第12話

 「ガァギャギャギャギャ!!」

 「わあッ!」


 嗤いながら振り下ろされた巨棍を何とかそこから飛び退いた。直後衝撃が地面を伝わり俺の足まで届いた。振動で足を滑らしそうになるが何とか耐える。

 冗談じゃねぇよ……、何だよこいつ、こんなのにどうやって勝てってんだよぉ……!

 無意識に足が後ろへ下がる。次いで身体が反転する。

 本能が、俺の生存本能が「逃げろ」とこれでもかというくらい警鐘を鳴らしている。しかし、肉体は逃げようとしているのに心がそれを許さなかった。

 ランペイジブルーの攻撃はない。弱者である俺がどんな行動をするのか興味深そうにでも見ているのだろうか。


 俺はその場に立ち尽くす。俺の心が「逃げろ」「助けろ」と激しく揺れ動く。

 そうして決着がついた。


 「ああぁくそっ!!」


 苛立たしげに叫び踵を返す。

 腹は決まった。絶対に、何が何でも助ける!


 「ガギギャァ……」


 「ほう?」 とでも言っていそうな風に振り返った俺を見てランペイジブルーが首を傾げる。


 「クソが、あんまり俺を舐めるなよ……!」


 そう言って俺は剣を構える。

 けっ、どんなに強がってもやっぱり震えが止まらねぇ……。


 俺の構えを見たランペイジブルーも、いつでも攻撃を加えられるようにと臨戦態勢に入った。

 お互いが構えた数秒後、殺し合いが始まる。


 「うおおおぉぉぉぉぉ!!」


 先に動いたのは俺、小面に剣を構えて突っ込む。ランペイジブルーの巨棍が迫る。


 「うわっ!」


 牽制のように振るわれた巨棍を足を止めて通り過ぎるのを待つ。

 振り切られた直後再び加速し、ランペイジブルーの肉体に迫る。しかしその時振り切られた巨棍が返されて来た!

 薙ぎ払うように真横に振るわれたのが功を奏した。俺はその巨棍をしゃがむことで回避する。そして俺は目の前のランペイジブルーの脇腹目掛けて剣を振るった!


 ズバッ!


 「ガァァァ!?」


 己の肉体を斬られたランペイジブルーは怒り狂い巨棍を俺に叩きつけるように振るう。


 「だぁっ、危ねぇ!」


 それを素早く真横に移動して躱す。それを良しとしなかったのだろう、ランペイジブルーは怒りに任せて滅茶苦茶に巨棍を振り回した。そこかしこから木々の折れ砕ける破砕音が響き渡る。その様相はまさに暴れる青ランペイジブルーと呼ぶにふさわしい者だった。


 怒りに震える双眸が俺の姿をとらえる。


 「ガアアァァァ!!」


 雄叫びを上げながら迫り来るランペイジブルーが力任せに巨棍を振るう。


 「ふっ!」


 さっと身を屈め、頭上を巨棍が通り過ぎた瞬間走り出し今度は狙いやすい足を斬りつけた。


 ザッ!


 「ギャアアア!!」


 ランペイジブルーがバランスを崩し、その場に転ぶ。この時、俺の脳裏には一つの結論が浮かんだ。

 こいつ、そこまで強くない?

 確かに膂力においては恐るべきものがあるが、戦闘においてはただ力任せに巨棍を振り回すだけ。滅茶苦茶に振り回されれば手出しが躊躇されるが、それ以外は振り下ろすか横薙ぎに振るうかの二択だけだ。

 確かに当たれば痛いだろう。しかし恐怖に負けず何とかしっかりと見ていれば避けられない攻撃ではない。事実俺は何度か攻撃を避けることに成功している。その成功例を忠実に再現すれば良いだけなのだ。


 よし、何とか、これならいけるか……?


 息を整える。すぅー、ふぅー。よし。

 ランペイジブルーは暴れるのを止め、ようやく立ち上がったようだ。いまだにこちらを射抜く視線には憤怒が宿っていることからしてきっとまた単調な攻撃を仕掛けてくるのだろう。

 こちらの心の準備は万端だ。身体ももはや本能からの逃走を選択することはない。俺は剣を力強く握りしめ——


 「うおおぉぉぉぉ!!」


 突進する。それを見たランペイジブルーは——


 「ガアァァァァ!!」


 よし!

 俺は振りあげられた巨棍を見て内心ほくそ笑む。後は俺がしっかり避けて一撃を加えるだけだ。

 振り下ろされた巨棍をしっかり確認し、ひょいと避ける。

 よし、これで終わりだ!


 ドンッ!


 「はっ?」


 跳躍したランペイジブルーの握る巨棍には赤い光が灯っていた。それをランペイジブルーは呆然とする俺目掛けて叩きつけた。


 「ぐぅッ!?」


 辛うじて回避行動を取ったが巨棍が俺の踵を捉えた。刹那巨棍が地面に到達し先ほどまでとは比べ物にならないほどの衝撃が発生する。

 その衝撃は凄まじいもので、叩きつけられて発生した衝撃波が俺の身体を飛ばし——


 ガンッ!


 「がっ…は……!」


 頭と背中を木々に激しく打ちつけた。衝撃で思わず意識を手放しそうになる。しかしそんなことをしたら最後、俺がたどる末路は間違いなくミンチだ。

 揺れる視界に苦しみながらも何とかその場に立ち上がる。その間にもランペイジブルーが足を引き摺りながらこちらに迫ってくるのが見えた。


 「あぁ、く、そっ!」


 頭を振り、何とか揺れる視界を戻そうと試みるが残念ながら戻らなかった。ランペイジブルーが巨棍を振り上げるのが見えた。


 「うぅ、ああっ!」


 おぼつかない足を動かし、倒れるように巨棍を避ける。無様に地面に倒れた俺はついた土や泥を気にする余裕もなく、ふらふらと立ち上がる。その間にも再び巨棍が迫る。


 「くっそぉっ……!」


 同じように倒れて避ける。しかしそれにしてもおかしい。視界が揺れて足元がおぼつかないのはわかるが、うまく足が動いてないように感じるのは何故だろうか。

 何気なく、足を見た。


 「えっ?」


 足首から先が真横を向いていた。


 「え、は、何でッ、あっ、が、あああぁぁぁぁ!!!」


 何でだッ、俺の足がッ、何でこんな!?

 そういえばあの時、踵を掠っていったような……。


 「ああぁぁぁ掠っただけでッ、コレかよッ、ううぅぅぅ……!」


 足の惨状に気がついてしまったせいなのだろう。想像を絶する激痛が俺の足を絶え間なく襲う。


 「ハッ!」


 しかし、そんな状態でもランペイジブルーの攻撃は止むことはない。次々と振るわれる攻撃を苦痛に呻きながら避け続ける。地面に倒れる度に激痛で涙が出る。

 もう逃げたい……! 変な正義感で動いたばっかりに、畜生!

 アーリィを見る。どうやら未だに意識を取り戻していないようだ。

 そんな確認をしている間も攻撃は止まらない。俺は涙で滲む視界で巨棍をしっかり視界に捉えながら何とか避け続けた。


 「あぁッ、畜生!」


 一体何度目になるのか分からない棍棒を死に物狂いで避ける。


 「ゲハァ、ゲハァッ……」


 苦痛と疲れで相当俺も参っているが、ランペイジブルーの息遣いを見るにアイツも相当参っているように見える。よく観察してみれば、ランペイジブルーの周りにはだいぶ血が飛び散っている。どうやらランペイジブルーは失血のせいでも疲弊しているようだ。

 この状態はまさしくチャンスなのだろう。ただし、俺の体が動けばの話だが。

 ランペイジブルーが疲弊している隙に、俺は何とか痛みを堪えて無理やり立ち上がることに成功した。

 武器は……、よし、取れる。

 片足を引きずって剣を拾う。俺が剣を拾うと——


 「ギャアアオオォォォ!!」


 それまで大人しくなっていたランペイジブルーが再び怒り狂い、こちらに巨棍を振り下ろした。


 「だあぁぁぁ!!」


 俺は地面が柔らかいのを良いことに思いっきり真横にダイブした。


 「ぐうぅぅぅ!!」


 着地の衝撃で尋常ではない痛みが俺を襲うが今回だけは気力を振り絞って強引に痛みを堪える。そして無事な足だけで片足ダイブをランペイジブルー目掛けて決行した。

 目を剥いて驚愕の表情を浮かべるランペイジブルーの首筋目掛けて剣を一閃する。


 「死ねやあぁぁッ!!」


 ズバンッ!


 「ガ…グガガ……ァァ……」


 首筋を押さえて苦しんだランペイジブルーはゆっくりと後ろに倒れる。


 ズン…ドオォンッ


 大きな音を立てて倒れたランペイジブルーに這い寄り胴体に剣を突き刺す。


 「…………」


 ランペイジブルーは痛みに呻くことも、身動ぎ一つすることもなく沈黙していた。


 「や、った……やったぁ……やったぞぉあぁぁぁ!!」


 カランッと剣を手放し仰向けになる。両手で握り拳を作り——


 「よっっしゃああァァァ!!!」


 ガッツポーズを天に向けながら腹の底から咆哮した。

 

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