第5話
未来。曙光都市エリジオン。
キムリット宅近辺。
アルドが言った。
「薬はどうだ?」
ミシャムが答える。
「あなたが持ってきた草と排泄物のおかげで研究はグンと進んだわ。もう少しで製薬に着手出来ると思う」
「いよいよか……」
「でも問題がひとつ」
「なんだ?」
「排泄物を調べて分かったんだけど先生あまりいい物食べてないみたいね。栄養バランスに偏りがあるわ。このままだと病気になるかも」
「どうすればいいんだ?」
キムリットが現れて言った。
「アルドさん、これをどうぞ」
「これは?」
「猫用のバランス食です。しかも美味しいと大評判。猫を飼ってる人が今みんな買ってます」
「そんなにいいのか」
「みたいです。ぜひ先生の感想を教えてくださいよ。一日三食。全部なくなる頃には薬も完成するでしょう」
「分かった。早速行ってくるよ」
(現代に戻って先生に会いに行こう)
・・・
現代。王都ユニガン。
アルドがミケに言った。
「先生、うまかったか?」
「もうずっとこのまま猫でいてもいいぐらいだ。こんなもの仕入れてくるなんてその姉弟何者なんだい?」
アルドが笑ってごまかす。
(未来じゃみんな買ってるとは言えないよなぁ。恐るべし、未来。先生にあそこまで言わせるなんて)
ミケが言った。
「それよりアルド、もっとくれないか」
「ダメだ先生。ちゃんと分量を守らないと逆に良くないみたいだぞ」
「ケチケチするなよ。ようやく猫になった恩恵を預かれたんだぜこっちは」
「うーん確かに。じゃあもう一つ開けてみるか。俺も味が気になるし」
「おいそりゃ僕のだぞ!」
「ちょっとぐらいいいだろ!」
和やかな時間が流れる。
そこにミヌエッタが現れて言った。
「あ、お二人共おそろいですね。丁度よかったです。お二人に大事なお話があります」
「僕たちにかい」
「そうです。なのでそうですね……ミケ先生がいるから人目のない街の外、入り口のすぐ近くのところに来てもらえませんか。先に待ってますから」
「分かった」
ミヌエッタが去る。
アルドとミケが顔を見合わせる。
「先生またなにかやったんじゃないか?」
「そうだといいけどね」
「よくないとは思う」
「まぁそうなんだが。随分深刻そうだったからね」
「確かに。よし、先生は先に行っててくれ。俺も用意出来たら向かうよ」
「分かった」
(適当な用事が済んだら話を聞きに行こう)
・・・
カレク湿原。王都ユニガン近辺。
アルドがミケとミヌエッタのところに駆け寄る。
「悪い。待たせたかな?」
「いえ大丈夫です」
「それで、大事な話ってのはなんなんだい」
ミヌエッタが言った。
「単刀直入に申し上げます。アルド君がとってきた六百年草、二つありましたよね。それを一つ譲ってほしいのです」
「にゃんだって?」
「どうしたんだ?」
「実は私……」
「もしかして病気か!?」
「え、そうなのかい!?」
「い、いえ、私じゃなくて教えてる子がそうなんです。ずっと病気を抱えてて、私は月に何度かリンデの方に住んでるその子のところまで勉強を教えに行ってたんですが、最近いよいよ悪化してしまったんです。助けるには六百年草しか……」
ミケが言った。
「そういうことなら仕方ないよな。だろ、アルド」
アルドが少し遅れて言った。
「ああ。でも一応問題ないか姉弟に聞いてくるよ」
「お二人共、ありがとうございます」
「じゃあ二人は先に戻っててくれ」
「分かりました。その、本当にありがとうございます」
ミヌエッタが去る。
ミケは動かない。
アルドが言った。
「どうした先生?」
「アルド」
ミケがアルドを真っ直ぐ見据える。言った。
「万が一、姉弟の研究に支障が出るようならミヌエッタ先生の方を優先してくれよ。僕はいいからさ」
アルドが目を閉じる。
長い沈黙。
アルドが重たい口を開く。
「分かった」
「ありがとう。あともしそうなったらミヌエッタ先生に本当のこと言うんじゃないぞ。あの人一生気にするからな」
「そうするよ」
「約束だぞ。じゃあ行ってきてくれ。大丈夫だって。きっとそんなことにはならないさ。それにそうなってもあのうまい飯がずっと食えるんなら僕は歓迎だぞ」
「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
「絶対大丈夫だって」
「そうだよな」
アルドが行く。
(もしそうなったらどうしよう。いや、今はとにかく未来に行って姉弟に話を聞かないと)
・・・
未来。曙光都市エリジオン。
アルドが姉弟に事情を説明する。
「……というわけで六百年草を一つ持っていきたいんだが大丈夫か?」
姉弟が顔を見合わせる。
嫌な予感がアルドに走る。
「ど、どうなんだ」
キムリットが顔を伏せる。
ミシャムが言った。
「アルド君、言いづらいんだけど……」
「嘘だろ……」
アルドが肩を落とす。
キムリットが代わりに言った。
「実は、持っていっても全く問題ないんです……」
「え?」
アルドが顔を上げる。
ミシャムが言った。
「ほんと言いづらいんだけどね、せっかく持ってきてもらってなんだけど二つもいらないっていうか、むしろ持て余してるっていうかさ……」
「え。だったらなんで二人してそんな深刻そうな雰囲気なんだよ」
キムリットが言った。
「アルドさんに合わせたほうがいいかと」
ミシャムが続く。
「うん、だからついからかっちゃった!ごめんねアルド君!」
姉弟が笑い飛ばす。
アルドが脱力する。
「やられた!たちが悪いぞ二人共!」
「すみません」
……そして。
「全く!じゃあ持っていくからな!」
「研究のほうは任せといて!」
「頼むよ!」
(さっさと先生に報告しに行こう!)
アルドが去る。
それを見送ったキムリットが言った。
「姉さん、どうしましょうか」
「研究者なら頭を捻るのよ!」
「ですね」
「そもそもこんな草無しでだってやるつもりだったんだから楽勝よ!さぁやるわよ!」
・・・
現代。カレク湿原。王都ユニガン近辺。
ミケがアルドに言った。
「やぁアルド、どうだった?」
アルドが暗い顔で言った。
「言いづらいんだけどさ……」
「そ、そうか。そうか。いやいい。君が気にすることはないよ」
ミケが気を落とす。
そこでアルドが打って変わって明るく言った。
「冗談だよ先生。全然問題ないってさ!」
アルドが持ってきた六百年草を見せびらかす。
ミケが目を釣り上げる。
「おい頼むよ!全然面白くないぞそれ!」
「ハハハ、だよな。実は俺も姉弟におんなじことやられたんだよ」
「人でなしだな!まぁ今の僕が言うのもなんだけど!」
「じゃあミヌエッタ先生に報告しに行こう」
「もう冗談とかいらないからな!」
……そして。
「ちょっと冗談になってないですよほんとにもう!人でなしです!二人共反省してください!」
「すいませんでした……」
アルドとミケがミヌエッタに深々と頭を下げる。
ミケがアルドに言った。
「まさか号泣されるとはね」
「そうだな、ふざけすぎた」
「まぁ元はと言えばあの姉弟が下らない冗談飛ばすからいけないんだ。だいたい……」
「ちょっと聞いてるんですかミケ先生!話は済んでないですよ!」
「もう勘弁してくれ!僕達だって被害者だ!」
「でももう加害者じゃないですか!」
……そして。
「全くもう!じゃあ私はリンデに行ってきますから!」
ミヌエッタが去る。
アルドが見送る。少ししたのち、声をあげた。
「あっ待て!行ってしまったか……」
「どうしたんだい」
「いや、ミヌエッタ先生に六百年草渡してなかった……」
「じゃあ彼女、なにしにリンデに行ったんだい?」
沈黙。
アルドが言った。
「ちょっと行ってくる」
「じゃ、僕はこの辺で適当にしてるから後でどうなったか教えてくれよ」
ミケが去る。
アルドがミヌエッタが行った先に目を向けた。
(六百年草を渡しにリンデに向かおう)
・・・
港町リンデ。
アルドがミヌエッタに駆け寄る。
「おーい先生!」
「なんですアルド君!こんなところまで来て!」
「ごめん先生。六百年草渡すの忘れてた」
「あ……!」
……そして。
アルドがミヌエッタに着いていく。
ミヌエッタが言った。
「そろそろ着きますよ。あっ」
ミヌエッタが止まる。視線の先にはおばちゃんがいる。
アルドが言った。
「あの人がどうかしたのか?」
「あの方がコラットちゃんのお母さんです」
「なるほど」
コラットの母が気づいて言った。
「ああ!ミヌエッタ先生!久しぶりだね!」
「お久しぶりです」
「またお見舞いに来てくれたんだね。そっちのは?」
コラットの母がアルドに目を向ける。
ミヌエッタが言った。
「ああお母さん。今日はお見舞いではなくてこれを」
ミヌエッタが六百年草を出す。
コラットの母の顔がハッと変わる。
「あんた、これって……!」
「はい。六百年草です。こちらのアルド君から譲っていただきました」
コラットの母がアルドの手をとる。
「おいあんた、いいのかい……!?だって貴重なんだろ……!?」
アルドがうなずく。
「娘さんが病気なんだろ?使ってくれ」
「どうぞ、お母さん」
ミヌエッタが六百年草を渡す。
アルドが言った。
「よし。それじゃあ俺はこれで」
コラットの母が言った。
「待ちなよあんた!まだ礼も言ってないってのに!」
「いいよ気にしなくて」
「気にするに決まってんだろ!どんだけ貴重か分かってんのかい!すぐに準備するからさ!せめて娘があんたのくれたこれで元気になるとこ見ていきな!」
「分かった。じゃあ頃合いを見てまた立ち寄るよ」
「絶対だよ!」
(頃合いを見てまた来よう)
・・・
港町リンデ。家の中。
コラットの母が言った。
「よく来てくれたわね二人共。ちょっと待ちなよ。そろそろ帰ってくると思うからさ」
「誰がだ?」
「うちの旦那。医者の先生にあんたが持ってきてくれたやつを薬にしてもらってるのさ。おっと、噂すりゃ」
家の扉が開き、コラットの父が慌ただしく家に入る。
「待たせた!」
「あんた、遅いよ。みんな来ちゃったじゃない」
「すると、この坊やが?」
コラットの父がアルドを見る。
コラットの母が言った。
「恩人になんて口だい!アルドさんだよ!」
「いや失敬。アルド君だっけ?六百年草を譲ってくれて本当にありがとう。ミヌエッタ先生もありがとう。おかげで娘が……ほんと恩に着るよ」
コラットの父が深々と頭を下げる。そして小さい紙の包みを出す。
「これが君らのおかげで手に入った薬だ」
ミヌエッタが言った。
「早速飲ませてあげてくださいお父さん!」
「ああ!」
そのとき家の奥から少女が現れて言った。
「なにか、あったの」
少女に注目が集まる。
コラットの母が言った。
「コラット!寝てなきゃダメじゃないか!」
「お母さん、あの人は?」
少女コラットがアルドを指す。
コラットの父が駆け寄り言った。
「コラット、彼はアルド君って言ってな。この人が病気を治す薬を譲ってくれたんだ。ほら見てみろ。これだ」
コラットが薬をじっと見る。
コラットの父が言った。
「母さん、水だ。早く水持ってきてやってくれ」
「あいよ」
「なぁコラット。父さんな、お前の病気が治ったらミヌエッタ先生の住んでる街に引っ越そうって考えてたんだ。そしたらお前が毎日勉強しに行けるし、友達もたくさん出来るだろ」
「ほらあんた、水だよ」
「ありがとう。さぁ口を開けてコラット」
コラットの父が薬を用意する。
そのとき、コラットが父の手を払いのけた。
ミヌエッタが声をあげる。
「えっ!薬!」
薬の粉末が床にぶちまける。その横でコップが砕け散り水浸しになった。
アルドが息を呑む。
「床が……」
ミヌエッタの顔が青ざめる。
「そんな……これだともう……」
沈黙。
アルドが床にしみていく水浸しの薬を眺める。
(これじゃ薬はダメだ)
バーミーズとの約束が脳裏によぎる。
『まぁ、好きに使え』
『ああ、絶対大切に使うよ』
アルドがコラットに進み出る。
「お前……!」
その瞬間、コラットの母がアルドを押しのける。
「あんたって子は!」
そしてコラットに平手打ちした。アルドがぎょっとする。
静寂。
コラットは母を黙って見つめる。
父が慌てて言った。
「おい母さん!落ち着け!」
「どけ!この子ったら!なんてことするんだい!」
ミヌエッタがさらに引っ叩こうとする母を止める。
「やめてくださいお母さん!落ち着いて!」
「離しておくれ先生!こんなんじゃみんなに申し訳が立たないよ!」
「いいから落ち着けお前!ほらあっちだ!椅子に座って!」
ミヌエッタとコラットの父が二人がかりで押さえる。
その喧騒をよそにアルドがコラットの前に立つ。
お互いが顔をじっと見る。
そしてアルドは、小さく息を吐くと踵を返した。
「先生!俺も手伝うよ!」
……そして。
外。無言のアルドとミヌエッタ。
アルドが腕を組んで言った。
「先生、どうしてコラットはあんなことしたんだろう」
憔悴しきったミヌエッタが言った。
「すみません。私が言い出さなければこんなことには……」
「それは大丈夫だ先生。なんとかしてみせる」
「え……?」
「でも、今のままだと二の舞になるだけなんだ」
「ごめんなさいアルド君……今はちょっと、うまく話せないです」
「そうだな、じゃあちょっと落ち着く時間をとろう。落ち着いたらまたここに来てくれ」
「ごめんなさい」
ミヌエッタが去る。
アルドが息を吐いた。
(俺も気持ちを落ち着けたほうがいいかもしれない。少ししたらまたここに来よう)
・・・
港町リンデ。
改めて集まったアルドとミヌエッタ。
アルドが言った。
「じゃあ先生、改めてコラットがどうしてあんなことをしたのか先生の考えを聞かせてくれないか?」
「はい。恐らくなんですがコラットちゃんには負い目があるんだと思います」
「負い目?」
「あの子は自分が家族のその、お荷物になってしまってることをずっと気にしていました」
「でもそれならなおさら早く治そうと思うんじゃないか?」
「そうなんですよね……でもそれぐらいしか……」
ミヌエッタが考え込む。
アルドが言った。
「でも先生が言ったことも間違ってるわけではないのかもしれない」
「どういうことですか?」
「顔を見た時、俺はコラットがどんな気持ちであんな表情をしてるのか分からなかった。でもその話を聞いたあとだと、確かに肩の荷が下りたような、楽になったような顔にも思えるんだ」
「じゃあコラットちゃんは……!」
「それは分からない。俺の見間違いかもしれない。とにかくこのまま放っておくわけにはいかない」
「そうなんですが助けるにしても、もう六百年草が」
「うん。だから俺はもう一度六百年草を探してみるよ」
「すいません。その間、私もなるべくコラットちゃんのところに通うようにします。なにか分かるかもしれませんから」
二人がうなずく。
最後にミヌエッタが言った。
「ミケ先生はうまく誤魔化しておきます。お気をつけて」
「ありがとう」
(古代の火山に行って六百年草を探そう)
・・・
古代。ナダラ火山。
アルドが頭を抱える。
「ない……!どこにも……!こんなに探したのに……!」
アルドが立ち尽くす。
(このままだと残った一つを使うしかない……!でもミケ先生が……!)
アルドが顔を上げる。
「考える前に身体を動かそう。どこかで見落としたのかもしれない」
アルドが火山の入り口に引き返す。
……そして。
火山最奥。
アルドが息を切らす。
「ダメだ……!見つからない……!」
アルドが固く目を閉じる。
(一旦現代に戻って……戻って、コラットの様子を確認しておこう……)
・・・
港町リンデ。
アルドが重い足取りで進む。
(どうすればいいんだ)
そのとき。
「!!」
アルドの足が止まる。
凍り付いたアルドの顔。
一匹の三毛猫が行く手に立ち塞がっている。間違いなくミケ。
お互いの視線がかち合う。
「……」
ミケがアルドの横を通り抜ける。
アルドは黙って着いていった。
……そして。
セレナ海岸。リンデ近辺。
向かい合うアルドとミケ。
ミケが言った。
「待ってたよアルド。一応、君の口から聞きたい。ミヌエッタ先生の教え子、コラットは助けられたかい?」
「先生、もう少しだけ時間をくれないか。代わりの六百年草はきっと見つけてみせるからさ」
「もう何度も何度も探してなかったって顔だぜ君」
アルドが観念して言った。
「どこでコラットのことを知ったんだ?ミヌエッタ先生からは聞いてないだろ?」
「まぁね。でも怪しかった。彼女が隠し事出来るタイプに見えるかい?」
「まぁ確かに」
「で、後ろをつけてみたら一通り分かった。こういうとき猫の身体は便利でいいね。人の家に聞く耳立てても怪しまれない」
「そうか」
アルドがガックリと肩を落とす。
ミケが言った。
「そんなに気にするなよ」
「でもさ」
「別に僕が死ぬわけじゃないんだ。でもコラットは違う。もう時間が差し迫ってる。そうだろ」
「でも俺分からないんだ。あの子にまた薬を台無しにされるかもって思うとさ」
アルドの気持ちがこみ上げる。
「先生を助けたほうがいいんじゃないかって、思っちゃってさぁ……!そんなのダメだって分かってるんだけど……!でもさ……!」
アルドが嗚咽をあげる。
ミケが言った。
「そうだよなぁ。君だってまだ子供だもんなぁ」
……そして。
アルドが言った。
「ごめん……もう大丈夫だ。俺、姉弟のところに六百年草を取りに行ってくるよ」
「君は立派だよ」
・・・
未来。曙光都市エリジオン。キムリット宅近辺。
アルドが姉弟に事情を語る。
「……というわけなんだ。だから六百年草を渡してくれないか?」
姉弟が顔を見合わせる。
ミシャムが言った。
「難しい決断だったわねアルド君」
「ごめん。せっかく二人共頑張ってくれてたのに」
「なに言ってんのよ!ないなら頭を捻るまで!あんな草なくたって先生を元に戻してみせるわ!でしょキムリット!」
「ええ。取り返しがつかなくなる前で本当によかったです。もう少しで製薬に取り掛かるところでしたから」
「ありがとう、二人共」
……そして。
(よし。六百年草も受け取ったしミケ先生のところに戻ろう)
・・・
現代。セレナ海岸。リンデ近辺。
ミケがアルドに言った。
「よく戻ってきたねアルド。それじゃ改めてこれからどうするか考えよう」
「問題はやっぱりどうしてコラットが薬を飲まなかったか、だよな」
「そうだね。それをなんとかしないと。もう失敗は出来ない」
「とは言っても、俺もあの子のことはまだよくわからないんだよなぁ」
「そりゃ僕もだ」
「うーん」
二人が頭を悩ませる。
ミケが言った。
「おい、あれ見ろよアルド」
「どうした?」
「よく知ってる人のお出ましだ」
アルドが振り返る。
ミヌエッタが丁度隣の村から出てくる。
「うう……ぐす……」
アルドが言った。
「なんか泣いてないか先生」
「ここ最近はずっとあんな感じだね。コラットのとこ行っては、泣きながら帰ってくる」
「そうだったのか」
「そりゃ後もつけようってなるだろ」
「だな」
「ともかく、彼女の意見を聞いてみよう。まぁその前に色々めんどくさいと思うけどね」
「どういうことだ?」
「すぐ分かるよ」
……そして。
号泣するミヌエッタがそこにいた。
「ごめんなさいミケ先生~!私があんなこと言い出さなければこんなことにはならなかったのに~!」
ミヌエッタがわーっと泣く。
ミケが言った。
「言ったとおりだったろアルド」
「こういうことか」
「まぁ任せてくれ」
ミケが言った。
「元気だしてくれよミヌエッタ先生!おかげで猫になった僕とは友達になれるじゃないか!君の夢、半分ぐらい叶ったと言えるじゃないか!」
「それは、そうかもしれません……」
ミヌエッタが持ち直す。
直後にミケが言った。
「まぁ僕は教師を廃業せざるを得ないんだけどね」
「わーっ!ごめんなさいミケ先生ー!」
ミヌエッタが号泣する。
アルドが言った。
「持ち直してたのに!」
「どうも彼女と話すと一言多くなるな。アルド、君に任せた」
「分かったよ」
……そして。
ミヌエッタが言った。
「すみません、落ち着きました」
「気持ちは分かるよ。そういえばどうして村を出るとき泣いてたんだ?」
「コラットちゃんと話してると気持ちがいっぱいいっぱいになっちゃって。あんなに優しくて健気な子が、ミケ先生みたいになるなんて……」
「おい失礼だな」
「でもその話気になるな。どうしてミケ先生みたいになったと思ったんだ?」
「まだコラットちゃんが元気だった頃に約束してたんです。もし病気が治ったら一緒に猫ちゃんと友達になろうって」
ミケが言った。
「おいそんなことに子供を巻き込むなよ」
「ち、違います!子供の頃猫ちゃんに助けられた話をしただけです!そしたらコラットちゃんが」
アルドが言った。
「ミケ先生、今は口を挟まないでくれ。それでその約束がどうしたんだ?」
「私、励まそうと思ってさっき言ったんです。世界中の猫ちゃんがコラットちゃんと友達になりくて待ってるから、もう少しだけ一緒に頑張ろうよって。そしたら……」
ミヌエッタが感極まる。それでも言った。
「そしたら、もうダメだから無理だって……!そもそも猫と友達になれるわけないってぇ……!」
ミヌエッタがそこでわぁっと号泣する。
ミケが言った。
「まぁそりゃそうだよな」
「よせよ先生」
「だってそうじゃ……いや、ちょっと待てよ」
「どうした先生」
「ちょっと時間をくれないか。ミヌエッタ先生もあんなだしね」
「そうだな」
「彼女のことは僕に任せてくれ。ちょっと確認したいこともある」
「大丈夫なのか?」
「もうおふざけは終わりだ」
「分かった。じゃあ頃合いをみてまたここに来るよ」
「悪いね」
(頃合いをみてここに戻ろう)
・・・
セレナ海岸。リンデ近辺。
ミケが言った。
「来たなアルド」
「ああ。それで、なにか分かったのか先生?」
「全部分かったよ」
「本当か!?」
「ああ。コラット、あの子は……ありゃ僕だ」
「なんだって?どういうことだ?」
ミケが言った。
「気持ちがよく分かるってことだよ。あの子はな、失望している」
「一体なににだ?」
「彼女の両親やミヌエッタ先生みたいなのにさ」
ミヌエッタが声をあげた。
「そんな……!じゃあ、私が追い詰めてしまった……」
ミヌエッタの顔色が悪くなる。
ミケが慌てて言った。
「違う違う!先生、僕ら教師が子供にいつも言うことはなんだ?話は最後まで聞け、だろ」
「そ、そうですね。続けてください」
「いいかい。君や彼女のご両親は立派だ。僕が保証する。この際言うが尊敬だってしてるよ」
「え、ほんとですか」
「まぁね。だからこそコラットの失望もでかかったんだろうね。いくら君らが励まして色んなこと試してもそれで病気が治らなけりゃ、君らは嘘つきだ」
アルドが言った。
「分かる話だけど、確かなのか?」
「僕も裏切られたことがあるからね、まぁ猫にだが」
「前してくれた話か」
「そうだ。バカな子供が猫と友達になった気でいて餓え死にしかけた話だ。今でも思うよ。猫と友達になれるわけがないんだから、貴重な飯なんてくれてやらず自分で食えばよかったってね」
アルドが言った。
「失望、か」
ミケが付け足す。
「そして負い目だね。経験上こっちのほうが堪える」
「経験豊富だな先生」
「まぁね。なんなら今は猫さ」
「波乱万丈すぎますね、ミケ先生……」
「おかげでコラットを救える。救いたいんだよ。さっき分かったんだ。僕の人生はこのときのためにあったんだってね」
アルドが言った。
「どうするんだ?」
ミケが言った。
「ミヌエッタ先生、コラットは賢い猫の話を知ってるかい?」
「え?童話のですか?」
「そうだね」
「知ってるもなにも、私大好きなお話だから何度も聞かせました」
アルドが息を呑む。
「先生、まさか」
「確かに賢い猫なんてものこの世に存在しないが、さらに賢い男が猫になってここにいる。そもそも人が猫になってるんだ。コラットにはこの世になにが起きても不思議じゃないってことを教師として教えてあげる必要があると思うんだが、どうだい?」
アルドがうなずく。
「ああ。猫が人を助けてもいいと思う」
「アルド、見届けてくれ。あとは君の心の準備次第だ」
「分かった」
(心の準備が出来たらここに戻ろう)
・・・
セレナ海岸。リンデ近辺。
ミケが言った。
「やぁアルド。見届ける準備は出来たかい?」
「ああ。始めてくれ」
「じゃあ行ってくるよ」
ミケが村に向かう。
だが突如魔物が現れ道を塞いだ。
「ええい!こんなときに!」
アルドが駆ける。
「任せてくれ!」
剣を抜いたアルドが魔物に飛びかかる。
……そして。
ミヌエッタがアルドに言った。
「ミケ先生、行っちゃいましたね」
「そうだな」
「うまくいくでしょうか?」
「大丈夫だよ。あっ、そういえばさ」
「なんでしょう」
「賢い猫ってどんな話だっけ?読んだことあるけどあんまり覚えてなくてさ」
「いいですよ。お聞かせしましょう。あるところに腹ペコの賢い猫ちゃんがいまして……」
ミヌエッタが賢い猫を語る。
所変わって、王都ユニガン。
ミケが言った。
「で、最後に僕が口に咥えた六百年草を彼女に渡してクールに闇夜に消えたってわけさ」
ミヌエッタが口を挟む。
「ちょっとミケ先生!賢い猫はそんな終わり方じゃないです!もっとじんわりあったかく終わるんです!」
「いいじゃないか別に!それで受け取ってくれたんだから!一緒だろ!」
「違うんです!ああもう!最後が大事なとこなのに!」
言い争う二人。それを見てアルドが笑う。
「とにかく無事に渡せたようでよかったよ。でも、もしさ」
「心配いらないよアルド。もしダメだったら僕を売っぱらってくれたって構わない」
ミヌエッタが言った。
「よく考えたらミケ先生、喋れるうえにしかもオスの三毛猫ですから計り知れない価値ありますよねぇ……」
「そうなのか?」
アルドとミヌエッタの視線がミケに集中する。
ミケが慌てる。
「お、おい!そんな目で見るのはよさないか!僕たち友達だろ!」
「なに言ってるんですか先生。猫と友達になれるわけないじゃないですか」
「癪だな!ミヌエッタ!」
「あはは!」
和やかな時間が流れる。
改めてミケが言った。
「そういえばコラットがね、猫相手だと思って勝手に色々話してくれたよ」
「どんな話だ?」
「もうなんにも期待してないけどもし生まれ変わったら猫になって自由気ままに動き回りたいってさ。猫もそんなに楽じゃないんだけどな」
「それ先生にしか分からないですよ」
一方、アルドが思いを馳せる。
(猫になりたい、か。そういえばバーミーズ婆さんも亡くなった娘さんに言われて人が猫になる研究を完成させたんだよな)
アルドの頭に情景が浮かぶ。
娘を看取るバーミーズと猫になりたいと言う娘。
ミケが続ける。
「でもさ、本当はやっぱり生きたいんだとさ」
アルドが複雑な笑みを浮かべる。
(これでよかったよな、婆さん)
そのとき、アルドの背後で猫の鳴き声がする。
「ん?」
アルドが振り返る。
見慣れぬ猫が行儀よく座ってる。
アルドが仰天する。
「おいこの猫、六百年草咥えてるぞ!?」
ミケとミヌエッタが声をあげる。
「にゃんだって!?」
見慣れぬ猫が咥えた六百年草を落として走り去る。
アルドが慌てて拾う。
「草とったぞ!」
アルドが振り返る。
ミケとミヌエッタが愕然としている。
アルドが言った。
「どうした?」
「あの猫……!」
「私が子供の頃会った猫です!」
「にゃんだって?」
ミケがミヌエッタを見る。
「ありゃ僕が子供の頃に飯分けてやった猫だぜ。忘れるもんか」
「まさか!だってあれ私が子供の頃助けてくれた猫ちゃんですよ!見間違うはずありません!」
アルドが言った。
「どういうことだ?」
「確かにおかしいな。そもそも会ったのが子供の頃だから寿命的にもう生きてるわけないが……?」
ミヌエッタが言った。
「もしかして私達会っちゃったんじゃないですか?」
「なににだ?」
「本物の賢い猫ですよ。どこにでも現れる不思議な猫ちゃんですからね」
ミケが食って掛かる。
「おいおい、まさか。童話の話だろ」
「人が猫になるんだから、賢い猫ちゃんがいたっていいじゃないですか。ご飯を分けてくれたミケ先生の恩を返しに遥々やってきたんですよきっと」
「それにしちゃちょっと遅すぎないか?僕はもうおじさんだぜ」
あーだこーだ話し合うミケとミヌエッタ。
アルドが猫が消えた先を見やる。
(そういえばさっきの猫、バーミーズ婆さんが猫になったときの姿と似てたような……?そうだとしても時代が……いや、そんなこと言ったら俺も似たようなものか。いや待てそもそも……)
アルドが言った。
「なんにせよ六百年草が手に入ったんだ。姉弟のところに行ってくるよ」
・・・
未来。曙光都市エリジオン。キムリット宅近辺。
ミシャムが声をあげる。
「え!?草あったのアルド君!?」
「えっ、なんでそんなに残念そうなんだ?」
キムリットが代わりに答える。
「実はつい先程、薬が完成しました」
「そうだったのか。ならせっかくだしそっちを持ってくよ」
ミシャムが言った。
「ありがとうアルド君!もしダメだったらこの草で確実なやつ作るから!」
「らしくないですね姉さん」
「なにがよ」
「絶対成功するに決まってるじゃないですか。私達姉弟が頭を捻ったんですから」
「ぶっこいてんじゃないわよキムリット!人の人生かかってんだから!」
「なら賭けはどうです?」
「言うじゃない!乗った!アルド君!さっさと行って結果を教えてくれる!」
「ああ分かった」
・・・
現代。カレク湿原。王都ユニガン近辺。
アルドが言った。
「さぁ先生、口を開けてくれ」
「とうとう戻れるかと思うとドキドキするね……」
ミヌエッタが言った。
「でもちょっと残念です。見た目は可愛いのに」
「失礼だな!アルド!さっさと薬をくれ!僕は可愛くない僕に戻る!」
「分かった」
アルドが薬を流し込む。
ミケが飲み干した。
アルドとミヌエッタが神妙に見守る。
「さぁどうなる……?」
すると、ミケが痩せた男の姿になった。
ミケが言った。
「おお……!地面が遠い……!おいアルド」
「ああ先生……!人になってるよ!そんな顔だったんだな!」
「間違いなくミケ先生ですね……」
ミケが不敵に言った。
「はは、不服かねミヌエッタ先生」
「いえよかったです、本当に……!」
「おいおいまた号泣か君!」
「だってぇ……!」
ミヌエッタがわーっと泣く。ミケがなんとかしようと試みる。
アルドがその様子を見守る。
(あの姉弟すごいな。六百年草無しで作ってしまうなんて)
アルドが空を見上げる。
(未来は、進んでいくんだな。バーミーズ婆さん、あんたは無理だって言ったけどあの姉弟はその向こうにたどり着いたぞ。いつになるか分からないけど、あんたが研究をやめなくてよかったような世界にだってきっと……)
ミヌエッタが言った。
「そうだ。せっかく先生も戻ったことですし、みんなでコラットちゃんのお見舞いに行きませんか?」
アルドがうなずく。
「うん。そうだな」
「僕は断るぞ」
「なんでだ?」
「人に戻った以上、僕は赤の他人だ。行く理由はないよ」
「そんな寂しいこと言わないでください!さぁ行きますよ!」
「おい引っ張るのはよさないか!」
……そして。
港町リンデ。
ミケが言った。
「僕はここで待ってるから二人で行ってきてくれ」
「ここまで来て頑固ですね」
「君が無理やり連れてきたんだろう!」
「仕方ない。ミヌエッタ先生、俺たちだけで行こう」
「分かりました」
アルドとミヌエッタが去る。
ミケがため息をつく。
「全く、あの強引さには困るよ」
そこに少女の声。
「あの、そこのおじさん」
「ん?僕かい?」
ミケが振り返る。
そこにはコラットがいた。
ミケが言葉に詰まる。
「な、なんだい君は」
「あ、私はコラット。三毛猫を探してる。見なかった?」
「み、三毛猫かい?」
「うん。命を助けてもらった。お礼が言いたいのに、いない」
「へぇ猫にね……」
「嘘じゃないよ。誰も信じてくれないけど、あれは賢い猫なんだ。だから助けてくれた」
「おいおい、賢い猫なんているわけないだろ。ありゃただのお話だ」
ミケが付け足す。
「って、言いたいところだけど実は僕も助けられたことがあるんだよね」
「ほんと!?どんなだった!」
「黒っぽいやつだったかなありゃ。珍しい草をもらったよ」
「わ、私も!すごい!どんな風にもらった!?」
「そうだな。ありゃあ……なんてことないな。ただ普通に……」
話し込む二人。
その様子を離れたところでアルドとミヌエッタが見ている。
ミヌエッタが言った。
「楽しそうですね二人共」
「だな。とりあえずご両親にコラットは見つけたって報告してくるよ」
「分かりました」
アルドが去る。
ミヌエッタが静かに見守る。
ミケがコラットに言った。
「そういえば君、賢い猫を探してるならやめたほうがいいぞ」
「どうして?お礼……」
「実は賢い猫の話は続きがあってね。探すと逆に不幸になるんだ。ま、旅の邪魔をするなってことだろうね」
「でもミヌエッタ先生そんなこと言ってなかった」
「だったらその先生があまり物知りじゃないってことだね」
「だと思った」
「はは!なかなか言うね君!」
そのとき。
「ちょっと!」
ミヌエッタが飛び出す。
「ミケ先生!でっちあげはよしてください!賢い猫の話にそんな続きなんてありませんから!」
「なんだいたのか。それにしても君、好きな話だって言ってたわりにはその程度なんだねぇ」
「なんでそんなこと言うんですか!」
加熱する二人。
そこにアルドが現れる。
「どうしたんだ?なにかあったのか?」
コラットが声をあげる。
「あ。この前の、人」
目が合うコラットとアルド。
コラットが言った。
「ごめんなさい。薬、台無しにしちゃって。どうせ嘘だって思って、その」
アルドが言った。
「いいよ。元気になってよかったな」
「うん」
「でも勝手に外に出ちゃダメだ。まだ喋るのも辛いって聞いたんだからな。お父さんとお母さん、すごい心配してるぞ」
「だよね。でも……」
「どうした?」
「賢い猫って探しちゃダメなの知ってる?」
「へぇ、そうなんだな」
「うん」
「なぁ大丈夫か?もう立つのも辛いんだろ。兄ちゃんがおぶってやる。帰ろう」
「うん。帰る」
コラットが言った。
「ありがとう」
……そして。
アルドがミケとミヌエッタに言った。
「言い争いは終わったみたいだな二人共。コラットは送り届けてきたよ」
「いつもお手数かけて悪いね」
「いいさ。そういえば賢い猫って探しちゃダメらしいぞ」
ミヌエッタが食い気味に言った。
「それ嘘ですよ!ミケ先生のでっちあげです!」
「そうだったのか」
ミケが言った。
「仕方ないだろ?下手したらあの子、もう存在しない三毛猫をずっと探しかねないからね」
「確かに。根性がすごい感じはした」
「それなら正体を言ってあげたほうがよかったと思いますよ。らしくない嘘までついて」
「そっちこそらしくないねミヌエッタ先生」
「なにがです」
「だって、そんなこと言ったら子供の夢がぶち壊しじゃないか。だろ、アルド」
アルドがうなずく。
「だな。がっかりする。こんなおじさんだって知ったら」
「そりゃ言い過ぎだぞ!」
猫になったミケ 終わり
猫になったミケ ロクエー @rokua
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