第3話 君が選ぶ世界
「君、いつもうちに来てくれる学生だよね。バイト探してたの?」
「あ!はい!あ、いえ、あの…」
もう学生ではない。だが、店長にしてみれば、平日の昼間からここにいる事ができる人、スーツでもない。オフィスカジュアルでもない。パソコンを持ってくるわけでもない。消去法でいけば外見からして学生と認識されても仕方がないと思った。
ここで本当のことを言うのか?言って評価下がらないか?そんなことが頭を駆け巡る。だが、嘘を言ったところでのちにバレる。それに、もう今までのことを隠さずに言ってしまって楽になりたい。そんな気持ちが駆け巡った。
「うん。なんだい?」
この言葉は俺にとって勇気をくれた。
俺は今までのことを隠さずに話した。自分が未熟で就職活動に出遅れたこと、でも、出遅れたことを軽視して就職がしてなかったこと。いつかはどこかで内定がもらえると思っていたこと。就職ができなかったことが恥ずかしくて誰にも言えてないこと。バイトもしたことがないこと。今思えばマイナスのことばかりだった。でも、俺の話を頷きながら、時には厳しく評価されながら、それでも聞いてくれた。
だが、俺にとっては初めて本音を、今の気持ちを話せた相手だった。
今までの不安がどこかに消えていったと感じたかった。
「そっか、それはなかなか何も考えずに来てしまったんだね」
「…はい」
返す言葉がなかった。まさにその通りだった。
話して楽になりたいというあの時の感情は嘘みたいに後悔に変わっていく。
「それで、君はもしうちで働くならどのくらい働きたいの?」
「できるなら、ずっと働かせていただきたいです!」
希望があるのかと、顔を上げて勢いよく答えた。
「うん。それはできないな」
「え…」
「うちはもう正社員は取らないから」
一瞬灯った光が小さくなっていくような気がした。
「いや、あの!正社員じゃなくてバイトでいいんです!!」
服の下で汗をかいているのが分かる。この小さな光が消えてしまうのがこれほどまでに怖い。
「そうじゃないでしょ。バイトで一生暮らしていくの?バイトやったことないって言ってたけど、バイトの雇用形態は知ってる?仕事によって色んな形態があると思うけど、うちは時給制だよ。休めばお金はもらえない。賞与もない。補償もそんなにない。それでこれから先の人生を一生楽しく過ごしていけると思う?」
この時また悟った。働ければどこでもいい。少しでもお金がもらえればどこでも。そう思う気持ちは将来に関して無関心だからだと。
「それとあれ、見ればわかると思うんだけど、一生は働けないよ。正社員の子がこれから産休に入るからその代理として働いてもらうという条件があるんだ。だから、働けて長くて一年」
「一年…」
白いポスターをうつろな目で眺めながらつぶやいた言葉と共に、小さな光が消えた気がした。
「お金がもらえればどこで働いてもいいでは、今までの就職活動を始めた時の君と変わらないんじゃない?仕事をするのは生きていく上で当たり前。だけど、自分がどうなりたいか、何がやってみたいかっていうのは見つけられるよね。ただ、必要なのは君が本気になるかだと私は思うよ」
「本気…」
ポスターを眺めながら頭に浮かぶ「本気」の文字。何か仕事を探さなければと気持ちだけ焦ってしっかりと見ていなかった。
「そう。自分が本気になって自分を変えるのは、その時の自分の気持ちだと私は思うよ。どんな内容の仕事をやっていたって、そこにやりがいを感じていれば人生は楽しいよね。それが正社員でもバイトだとしても」
「いや、でもさっきバイトじゃ一生楽しく過ごしていけないって…」
「それはね、それは、君が本気じゃないなって感じるからだよ。結果的にバイトで一生働いたって楽しくてやりがいがあるならいいと思うんだ、私は。でも、君のバイトで一生やっていきたいっていうのはやりがいがあるから、本気だから、じゃないよね。正社員になれるように頑張ってバイトからやっていきますとか、色々ここで学んでこの店よりもいい店を自分で出したいならわかる。でも今の君はそうじゃない。そういう向上心が、今の君には必要なんじゃないかな」
唾を飲み込む動作だけで汗をかくのがわかる。
「君は、これからどうしたい?簡単でいいからそうだな、三位まで答えてみて。どうなりたいじゃなくても、譲れないこととか。あるでしょ?」
「譲れないこと、、」
譲れないこと、なんだろうか。店長が席を外していたのも気付かず俺は考えていた。
いくつか頭に浮かんでいる単語を本当に伝えるのか、伝えてマイナスにならないのか。また頭の中で会議が始まる。
「何でもいいよ。面接の評価に関係しないし、純粋に君がどう思ってここに来たのか、これからどうしたいのかが知りたいだけなんだ。だから、本当何でもいいよ」
周りの音も耳に入らないほど考え込んでいて、その声にハッとして声の方向を見上げた。店長が紙とペンを差し出して軽く手を上げ席を後にする。
「…なんでも、、」
頭の中を駆け巡る言葉たち。頭の中で組み立てては崩して、また組み立てては崩す。
この時どのくらいの時間が過ぎていたのだろうか。明るかった外はすっかり暗闇に落ちて、街灯が灯されていた。
静かにペンを置いて、静かに呼吸を整える。
「どう?できた?」
「はい」
「そうか、じゃあ一位から聞いてもいい?」
「はい。まず一位は…お金を稼ぎたいです」
店長の顔色を伺う。腕を組んで目を瞑り頷く姿を見ても、何を考えているのかわからない。だが、この時真実を書き出した自分の心は堂々としていた。
「二位は、心を安心させたい。三位はやりたいことを見つけたい…です」
勇気を出した放った言葉。これが正解なのかはわからなかった。だが、心は解き放たれた気がした。
「そっか。わかった!これで君のやりたいことが少しわかった気がするよ」
「え?!」
正解か分からない言葉。正解か不正解かの答えが返ってくると思って、不正解の心の準備をしていたが、帰ってきた言葉はそのどちらでもなかった。
「君はお金を稼ぎたい。それは仕事をしなければ稼げない。だから仕事をしたいと言うことだよね」
「はい…」
「ここまでは確かに当たり前と言えば、当たり前なのかもしれない。当たり前であり、一番重要。それで、二位の心を安心させたいと言うのは今の現状を脱出したいってことだよね。それは仕事をしたら少し心を安心させることが出来ると思う。なぜなら」
「一位の稼ぎたいという不安が少し解消させるから…」
「その通り!そして、三位のやりたいことを見つける。これは…」
一番突っ込まれるだろうと思っているやりたいことを見つけるという希望。唇を噛みしめ、前を向くことが出来ない。やりたいことは自分で探さなければいけないことは分かっていた。
「やりたいことはさ、これから探していこう!」
「え…?」
小さな光が燻り大きくなっていく。それは閉ざされようとした扉を無理やり燃やし道を切り開くかのように。
勢いよく顔を上げた時、店長は歯を出して腕を組んで笑っていた。そんな店長があの日言ってくれた言葉を今でも思い出す。「これから探していこう」と言ってくれたあの言葉。
俺はあの日信じられないくらい涙が出た。
店長は俺の泥まみれだった心を、俺自身が流した涙で磨き、優しく綺麗に洗ってくれた。
今考えてみれば面接を申し込んだ日、俺が色々質問した時点で雇用期間は一年と言ってくれなかったのは、俺がすでに何かの壁にぶつかっていることを知っていたからなのかもしれない。
その後、俺は店長から両親への電話を必ずするように、それが採用の条件と言われた。初めは気が進まなかったが、今なら話せるかもしれないと思い電話をかけた。
そしてその時に知ったことだが、母が仕送りを打ち切った時、色々な葛藤があったことを知った。何も話さない俺に対し、何を聞くわけでもなかったが、就職に失敗していたことを察していたいう。でも、このまま仕送りをし続けて俺の将来の何のためになるのかと考え、仕送りを断ち切ったのだと。
だが、それは両親的にはかなりの選択であったに違いない。疎遠の息子が野垂れ死ぬ可能性もあったし、犯罪を犯す可能性だって否定できない。だが、そのとききっと大丈夫。乗り越えてくれるはずと言い聞かせていたという。時々大家さんに電話をし、生きているのか生存を確認していたこともあったらしい。
今となっては笑い話だが、その時はお互いが必死だったのだ。
開口一番に元気か、体調は崩してないかと聞く母。今までの経緯を話してバイトから始めてみるという俺に「お前が決めた道だ。きっといい方向に向かう。精一杯頑張りなさい」と怒るわけでもなく背中を押してくれる父。まだまだ始まったばかりなのに、体の中から湧き上がってくる熱で全身が熱くなった。
人生は自己責任。だが、必ず自分の道を手助けしてくれる人たちが現れる。その人達の力を借りてもいい。借りたら返せるだけ自分が成長すればいい。
星が見えるように部屋の明かりを消して窓を開けて星空を見上げた。
見上げた先には周りの星の光を吸収しているかのように光り輝く月。その月は周りに散らばる星をないものとしているほどの光を放っていた。その月を見つめ、なぜか今の自分を映しているかのように感じ、一人微笑んだ。
あの日、三月三十一日の夜。部屋の電気が切れて一瞬で暗闇になった。暗闇がこんなに怖いのかとも思った。
だが、今部屋には明かりがついていない。でも、部屋を照らす月は眩しいほどに自分を照らしていた。明かりがないことが暗闇を誘うのではない。明かりがなくても、光はあるのだ。
そう、それは自分が発する光。それが本当の明かりなのだとこの時感じた。
カランと鈴の音が鳴り響く。
「いらっしゃいませ!ご注文は何にされますか?!」
弾んだ声の方向に一瞬気を取られる。
「赤城くん、朝だからもう少し声のトーンは静かに、あと、朝の挨拶も忘れずにね」
口の前に指を立ててにこりとする女性。
「すみません!!あっ!!」
急いで口を塞ぐ赤城。
だが、その顔つきはどこか希望があるそんな顔つきで、目に赤い炎を燃やしているかのようだった。
静かにモニターから目を外し、窓越しの空を眺める。
空は青く澄んでいる。どこまでも広がる空は彼のこれからの人生を描くキャンパスには丁度いい。いや、もしかすると足りないかもしれない。
「今日の色は、赤、だな」
緩くなったコーヒーを口に運ぶ。
誰もが人生に迷い、希望を失う時がある。でも、それを助けてくれるのはいつだって人であり、立ち向かっていくのは自分自身だ。自分を信じられなくなったら誰かが差し伸べてくれた手を取り先へすすむ。不安でも、怖くても、歩けばきっと光は掴める。諦めずに前だけを見て進め。
「よし。今日はいい物語を見た」
静かにモニターを閉じる。コーヒーを飲み干し目の前に映るその物語に別れを告げる。
「僕の色探しはまだまだこれからだ」
そして僕はまた新しい色を探しに行く。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました!またお待ちしています!」
「またくるよ」
「ありがとうございます!」
カランと乾いた音が耳に届かなくなる。冷たい外の風に体温を奪われないようにマフラーをしっかりと巻き振り返る。
ガラス越しに見た彼の姿はとても暖かくて、将来の光を掴んだのだと、そう思った。
「さて、次はどんな色の物語を探しに行こうかな」
マフラーで微笑む口を隠し、また新たな物語を探しに男は歩き出した。
そう、これは色の物語を探し歩く、ある男の日記なのだ。
君が選ぶ世界 @tatsumaki_10
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