第10話

 さて、3日目の朝がやってきた。

 いつの間にか見慣れた部屋のベッドから身体を起こす。あちこちが少し軋んでいる。これはまぁ筋肉痛だろう。結構剣振ってたし。武器とは言ってもあれ鉄の塊だからね? そらやっぱり筋肉痛は避けられないだろう。


 因みに傷による痛みはもう存在しない。昨日までは響くような痛みがあったのだが。日本にいた時と比べると明らかに自然治癒力が上がっている。これはやはり異世界の影響なのだろうか。


 そんなことを考えながらベッドから下りて一階への階段を降りる。

 一階に降りるとすでにこの家の住人達がいた。


 「お兄ちゃん起きたの!? おはよう!」

 「あら変人リン、おはよう」

 「リンさん、おはようございます」

 「ああ、リラ、おはよう。アマーリエさんもおはようございます」


 俺はいつ見ても愛らしいリラと、これまた美人なアマーリエさんに挨拶した。


 「ちょっと、私は?」


 とても不服そうな顔でアーリィが自身を示す。


 「うわぁ、今日のご飯はとても美味しそうですね!」

 「うふふ、ありがとう。ほら、リンさんも座って、一緒に食べましょう」


 そう言ってアマーリエさんは俺に着席するように促す。もちろん俺はそれに従った。


 「ちょっと! いい加減に無視するのやめなさいよ!」


 いい加減鬱陶しいのでアーリィに反応してやることにする。


 「え? もしかして俺に話してた?」

 「それ以外に何があるのよ」

 「え? ヘンジンさんでしょ?」

 「あなたよあ・な・た!」

 「ちょっと、人差し指でグリグリしないでくれよ」


 全く、意外と痛かったりするんだからね!

 それに、昨日ようやっとあの変態類を見るような目から解放されたと思ったのに同じようなネタで絡まれるなんて冗談じゃ無い。


 「まー、俺の名前はリンだからね。ちゃんと呼ばないと反応しません」

 「子供か」

 「バカな……、俺の精神年齢が見破られただと……!?」

 「? 何言ってるの?」


 おっとこれは新しい。まさかそんな反応が返ってくるとは思わなんだ。


 「……あーごめん、なんでもないっす」


 アーリィが小首を傾げている。まさか「精神年齢」が何なのか分からないのだろうか。これは日本と同じ掛け合いをしようとしたら自分にしか分からないネタを披露して赤っ恥をかく日もあるかもしれない。気をつけよう……。


 「ほぉら、もういい? そろそろリラがお腹が空いてしょうがないみたいよ?」

 「あっお母さん! べ、べつにわたしはまだ——」


 くぅー。


 何かよく分からないがとても可愛らしい音が聞こえたような。


 「…………」


 見ればリラが席を立ち上がった格好で静止している。見ればその愛らしい顔が真っ赤に染まりきっているではないか。


 食卓にしばし静かな時間が過ぎていく。

 その間、俺たちの視線はリラに釘付けだ。

 やがて、沈黙に耐えかねたリラがアクションを起こした。ゆっくりと椅子に座り直し、俯きながら一言。


 「(おなかがすきました……)」

 

 それを聞いた一同は一様に頬を緩めた。いや、これはやばいよ。キュンキュン来ちゃったよオイ。


 「うんうん、ご飯にしましょうねー! はーもう、なんでうちの妹ってばこんなに可愛いのかしら!」


 うりうりよしよしと、真っ赤になって俯いたリラを抱いてアーリィが至福の表情を浮かべている。

 く、いいなぁ俺もよしよししたいなぁ!


 「そうね、早くご飯食べちゃいましょうね。さぁアーリィ、リラ、リンさんも神様にお祈りして——。さぁ、食べましょう!」


 こうして俺の異世界3日目の朝の一幕が過ぎていった。




 さて、俺とアーリィはというと食事を終えた後はここ、森へとやって来ていた。それは何故かって? 勿論『探索』のためである。昨日の成果で『合格』というお墨付きを得た俺はめでたく戦力の一人として数えられ、こうしてお供としてアーリィに連れまわされているのだった。


 「はぁ〜、帰りてぇ……」


 脱力し、ため息と共にそんな独り言がつい漏れる。


 「なぁに? こんな美人と2人きりがそんなに不満なの?」


 俺の独り言を耳ざとく聞きつけたアーリィがこちらを向く。


 「いや、その点についてだけは満足だけど状況がなぁ……」


 街とかだったらテンションも上がるけどなぁ……。こんな森の中じゃムードもへったくれもないやろがい。


 「へ、へぇ〜? 私のこと美人だって思ってるの?」

 「まぁそれだけ容姿が整ってる人がブサイクだとか、そんなことはないだろー。少なくとも俺は綺麗だと思ってるしなー」

 「!? へ、へぇ〜そうなんだ、ふ〜ん……」


 でもどんなに綺麗でもやっぱ俺は朱音ちゃん一筋だからな。あぁ、この世界で無事に会えるんだろうか。それだけが心配だ。


 「ん、あれ、アーリィどした?」

 「べ、別になんでも!?」


 顔を薄く朱に染めて大袈裟な手振りでなんでもないアピールをするアーリィに、俺は「ふ〜ん」と軽く納得したように見せる。


 二人して辺りをキョロキョロしながら探索をしていると。


 「リン、あれ見て」


 リンが小声でとある一点を指さした。


 「ん、どした?」


 言われて目を向けると五匹のゴブリンが輪になって腰を下ろし、食事をしている最中だった。放つ言葉は理解出来ないが、仲間内で随分楽しそうに盛り上がっていた。


 「あの五匹仕留めるわよ」

 「了解」


 俺が了承すると、アーリィは近くに落ちていた小石をゴブリンが固まっているそばの茂みあたりに放り込む。


 ガサッ


 驚いたゴブリン達は慌てて自分たちの武器である棍棒を手繰り寄せ音のした方向への警戒を開始する。そうして注意が完全に俺たちから外れた後、アーリィは音を立てずにゴブリンに肉薄した。無論俺もそれに倣った。

 至近距離、お互いの息遣いが聞こえるくらいの距離になってからゴブリン達は敵の、つまり俺たちの接近に気がついたようだった。しかし、遅すぎた。

 まずは最も接近できた二匹の首をアーリィと俺の二刀で切断。次いで俺は振り抜いた剣を返してゴブリンの胴体を袈裟斬りにした。最後に振り下ろされたゴブリンの棍棒を横にひょいと交わして横薙ぎで胴体を一閃した。


 剣についた血を払い、剣を納めて額の汗を拭った。


 「おつかれ〜」

 「ええ、お疲れ様ってやっぱりあなた凄いわね」


 俺の作り出した惨状を見てアーリィが目を見開いた。


 「いやーそれほどでもないよ」


 実際勝手に身体が動いているような感じだし。もう完全に委ねてるだけだからね、本当にそれほどでもないのだ。

 ちなみにアーリィの方は最初の一匹以外は手数で失血死させた、というような感じだった。しかし、手数で勝負したのなら体力が少しくらい減っていてもいいはずなのにアーリィはけろりとしていた。


 「じゃあ、剥ぎますかね」

 「えぇ、そうね」


 短く言葉を交わし作業に入る俺たち。しかしお互いに手慣れたものでものの数分で終わった。


 素材回収を終えて、俺たちは再び探索を続ける。

 すると、アーリィが再び何かを見つけたようで手招きをしてこちらに知らせて来た。


 「今度はどしたん?」

 「ついて来て!」


 今度は指をさしたりするのではなく、アーリィ自らが対象物に接近していく。何故か嬉しそうにしているので、何か面白いものでも見つけたのだろうかと怪訝な顔を浮かべながらも俺はその背中について行った。

 そうして辿り着いた場所には群青色の野球のボールほどの果実がたわわに実っていた。それがなんなのか知らない俺は早速質問する。


 「これは?」

 「これはね、『マアル』と言って薬の材料になる果実なの。だから結構貴重でね、売ればお金になるのよ!」


 おお、だいぶテンションが高くていらっしゃる。そんなに高価な果実なのか?


 「ちなみに幾らくらいになるんだ?」

 「一つで35デリクよ!」


 デリク? ああ、この世界の単価かな?


 「へぇ、35デリクあったら何ができるんだ?」

 「何ができるか、っておかしなこと聞くのね。そうね、ちょっと安い宿屋に一泊か1日3回の食事をちょっと贅沢にできるわね」


 ってことは日本よりもアメリカのドル単位みたいなものなのか? 宿屋に一泊できるって話だし、それなら10デリクで1000円ってところかな。


 「よし、じゃあ取れるだけ取って行こうぜ」

 「そうね!」


 そう言ってアーリィは自分のマジックバッグに次々とマアルの実を放り込んでいく。

 よし、俺もやるか。

 と、俺もマアルの実を自分で採ったその時。


 [マアルの実を獲得しました]

 [アイテムボックスに収納します]


 そんな言葉が脳内に響いた直後。持っていたマアルの実が細かいポリゴン状になったかと思えば、


 シュンッ


 というような音と共に消えた。


 「ハッ?」


 思わず俺の口から間抜けな音が出る。アーリィは鼻歌を歌いながら上機嫌で採取していてこちらに気がついていないようだ。

 どういうことだ? アイテムボックスって? え、もしかして俺もそういうの持ってんの?

 とりあえず俺は先ほどの現象の正体を探ろうとし、ふと思い当たる。

 ステータスカード見たらなんか分かるんじゃないか?

 そう思い、懐からステータスカードを引っ張り出してみる。


 「お、おお」


 ステータスカードを見た俺の口からはついそんな言葉が出ていた。


 アビリティ:アイテムボックスLV1(使用方法「オープン」と唱える)


 そんなアビリティとやらの説明に従ってみる。アーリィに聞こえない程度の大きさで。


 「オープン」


 すると、俺の目の前に白いブラックホールのようなものが現れた。すると不思議なことにそのホワイトホールを見た瞬間頭の中にどうすればいいのかが浮かんだ。それに従い俺はそのホワイトホールに掌を触れさせた。


 マアルの実×1


 そんな情報が頭の中に浮かんできた。個人的にはゲームウィンドウ的な何かが出てくるのかなと思ったのだが、そんなことはなかった。ちぇ。


 「おっとそうだ、これも確かめないとな」


 俺は再びマアルの実をもいでみる。


 [マアルの実を獲得しました]

 [アイテムボックスに収納します]


 そんなアナウンスと共に脳内のマアルの実の数が1から2に変わった。なるほど。


 「じゃあもう一個」


 マアルの実をもいで、今度は収納しないように念じてみる。するとマアルの実は手の中から消失せず、アナウンスが響くこともなかった。ふむふむ。


 「じゃあ最後に」


 俺は一旦手の中のマアルの実を収納した。当然アナウンスも流れる。その後俺はホワイトホールに手を突っ込んでマアルの実を取り出した。


 「へぇ〜、面白いな!」


 ちょっとした実験の結果、この『アイテムボックス』は主に素材になるようなものなら収納することができるようだ。つまり、「換金用」のものや「武器・防具」といったものは入らない。これは「ゴブリンの耳」と今装備している「ショートソード」で確認した。さらに機能のオン・オフも可能なようだ。

 多少の機能制限はあるもののこれは中々便利なアビリティだろう。


 俺は自身のチートっぷりにちょっと浮かれていた。だってそうだろ? いつか本で読んだような異世界物語の能力が自分のものとして存在しているなんて、物語の主人公みたいでワクワクするだろ!

 そんな心境でいたからなのだろうか。俺は焦ったように叫ぶアーリィの声が聞こえなかった。


 「リン、危ない逃げて!!」


 だからだろうか、激しい衝撃と共に俺の体が宙に浮いたのは。

 まるで軽自動車に轢かれたような衝撃。森の柔らかな地面を転がり強かに背中を木に打ちつけた。


 「ガ……ハッ……!」


 一瞬呼吸が止まる。

 何が起きたか分からない。痛む身体を木に預けながら立ち上がる。そんな眼前に見えるモノ。それは——


 「ギュゴォオ……」


 ゴブリンのような醜悪な顔、しかし身体の色が違う化け物。一度合わせれば思わず身体が竦んでしまいそうになる獰猛な瞳。素人が見てもよく分かる筋肉の隆起した肉体。そして何よりも目を引くのが、そいつよりも2倍ほどの大きさはある無骨な棍棒のような武器。

 そんなゴブリンを見たアーリィが震える声でこう呼んだ。


 「ら、『ランペイジブルー』……!」

 

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