第15話

 〜アーリィ〜


 私は負傷したリンを背負って森を後にした。もちろんランペイジブルーの討伐部位と換金できる魔石は回収してある。理由はもちろん後でリンに渡す為だ。常時特別討伐対象のモンスターから取れる素材はどれも貴重で需要があり、高値で売れる。

 流石にあれほどのモンスターを倒して報酬が無いというのは、助けられた側としては気がひけてしまう。


 「う、うぅ……」


 背中のリンが苦しげに呻く。さっきからリンはずっとこんな調子だ。やっぱり相当に辛いみたいでリンの顔には苦悶の表情が浮かんでいる。

 話していた時は、どこか戯けた調子で痛がっていたので実際そこまで心配していなかった。でも私がその、勢い余ってリンに抱きついた時に気がついたら気絶してしまっていた。その時の顔を見てやはり相当に辛かったのだと理解した。

 リン、もうちょっと我慢してね、もうすぐ村に着くから……!

 村と森の距離はそこまで離れていない。大体大の大人が歩いて2時間くらいの距離だ。


 私は懸命に足を動かした。歩く度にリンが苦痛に呻く、それが私の中に焦燥感を生み私の足を早めていた。


 「(ガッ)あっ!」


 足早だったせいか足をつんのめってしまう。


 「……とっとと」


 これ以上リンに怪我を負わせるわけにはいかないので、なんとか踏ん張って転倒だけは阻止した。


 「ふぅ……」


 私の視界にある村は懸命に足を動かしていたおかげか、かなり近づいている。

 あと少し……!

 転倒せずに済んだことに安堵して、私はゆっくりと歩を踏み出した。




 村に到着すると、キーラおばさんとその息子のアンガスがこちらに気付いて慌ただしく駆け寄ってきた。


 「まぁぁどうしたのアーリィちゃん!」

 「キーラおばさん、マリーを呼んできてもらえませんか?」

 「え、えぇそれは良いけど、アーリィちゃんは大丈夫なの!?」

 「私はリンよりは軽傷なので……、とにかくお願いします」

 「……分かったわ。アーリィちゃんの自宅に呼べば良いわよね?」

 「はい、お願いします。……うっ」


 いったぁ……。

 ぶつけた背中がズキンと痛んだ。


 「おっおいアーリィ大丈夫かよ!?」


 今まで私とキーラおばさんとのやりとりをオロオロと見ていたアンガスが口を開いた。


 「あはは……、大丈夫よ」

 「なわけねーだろ! そんなにあちこち怪我してんじゃねーか!」

 「うん、でも見た目ほど酷いわけじゃないから……、それよりもこの人、リンを私の家まで運んであげてくれないかしら?」


 私の心配をしてくれることは素直に嬉しい。でも今の私には自分の命よりも優先したい人がいる。だからかな——


 「そんなよそ者よりも自分の心配しろよ!」


 アンガスの言葉に腹が立ったのは。


 「……何よそれ。私を助けてくれた、私の、私の命の恩人に向かって……、何よそれぇ!!」

 「え、いや、俺は——」

 「あなたは人に受けた恩を仇で返すような人なの!? 命を懸けて自分を守ってくれた人にそんなこと言うの!?」

 「あ、それはちが——」


 アンガスは私の幼馴染で、私が冒険者になるまではよく一緒に遊んでいた。だからいろいろ相談も今までしてきたし私が落ち込んでいたりすると励ましたり、慰めたりしてくれていた。

 そんなアンガスの口から私の望んでいない言葉が出てきてしまったのがショックだった。


 「……もういい」

 「え、アーリィ違うんだ、俺はただ——」

 「もういい! アンガスには何も頼まないッ!!」


 鬼気迫る私の様子にアンガスが怯む。私は滲んだ涙を拭った。

 リンを運ばないと。

 アンガスあのバカはもう当てにしない、したくない。私は再びリンを背負って家を目指した。いつのまにか私の周りには何事かと集まった村人たちがいたが、私の様相を見て近寄ってくる人は誰もいなかっ——いや。


 「アーリィ〜!」

 「ッ、マリー!」


 どうしてこっちに?

 そう聞くより早く、マリーが説明する。


 「あなたの声がこっちから聞こえてたからぁ、直接会いにきたのぉ〜、もう村中に丸聞こえよぉ?」

 「え、えへへそうなの?」


 それは恥ずかしい! 馬鹿みたいに癇癪起こしちゃってたのにそれが村中に?


 「もぉう、真っ赤になるよりもやることがあるでしょお?」

 「あっ、そうよリンを、リンを治癒してあげて!」

 「分かってるわよぉ、ほらぁ早くそこに寝かせてあげてぇ?」


 言われた通りに優しく丁寧に、足を刺激しないようにリンを下ろす。


 「あらぁ、これは……」


 リンの身体を見て、マリーの様子からおっとりとした感じが抜けた。


 「このままじゃあ治癒ができないわねぇ、一度足を正常な位置に戻してあげないとぉ……」


 真剣味を帯びた表情でマリーがリンのねじれた足側に立ち直す。


 「アーリィ、すこぉしリンの身体を暴れないように押さえててねぇ?」


 マリーの真剣な表情を見て、


 「うん、分かった」


 素直に従いリンの両腕を動かないように押さえつける。


 「出来たわ」


 しかし、マリーはその押さえ方に納得がいっていないようで、更に指示が飛ぶ。


 「だめよそれじゃあ、もっと体を使って押さえなきゃあ……、そうねぇ身体をリンの身体に押し付けながら腕を押さえてくれるかしらぁ?」

 「えぇ!?」


 少し羞恥心が顔を出したが、四の五のと考えている間もリンが苦悶の表情を浮かべているのが見えた。私は意を決してガバッと自分の身体でリンの身体を軽く押し付けて更にリンの両腕を押さえた。


 「ふ〜ん?」

 「な、なに他にもあるの?」


 意味深な様相で何か納得したような表情を浮かべたマリーに疑問を投げかけるが。


 「えぇ別にないわよぉ? それよりもぉ始めるわねぇ〜」


 そう言ってマリーはリンのねじれた足を持ち上げる。


 「うぁ……!」


 マリーはリンが顔を歪ませたのにも気を留めず——


 「んっ」


 グリィッ!


 「ッはああぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!」


 マリーが一息にリンの足のねじれを直すと押さえていたリンの身体が激痛に身体を跳ねさせた。リンの頭部が私の胸元にめり込む。


 「んぁ、……リン、我慢してね……!」


 大丈夫、ちょっと驚いただけ。恥ずかしいとかじゃない大丈夫。


 リンの荒い吐息が押し当てられた衣服を貫通して私の肌に届く。私は暴れようとする身体を必死に押さえ続ける。


 「アーリィ、今からヒールを掛けるからぁもうすこぉしだけ頑張ってちょうだいねぇ』

 「わ、分かったわ!」


 そんなやりとりの間もリンの荒い吐息が止むことはない。正直ちょっとくすぐったい。

 しかしそんなことを気にしている余裕もないので、なんとかその感覚を意識しないように努力した。

 マリーがリンの負傷した足に優しく手を被せて唱えた。


 「ヒール……、ヒール……、ヒール」


 マリーがそう唱える度にリンの荒い息はだんだんと穏やかなものになっていった。それに応じて暴れていた身体も徐々に大人しくなっていった。

 それからマリーが何度か再びヒールを唱えると、やがてリンの口からは規則正しい穏やかな寝息が聞こえてくるようになった。


 「はぁい、これでリンさんは大丈夫ねぇ〜、じゃ〜あお次はぁアーリィかしらねぇ」


 パッと笑顔を見せながらなんてことないようにマリーは言ったが私は知っている。


 「マリー、無理しないで。私は大丈夫だから、ありがとね」


 私はマリーの気持ちに感謝して、リンを家まで運ぶために腕を持つ。


 「アーリィ……」


 マリーが私の肩に手を置いてきた。私の動きが止まる。


 「治させて」

 「……分かったわ、お願いしていい?」

 「もちろんよぉ、ありがとう〜」


 マリーの真剣な面持ちに私は折れた。リンの腕を丁寧に下ろしてマリーへと向き直る。


 「ヒール」


 マリーの詠唱が聞こえた途端、私の怪我をした箇所が淡い緑の光に包まれる。じんわりと内側から温かくなる。数秒も経つと私の身体からは大幅に痛みが抜けていった。


 「マリー、ありがとう。あとは私がやるからあなたは休んで」


 気遣いからそう言うが、マリーはそれをやんわりと断った。


 「いいえ〜、まだ終わってないからぁあなたの家までお供するわよぉ」


 普段の優しげな仕草と裏腹に瞳に込められた決意のギャップが少しだけおかしくて、つい笑ってしまった。


 「……ふふ、はぁ、分かったわ。お願いするね」

 「もちろんよぉ〜」


 私とマリーはリンの腕を片方づつ肩に担ぎ、力を合わせてリンを自宅に連れて行く。おっとりした顔を顰めて一生懸命になっているマリーを見て——


 「……ふふっ」

 「なぁに〜?」

 「ん〜ん、なんでもない」

 「えぇ〜? 本当にぃ〜?」

 「本当に何でもないわよっ……、ありがとう」

 「ふふふ〜、こちらこそぉ」


 また笑った。

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