第13話
〜アーリィ〜
「ランペイジブルー……!」
震える声で化け物の名を私自身に言い聞かせるように呟く。リンがこちらを向いた。ランペイジブルーと私の顔を交互に見る。どうすればいいのか悩んでいるようだったけど決断できたのか行動を開始した。主に逃走という方向で。
そんなリンの姿を見て私は特段落胆することはなかった。目の前にあんな化け物、ましてやあの常時特別討伐対象に指定されているランペイジブルーが現れたら誰だって逃げる。出来ることなら私だって逃げたい。でもそれは絶対に出来なかった。
ここ、アレイルの村から南東に位置するアレイルの森は村とはそこまで距離が離れていない。そのためこの森に強力なモンスターが出現した場合放置してしまうと高確率で村へのモンスターの侵略が始まってしまうのだ。もしそうなってしまえば私の家族を含め村の住人たちが甚大な被害を被る事は避けられないだろう。
そんな未来を想像すると、私の背中に冷たい汗が流れた。
私の命を賭けても目の前のコイツを野放しにするわけにはいかない!
「ランペイジブルー……、私が、ここでお前を倒す!」
剣を抜き放ち、ランペイジブルーに接近する。
ランペイジブルーの攻撃方法は至極単純だ。個体ごとに持っている武器に多少の違いはあるが、攻撃方法は単純で手に持っている武器のみでしか攻撃を行わない。スキルでの攻撃方法もあるが、それも基本的には武器による攻撃だ。
そんな単純な攻撃しか行わないランペイジブルーがなぜ常時特別討伐対象に指定されているのか。それは——
カィンッ!
「っ、やっぱり、固い……!」
何度か攻撃を繰り出すが、ランペイジブルーの鍛え抜かれた肉体にいとも容易く弾かれてしまう。
そう、硬いのだ。ある一定以上の硬度を誇る武器でないとランペイジブルーは傷ひとつつかないのだ。一般的にはミスリルや魔鋼製の剣であれば何とか傷をつけられると言った具合なのだ。
でも私はその情報は誇張であると正直タカを括っていた。私の剣はミスリルや魔鋼ほどの硬度はないにしても、魔鋼と比べたら若干劣ると言われている「黒鋼」で出来ている。だから多少切れ味は悪くとも多少はダメージを与えられるだろうと思っていたのだ。
「まさか傷ひとつつかないなんて……」
これじゃあもう後は魔法ぐらいしか攻撃手段がない、けど……!
「詠唱なんてさせてくれないわよねッ、くっ!」
振り下ろされる巨棍を身を躱して避ける。
攻撃を避ける分には、ランペイジブルーの攻撃はそこまで速くない。仮にもあんな巨大なものを振り回しているのだから当然だ。
しかし攻撃の間隔は遅いというわけではないのだ。私の詠唱速度からすると、どれだけ早く唱えてもギリギリ回避が間に合わない、かもしれない。断言はできない。それほどに絶妙なタイミングで巨棍が襲ってくるのだ。
リンがまだ逃げずに居てくれていれば囮をこなしてもらってその隙に詠唱も出来ていたのだが。
でも、リンはいない。我先にと逃げてしまったのだ。
いない者のことをいつまでも引きずっていてもしょうがないわよね……。
覚悟を決めろ、私。
ランペイジブルーの猛攻を躱しながら着実に呼吸を整えていく。
次の攻撃が来た後すぐ詠唱、攻撃の後すぐ詠唱……。
何度も心の中でやるべきことを反芻する、より早く行動に移せるように。
ふぅ……ッ、来た!
私は振り上げられた巨棍を確認した後即座に辺りを見回す。手頃な木があればそれの陰に身を屈め、万が一の詠唱中の盾にしようと思ったのだ。
しかし私の目に映ったのは木、などではなく——
「なんで……!」
呆然とこちらを見つめるリンの姿だった。
なんであんなところでボケっと突っ立てるのよあいつは!
リンが村まで逃げて村長にでも事情を説明すれば、すぐにでも警戒態勢を整え近くの街に救援を求められたはずだ。なのに何故あんなところでリンは突っ立ってるのか?
「!? あっ、くぅ……!」
一瞬気を取られたせいで回避行動が遅れてしまった。無理な体勢の回避になってしまったためか、足首に痛みが走る。どうやら捻ってしまったのだろう、私の足首に鈍い痛みが継続している。
なんにせよ早くリンを逃さないと……!
そして救援を呼んでもらうのだ。そのためにも——
「何をしているのッ、早くこいつのことを村にッ——」
呆然と突っ立っているリンに怒声を飛ばす。そして私のその行動は再び私自身に隙を生むきっかけになってしまった。
あ、しまっ——!
「うっ!」
足首の痛みに一瞬怯んでしまったせいで回避が遅れてしまった。やむなく私に振るわれた巨棍を剣で受け止めるが、流石の怪力に為す術なく私の身体は宙を滑るように吹き飛んだ。そして——
ドゴッ!
「っぅあ!」
強烈な衝撃が背中を伝い脳を麻痺させた。
私の視界に映るリンは未だ呆然としたまま動いていない。
リン……逃げてッ……! 村に伝えて……、おね、が……。
そんな私の祈りは果たしてリンに届いてくれたのだろうか。視界の霞む私に見えたのは、最後まで立ち尽くすリンの姿だった。
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