第18話
俺とリラが食卓につくと食事が始める。最初俺とアーリィは先ほどの部屋のやりとりのせいで少しギクシャクしていたが、どちらからともなく話しているうちに段々とぎこちなさがとれていった。
俺は頃合いを見てアーリィに話を切り出した。
「なぁ、アーリィ。体の調子は大丈夫か?」
「ん? ちょっと身体は痛いけど大したことないし、大丈夫よ」
「そっか、じゃあちょっとこれ飲んでみてくれないか? 味は保証するからさ」
そう言って俺は懐に持っていた『濃縮マアルジュース』を食卓の上にとん、と置いた。
出された瓶を見てアーリィが関心を示す。
「へぇ〜、なにこれスゴい!」
アーリィはスゴいスゴいと口にしながら瓶を手に取りくるくると手元で瓶を回転させながら忙しなく視点を動かしている。
うーん? そこまで興奮するようなものじゃないと思うんだけど……。
「それたまたま持ってた回復薬なんだけどさ、すげぇ効き目がいいんだよ。だからちょっと飲んでみてくれよ」
「え〜、そんなに効き目が良いのならもったいなくて使いたくないんだけど……、ってそれよりも!」
え?
「ねぇ、こんな高価な瓶どこで買ってきたの!? 今までこんな綺麗な瓶見たことないわ!」
ずずい、とアーリィの整った顔が近付いてくる。
「え、いや、これはその……」
え、ちょっと待って。これどうやってごまかせば良いの?
「と、トップシークレットで、お願いします!」
「え、とっぷ……?」
あれ、もしかして異世界だから英語は通じない、とかそんな感じか?
「ああようするに秘密ですー!」
「え〜〜〜?」
アーリィが大分不満そうな様子だが、流石に『スキルで作った』とか言ったらスキルの数嘘ついたのバレるし馬鹿正直に答えるわけにはいかない。
というかいい加減顔ちけー!
眼前にあるアーリィの蒼玉のような瞳から目を逸らす。
というかアーリィさっきまで照れてなかったか? ある程度解消したとはいえこんな簡単に接近できるの?
だとしたら何という天然娘なのだろうか。
「とりあえずこれ欲しかったら瓶ごとあげるから、その代わりに今ここですぐ飲んで!」
「え、いいの! 分かったわ!」
そういうとアーリィはコルクの蓋をポンと開けた。途端にその場に豊潤な葡萄のような香りが漂い始める。
「あらぁ〜、いい香りねぇ……」
「ん〜! いいにおいがします!」
アマーリエさんとリラもその匂いに興味津々だ。
「お姉ちゃん、わたしにも少しちょうだい!」
「うん、いいわよ」
「あ、ちょっと待った」
アーリィとリラのやりとりを聞いて俺は待ったをかけた。
「このジュースは一応薬だからアーリィが全部飲まないと効果ないんだよね」
「え〜〜そうなんですか……」
リラが目に見えて落ち込んだ。
ふむ。
それを見て俺は食卓の下にアイテムBOXを出現させ『濃縮マアルジュース』をもう一本取り出して、懐から出すフリをしながら食卓の上に置く。
「ここにもう一本あるからリラはこっち飲んで」
「わー! リンさんありがとうございます!」
俺の渡した『濃縮マアルジュース』を掲げながらリラは満面の笑顔を見せてくれた。
うん、幼女の笑顔ってやっぱスゴいいいよね。
「うん、どういたしまして。あ、そうだアマーリエさんも一本どうですか?」
そう言ってさっきと同じようにして『濃縮マアルジュース』を食卓の上にもう一本置いた。
「あらあら気を使わなくてもいいのよ?」
「いや折角なんでアマーリエさんにも飲んでみてもらいたいんですよ。飲んだら感想を言って頂ければそれでいいので」
辞退しようとするアマーリエさんに半ば強引に押し付けるようにして手渡した。正直ここまでよくしてもらったのに今まで何にも恩を返せていないのでちょうどいい機会だ。
「じゃあみんなで一緒に飲みましょうか」
「うん!」
「ええ」
と、三人は蓋を開けてはたと気付く。
「あら、リン自分の分はどうしたの?」
「ああ、俺はもう飲んだから気にしないで飲んでよ」
「リンさんの分ないんですか?」
リラはこちらのやりとりに気がつくと食器のしまってある棚から木製のコップを取り出し自分のジュースを半分コップに注いだ。
「リンさん、はいどうぞ!」
「え、いいよいいよ全部飲んじゃって」
「ダメです! おいしいものはみんなで分けたらもっとおいしくなるんですよ!」
「う、そう……?」
こう言われては大人しくコップを受け取るしかあるまい。片手でコップを受け取り残ったもう片方の手でリラの頭を撫でる。
「リラ、ありがとうね。いただきます」
「えへへ〜」
柔らかな薄緋色の髪の毛が俺の指に掻き分けられてふわりと揺れる。俺が撫でるだけでリラが笑顔になるのならこのまま延々と撫でていたいがそんなわけにはいくまい。
名残惜しそうに手を離す。
「よし、じゃあ早速みんな飲んでみてよ!」
「…………」
「……アーリィ?」
「……ん? わっ、たっ、ゴホンッそ、そうね頂きましょう!」
こちらを何故かボーッと見ていたアーリィがそういうとそれぞれ瓶の中身を傾けた。アーリィだけはラッパ飲みみたいになってたけど。
「(ゴクッ)ん、おいしい!」
「(コクッコクッ)、……ふああおいしい!」
「んっ(コクッ)、あらほんと!」
「お、はははお口にあっているみたいで何よりです」
そう言いながら手の中でワインのように燻らせていたコップを口元に運んだ。
……うん、美味い。相変わらずのマアルの実の旨味が口の中に広がる。
「リン、これどうやって用意したの? こんな美味しいジュース初めてだわ!」
「それは秘密って言ったでしょ、アーリィ」
「えー、どうしてよ? これ商品にしたら間違いなく飛ぶように売れるわよ?」
「え〜そうかもしれないけどね〜、秘密で」
アーリィに強く目で訴えかけると、どうやら諦めてくれたのかはぁ、とため息を吐いた。
「まぁ、しょうがないわね……。あーあ、折角いい儲け話ができたと思ったのに」
そういえばこいつお金ダイスキーだったわ。
「まぁ、とりあえずアーリィはそれさっさと飲み終っちゃってよ。そうしたら回復効果も出るはずだから」
「あ、そういえばこれ回復薬なのね」
アーリィは味わいながらも着実に瓶の中身を減らしていく。そして最後の一口を飲み終えた時——
「おっ、なんだ!?」
飲み終えたアーリィの身体を、ほんのり光るとかそういうレベルではなくまさしくエフェクトと呼んでも差し支えのないくらいの薄緑色の光が包んだ。しかしその光はほとんど一瞬で消えた。
第三者が見るとこんなんなってるのか。自分じゃ一瞬で治ってるからどうなってたか分かんなかったんだよね。
「……うそ、何これ」
当のアーリィはおそらく完治したのであろう自身の身体を確かめているようだ。
「どう、アーリィ治ったでしょ?」
「え、ええ完璧に……」
「ああ、よかった」
これで俺の『薬品生成』で生成したアイテムは誰にでも効果を発揮することがわかった。
俺は満足げに頷きながらコップの中のジュースを喉に流し込む。
「リン!」
ドンッ
「!? ゴフッ、エホッ、ゲホッ……な、なに?」
勢い良く肩に置かれたアーリィの手に驚き咽せる。
……な、なんだよもう……。
「このジュースこれしかないの!? もっとあったり用意できたりする!?」
「え、ああジュースの数はそんなに無いけど、まぁあと
「そ、それもっと用意できたりしない!? 容器が無いなら渡すから!」
アーリィの物凄い剣幕にちょっと引いた。
というかちけぇから! なんでこの子こんなすぐに密着してくんの!? 俺に気でもあるの!?
「ま、まぁ『マアルの実』があれば用意はできるけど……」
「やっぱり『マアルの実』なのね! 分かったわ、渡すから出来るだけ急いで用意してもらえないかしら?」
「え、それはいいけど……そんな急ぐ理由って何かあるの?」
何か引っかかってそう質問するとアーリィは真剣な面持ちになった。
「近いうちにゴブリンの襲撃があるかもしれないの」
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