第9話

 目についたスライムをまるで草木を払うように斬り伏せていく。すると段々と身体が剣を振る動作に慣れていき……いや、ような感覚に支配されていく。勿論支配とは言ってもいやな感覚ではない。他人の身体にようやく馴染んだような感覚だった。


 ともあれ。


 「うん、スライムじゃもう相手にならないわね」

 「え、そう?」


 俺としては剣を振るうのが楽しくなってきたところなんだけど。


 「ええ。あんまりにもあっさり倒しちゃうから剣の扱いが異常に上手いのか、戦闘が上手いのか見分けがつかないもの」


 やれやれとアーリィは首を振る。


 「じゃあ次はどうすればいい?」

 「ま、ゴブリンあたりでいいんじゃないかしらね」

 「え、えぇ〜?」


 ご、ゴブリンかー……。


 「どうしたの? ゴブリンなら見たところ今のリンなら余裕で倒せると思うけど」

 「そ、そうなん?」


 とは言われても。

 俺の脳裏には少し前のゴブリン戦が思い出される。醜悪な顔、下卑た笑み、あきらかにこちらを格下だと認めて俺に暴行を加えたクソ野郎ども。

 想像するだけで身体が震えた。


 「ちょっと大丈夫?」


 俺の異変を察知したアーリィが俺の顔を覗き込む。端麗な美貌が眼前に迫っているが前ほどドキリとはしなかった。


 「どうしたの? ねぇ大丈夫?」


 アーリィが軽く俺の肩を掴み揺する。そこまでされて俺の身体はようやく周りを意識した。


 「お、ああ、だ、大丈夫……」

 「もしかして、ゴブリンが怖いの?」


 そう質問されて、俺は素直にそう言ってしまおうかどうか迷った、が。


 「怖いのね」


 キッパリとアーリィがそう言ったことで、


 「ああ、怖い」


 認めざるを得なかった。

 流石にこの世界では雑魚だと言われている魔物を恐れている事を肯定するのには抵抗があった。だからなのだろうか、アーリィの顔をまともに見ることができなかった。

 恥ずかしさで黙って俯くことしかできなかった俺に対し、アーリィは何を思ったのだろうか。やはり軽蔑されてしまったか……。仕方ないよな、雑魚が怖いなんていう奴をどうしたら尊敬したり、対等に扱ったりできようか。


 「私もね」


 ふとアーリィが口を開いた。


 「この稼業を始めるまでは魔物が怖かったの」

 「え?」


 アーリィは続ける。


 「特にリザード系の魔物がね、怖かった。あのツルッとした鱗に守られた肢体を見るとね、ゾワゾワ鳥肌が立って見るのも嫌だった。後は目もね、嫌いだった。人と同じような形をしてるのに、決して人とは思えない異様な目を見ちゃうともうダメだった…」


 後に聞いたが、リザード系の魔物とは大雑把にいうとデカいトカゲのことらしい。この時にアーリィが語った人と同じような形をしているというのは、『リザードマン』という種類らしい。

 俺は黙ってアーリィの話を聞き続ける。


 「その時私はパーティを組んでいたから、リザード系の魔物が対象の依頼なんかは足手まといにしかならなかった。それが悔しくて、後ろめたくてしょうがなかった……。でもね、パーティの仲間はそんな私に「気にするな」って言ってくれるのよ。でもね、そんなこと言われても気にしないなんて出来るわけないでしょ?」


 確かに。自分の悩みの種である部分を仲間に迷惑をかけているのを分かっていてその問題を放置などできるわけもない。ましてや「気にするな」なんて言われては尚更だ。


 「だから私は真面目にその弱点を克服しようと考えたの。だから積極的にリザード系に関する依頼を請けまくったわ。そうしたらね、最初はあれだけ苦手だったはずのリザード達を見てもなんとも思わなくなってきたの。なんでかなって考えたらすぐに分かった、簡単なことだったわ」


 え、何だろう。身近に感じ過ぎて慣れた、とかかな。


「リザードはね、お金になるの!」


 ずっこけそうになった。


「は?」

「リザード達の皮や鱗はね、とても需要が高くてお金になるの! 自分が苦手なものがお金に変わるのよ! そんなのもう毛嫌いしてる場合じゃないわよね! だからね、「お金になる」って思えば苦手意識とか恐怖なんてすぐに吹っ飛ぶわよ!」


 早口でそう捲し立てるアーリィに俺は開いた口を塞ぐことができなかった。

 いやだって俺の恐怖を吹き飛ばしてくれるかと思ったら、今の状況とはだいぶ的外れなこと言ってるんだもん、そりゃ唖然としちゃうわ。


 「えーと、つまり俺がゴブリンへの恐怖をなくすにはどうすればいいって?」


 もはやまともな答えなど期待してないが一応聞いてみる。

 するとアーリィはサムズアップして、一言放つ。


 「気合よ!」


 俺は無言で借りたショートソードを引っ掴み、歩み出す。

 さてやるか。えーゴブリンは……、お、いたいた。

 草むらの奥に対象のゴブリンを見つけた俺はまっすぐ突進し、数歩手前でようやく俺の存在に気付いたゴブリンに一撃を加えた。


 「ゲ……ギャ……!?」


 その緑色の身体を大きく切り裂かれたゴブリンは悲鳴を上げる間もなく絶命する。


 「ホントだ、気合だわ」


 実際はほとんど為にならない無駄話に時間を費やし過ぎたせいで、少し感情の起伏がなりを潜めたからだと俺は思う。

 ただ、予想以上に簡単にゴブリンを倒せたことで確かに苦手意識はある程度消えた。少なくともここら辺にいるゴブリンに恐怖することはないだろう。

 俺はそれから時々スライムを交えゴブリンを狩りまくった。狩りは俺が疲れてへばるまで続いた。

 後に聞いた話だと、その様子を見ていたアーリィ曰く俺は無表情で淡々とゴブリンを屠っていたらしい。途中で止めようとしていたそうなのだが怖くて止められなかったらしい。

 話を聞いた限り、確かにそんな状態の人間に声をかけるのは躊躇われるなぁ、と俺も思う。


 だからお願いします。その変態を見たような怯えた目をやめてください。その目はクリティカルで俺のハートにグサグサ来てるから!


 結局この日は続けてゴブリンの討伐部位とかスライムの討伐部位を教えてもらったのだが、その間も俺の心は傷つけられていたので申し訳ないが割愛させてください……。

 因みに討伐部位はゴブリンは耳、スライムは核だそうです。理由についてはゴブリンは耳の特徴と色で種類を見分けられるらしく、スライムについては重さと色が種別ごとに違うらしいです。


 結局この日、アーリィが俺をみる目をまともにしてくれたのは帰ってからの夕食時だった。やはり泣きながら許しを乞うたのが良かったのだろうか。何はともあれよかったよかった!

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