第8話

後日聞いた話だが、アーリィの抱きつきはもはや癖だということが分かった。感情を表現する際にプラスな感情の場合だと抱きついてくることが多いとか。老若男女問わず出るので勘違いする人たちが多いんだそうな。


「まぁ、そんなこんなでこれ以上俺に抱きつくのは勘弁してくれ……」

「え? そんなこんなって?」

「軽々しく抱きつくのは良くないからやめろってことだよ!」

「あら、そうなの? そんなこと言われたのは初めてよ」


でしょうね。その豊かな胸部に触れられるのなら注意するバカなんぞいないだろう。


「アマーリエさんは何にも言ってこないのか?」

「ママが? どうして私に何か言う必要があるの?」


うわマジかこいつ。本当に何も分かってないのか?


「なぁ、アーリィ」


思うところがあってアーリィを呼ぶ。


「なぁに?」


俺は軽く深呼吸する。……ふぅ、よし。


「アーリィってさ……、処女なん?」

「なっ……!?」


まさかこんな質問が飛んでくるとは思ってなかったのだろうか、アーリィは絶句してしまったようだ。

そのまま俯いてプルプルし出す。え、おい。


「あ、アーリィ?」


呼び掛けながらアーリィに近付くと。


シュッ!


「ぷぁっ!?」


目にも留まらぬ速さでアーリィの平手が俺の頬を打つ。まるで漫画のように錐揉み回転をしながら草原に滑り込み着地する。


「お、女の子にな、なんて事聞くのよッ!!」


顔にとどまらず耳まで真っ赤にしながらアーリィが叫んだ。


「う、ゴフッ…、ご、ごめんなさい……」


すげぇいてぇ。空を飛んでみたいとは思ってたけどこういう飛び方は想像してなかったわ。

とりあえずこの反応は、うん。言わずもがなだな。

痛みに耐えていると、アーリィが寄ってきて俺に手を差し出してくれる。


「もう、これに懲りたらさっきみたいな質問はしないでね!?」

「いや、ホントすみません……」


俺はありがたくアーリィの手に掴まらせてもらい立ち上がる。


「ん、んん、さて! それじゃあモンスター狩りを始めましょう」

「分かった。で、何をすればいい?」

「んーそうね、最初だしまずは『スライム』から始めましょうか」

「『スライム』か、了解! ちなみにそいつはどこにいるんだ?」


そう言うとアーリィは歩き出す。辺りをキョロキョロしていると不意にこちらを向く。


「あ、いたいた。リン、ちょっとこっち来なさい」


言われるがままにアーリィの側に向かう。すると半透明の緑色の如何にも『スライム』っぽい奴がいた。


「これが『スライム』よ」

「へぇ〜確かに『スライム』だね」


俺の視界にはその生き物の上の方に『スライム』と名前が表示されていた。


「便利だな〜……」

「え、なんか言った?」

「いや、何でもないよ。それよりどうやって倒すの? 殴ったり斬ったり?」

「そうね、だいたいそんな感じだけど。打撃攻撃はあんまり通用しないから斬撃や魔法攻撃で仕留めるわ。ちょっと見てなさい」


アーリィは腰に下げた剣をすらりと抜き、突きの構えを取る。スライムとはやっぱりマイペースな種族なのだろうか。のそのそ蠢く様はどことなく可愛らしい。


「ふっ」


と、思うや否や。流れるように戦闘動作をとったアーリィはスライムの身体を剣で貫いた。攻撃されたスライムは一瞬ブルリと震えるとぽよぽよした身体が液体状になり、地面に広がった。


「ま、こんな感じね」


剣を引いてアーリィは剣に刺さっていた球状のものを取り外す。


「もしかしてそれって『コア』ってやつ?」

「へぇ、何にも知らなかったくせによく知ってるわね」

「うっせ」

「ふふっ、そうよこれがスライムの『コア』。これがスライムの弱点だから、これに一定以上の損傷を与えるか身体から抜き取るかすれば討伐できるわ」


そう言うとアーリィはひょいと剣から取ったコアを俺に向かって放る。


「うおっとと、……! へぇ、柔らかい!」


今までスライムのコアって硬いイメージがあったけどこのコアは柔らかかった。例えるなら柔らかなスーパーボール、と言ったところかな?


「じゃあ、ちょうどもう一匹いるようだしそっちはリンが討伐してみて」

「二匹目? お、ほんとだ。よし、やるか!」


と、その前に。


「アーリィ、剣貸してくれ」

「あ、そうだったわね。でもリン確か武器なら何でも使えるのよね?」

「あぁ、そうみたいだね」

「ならちょっと待ちなさい」


そう言うとアーリィは腰に備えたポーチから何かを取り出した。


 「ううぇええ!? それ何よ! 明らかに出てくるものの大きさあってないでしょ!」

 「え? リン『アイテムポーチ』知らないの?」

 「いや、どう言うものかは知ってるんだけど、なんていうか見るのは初めてっていうか……」

 「ああ、まぁそうよね。この『アイテムポーチ』そこそこ高いし」


 アーリィはどうやら俺が異世界にはそんなものがないから、という理由ではなく高価なものだから見たことがないと勝手に勘違いしてくれたようだ。


 「ああ〜そうだね、そう! 俺にはホント無縁のものだったよ」


 アーリィの勘違いに便乗してそういうことにしておいた。


 「ま、『アイテムポーチ』も直に見てもらったことだし、さ、早く武器を選んでちょうだい」

 「ああ、そうね」


 ガチャガチャと数種類あるものを手に取って軽く振ったり持ち上げたりしてみた。その結果。


 「もう、じれったいわね! 決められないなら私が決めてあげるわ、はいこれ持って!」

 「え、あ、おう…」


 痺れを切らしたアーリィが短剣にしては結構長めで、剣にしては少し短めの剣を握らされた。


 「ちょっと振ってみて」


 言われるがままに振る。


 「ん、大丈夫そうね。じゃ、とりあえずそのショートソードで戦ってみましょ」

 「これがショートソード…」


 初めて持った武器に軽く感動を覚える。思わずテンションが上がって色々な角度で素振りしていると、


 「……何してるの?」

 「え? いやちょっと……テンションが上がっちゃって……」


 だいぶ変な人を見るような目で見てきたものだからかなり恥ずかしかったよ。ちょっと自重しよう……。




 さて、武器を選んでもらってアーリィと獲物を探して草原を軽く散策すると、出てきました、スライム。


 「じゃあ、さっきの私みたいにちょっと戦ってみて」

 「……ふぅー。了解」


 大きく深呼吸をしてスライムと対峙する。そいつは目も鼻も口も生物にあるはずのものが何一つとしてないつるんとしたボディをプルプル揺らしている。

 ……なんだろう、攻撃したくないなぁ。


 「どうしたの、リン?」

 「いやぁ、なんかコイツ攻撃するのためらわれてさぁ……」

 「……何言ってるの?」


 ああ! アーリィがまた変な人を見る目に! ええいしょうがない、スライムよ、許せ!

俺は一目散にスライムに駆け寄り上段に剣を振り下ろした。


 「んっ!」


 スパッと、軽い手応えと共にスライムは核とともに真っ二つになった。およそ生き物の手応えとは到底思えなかったが、俺は本当に斬ったのだろうか。


 「すっご……」


 そんな声が聞こえたので振り返ってみると、口を押さえて茫然としているアーリィの姿が。


 「え、何がすごいの?」

 「え!? あなた知らないでスライムに斬りかかったの!?」


 アーリィがさらに驚く。しかし俺はアーリィの驚く理由に何もピンとこなかった。そんな俺の姿を見たアーリィは今度は呆れていた。


 「本当に何も理解してないのね……。いい? まず私は「私と同じように倒せ」って言ったわよね?」

 「うん」

 「それはね、スライムには『打撃』と『斬撃』に耐性があって『刺突』に耐性がないからなの。『刺突』、つまり『突き』では簡単に倒せるんだけど『斬撃』で倒すとなると話は別。少なくとも素人程度の実力じゃ絶対倒せないわ。それをあなたはやってのけたのよ」

 「え〜本当に?」

 「本当よ!」


 説明してもらっても、やっぱりそうすんなりとは納得できない。いや、だって剣もろくに握ったこともない俺がすんなり出来ちゃったことが実は凄いことだとか言われてもピンとこないでしょ。


 「そんなに信じられないなら、やってあげるわ! 見てなさいよ!」


 プンスカ怒りながらアーリィは自前の剣を抜き放ち、丁度近くでプルプルしていたスライムに俺と同じような斬撃を放つ。


 ザシュッ


 「「あ」」


 スライムは核ごと真っ二つになり地にその身体を染み込ませていった。


 「……ほらー簡単じゃん」

 「ち、違うの! こんなはずじゃ……!」


 アーリィはわたわたと手を動かして必死に否定するが、事実は揺るがない。


 「まぁったくアーリィがそんな簡単に嘘をつく人だとは思わなかったなー、あーあショックだなー」

 「ち、違うの、私は本当のことを……」

 「えーだって現に今スライム一刀両断したでしょー?」

 「そ、そうだけど…!」

 「それでも嘘だって言い張るの?」

 「う……」


 あ、まぁずい。

 アーリィの目がちょっと潤んできてる。マジか、アーリィ泣くのか、流石に女の子を泣かせるわけにはいかない!


 「あー、ちょっと待ってアーリィ! もしかしてアーリィの剣ってもしかして『業物』ってやつなんじゃないかな!?」

 「え? うん、これは『名剣』だからそうだけど……」

 「『名剣』? じゃあやっぱりその剣の性能が良すぎたんじゃないかな! ほら、この剣でもう一回試してみてよ!」


 そう言って俺の持っていたショートソードをアーリィに手渡した。


 「分かったわ……」


 目をコシコシとこすって涙を拭ったアーリィと共にスライムを探す。


 「あ、ほらアーリィいたぞ!」


 大仰にスライムを指差してアーリィに場所を示す。


 「ほら、アーリィもう一回やってみてくれ!」

 「うん……!」


 そう言ってアーリィは再び、剣をスライムに振り下ろした。


 ぶにぃ


 なんとさっきとは打って変わってスライムは真っ二つにはならなかった。それどころかスライムは斬撃などものともせずそのプルプルボディを大きくひしゃげさせただけで、剣を離すとボヨヨン、と元の形に戻った。


 「お、おぉ〜!」

 「ほ、ほら見なさい! ね、攻撃通用しなかったでしょ! 私嘘言ってなかったでしょ!?」


 アーリィはさっきまでの半泣きが嘘のようなドヤ顔でこちらに詰め寄ってきた。って近い近い近い!


 「あああうんそうだね! なぁるほどなぁ〜! 剣の性能とかも含めて熟練者ぐらいじゃないとスライムは一刀両断できないんだね! 了解しました!」


 心臓をバクバクさせながら理解したことを伝えると、にっこりと笑いながらようやく離れてくれた。


 「よし! じゃあどんどん魔物を倒していきましょ!」

 「うん、……あ? ああうん」


 あ、そういえば俺の戦力を見るって話だったっけ? 完全に忘れてたわ。

 こうして俺の異世界での初めての魔物狩りタイムが幕を開けた。

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