第19話
「ゴブリンの襲撃がある?」
俺が聞き返すとアーリィは真剣な面持ちでうなずく。
「ええ。リン、今日遭遇したゴブリンがいたでしょう? あれは『ランペイジブルー』と言って
「常時特別対象?」
「リンには馴染みのない言葉だったかしら。簡単に言えば普通のモンスターよりも危険な存在だと言うことよ」
「なるほど。それならもう倒したんだし大丈夫なんじゃないか?」
アーリィは首を振る。
「他の特別討伐対象だったらそうだったんだけどね……」
「え、どういうことなんだ?」
「『ランペイジブルー』は繁殖力の高い『ゴブリン種』の突然変異で生まれたモンスターなの。つまり数百体産まれたうちの一体が『ランペイジブルー』になるのよ」
「数百体産まれたうちの一体?」
つまりそれって。
「すでに
「そういうことよ」
俺は戦慄した。最初はたった3体でもてこずった『ゴブリン』、それが数百体だと!?
「でもそれだけじゃないわ」
「まだ何かあるのか!?」
「ええ、あるわ。普通群れるモンスターはね、10体いればその中に一体は上位種が紛れていたりするの。10体以上の群れで全て同じ個体っていうのはまずあり得ないの。例えば『ゴブリン』の上位個体は『ホブゴブリン』というモンスターなんだけど、さらにその上にも上位個体がいるの。その上の個体は『レッドキャップ』っていうモンスターで討伐難易度で言えば『ランペイジブルー』より少し低い程度なの」
俺は黙ってアーリィの説明を聞く。
「『レッドキャップ』が率いるのは大体50体くらいなの。そして恐ろしいことにさらにその上の個体も存在するわ。それが『ゴブリンキング』よ」
「ゴブリンキング……」
俺は無意識のうちにその名前を反芻していた。
「『ゴブリンキング』の強さはともかく、そんな個体の強さよりも恐ろしい能力があるの。それが、『統率』という能力よ」
「『統率』?」
「ええ。『統率』は群れを率いるだけではなく、群れに存在する全ての『ゴブリン種』を強制進化させてしまうの。強制進化すると、『ゴブリン』が『ホブゴブリン』に進化する、というわけではなくて、ベースは変わらないけど役職を持つ個体が現れてくるの。『リーダー』とか『ジェネラル』とかね」
日本の知識がある俺としてはどこかで聞いたことのある名前のオンパレードだった。そしてそれらはどれもが一律で「強い」と言われている奴らだった。
俺は無意識のうちに生唾を飲み込んでいた。
「まぁ、今の話は群の中『ゴブリンキング』がいたらの話だけれど……」
「けれど?」
「今回私たちは『ランペイジブルー』に遭遇した。そして今までの遭遇例に『ランペイジブルー』が存在した群の中に『ゴブリンキング』がいなかったことは一度もないの。つまりほぼ必ず『ゴブリンキング』は存在するわ」
アーリィはそう言い切った。
ただでさえ一体だけでも俺とアーリィが死にそうになってまで討伐した『ランペイジブルー』よりも強い個体だと? そんなの——
「冗談じゃねぇ!」
「きゃっ」
俺の大声に驚いたリラが小さな悲鳴を上げた。
「そんな化け物がいるのだとしたらさっさと逃げなきゃだろうが!! こんな悠長に話している場合じゃねぇだろう!?」
「私だって予想外よ、だから焦ってるんじゃない!」
「焦ってるように見えねーし! 村に帰ってきてから今まで何してたんだよ! すぐにでも準備して逃げるべきだったろうが!!」
「そんなことできたらとっくにやってるわよ! でもできないんだからしょうがないじゃない!!」
「なんで出来ないんだよ!!」
「逃げられる場所がないのよ!!」
俺はうっ、と言葉に詰まる。
「この村の近くには避難できる安全な場所がないのよっ!! 馬車があるならともかく全員が徒歩での移動なのよ!? 1日やそこらで移動できる距離なんてたかが知れてるわ!! 昼ならいいけど夜の見張りとかどうするのよ!! 見張りはできても戦える人がいなければモンスターの襲撃から守れないでしょうが!!」
「……ごめん、何にも分かってなかったわ……」
「ふぅ、ふぅ……分かればいいわ……、こちらこそごめんなさい……」
疲れた様子でアーリィは息を吐く。
「さぁさぁ、二人とも喧嘩はそれくらいにしてこれ飲んで落ち着きなさいね」
アマーリエさんがいつの間にか俺とアーリィの目の前にお茶を出していた。
「あ、すいません、ありがとうございます……」
「お母さん、ありがとう……」
出されたお茶を素直に飲む。
これは……ジャスミンティーのような味わいだ。さっぱりしていて美味しいし、なんだか心が安らいだ気がする。
「これ、美味しいですね」
「あら、そう? お口にあったみたいでよかったわぁ」
アマーリエさんは朗らかな笑みを浮かべた。
一息ついたところでアーリィに今後の行動を聞く。
「ところでアーリィ、避難できないならどうするんだ?」
「そうね、救援自体は待ちの方に救援依頼を送ってあるから2日もあれば到着するはずよ。
「そうか……」
「ええ、ただその間にリンにはやってほしいことがあるんだけどお願いしてもいいかしら?」
俺の心臓が跳ねた。
折角アーリィが「私たち」ではなく「私」と言ったのでそこを突っ込むことなくスルーしたのに、お願い事とか。仕方ない、「討伐」じゃなければ手伝おうか。
「お願いって?」
「リンにはさっきのジュースの用意をお願いしたいの。あの回復薬があればきっと私だけでもある程度戦えると思うから。お願いできる?」
なんだそんなことか。
「まぁそれくらいならやるよ」
「ほんとう!? ありがとう、助かるわ!」
アーリィは心の底から助かった、と思っているようで満面の笑みをこちらに向けた。
そんなアーリィの笑顔を見て俺の心がジワリと痛んだ。
「なぁ、アーリィ。他に頼み事はないのか?」
それが俺の良心の呵責から出た言葉だった。どうせなら「一緒に戦って欲しい」とか言って欲しかった。そうすればさっきの言葉を流してしまった「後ろめたさ」が消えてくれるから。
そんな俺の思いなど知ってか知らずかアーリィの口から飛び出した言葉は。
「いいえ、特に無いわよ?」
こんな言葉だった。
その後とっくに冷めてしまった夕食をリラ家の家族と黙々と食べ、使用許可をもらった部屋に戻りベッドに横になる。
未だに俺の心はジクジクと「後ろめたさ」に侵されている。実際アーリィはこんな些細なことなど気にしていないかも知れない。俺が
俺だけ気にして、周りは気にしない。そんないつもの俺だけに見えるどっちつかずの優柔不断な道。
いやいやしょうがないだろ、今回は自分の命が掛かってるんだ! それなら逃げるための
こんな時は、そんな風に自分が納得できるそれらしい理由を無理矢理作ってしまうに限る。それで俺は後ろめたさを忘れられる。
「もう寝てしまおう」
そう、いつだって俺はこうしてきたんだ。だから異世界に来たからと言って今更変わる必要なんてないよな。
毛布を頭から引っ被って無理矢理目を閉じる。静寂の代わりに心の臓の脈打つ音が辺りを支配した。その音がだんだんと穏やかになり、聞いているとだんだん心地良くなり、睡魔が襲い掛かろうとした瞬間気が付いた。
「ギギャ……」
「うわぁー……」
「…ゃぁー……」
「…ギィ…ァ……」
微かに声が聞こえる。耳を澄まさなくては聞こえないほどに小さな——悲鳴。そしてそれと似たように聞こえてくるのはどこかで聞いたことのある醜い声。
ベッドから降りて窓から外を覗く。そうして俺が見た光景は、酷いものだった。
家屋から黒煙が上がっているのが見えた。そのそばに辛うじて見えているのは炎に照らされた『ゴブリン』の顔とテラテラと照らされている
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