第14話
〜アーリィ〜
「う、んん……」
辺りには鉄の臭いが広がっている。目を覚ました私はそんな臭いに顔を顰めた。
「痛っ……! あれ、私……?」
まだ呆けている頭を振って脳の覚醒を促す。
いったいあれからどうなって……?
私は確かブルーランペイジに遭遇して、それでリンを何とか逃がそうと——
「そうだ、リンは!?」
ちゃんと逃げてくれたのかな。村の無事を祈る私にとって大事なのはその一点のみだった。私はリンが立ち尽くしていた場所に目を向ける。
……いない、よかった。ちゃんと逃げられたのかな。
逃げてくれたのならもうブルーランペイジの出現をきちんと知らせてくれたはず。
ひとまず安心できた私は次は自身の安全の確認の為に辺りを見渡す。さっきまでは呑気に寝ていられたが、「今」も安全とは限らないのだ。
「(キョロ…キョロ…)。大丈夫そ、うね……?」
とある一点に目が止まる。何者かが地面に倒れている。
嫌な予感がした。
うそ、うそうそうそウソでしょ……?
軽く地面から持ち上げていた身体を本格的に起こして立ち上がる。
その倒れている者は私の知るリンに良く似た服を着ていた。その者の片足は足の付け根から不自然なくらいに捻れていて重傷なことが容易に窺えた。
徐々に歩を進めてその者に近づいていく。
「あ、ああ……、ああぁぁぁ……!」
顔が良く見える位置まで来た途端に膝から地面に崩れ落ちた。顔が見えるまではまだ断定ができないのである程度結論は出つつも認められないでいた。
でも、顔が見えた、見えてしまった今、認めざるを得なかった。
「リン……!」
リンは口を半開きにし、眠ったように目を閉じていた。私はギルドの冒険者をやっているおかげか、人が死んだとき、その表情はただ眠っている人となんら変わりのないことを知っている。
泥に塗れたその顔からは未だ生気の感じられる赤みが帯びているのが読み取れるが、おそらくそれは亡くなってからそれほど時間が経過していないということに他ならないだろう。
「……! ということは!」
ランペイジブルーがこの場を離れて間もないということ! それなら今から追いかければまだ追いつけるかもしれない!
そうとなれば、いつまでもこうしている訳にはいかない。
近くに落ちていた私の剣と、リンの足元に転がっていたリンが使っていた剣を素早く回収する。
コンッ
「あっ」
回収する際リンのよりにもよって捻れていた足の方に当ててしまった。私はごめんなさい、と謝ろうとした——が。
ガバァッ
「いってえええぇぇぇぇ!!」
何が起こったか理解するのに数十秒の刻を要した。
何が起こってるの? え、だってリンはランペイジブルーに襲われて死んでしまったはず。まさかランペイジブルーから逃げきった? どうやって? 何かを囮にして逃げおおせた? 気絶していた私、じゃないとすれば何を囮に——
ま さ か。
「リン、どうして無事なの……?」
「おおおぉぉぉぉ……! 無事って、この足見て言ってる?」
「ランペイジブルーはどこに行ったの……?」
「は? いやどこも何もそこに——」
「まさか村の方に逃がした、とか囮にした、とか言わないわよね!!」
「え? いやいやいや。落ち着けってなんでそんな顔してるんだよ?」
「いいから答えて!」
いつまでも飄々と戯けたように話すリンに思わず語気が荒くなる。そんな私の態度が不快だったのだろう、リンは唇をムッとさせた。
「なんでそんな態度なのか分からないけど、ランペイジブルーならそこに転がってるっつの、ほら」
そう言ってリンは自分からさほど離れていない少し高い草の茂る場所を指さした。
は? 倒した? あの常時特別討伐対象指定のランペイジブルーを?
嘘だ。そう言おうとして再びリンの顔を見た。しかしその顔はどこか不機嫌ではあるが嘘を言っている顔には見えなかった。
私は真相を確かめるためにリンの指し示した茂みに入る。
「ウソでしょ……、本当、だったの?」
茂みの中に入った瞬間、ランペイジブルーの死体が目に入る。それは斬れないはずなのに脇腹が裂け、胴体にあるはずの首が切断されていた。
「どうよ、本当だったでしょうが」
私は返事をしなかった。いや、出来なかった。別のことに気を取られていた。
ランペイジブルーが討伐されているということは村に危害が及んでいないわけだ。つまり私の危惧は杞憂に終わったのだ。
そしてそれは私が今こうして無事な理由でもあった。
ゴブリンは他種族が相手でも子を為すことができる。それは人間相手でも変わらない。だからゴブリンは対象が女、または雌と見るや襲いかかり無理矢理にでも子を宿させるのだ。
ランペイジブルーもゴブリンであることに変わりはない。つまりリンが本当に私をおいて逃げてしまっていたら、間違いなくランペイジブルーの苗床となっていただろう。
村が無事だと理解すると、私の頭の中にはそんな最悪の展開が想像されていた。
「おーい、アーリィどうした?」
そう考えるとリンは私の恩人ということになる。
そこまで考えると、今まで見えなかった部分に目がいくようになった。
「ッリン、足以外もすごい沢山怪我してるじゃない!」
「え? あぁーこれ? 結構派手に地面に突っ込んだりしてたからなぁ、その時できたんかな……、あてててて、意識するとやっぱいてぇや」
こんなに全身傷だらけになって……、泥だらけになってまで、私を見捨てずに残って戦ってくれたんだ……。
「あー、いってぇな……アーリィ、ちょっと肩貸してくれないかな? 流石に村に帰るでしょ? 一人じゃちょっと歩くの結構きついんだよね……、って聞いてる?」
困ったようにこちらに笑いかけてくるリンの顔を見ると、どうしようもなく我慢ができなくなった。
感情に任せて動いてしまった身体をそのままの流れに委ねる。
「(バッ)リン……!!」
「え? わ、ちょっ、(ガシィッ)!? ぎいぃやああぁぁぁ!!?」
リンに抱きついた私は、力強くギュッと更に抱き締める。リンの身体が何故かやたらとバタついてるけど全く気にならなかった。
「ちょちょちょああああああアーリィ当たってる、当たってるってええぇぇぇ!!」
「ありがとうね、ありがとうねリン……!」
「えええ泣いてる!? ちょ、ま、泣きたいのはこっちイイィィィィ!!! アッ……(ガクッ)」
リンに抱きついていた私が我を取り戻し、リンの怪我した足に乗っていたことに気がついたのはそれから数分経った後だった。
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