーリィだったが、飛びかかってきたゴブリンをうまく迎撃して一匹の頭部を切り裂き、返した剣でもう一体のゴブリンの胴体を切り裂いた。
「ギッ!?」
「ギャッ!!」
短い悲鳴を上げて倒れた二体を起き上がらせる間を与えることなくそれぞれの急所に剣を突き入れた。それで二体のゴブリンは息絶える。
死体から剣を抜いたアーリィは剣に付いた血を振り払いこちらを向く。
「じゃあリン、二人を頼んだわよ。絶対に守ってちょうだい!」
そう言って家の外に駆け出そうとしていた。
「おい、アーリィちょっと待てよ! おいっ!」
走り去っていく背中にたまらず声を飛ばすが、正面に見えたゴブリンの小隊に突っ込みながら剣を振るったアーリィはこちらを向くことはなかった。
って、あれは……!
その正面に見えたゴブリンの小隊は、今まで見たゴブリンの群れとは明らかに違う箇所があった。
「『鑑定』」
……ああ、やっぱりかよ……。
種族:ゴブリンソルジャー
性別:♂
LV:7
HP:82/82
MP:24/24
ATK:41
DEF:22
MAT:8
MDE:7
SPD:27
LUK:10
技能:剣術LV2『スラッシュ』:力を込めた一撃を放つ。
種族:ゴブリンマジシャン
性別:♀
LV:7
HP:45/45
MP:38/58
ATK:12
DEF:11
MAT:44
MDE:49
SPD:18
LUK:12
技能:火魔法LV1『ファイア』:前方に火の球を撃ち出す。
種族:ゴブリンリーダー
性別:♂
LV:10
HP:123/123
MP:40/40
ATK:63
DEF:45
MAT:23
MDE:30
SPD:41
LUK:11
技能:剣術LV3『スラッシュ』:力を込めた一撃を放つ。『ダブルスラッシュ』:対象にスラッシュを素早く2度放つ。
見た目だけは普通のゴブリンの集団なのに持っている得物が違う。
これが『役職』ってやつなのか。
「はあぁッ!!」
俺が『鑑定』を行使している間にもアーリィはそのゴブリンの小隊に斬り掛かっていく。『ゴブリンリーダー』との戦闘を避け、アーリィは素早く詠唱をしようとしていたのだろう『ゴブリンマジシャン』に接近し一太刀浴びせる。
「ギャアアァァァ!!」
絶叫をあげる『ゴブリンマジシャン』を一旦放置し横から斬りかかろうとする『ゴブリンソルジャー』の斬撃をアーリィは受け止めずにヒラリとかわす。そして大振りして曝け出された『ゴブリンソルジャー』の首に一撃を叩き込み首を飛ばした。
さらに『ゴブリンリーダー』に肉薄したアーリィは、『ゴブリンリーダー』の胴体を切り裂く。
「ガッ、ガアァ!!」
一閃するに至らなかったアーリィは即座にその場から飛び退き、地べたに寝転がりながら詠唱をしていた『ゴブリンマジシャン』の元へ駆ける。アーリィが『ゴブリンマジシャン』に剣を振るおうとした瞬間『ゴブリンマジシャン』の杖の先が紅く光った。
「っ!」
迸る火球を間一髪で避けたアーリィは苛立たしげな顔をした『ゴブリンマジシャン』の顔面に斬撃をお見舞いした。
「ギャオオォォォ!!」
怒り狂った『ゴブリンリーダー』がアーリィ目掛けて突進してくる。少し息の荒いアーリィは即座に構えて応戦する。
無秩序に振るわれる『ゴブリンリーダー』の剣撃をアーリィは慎重な面持ちで受け続ける。すると唐突に『ゴブリンリーダー』の剣がオーラのようなものを纏った。それを見てアーリィはほんの少し口角を上げた。
「ギイイィィィ!!」
『ゴブリンリーダー』の振りかぶった剣が、二度振り下ろされる。それをアーリィは少し力に押されているような節はあったが、一撃を受け止め二撃を打ち払った。
アーリィに弾かれた『ゴブリンリーダー』の剣は宙を舞う。それを茫然と見ている『ゴブリンリーダー』に対してアーリィが反撃を開始する。
重心を低く保ったアーリィは剣を横に寝かせながら華麗に舞うフィギュアスケーターのように片足を出して『ゴブリンリーダー』を斬りつけながら一回転した。その伸ばした片足を徐々に戻しつつ、低くした重心を縮めた身体と共に上げながら二回転。並々ならぬ脚力でアーリィが空に跳ぶ。その跳躍は軽々と斬りつけられた『ゴブリンリーダー』の頭上を越えた。
「はぁぁぁぁ、『天舞両断』!」
アーリィが叫びながら『ゴブリンリーダー』の頭上から剣を振り下ろす。重力と、アーリィ自身の体重を乗せた一撃は容易に『ゴブリンリーダー』の頭蓋を割り、その名の通り『ゴブリンリーダー』を真っ二つに両断した。
「うわ……すげぇ……!」
感嘆を言葉にした俺にアーリィがようやく振り返る。
「ボサっとしてないで、しっかり二人を守りなさい!!」
「! あ、ああ、わ、分かった!」
有無を言わせぬ迫力に条件反射で返事をしてしまった。それを見てアーリィは俺に背を向け、より酷く燃え盛る村の入り口の方へと走っていった。
「もう、やるしか……無いよな……!」
腹を括ろう。そうだ、俺だってゴブリンくらいならもう簡単に倒せるんだ。それに回復だって心配ないし、いざと言う時だって大丈夫な、筈だ!
相も変わらずあたりは真っ昼間のように明るい。破壊されたドアからくそったれゴブリンの醜悪な顔がチラチラ見えた。
俺は二人に伝えた。
「二人とも、俺が守るから。必ず守るから、二階の方に避難しておいて下さい」
さぁ、言葉にしたんだ。もう言い訳は効かない。
二人は俺の顔を見て何かを悟ってくれたのか、コクンと頷いて階段を登り始める。その際リラがちらりとこちらを見た。
「お兄ちゃん、また守ってください! お願いします!」
ここで怯えた表情なんか見せちゃいけない。こういう時くらい男を見せろよ、俺!
俺は大きく頷いた。思いっきり表情筋に力を入れて頑張って笑顔を作った。
「ああ、任せろ!」
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