第12話 戦神は封印されましたが、クリスの怒りの拳が炸裂しました

その瞬間クリスの青い目が光った。


男たちは思わず手を止めた。


一方、シャラザールは爆裂魔法を行おうとして、手が動かないのに気がついた。

いつもは憑依した相手の体を乗っ取れるのに、今回は乗っ取れないのだ。

「なんでだ?」

シャラザールは必死に手を動かそうとしたが動かなかった。



「いい加減にしなさい。ダン」

でかい男の名前を呼ぶとクリスは思いっきりその男ダンを張り倒していた。


バシンっ。


凄まじい音がする。ダンはそのまま地面に叩きつけられていた。

中にいた全員は唖然と驚いた。


クリスの波打ち輝く金髪、潤んだ青い目で容姿端麗なその姿は、怒り狂っても周りを魅了していた。


見た感じ、優しく大人しい娘で抵抗もなく、簡単に捕まえられて残虐王に売れる。その小娘を残虐王に渡す前に味見するつもりだった。そんな娘は男達に囲まれたら震えて泣き出すのでは無いかと男達は思っていたのだ。それが一撃で、兵士として強いダンを張り倒すなど思いもしなかった。

張り倒されたダン自身も驚いていた。まさかか弱い少女に張られて床に伏せるとは思ってもいなかったのだ。なおかつ、この子はダンの名前を知っていた。何故だ。

ダンには判らなかった。


「ダン、あなた。女手一つで育ててくれたお母さんに悪いと思わないの」

「なんで貴様。俺の名前を知ってやがる。それに母ちゃんのことも」

ダンは驚いた。この女、高々1兵士に過ぎない自分の名前を知っているのにも驚いたが、それに加えて、母親一人で育てられたのを知っているという事に驚嘆した。

この城だけで兵士の数は2百人は超えるのだ。この眼の前の女は全員の名前のみならず、家族すら知っているのか。

男親がいなかったので、こんなにひねくれたのも事実だが、この年になってくると母親が必死に育ててくれたのは判ってきていた。母はこの城から離れた山奥に今も一人で暮らしているはずだ。


「あなたもよ。セドリック」

言うやクリスはその隣の男も張り倒していた。


「エイダがどうなっても良いの」

「な、なんでお嬢ちゃんが娘のことを」

セドリックは田舎に置いてきた娘の事を思い出していた。


「エルトン。あなたもこんな事しているって恋人のアンが聞いたらどうなると思うの」

もう一人を張り倒しながら、クリスが叫んでいた。


「あなた方、自分が何しているのか判っているの。奴隷売買はそれだけで絞首刑なのよ。

残された家族が周りからどんな目で見られると思っているのよ」

叫んだクリスの目から涙が漏れ出していた。


ダンは驚嘆した。この女はここの兵士全員の顔と名前が一致するのだ。それを覚えることすら大変なのに、なおかつ、その者の家族のことすら覚えているなんて、



「ダン、あなた大変な思いをして育ててくれたお母さんが周りから奴隷販売に手を出した息子を育てた女だって言われてこれから生きていけると思っているの?」

ヒッという顔をダンはした。

「セドリック。あなたのエミーはお父さんが奴隷商人だったってずうーっと言われて虐められるのよ。それでいいの?」

セドリックは真っ青な顔をしていた。


「何言ってんだよ。そんなのお前の口を封じれば」

残ったエルトンがクリスに手を伸ばそうとした。


「大ボケやろう!!」

クリスは大声で言うと今度は拳でエルトンを殴り倒していた。

どこにそんな力があるんだろう。外から聞いていたグリフィズも驚いて立ち尽くしていた。


「あなた、今頃何言っているのよ。私がここにいる段階でもうチェックメイトなのよ。今すぐに何とかしないとあなた達この城ごとふっとばされるわよ。次に変なことしたら消し炭になっても知らないわよ。

ねえ、グリフィズ」

呼ばれて外にいたグリフィズは固まった。


「いるんでしょ。さっさと出てきなさい。魔導特殊部隊諜報員グリフィズ」

クリスが叫んでいた。


「いや、クリス様。これには理由が」

慌てて扉を開けてグリフィズが入ってきた。


「内偵ご苦労様」

クリスが全然感謝していない風情で言った。


「グリフィズ。お前王国の犬だったのか」

ダンは驚いて言った。


「クリス様。何もバラさないでも」

「グリフィズ。私は今怒っているんだけど。

今回私を呼んだ理由は、彼らに私を誘拐させて、この城を反逆者ごと消すつもりだったんでしょ」

クリスが目を吊り上げて言った。


「いえ、あの、その」

基本的にグリフィズが計画したのでなくて計画したのはジャルカなのだ。


「でもね。このダンやセドリックやエルトンも人間なのよ。

家族がいるの。逆らったからって簡単に消すなんて許されないのよ」

クリスの言葉にいつの間にかセドリックが泣いていた。


「クリスって、あっあんた、皇太子の婚約者の」

ダンは思い出した。皇太子の婚約者で金髪で青い目の可愛い女の子がいると。

城の連中の中にも研修で王宮に行った時に自分の名前を呼んでもらって感激したって言っている奴がいた。

ダンはそんなのは嘘だと思っていた。

ここの伯爵ですら自分ら一般兵の名前なんて覚えていないし、自分が母親に育てられたなんて絶対に知らない。その上、皇太子の婚約者で雲の上の存在の侯爵令嬢が名前を知っていたなんてなんかのヤラセに違いないと。でも、いま現実にこのクリスという子は自分の事を知っていた。この伯爵領の1兵士に過ぎない自分の名前がダンで。母の手一つで育てられたって。

領主の伯爵ですら知らないはずなのに。

雲の上の皇太子の婚約者が知ってくれていた。

これが感動しなくていられようか。


セドリックは泣いて跪いていた。

「クリス様。俺はどうなっても良いです。でも、娘だけは何とか守ってやってくだせえ」

「クリス様。俺もどうなっても良いです。だから母親だけは」

もう一人の男は呆然とその二人を見ていた。


「判ったわ。時間がない。そこのエルトン、あなたも私から離れたら駄目よ。城の外ではお姉さまが突入の準備をして待っているから」

「お姉さまって」

「昨日見たでしょ。ジャンヌ王女殿下よ」


「ヒェぇぇぇ」

「暴風王女が」

「大変だ。城が本当に消滅させられる」

男たちは大慌てでクリスの顔を見た。

ジャンヌが怒ったら下手したらこの街がそのまま無くなる。

それくらいとんでもないことをやると領民には思われていた。


「グリフィズ。直ちに伯爵令嬢の所に案内して」

「伯爵令嬢ってパーサ様の所にですか」

「そう、お姉さまが我慢の限界になる前に」

外に出るとジャルカが呆れて立っていた。


「ジャルカ様。今回の件については後でゆっくりと聞かせていただきます」

怒った顔でクリスが言うと慌ててグリフィズを追っていった。


「おい、ジャルカ。話が違うぞ」

すれ違いざまにシャラザールが大声で叫んでいた。

「そうは申されても、私にも判りかねます。シャラザール様が乗っ取られるなど想定外過ぎて」

シャラザールにしか聞こえないようにジャルカも呟いていた。

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すいません。

本来はここでシャラザールの力が爆発する予定が、クリスの怒りの前に飲み込まれてしまいました。

クリスはこの3年後のお話「皇太子に婚約破棄されましたーでもただでは済ませません!」でも、反逆した王弟や皇帝を怒りの鉄拳で退治???というか許して行きますが、シャラザールの見せ場が…


シャラザールの力はゼウスの息子たちとの最後の見せ場で炸裂する予定です。


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